14 バトル再び
「実はね、私の末の妹も学園の二年生で、ステイシーとはとても親しいのよ」
レスリー様は訳知り顔で事の次第を説明し始める。
「末の妹のマージョリーが言うにはね、ステイシーは学園で『麗しの才媛』として人気があるのですって。容姿端麗なうえに入学当初から成績優秀で、でもそれを鼻にかけることもなく、親しみやすい人柄はみんなの憧れの的らしくて」
「兄妹なのに、だいぶ中身が違いますね、クライド様とは」
「そうなのよ。でね、入学当初から同じように成績優秀だったユーリ・カーライル侯爵令息とは、お互いに良きライバルとしてしのぎを削る仲だったそうなの」
「ほう」
「そんな二人が、いつの間にか恋に落ちていたとしても不思議じゃないでしょう?」
まるで学園にいる年若い生徒たちのように、レスリー様はちょっと興奮した様子で目をキラキラさせている。
「ただね、二人はライバルとして反目し合っていたから、お互い好きなのに長いことそれに気づかなかったようなの。いわゆる両片想いということね。マージョリーはステイシーの気持ちを知っていたから、もうずっとハラハラしながら成り行きを見守っていたのですって。そのじれじれでもだもだな期間をようやく終えて、二人がとうとう心を通わせたのがつい最近なの」
あれ。
なんか、限りなく小説のネタになりそうな話じゃない。じれじれ両片想いの執筆に行き詰まっている私には、かなり持ってこいの流れだなと思っていたら。
「ところがね、そこに邪魔者が現れたのよね」
「邪魔者ですか?」
「そう。実は隣国のエドフェルト王国から、バルテルス公爵令息が学園に留学しているの。その公爵令息が、ステイシーを気に入ってしまったらしくて。何かとちょっかいを出してくるのですって」
「あれま」
「ステイシーとユーリはお互いの気持ちを確かめ合ったとはいえまだ婚約が決まったわけでもないし、何より隣国の公爵令息を邪険にするわけにもいかないでしょう? しかもバルテルス公爵令息の父親、つまりバルテルス公爵はエドフェルト王の王弟なの。臣籍降下した王弟の息子なら、なおさら蔑ろにするなんてできないじゃない。でもそのバルテルス公爵令息のやり方が、だいぶ度を越しているらしいのよ」
「というと?」
「ステイシーとユーリが二人でランチを取ろうとしているところを邪魔するとか、教室で仲良く話しているところに割り込むとかはまだかわいい方で、自分の王族としての立場を主張してユーリにステイシーを譲るよう無理強いしたり、取り巻きたちを使って露骨な嫌がらせをしたり、何かと目の敵にして二人を引き離そうと躍起になっているそうなのよ」
「それはなんというか、少し厄介ですね」
「そうでしょ? 隣国の王族だからもちろん無下に扱うことはできないのだけれど、でもこのままだと大変なことになりはしないかと心配で。ステイシーが学園で困ったことになっているのを知っているはずなのに、ダグラスったら静観を決め込んでいるらしいのよ」
さっきまでの楽し気な雰囲気から一変し、レスリー様の目にはやや不満げな色が滲んでいる。
恐らく、妹のマージョリー様から直接話を聞いているレスリー様は若い二人にだいぶ肩入れしているのだ。だからこそ、今後の行く末を心から心配しているのだろう。
「クライド様、何も言ってませんでしたよ。そもそもその話を知っているのでしょうか?」
「わからないわ。公爵家本邸とはほとんどやり取りがないみたいだし、さっきも言った通りダグラスと直接やり取りすることもないわけだから。誰かがクライドの耳に入れなければ、知ることもないかもしれないわね」
ため息交じりのレスリー様の声には、心配や困惑や焦燥といった感情が沈んでいた。
*****
王宮からの帰り、馬車に乗り込んだ私は特に迷いもなく、さっき耳にしたばかりの話について単刀直入に聞いてみた。
「クライド様。ステイシー様の話、聞いてます?」
「……なんのことだ」
能天気な私の声とは対照的に、いつもとは真逆の、というかどこか懐かしさえ感じる不機嫌な声。
「ステイシー様ですよ。クライド様の妹の」
「……それがなんだ」
