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第十話 意外と低かった我慢の限界点

「ああもう、うっとうしいわねっ!」

 つい、大家さんの前で口に出しちゃった。

「そんなに怒っても仕方ないよ、何日か前に梅雨に入ったばかりなんだから」

 のんきなことを言っているわね、大家さんたら。

「あたしが、気候の話をしているとでも?」

「違うの?」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、天井を見上げながら。

「決まっているでしょ、あの子たちのことに」

 目線の先、三階の寝室にいる三匹の小悪魔たちのことよ。

「三人娘がどうかしたの?」

 どうかした、どころじゃないわよ。

「泊まりに来るだけじゃなくて、寝室を散らかし放題なのよ」


 そうなの、三人娘がうちに泊まりに来るようになってふた月半。

 もうふた月半なのか、まだふた月半なのかはおいておくとして。

 金曜日の夜になると会社の帰りにうちにやってきて、盛大に飲むわ騒ぐわ。

 土曜日の夕方になると、名残惜しそうに帰っていく。

 これが、一週おきに。

 大家さんが徹夜や出張でいないときは、ちゃっかり翌週にずらしちゃって。




 そんな迷惑千万なことを、渋々ながらも認めているのよ。

 あたしが、厳正なルールを言い渡したのは当然でしょ。


「うちに泊まりたいなら、もう少しちゃんとしなさい」

 リビングで三人娘を座らせてそう言うと、用意しておいた紙を渡す。

 こんな言い方をしたら、泊まることについては許しているみたいだけれど。

 わが家の平和を守るためには、最低限のルールは必要でしょ。

「何ですか、タイトルの『この家で過ごすルール』って」

「課長はよっぽど暇なんやな、わざわざこないなもんをこさえるて」

「他に、いくらでもやることがおありでしょうに」

「うるさいわね、今から説明するからしっかり聞きなさい」


「まずは、みだらな姿でこの家の中をうろつかないこと」

「みだらな姿って?」

「今の、あなたたちの格好よ」

 まさに、みだらを競い合っているじゃない。

「次に、夜の十一時以降は大家さんの部屋にいないこと」

「課長かて平日は遅くまでおるて、大家さんが言うとったで」

「うっ、うるさいわね」

 大家さんったら、余計なことを。

「そして、大家さんが不在のときは大家さんの部屋に立ち入らないこと」

「課長こそ、大家さんがいなくてもお部屋に」

「あたしは、洗濯物をしまったり掃除をしたりしに行っているの」

 これはおつとめですもの、あなたたちとは違うの。

「最後に、大家さんに対して過度な接触はしないこと」

 どれひとつ、理不尽ではないでしょ。

 なのに、あの子たちったら。

「これって、全部大家さんがらみじゃないですか」

「みだらやら過度な接触て、どっからがみだらでどっからは過度やねん」

「課長は、何を心配なさっておられるのですか?」

 そんなことを、平然と言ってのけるのよ。

 だから、三人娘の不平や不満は完全に無視よ。

 それもこれも、大家さんを三匹の小悪魔から守るためだものね。

 おっと違った、わが家の平和を守るためだもの。




「何て格好でうろついているのよ、早くもルールが崩壊しているじゃない!」

 意気揚々と大家さんの部屋に行こうとしている、三人娘に雷を。

「何って、部屋着ですけれど」

「下着が透けて見えそうなのに、部屋着だっていうのっ!」

「帰ってきてから着替えたんやさかい、部屋着やろ」

「言ってあるでしょ、そんな姿でうろつくなって」

「え~っ、なんのためにこの家に来ていると」

「どうせ、大家さんが目当てなんでしょ」

「課長も、まだまだ甘いわね」

「違うとでも言いたいの?」

「もっと、明確な目的があんねん」

「明確って、何よ」

「もちろん、大家さんへ強烈にアピールして恋人候補になるためですわ」

「アピールするには、その姿は不純過ぎると言っているの」

「不純だからこそ、この格好で正解なんです」

「何が正解だか、開き直るつもり?」

