18「奪還」
遠くから救急車のサイレンが近付いて来るのが分かった。
山崎との通話を終えてから部屋へ戻り娘に寄り添う。
「同意書にサインして頂けますか?」
「いえ、親戚が娘に会いたいと此方に向かっていますので、それまでは出来ません」
「同意書にサインを頂けないと移植手術自体が不可能になってしまいます」
「移植をする前提で話を進められても困ります」
その時、一人の男が部屋に入って来た。
「伊達さん、遅くなりました」
「山崎さん。」
「さぁ皆さん、伊達さん自らが娘さんの容態についてセカンドオピニオンを聞きたいと仰るので、修徳大学附属病院へ移送します」
と話している時にストレッチャーが部屋の前に着いた。
「今井・・貴様!!そんな事が許されると思っているのか?」
伊達が聞いた事の無い名前を豊梨病院の医師が叫んでいた。今井?誰だ?
「余り無茶な事をすると後が大変ですよ、さぁ、急いで運んでください」と救急隊員を招き入れる山崎。
「山崎さんに私の希望を聞き入れて頂きました。同意書にサインは出来ません。それでは失礼」と言って山崎と共にストレッチャーで運ばれる娘に付き添う。
救急車で運ばれる娘を見送り、山崎の車に乗せて貰い修徳大学附属病院へと向かう。
「娘の置かれた状況はどの様なものだったのですか?」
「先ず、心臓移植を待つレシピエントがいました」
「それと娘にどんな関係が?」
「娘さんは以前、豊梨病院に入院したりしませんでしたか?」
「あぁ、一度だけ一泊入院した事があります」
「その時に組織適合判定がなされていたと思われます」
「その時点で、今回の移植手術に備えていたと?」
「いいえ。今回、たまたま判定が一致するレシピエントが現れたので、準備を整えていたのでしょう。それが今日になって移植希望の患者の容態が急変し、もう美幸さんを襲撃してでも臓器提供者に仕立てようと画策したのだと思われます。しかも、筋弛緩剤を投与して娘さんの身動きが出来ない状況を作り出し、伊達さんに対して脳死と見せ掛けたのだと思います」
「それは犯罪じゃないですか!!」
「ですが、後に控える移植手術の事を考慮して筋弛緩剤の投与量を減らした事により、娘さんから伊達さんへハンドサインが出せたのですよ」
「どの様に説明されても犯罪に変わりはありません」
「彼らは犯罪も、襲撃した事すらも認めないでしょう。あくまで被害者の手当をしており、その中で臓器移植の提案をしたと主張するはずです」
「レシピエントはどんな方なのですか?」
「実は、前回の豊梨病院での臓器移植手術の後、再発防止の為に内通者を送り込んでいました。その方に聞いた処によると、全国展開している焼肉チェーン店の社長の娘さんで、移植手術費用として2億円用意していたそうです」
「金に目が眩んで美幸を襲ったのですか?」
「悪く言えばそうです。分配も決められていた様子で、移植手術をする中村医師と豊梨病院の双方で各6000万円、娘さんを襲撃した組織に3000万円、そして伊達さんには5000万円が支払われる手筈だったとの事でした」
「5000万円が娘の命の対価だと?そんなの承諾する訳ないじゃないですか?」
「では、1億円ならどうです?」
伊達は驚いて山崎の方を見たのだが、山崎は涼しい顔をして伊達の返事を待っている様子であった。