17「齟齬」
移植手術の検討をしている最中に携帯が鳴った。
伊達からの電話だった。
「山崎さん、伊達です。娘が・・娘が・・」
「落ち着いて。何があったのですか?」
「娘が暴漢に襲われて豊梨病院に運び込まれました」
「えっ!?それで娘さんの容態は?」
「それが、医者が言うにはかなりの重症で回復の見込みが無いと言うんです」
「それはお気の毒です。脳死と言う事ですか?」
「医者はそう言うのですが、どうも娘を看ていると違う様に思えるんです」
「脳死判定に疑問があるとでも?」
「はい。実は娘がハンドサインを出してたんです」
「ハンドサイン?」
「右手は点滴をされていたのですが、ベッドの端から左手が出ていて、その手がSOSのシグナルを示していたのです」
「どの様なシグナルなのか教えて貰えますか?」
「はい。前に娘から教えて貰っていたのですが、先ず手を開いてパーを作ってS、親指を内側に折り曲げてO、残りの4本の指を折り曲げてグーを作ってSを表し、SOSのハンドサインになるのです」
「なるほど、脳死であれば無理な動作ですね」
「私は病院側に気付かれるのを恐れ、娘に『もう分かったから』と何度も話し掛けてハンドサインを止めさせてから、親戚に連絡すると医者に伝えて病室を出て山崎さんに電話したんです」
「それで病院側は、他に何か言っていませんでしたか?」
「臓器移植の同意書にサインを求められています」
「分かりました。病院側の狙いはある程度予想出来ます。私が民間の救急車を豊梨病院に向かわせます。伊達さんは、何とか時間を稼いでください。呉々も同意書にサインしない様に。私も急いで豊梨病院に向かいます」
「分かりました。私一人では押し切られそうで不安です。部屋は602号室です。宜しくお願い致します」
電話を切り走って車に乗り込んだ。
ハンズフリーのヘッドセットを着け、内通者に電話が繋がってから車をスタートさせた。
「状況を説明しろ・・あぁ、そうなのか・・此方にとっても不都合な具合だな・・それで分配はどうなっている?・・ほぅ、それは酷い話だな・・今夜が峠なのか・・我々は計画を中止するしかないな・・今からそっちに向かうから・・あぁ、分かった。私は忙しくなりそうだから、お前から上に中止の件を説明してくれ。今回の件では我々は傍観者だから、そのつもりで宜しく」と言って電話を切った。
民間の救急車が早めに豊梨病院に着いていてくれる事を願いながら車を走らせた。