「決まっとるやろ、手っ取り早くアピールできるからや」

「それが不純だと言っているのよ」

「ただの、ジェネレーションギャップですわ」

「それに、うちには良太だっているのよ」

「良太君にだって、いい影響を与えていると思いますよ」

「どんな?」

「今のうちから審美眼を養のうとくんも、必要やろ」

「ぷっ、あなたたちの半裸姿で審美眼を養えるとでも?」

「年頃のお姉さまの、あられもない姿ですもの」

「ふん、あられもない姿を通り越してみだらな姿のくせに」

 もう一度、三人娘をにらんでから。

「とにかく、あたしの言うことに文句があるなら帰ればいいでしょ」

「課長ったら、どれだけ締め付けたいんですか?」

「やったら、どっからがあかんのか明記してもらわんと」

「課長とは年が離れていますから、常識の範囲にも差がございますわ」

 まったく、ああ言えばこう言う。

「差があるのは、常識の範囲じゃなくてみだらや破廉恥の範囲でしょ」




 翌朝、九時を過ぎたので寝室に行くと。

 ゴミ箱の中には、ポテトチップスの袋やチョコレートの箱があるじゃない。

「この部屋で食べたり飲んだりするなって、言ったでしょ」

「夜は大家さんの部屋から締め出されているのに、どこで食べて飲めと」

「ここはホテルの一室じゃないのよ、あたしの寝室なの!」

「そんなん、あのルールになかったで」

「あれは、大家さんについてのルールでしょ」

「おや、あれはこの家で過ごすルールなのでは?」

 うわあ、しまった……。


「シーツと枕カバーを洗濯するから、ベッドからどいて」

「洗濯って、何もこんなに早くからしなくても」

「朝から晴れているからこそ、洗濯をするんでしょ」

「今日は、ウチらがいてるのは昼まででっせ」

「あなたたちが帰ってから、洗濯をしろって言うの?」

「お客の都合も考えてくださらないと」

「勝手に泊まっているくせに、何がお客よ」

 あたしは、ホテルのルームキーパーじゃないんだから。

「働く主婦の休日は貴重なの、あなたたちの都合なんて聞いていられないわ」

 有無を言わさず、シーツと枕カバーをはぎとると。

「これから衣替えもするから、着替えたらリビングかキッチンに行っていて」

「衣替えなんて、何もあたしたちがいるときにしなくても」

「休みの日じゃなかったら、いつにやれって言うのよっ!」

「そないに怒らんでもええやろ」

「怒っていません、指示しているんです」

「ものは考えようですわ、しばらくの間は大家さんがフリーですもの」

 そそくさと、大家さんの部屋に行こうとする三人娘。

 うかつだったわ。

「だから、その格好でうろつくなって言っているでしょっ!」


 手早く衣替えを終えると、ダッシュで大家さんの部屋に行き三人娘を回収。

「さっき来たばかりなのに」

「せわしないこっちゃ」

「落ち着く間もありまわんわ」

「ふん、大家さんの邪魔をしているだけじゃない」

「寝室を出ていけって言われたから、ここに来たのに」

「衣替えは終わったから、寝室に戻りなさいと言っているのよ」

「なんでやねん、これから盛り上がるんやないか」

「文句を言っていないで、早く行きなさい」

「課長のご都合で、わたくしたちは右往左往ですわね」

「あたしの家なのよ、いつ衣替えをしようが文句を言われる筋合いはないわ」


 この子たちったら、寝室に戻るなりゴロゴロしようとするし。

「衣装ケースを買って、クローゼットの上の段に入れてあるから」

「どうして、そんなものを買ったんですか?」

「決まっているでしょ、あなたたちの服を整理させるために」

「ウチらの服、はて……」

「いろいろ持ち込むって言うから、片方のクローゼットを空けてあげたのに」

 クローゼットの扉を開けてみせて。

「整理せずに詰め込んで、残りは床に出しっ放すからぐちゃぐちゃでしょ!」

「課長、お小言が過ぎるのでは」

「あたしだって言いたくないわよ、二十歳を過ぎている部下にこんな小言を」

「言いたくないんだったら、見逃してくれても」

「この部屋はあたしの寝室なの、他人の服でぐちゃぐちゃなのは嫌なのよ!」

 あなたたちが帰ってから、一時間もかけてかたずけるのにはうんざりなの。

