はじまり3
「お嬢様が見えたぞー!!」
長く感じたけど、もしかしたら、そんなに時間はたっていないのか。
積もった虫を優しく掻き分けられ、顔周りがパッと明るくなったときは、さすがに泣いた。
しかし、ドザザーと再び虫に埋もれ、また暗闇に戻り、泣いた。
「お嬢様ぁ!」
次に明るさを感じて目を開くと、布袋に目の穴を開けたものを被り、長めの手袋をはめてぶるぶる震えながら、傘をさして、私に虫がかからないようがんばるマーサが見えた。
たぶん、マーサ。
バラララ、と傘に虫が降り落ちる度に、びくびくっと体が跳ねている。
でも傘を手放さないし、逃げない。
怖いだろうに。
涙がでる。
まだ虫が降り落ちてくる。
屋敷の中なのに、どうなっているのか。
全くわからない。
ひきつりながら目だけを動かすと、疲労の濃いみんなの姿がある。
屋敷中の者が総動員で、部屋の虫を撤去してくれているのだ。
マーサの側にはお父様と、2人を守るようにハインがいた。
2人とも目の下にクマがあり、汗を浮かべながら、油断のない視線を上に向けている。
いつもは髪一本だって乱れることのない冷静沈着な老執事のトムは、額に落ちた前髪を気にすることなく、声を張って家人に指揮をしている。
汗だくで、ひどい顔色のみんなが、それでも手足を止めることなく、勇ましく返事をして、浅い籠に虫をすくい、運び出して行く。
お兄様たちもその中にいた。
この時ほど、心強さと感謝の気持ちが溢れたことはない。
怖さが吹き飛び、嬉しさとありがたさとかが私の中で爆発した。
と同時に、視界におびただしい蝶の群れ、というか、蝶爆弾かともいえるくらい、一瞬にして一点から蝶があふれでたのだ。
どうして~!
「~~~~~っ!??!!」
まさに目の前で蝶の圧がはじけて、声のない叫びをあげたマーサが吹き飛ばされて、手をこちらに伸ばしたお父様も、とっさに前に出たハインごと蝶にのまれて見えなくなった。
顔中をぱたぱたと軽い羽にはたかれて、これはちょっと気持ちいいかも、と思いながら、度重なる極度の混乱に耐えきれなくなった私の意識は、落ちていった。