②「善意」
違和感を覚えたのは、父親の身形である。
事前に調べた情報からは、父子二人の家族で父親は派遣社員として働いており裕福な家庭ではなかったとあったのだが、父親の見形が金のネックレスとブレスレット、高級腕時計を身に付けており成金趣味が華々しく、逆に貧乏臭さが強調されていると指摘するだけの厚顔は持ち合わせて居なかった。
何か触れてはいけないものがあるのでは?と遠慮してしまいそうになるのを堪えて対峙する。
父親の了解を得てICレコーダーで録音しながらインタビューを始める。
父親の名は宮本良二(42)、ドナーとなった息子は修吾(15)。
通学途中に無謀運転の車の事故に巻き込まれて重症を負い、救急車で運ばれたのが豊梨病院であり治療の甲斐もなく命を奪われていた。
その事について確認すると「無車検、無保険、無免許で親類も居ない無職の若者が起こした事故で、賠償金はあてに出来ないだろう」との事で、悔しいが無駄死にだったとの事。
治療の途中から「もう助からないと思います」との病院の意見を聞き入れ、息子の身体の一部が誰かの為になればと臓器移植を承諾したのは既報の通りであった。
「情け無い話ですが、葬儀や墓の費用の目処が立たず途方に暮れていたのですが、病院からの申し出があり、火葬代や合祀墓の費用は病院側で負担する」との口約束があったとの事であった。
臓器移植ネットワークについては知らなかったのかと確認すると「病院側が手続きしてくれているものと思い込んでいた」「どんな手続きが必要なのかも知らなかった」との事で、父親の話からは病院側の暴走も予測出来そうな状況である。
その後の話を現在の身形を含め少し濁して尋ねてみたが、納得出来る程の回答は得られなかった。
ただ、巻き込まれてしまった父親の状況を思えば、善意からの行動らしい事は感じ取られ、ドナーの件を承諾した事には自分の妻の件が重なり尊敬の念を覚えた。
父親への取材を終え、これはもう少し掘り下げる必要があると判断して取材を続ける事にして宿の手配を済ませ、娘へ今夜は帰宅出来ない旨を連絡しようと携帯を手にとり発信してみたが、相変わらず留守電に繋がる。
仕方なく留守電に向かって「今日は帰れない。今日明日の生活費はタンスの一番上の引き出しに入れてあるから遣ってくれ」とコメントを残しておく。
娘と仲違いしてしまったのはいつからか・・などと考えても仕方ない事を頭から払い除け、そう言えば宮本の住むアパートを見ていなかった事を思い出し、取り敢えず向かってみる事にした。