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⑥「義憤」

15時前に菫に入店しコーヒーを注文。

約束通りの時刻に30代くらいのそれらしい女性が入店して来たので手を挙げて合図を送る。

「初めまして。記者をしている伊達です、お疲れの処を有難う御座います」

「こんにちは、初めまして。太田です。しっかり眠れたので大丈夫です」

「何か飲み物でも?」

「はい。コーヒーをお願いします」

「今日の取材を録音させて頂きますが宜しいでしょうか?」

「構いません」

届いたコーヒーを一口飲んでから本題に入る。

「太田さんは豊梨病院にお勤めでしたよね?」

「はい。看護学校を卒業してから半年前まで勤務していました。現在は別の病院に勤めています」

「転職の理由は、やはりあの臓器移植が原因と言う事で宜しいですか?」

「はい。あの件については、どうしても許せない点があって・・」

「その理由をお聞かせ頂けますか?」

「そもそもの発端は、豊梨病院で人工透析を受けていた女性患者のご家族からの理不尽な要求にあります」

「その要求とは?」

「腎臓移植を受ける為に臓器移植ネットワークに登録していた様なのですが、移植の順番を前倒し出来ないか?と言うものでした」

「それは無茶な話ですね。誰からの要求だったのでしょうか?」

「患者のお祖父様からです。地元で手広く事業を展開している会社の会長だそうで、年頃のお孫さんを不憫に思っての言動だった様です」

「でも、臓器移植ネットワークは、そんな要求は認めなかったのでしょうね」

「当然です。実は、私の親戚も腎臓移植の順番待ちをしていて、適合するドナーが現れるのを不謹慎とは思いますが心待ちにしています。ですから、今回の御家族からの要求を理不尽なものと捉えていました」

「その後、どう言う経緯で臓器移植となったのでしょうか?」

「風聞ですが、その会長さんが豊梨病院の設立に尽力したとかで、前の院長と昵懇の仲だったそうです。それで現在の院長に圧力を掛けたのではないか・・との噂でした」

「でも、そんな圧力だけで臓器移植手術は不可能でしょう?移植医や設備など整えないと無理でしょうし」

「それが、ある時に院長が見慣れない医師に病院内を案内しているのを見掛けてそれを看護師仲間に尋ねた処、臓器移植に長けた有名な医師だと言うので、とうとう移植手術を手掛けるつもりなのかな?と考えました。勿論、臓器移植ネットワークを介して事を進めるものだと思っていました」

「その医師の名前は?」

「修徳大学附属病院の中村先生です」

「それでは、今回の移植手術のかなり前から準備が進んでいたのですね?」

「そうです。宮本修吾くんが豊梨病院に運び込まれる頃には全て整っていたはずです」

「では、移植当日についてですが、修吾君はどの様な容態だったのでしょうか?」

「事故で運び込まれた時点で緊急手術をしたのですが、もう助からないだろうとの診断でしたので、直ちに父親に連絡して病院に来て頂きました」

「修吾君にはDVがあったとの噂もあったのですがご存じでしたか?」

「とにかく外傷が酷くて、その様な痕跡は分からないとしか言えません。でも、どうやら運び込まれた時点で助からない見込みだった様で、組織適合性検査が同時進行で行われていた様子でした」

「幸か不幸か、たまたま検査で適合したのを契機として移植手術へと突き進んだと言う事でしょうか?」

「病院側の手筈は整っていて、父親から同意書にサインして貰った様です」

「何か特別変わった処は無かったでしょうか?」

「いえいえ、報道された通り火葬式と合祀墓の費用は病院側が負担する事で合意していた様です。それと、自費負担の入院と手術の費用も病院側が負担すると聞かされた宮本さんが「有難う御座います」と泣きながらサインしていたとの事で不憫に思っていました」

「それで移植手術となった訳ですが、病院内では緘口令が敷かれていたと聞いています。その辺りの事をお聞かせください」

「まず、移植手術となった時点でコーディネーターが現れない事に疑問を抱きました。同時に病院内に緘口令が敷かれた事で臓器移植ネットワークが介在しない事が確実となりました。これは臓器移植を待っている多くの患者を愚弄するものだと感じ病院に失望したのを覚えています」

「それで退職を覚悟の上で密告したと言う事ですね」

「移植を受けた患者様には申し訳ないのですが、これは私にしか出来ない事だと思いました」

「その後、密告を察知した病院側の記者会見で語られた無償の臓器提供だったとの発表を聞いて、どう思われましたか?」

「宮本さんの立場を慮っての発言だと思い、更に追い討ちを掛ける様な事は出来ないと感じました」

「そうなんですね。今日はお忙しい中有難う御座いました。ところで最近身の廻りで変わった事などはありませんか?誰かに監視されてるとか、跡をつけられるとか?」

「いえ、何もないと思いますけど・・何かあったのでしょうか?」

「いえいえ、何事も無ければ問題ありません。貴重な時間を有難う御座いました。大変参考になりました」

「お役に立てて何よりです。それでは失礼致します」と言って彼女は一礼して店を出た。

伊達も家に帰る道すがら、今日の取材内容を頭の中で整理していた。

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