はじまり1
その日は天気がよかった。
暑くも寒くもなく、風がそよぐ、心地よい日。
日課のお庭散策も、心が弾む。
一緒に足も弾んで、ようやく様になってきたピアノの練習曲も鼻から漏れた。
揺れてステップを踏みながら進む、小さな私のご機嫌ぶりに、少しはなれた場所で見守る侍女や護衛の顔にも笑顔があった。
「おはよう!」
私は、草花の手入れをしている庭師のジェフ爺に近寄った。
帽子を取り、シワを深くしながら会釈するジェフ爺は、帽子を持つ腕についた虫に気付き、叩き落とそうと軽く手を上げた。
私は、とっさに両手で虫を覆った。
私の手では大きさがぎりぎりで、もぞもぞと触れる。
ビロードのような感触に口の両端が上がる。
「ジェフ、この子はね、蝶になるのよ。太陽の羽に、星屑のもようなの。きれいなのよ。ジェフの育てるセリの葉が、とってもおいしいから。ほら、こんなに元気」
手の中におさめた幼虫を、開いて見せる。
目を丸くしたジェフ爺は、「うちのお嬢様は博識だなあ。それに、小さな生き物にまでお優しい」と笑った。
すると、キラキラとした光の粒が目の前に散った。
宝石のような粒が、光をたくさん跳ね返しているような。
「ん?」
よく見ようと目を瞬かせたとたんに、弾けるようなまばゆい閃光が走り、世の中を真っ白に染めた。
次に気付いたら、ベッドだった。
後日そばにいた者に聞いたところ、光は私の頭の中でのことだったらしく、周囲は、庭で急に白目をむいて仰け反り昏倒した私に驚き、大変だったらしい。
さらに、私が3日間目を覚まさなかったということで、屋敷中が沈鬱に静まり返っていたそうだ。
まあ、その、わたしが勝手に倒れたのに、誰かの責任になっていたり、処罰者がでていたりしなくてよかった。
なんて、幼いながらにその時をじっくり振り返っていたのは、そうしなければ現状が理解できなかったからだろう。
いわゆる、現実逃避だ。
だって、私の周りでは、あとからあとから湧いてでる、多種多様な虫の捕獲と処理に、とにかくてんやわんやだったから。