19「安息」
美幸は無事に修徳大学附属に入院し、筋弛緩剤の解毒薬を投与されて眠っている。
時計を見ると既に夜になっていた。
山崎が部屋に入って来た。
「少し話せますか?」
「移植の話なら断りますよ」
「安心してください。心臓移植の待機患者は既に手遅れの状態との事です。いくら豊梨病院が卑劣であっても、此処なら手出し出来ませんよ」
「いいえ、さっきの貴方の言葉が引っ掛かっています。信用出来ません」
「それなら付き添いで朝まで娘さんに寄り添って過ごすのを許可します。落ち着いたら話ましょう」と言って山崎は部屋を出た。
正直、山崎の言った1億円との言葉には驚いた。
勿論、娘の命と引き換えに出来るものではないので断固断るつもりでいる。
もしかしたら、宮本の置かれた状況も似た様なものだったのだろうか?
修吾君がもう助からない命だったのか?
それとも娘と同様に仕組まれた脳死判定だったのか?
今となっては何も証明する事が出来ないのが歯痒い。
また、山崎が今井と呼ばれていた事も気になる。
山崎が此方の味方と考えるのは止めた方が良さそうだ。
やはり、山崎とは折を見て話をしなければならないだろう。
だが今は、娘が回復してくれるのが最優先事項である。
娘が意識を取り戻した様なので急いでナースコールで看護師を呼んだ。
看護師が入って来て娘の容態を確認し医師が呼ばれた。
医師と入れ替わりに部屋を出た。
暫く経って部屋を出て来た医師と向かい合った。
「娘さんは大丈夫ですよ。お話しも出来ます」
「有難う御座います」
「明日には退院出来るでしょう、では」と言って医師と看護師が戻って行った。
部屋に入り娘の元気な姿に涙が出そうになるのを我慢した。
「私、物凄く怖かったの・・だって急に背後から襲われて、気付いた時には男の人の話し声は聞こえるのに身動きが取れなくて。そうしたら、お父さんの声が聞こえたから懸命にSOSの信号を出したの。早く気付いてって思いながら」
「あぁ、美幸のシグナルには直ぐに気付いたよ。シグナルを教えてくれた方に感謝しないといけないね」
「心臓移植がどうのって話が聞こえてきて・・その先がどうなるのか考えるのも怖かった」
「もう大丈夫だから、何も心配要らないよ」
「お父さん有難う。必ず助けてくれるって信じてた」
「実は、お父さん一人では美幸を助けるのは無理だったんだ。協力してくれる人が居てくれて助けて貰ったんだよ」
「でも、私を助けてくれたのには変わりないんだから、本当に有り難う」
「今日はもう遅いし疲れただろう。寄り添う許可を貰っているからゆっくりお休み」
「うん、お休みなさい」と言って娘が眠りに落ちた。
娘の寝顔を眺めながら、今日一日の出来事を振り返って身震いがした。
やはり娘の命が助かって安堵すると共に、ドナーに仕立てあげてまで臓器移植を画策した豊梨病院に怒りを覚えた。
また、山崎との話し合いがどの様な展開になるのかも気になった。
色々と考え事をしていたら急に睡魔に襲われ、娘のベッドの脇に座ったまま頭をベッドに乗せて眠っていた。