⑦「少憩」
帰宅途中でスーパーに立ち寄り、娘の好きなシチューの材料を買って帰る。
娘は妻の作るシチューが大好きで、妻が亡くなったあと何度か作ってみたのだが、これまで散々な評価であった。
今日は少し作り方を変えてみようと思う。
家に帰ると娘も帰宅しており、ご飯は炊いておいてくれたので「直ぐ夕飯の支度するから」と伝え手を洗って調理開始。
野菜やお肉の下ごしらえをして鍋に投入。
今回は市販のルウを2種類混ぜて作ってみようと思う。
お水の量は箱に記載してある量の半分より少し少なめにする。
これは記者仲間の女性から聞いた作り方で今回初挑戦となる。
しっかりアクを取って暫く煮てから牛乳を加えて仕上げる。
味見すると、我ながら上手に出来てると思うのだが娘の評価はどうか?
「さぁ、出来たよ。夕飯にしよう」と娘に声を掛ける。
昨晩は一人で夕飯を済ませていたからか、心なしか娘も笑顔になっている様に感じる。
「さて、今夜の評価はどうかな?」と尋ねると「今日のシチューは美味しい」と笑顔で応える娘。
久し振りに笑顔の食卓となり、小さな幸せを感じながら後片付けをする伊達。
娘も今日は気分が良いのか、普段なら直ぐ自分の部屋に入ってしまうのだが、後片付けが終わるのを待って話し掛けて来た。
「今日学校でね、緊急時のSOSの手信号を教わったの」
「SOSって?」
「ほら、私は自転車通学だから関係ないんだけど、電車やバスで通っている女子達って痴漢の被害が多いんだって」
「それはニュースなんかでもやってるけど、実際多いんだ」
「そうなんだって。でね、痴漢されてる時って怖くて、気持ち悪くて、恥ずかしいから声が出せないんだって。だからそんな時の為に手信号を教わったの」
「どうするの?」
「まず、手を開いてパーを作ってS、そこから親指だけを内側に折り曲げてO、残りの4本の指を折り曲げてグーを作ってSになるんだって」
「こうか?」と言って右手でパーを作り、親指を内側に折り曲げ、残りの4本の指を折り曲げてグーを作ってみせた。
「そうそう。今はね、これを共通認識として広めている処なんだって」
「そうだよね、こう言うのが必要な世の中じゃなくなるのが一番だけど、そうもいかないから必要なんだろうね。お父さんもいつか記事にして、世の中に広める手助けをするよ」
「是非お願い!!それじゃもう寝るね。今日は手の込んだシチュー有難うね。お休みなさい」
「お休み、お父さんは明日も取材だから遅くなりそうなら連絡するから」
「じゃあね」と言って娘は居間を出た。
少し気分が良かったので今夜は飲もうと水割りを作り、今日一日を振り返ってみた。
飲みながら「SOSか・・」と呟いて修吾君の事を考えた。
そもそも、臓器移植は修吾君が望んだ事なのだろうか?
もし、仮に修吾君がDVを受けていたとして、今日娘に聞いたSOSのサインを修吾君が知っていたら、周囲の大人にサインを送り続けて、それが児相に通報されて保護対象となり現在の状況にはならなかったのではないのか?
最近になっての宮本の金回りについては手掛かりが無かった。
明日にでも山崎に連絡して情報交換しようと思う。
何か掴んでくれていると良いのだが・・。
久し振りに娘の笑顔も見れた事だし、今夜は熟睡出来そうだと思いながらベッドに入った。