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「君を愛することはない」から始まるまさかの溺愛結婚生活  作者: 桜 祈理


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10/23

10 一方通行の恋

 私の返事に旦那様はみるみるその見目麗しい表情を曇らせ、悲壮感を漂わせる。



 それを横目で見ながら、私はわざとらしく眉をつり上げた。



「だって旦那様。あなた初夜になんて言いました? 『君を愛することはない』もそうですけど、『初夜に抱いてほしいと自分から言うなんて、淫乱で浅ましい』って言ったんですよ?」

「う……」

「あのときも言いましたけど、私は私なりに覚悟してこの家に来たんです。これから少しずつでも心を通わすことができたらと思っていましたし、妻として覚悟のうえで初夜にも臨みました。ていうか、覚悟なしに初夜を迎える妻なんかいませんよ。誰だって初めてのことで、怖いし不安だし恥ずかしいんです。それなのに、旦那様はそんな私の決意を全否定したうえ『淫乱』とか『浅ましい』なんて言葉で踏みにじったのですよ?」

「うぅ……」

「それに夜会の話が出たときだって、『余計なことは言うな』『一切口を閉じて黙っていろ』なんて言ってましたよね? どんだけ上から目線なんですか」

「……」



 もはや旦那様は涙目になって、一言も返すことができずにいる。



「そういうわけで、今のところ旦那様とはじめからやり直したいとか、もう一度寄り添うところから始めたいとか全然思えません。すみません」



 申し訳ないという気持ちはほぼ、というかまったくないのだけど、とりあえず謝っておく。




 なんだよ今更。


 謝ったら全部チャラになるとでも思ってんの? そういうレベルの話じゃないってのよ。どんだけ傷ついたと思ってんの?


 しかも最初からやり直したいとか、聞いて呆れるんですけど。自分のやったことの重大さがわかってないから、そんなこと軽々しく言えるのよ。




 どこまでも凍てつく私の視線に、旦那様の悲壮感が一層濃くなっていく。




 私はなんだか無駄に勢いづいて、というか何故かやけくそになってしまって、もう後先考えることなく次の爆弾を落としてやった。



「それに私、好きな人がいるんです」



 その言葉に、旦那様は雷に打たれたような呆気に取られた顔をした。それから数秒後、意味を理解したのかどんどん顔つきを変えていく。



「好きな人……」

「はい。といっても、完全なる片想いで、この気持ちが叶うことはないんですけどね。彼ももうすぐ結婚しますし」



 私はテーブルの上に置かれたままの手紙を一瞥して、淡々と続けた。



「小さい頃からずっと好きだったんです。でも自分の気持ちに気づいたときには、彼が別の子を好きなことにも気づいてしまって。だから言えなかったんです。そのうち、彼が想いを寄せていた子も彼のことを好きになって、二人は両想いになりました。二人とも私にとっては大事な存在だったから、私はこの気持ちを隠し続けることにしたんです。そして、一番間近で二人を応援しているかのように振る舞い続けたんです。でも二人が幸せそうにしてるのを見るのがだんだんつらくなってきて、そこに運良く縁談の話が来たので飛びついたんですよ。これで二人から離れられるし、まったく関係のない別の人の妻になればきっとこの気持ちを封印できると思って」

「それは……。一体……?」

「妹と、その婚約者ですよ」



 さらりと答えたつもりだったけど、うまく笑えていただろうか。



 旦那様の物憂げな青藍の目が、私をうかがうように切なく揺れている。



「距離を置いて、会うことがなくなれば、この気持ちも消えてなくなるんじゃないかという期待があったんです。実際、ここに来てからひどい旦那様に振り回されて、妹たちのことを考える時間がめっきりと減っていましたし。だからこのままやり過ごせると、時間とともにともに風化していくだろうと思っていたんです。でもあの夜会のとき、偶然彼を見つけてしまって……。一目でも彼を見てしまったら、自分の気持ちが、まったく変わってないことに、気づいてしまって」



 そこまで言うと、また涙が溢れてきた。目の前の旦那様もだんだんぼやけてくる。



「せっかく離れたのに、苦しくてどうしようもなくて逃げてきたのにまだ好きだなんて。それに、いよいよ結婚するって実家から手紙が来たんです。そんなのわかってたことだけど、それでも……」