「え、学園での話です。知りませんか? 想いを通わせた相手がいるのに、隣国の公爵令息からちょっかい出されまくって困ってるっていう」
「ふん」
無愛想な表情で窓の外に目を向けるその反応から、これはおおよそのことを知っているなと簡単に推測できた。
「知ってるんですね?」
「余計なことをわざわざ耳に入れようとする輩は多いからな」
「余計なことって。ご自分の妹のことでしょう?」
「妹? 戸籍上はな。しかしなんの感情も思い入れもない。公爵邸にいた頃から、ろくに話をしたこともないしな。顔すらうろ覚えだ」
「それはそうかもしれませんけど、でもちょっと、冷たすぎませんか? 今ステイシー様が置かれている状況はだいぶ面倒ですよ? 言い寄られてる相手はエドフェルト王弟の令息だそうですし」
「それがなんだというんだ。あいつのことは、宰相閣下がなんとかするだろ。自分の娘なんだから」
「いや、自分の父親を『宰相閣下』呼びなんですか? それもどうかと思いますけど」
「うるさいな。いいんだよ。どうせ顔を合わせることもないんだし」
突き放すような口調のクライド様に、私は構わずずい、と距離を詰めた。
「お義父様がどこまでご存じかはわかりませんが、静観を決め込んでるようなんです。執拗な嫌がらせだけでも厄介なのに、このままだとステイシー様は好きな相手と引き離されてしまう可能性だってあるんですよ? それでもいいんですか?」
「最初からそう言ってるだろう? 俺にとって彼らは家族ではないし、どうなろうと知ったこっちゃない。それにその、隣国の公爵令息だって悪いやつじゃないかもしれないだろ」
「いや、確実に悪いやつでしょうよ。想い合ってる二人の仲を邪魔しようとしてるんですから。しかも自分の立場を殊更主張して権力を誇示するとか、やり方が汚すぎます」
「だとしてもだ。俺には関係ない」
ぴしゃりと言い切って、クライド様はまた窓の外に目を向ける。
その表情がどんななのか、私には見えるはずもない。
「……なんとかしてあげたいとか、思わないんですか?」
思い切って、膝の上に置かれたクライド様の左手に触れてみる。
心なしかひんやりとした感触は、一生懸命何かを排除しようする頑なさに震えているようでなんだか痛々しかった。
「アナイスは」
クライド様の低く押し殺したような声が、私の名前を呼ぶ。
見上げるとクライド様は痛みをこらえるような強張った表情をして、私を見据えていた。
「ステイシーに、自分自身を重ねているのか?」
「え?」
「好きな相手との仲を邪魔されて、ともすれば引き離されそうになっているステイシーにジャレッドと引き離された自分自身を重ねているんだろう? だからそんなにも、ステイシーに対して同情的なんじゃないのか?」
「は? それは違います。ジャレッドのことは今は関係ないでしょ」
「ジャレッドへの想いを捨てきれないからこそ、同じように好きな相手との仲を引き裂かれそうになっているステイシーを放っておけないんだろ」
「だから違いますってば。ジャレッドのことなんか、今はどうでもいいでしょ。私はあなたの妹の話をしてるんです」
「俺に妹などいない」
「なんでそうなんですか? なんでそこまで頑ななの?」
「アナイス」
凍てつく氷のようなクライド様の視線が、鈍い翳りを帯びた。
「すべての家族が、君の実家のように温かく思いやりに溢れているわけじゃない。憎み合い、蔑み合い、いない方がマシだと思うような家族だって少なくないんだ。君のその、幸せな家族のイメージを俺に押しつけないでくれ」
「は? それ本気で言ってるんですか? 私はただ、このまま何もしないでいたら、きっとあなたが後悔すると思って――」
「後悔など、するわけがない。君にはわからないだろうが」
最後は私のことをも拒絶するように言い放って、自分の左手の上に置かれていた私の右手を雑に払いのけるクライド様。
それきり、一言も話すことはなかった。
そしてその日以降、クライド様が夫婦の寝室を訪れることはなかった。
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