父の心配1
娘が庭で倒れたと聞いたのは、そろそろ朝の執務を始めようかというときだった。
7歳になる娘が庭へ行くのは、食後の日課なのだ。
朝食をすませ、満面の笑みで帽子を被り「いって参ります!」と部屋を退室するのを、二人の息子と手を振り見送ったのだ。
娘は、アレクシアという。
私の3番目の子どもで、いかつい二人の息子たちと違い、ころころと笑う朗らかな娘は可愛くて仕方がない。
その娘が、護衛のハインに抱き抱えられて運ばれてきたときには血の気が引いた。
ハインやマーサによると、襲撃されたわけではなく、急に倒れたという。
今まで病らしいものにかかったことはない。兄共々健康な子どもだった。
急ぎ呼んだ医者には、身体に不具合は見当たらないといわれた。
アレクシアは、ただこんこんと眠り続けた。
アレクシアが眠りに落ちてから二日目。
静まり返った屋敷の様子から、あの子の存在がみんなに与える影響を知った。
執事のトムと執務を終え、今後の話をする。お互いに、ひどい顔をしているものだ。
アレクシアが生まれたときに、妻は亡くなった。
我が家は伯爵家とはいえ、裕福な訳ではないから、乳母は雇えず、近所のご婦人が親切で空いた時間に手伝いに来てくれた。
当然それだけでは人が足りず、抱っこなどの育児をしながら仕事をしたことのある者が、この屋敷ではほとんどだ。
それを理由に屋敷を去るものがいなかったことは、私の誇りの一つである。
「状況を鑑みるに、一番考えられるのは、やはり『祝福』ではないかと」
「・・・確かに、祝福を賜る際には心身に負荷がかかり、意識を混濁させる者がいると聞くが、もう2日だぞ?」
「祝福によりその大小があるといいますから。アレクシア様はまだお小さいですし」
祝福を賜るのは、早くても成人した大人に多い。
神の眼に留まるのは、大体はその道に通じ始めてからだといわれているのだ。
10歳も満たない子が祝福を受けたとは、聞いたことがない。
「念のために、神殿へ連絡を入れよう。祝福の有無を視る方がいるというし。マイク、手紙を届けてくれ。もしこれが祝福だとして・・・あの子は何の祝福を得たというんだ?」
「マーサによると、アレクシア様が倒れる前に、蝶が十数匹、突然現れたそうです」
そのときは、見間違い程度にしか思っていなかったが、3日目にアレクシアが目覚めたときに起きた騒動と、大神殿から急ぎ来られたエッカルト様から受けた話に、別の意味で頭を抱えることとなった。