 不意に目の前の旦那様の気配が消え、かと思うと徐に私の隣に移動した。


 そして、そっと肩を抱き寄せられる。



「アナイス。もう我慢しなくていい。ずっと抑えてきたんだろう? 泣きたいだけ、泣いていいから」



 旦那様の柔らかく包み込むような声は、私の涙腺を破壊するのに充分だった。





 それから私は旦那様の胸で、思い切り声を上げて、まるで幼子のようにわんわん泣いた。なりふり構わず泣きじゃくった。





 声が枯れ、旦那様の白いシャツが涙や鼻水でやばいくらいぐしょぐしょになってることに気づいたら、なんだかだんだん気持ちが落ち着いてきた。



 私はおずおずと顔を上げる。



「……すみません。旦那様」

「それは何に対して謝ってるんだ?」

「え、目の前で泣き喚いたこととか、高そうなシャツが鼻水まみれになってしまったこととか、それから好きな人がいることとか」

「謝らなくていいし、謝ることじゃない」

「でも」



 旦那様は私の顔を覗き込むと、ぎこちなく頬を緩める。



「好きな人がいて、でも諦めるしかないと覚悟してここに来たのなら、あの初夜の日に俺の言った言葉はどれだけ君を傷つけたんだろうと思う。本当にすまなかった」



 改めて謝られても、もうさっきまでのように言い返す元気なんかない。黙っていると構わず旦那様は続ける。



「俺が今、こうして君への気持ちに気づいて心から謝ったとしても、あの失敗はもう取り戻せないのかもしれないな。おまけに君の心の中にはすでに別の男がいる。その想いが叶わないとしても、君の心はまだその男に囚われたままだ」

「……はい」

「でもだからといって、俺が君を諦める理由にはならない」

「……は?」

「これは、あの日君を傷つけた俺への罰だ。当然の報いだ。好きになった人にはほかに好きな人がいるなんて、こんなに苦しいと思わなかった。俺は今、君の気持ちが痛いほどよくわかる。片想いは苦しい。手の届かない相手を想い続けるのはつらすぎる。でも、君と俺には決定的な違いがある。君の想いが届くことはないのだろうが、あいにく俺は君を諦められそうにないし諦める気もない」

「え」

「幸いなことに、俺たちは夫婦だ。君はすでにアナイス・フィンドレイで、君の居場所はここだ。ほかに行く場所などないだろうし、逃がすつもりも毛頭ない。これから俺は、君が俺を好きになってくれるよう全力で挑むつもりだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。正気なんですか?」

「もちろん」

「ほんとに? また熱があるとかじゃ」

「そんなわけないだろう? まあ、君に対して熱を上げているという意味ではそうかもしれないが」

「うまいこと言ったみたいな顔しないでください」

「顔が真っ赤だぞ、アナイス」

「そんなこといちいち言わなくていいんです! なんなんですか? その切り替えの早さは。だいたい旦那様、失恋したんですよ? それなのになんでそんな、無駄に前向きなんですか?」

「俺は君の、アナイスの心がほしいんだ。妹の婚約者に向ける気持ちと同じくらい、いやそれ以上の想いを手に入れ、愛と信頼を勝ち取るためならなんだってするよ」

「いや、ポジティブが過ぎますよ」

「ああ、そこは殿下にも一目置かれているよ。『お前の取柄は自分に都合のいいように素早く切り替えるところと、こうと決めたら一切揺るがない底意地の悪い頑なさだ』とな」

「それ微妙に褒められてないような気がしますけど」



 すかさずツッコミを入れたら、どうしてだか旦那様が妙にニヤニヤしていることに気がついた。



「え、なんですか?」

「アナイスが可愛すぎる」

「は!?」



 よく考えたら、旦那様の胸で泣いたということは私はずっとこの人に抱きしめられていたということで、だから私は今、旦那様の腕の中にいるわけで。



 その途端、旦那様はその腕の力を強め、私の耳元で妙に色っぽくささやく。



「アナイス。俺に愛される覚悟はいいか?」






 ちょっと待て。なんでこうなった?







 






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[一言] ガンバレ(誰に対してかはわからないけど)
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