「せやけど、もうじき食事に行くて大家さんが」

「整理しないなら三人で行きます、整理し終わるまでは下りてこないで」

「けっ、権力の横暴ですわ」

「横暴で結構、三十分以内に整理が終わらなかったら出かけますからねっ!」

 渋々ながらも整理を始めた三人娘ですが。

「会社だけじゃなくて、家でも命令されるとは」

「手を止めないっ、それに命令じゃないでしょ!」

「命令やないなら、なんやねん」

「会社では業務指示、ここではしつけです」

「しつけだなんて、子供みたいに言われましても」

「あなたたちは子供以下でしょ、良太だって自分の服ぐらい片付けるわよ」


「課長は、わたしたちを害虫だとでも思っていません?」

「ウチらかて、少しでも課長の役に立とう思とるのに」

「そうですわ、良太君のお勉強だってみていますし」

「二週間に一度、それも二時間程度でしょ」

「だったら、毎週来てもいいんですよ」

「ウチらにとっても、毎週大家さんと会えるなら渡りに船やし」

「喜んで、そうさせていただきますわ」

 とんでもないっ!

「先週の水曜日だって、課長は研修で大家さんも出張でいなかったから」

「良太を一人にせんようにウチらが泊まりに来たん、忘れたんでっか?」

「良太君が一人では、心配ですもの」

「何を偉そうに、八時過ぎには酔っぱらって寝ていたって良太に聞いたわよ」

「夕食だって、わたしたちが」

「デパートで買った、とんかつとエビフライにカニクリームコロッケでしょ」

「喜んどったで、良太は」

「あのねえ、良太は揚げ物なら何でも喜ぶでしょ」

「鶏の唐揚げもありましたわ」

「全部、あなたたちのお酒のつまみじゃない」




 三人娘が帰った土曜日の夜、大家さんの部屋では。

「会社だけじゃなく、家でもあの子たちに振り回されるなんて」

「そんなことがあったのか」

 さすがに、あたしの我慢も限界点に達したわ。

「自分たちが悪いのを棚に上げて、あたしをお小言おばさん呼ばわりするし」

 それが、何より腹が立つのよ。

「うちに来るたびにあれやこれやと、バトルを繰り広げているんだもの」

「苦労が尽きないね、くまさんも」

 のんきで羨ましいわね、大家さんは。

 こっちは、そんななことを言っていられるレベルじゃないのに。

「あの子たちをちゃんとさせるのに、あの手この手を駆使してへとへとなの」

「一度、冷静になって考えてみたら?」

「これ以上、何を考えろと」

「あいつらだって、そこまでマイナスな面ばかりじゃないかもよ」

「今だって、こんなにへとへとなのに?」

 あたしだって思いたいわよ、三人娘だって悪いところばかりじゃないって。

 でもねえ……。


「じゃあ、俺が言って聞かせようか?」

「でも、それじゃあたしが大家さんに言い付けたみたいで」

 そうは言ってみたものの、この部屋に来たのはそれが目的だもの。

 あたしがいくら言っても聞かないなら、大家さんという奥の手を。

 ちょっと気が引けるけれど、大家さんに言われれば効果もてきめんだもの。

「気にすることはないよ、ここは俺の家でもあるんだから」

 冷蔵庫から、お代わりのビールを取り出した大家さん。

「でも、ただ言っただけじゃ効果が薄いと思うわ」

「じゃあ、何て言えばいいの?」

「そうねえ、たとえば『俺は整理整頓をする女性が好きだな』なんて」

「効果があるのかなあ、そんなひと言で」

 大家さんったら、何を言っているのやら。

 あの子たちにとっては、それがもっとも効果的のよ。

「気に病まないことだよ、月にたった二回のことなんだからさ」

 たったの二回って、大家さんは言うけれど。

 泊まられる側のあたしにとっては月に二回も、なのよ。




 それからしばらくすると。

 形ばかりとはいえ、整理のまねごとをするようになった三人娘。

 いつの間にか、大家さんが言ってくれたのね。

 そして、今回のことで分かったけれど。

 あたしの我慢の限界点って、意外と低かったのね。




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