⑧「絡繰」
今日は山崎に電話して情報交換する事にした。
余り周囲に聞かれたくない話になりそうなので、山崎の宿泊する部屋に向かう。
取り敢えず昨日会った太田由美子の取材内容を簡潔に伝える。
「ルールを無視した臓器移植に義憤を感じて密告したそうで、宮本の周囲で多額の金品が動いた形跡はなかったようです」
「他には?」
「移植を受けた方は地元の資産家のお孫さんだとかで、執刀医は修徳大学附属病院の中村医師との事でした」
「なるほど、中村医師の名前が出ましたか・・。彼は、報酬の為なら何でもやる男ですよ」
「では、やはり金品の授受があったのでしょうか?」
「その前に、此方の調査報告をさせて頂きます。まず豊梨病院とその周辺で臓器移植のレシピエント登録をしていた方で半年前に登録を取り消した方を探してみました」
「よく調べられましたね。それで見つかったのでしょうか?」
「職業柄、その手の情報を集めるのは容易いので見つかりましたよ。患者の名前は三浦真里29歳、地元では有名な資産家の一人娘。父親は一族が経営する会社の社長で、祖父はその会社の創設者で会長の修造です。この修造が今回の移植手術を実現させた張本人です」
「えっ!!どうやって調べたのですか?」
「蛇の道は蛇って奴ですよ。今回の件に絡めなくて残念に思っている連中が小遣い稼ぎに教えてくれましてね」
「それで金品の授受の詳細などは分かっているのでしょうか?」
「はい。中村医師は手術が無事に終わった時点で2000万円の報酬を得ています。その後、半年ほど経過観察をして移植した臓器が定着するかを見極めた上で病院側に同じく2000万円。宮本にも同額が支払われるはずでしたが、病院側が諸経費を引いた残りの1600万円が支払われています」
「病院の諸経費ってもしかして、火葬式代や合祀墓代、自費の入院手術費用ですか?」
「そうです。病院側は厚顔にも無償の臓器移植と偽って公表し、宮本への報酬から諸経費を差し引いて損をしない手を打っていたのですよ」
「宮本が何も知らない事を利用したのであれば汚いやり方ですね。」
「それでも宮本には突然舞い込んで来た幸運だったのだろうと思います。病院側も宮本がこんなに金遣いが荒いとは予想しておらず、軽く注意する程度で済ませていたのでしょう」
「泡銭なら散財してしまうのも仕方ないかもしれませんね。でも、息子の命と引き換えに1600万円っていうのはどうなのでしょうか?」
「いやいや、三浦家としては6000万円で買った命ですから、決っして安いとは言えないと思いますよ。宮本にとっても自費で手術代やら何ならを支払っていたら借金まみれになる処を救われたのですから、渡りに船の申し出だったと思われます」
「では、正当な行為だったと?」
「いえ、そうは言っていません。医療関係者として、今回の豊梨病院の臓器移植手術は既存のルールを逸脱した行為で非難されるべきです。また、第二、第三の宮本が出ない様に釘を刺しておく必要があります」
「では、告発するのですか?」
「いえ、臓器移植ネットワークから厳重な警告を出して貰えればと考えています」
「そうするとまだ、記事にはしないほうが良いでしょうか?」
「そうですね。同業者のよしみで話してくれた内容なので、この事がネタ元となって実名報道された場合、私の立場が無くなりますので」
「それで抑止力になるでしょうか?」
「その時になったら別の手を考えます」
「では、記事にはしませんが、今回の経緯は纏めておきますが宜しいですね?」
「記事にならずに済む事を願っています」
「見方を変えれば、臓器売買と取られても仕方ない事件です。追随する輩が出なければ良いのですが・・それでは失礼致します」と言って伊達は部屋を出た。
デスクへの報告は進捗が無かった事にして簡単に済ませたのだが、今回の一件はこれで終わりではなく、単なる序章に過ぎないのではないか?との疑念を拭えなかった。