①「追憶」
現在の臓器移植法に風穴を開ける斬新な意欲作。
今日は、半年前の事件の後追い取材で渦中の豊梨市を訪れた。
そもそもの発端は、豊梨市にある県内有数の中核病院でもある豊梨病院による、臓器移植ネットワークを介さずに臓器移植手術が行われた事を端緒にした国を巻き込んだ大騒動に由来する。
デスクからの依頼で当地を訪れた伊達は、取材対象である渦中のドナーとなった少年の父親とのアポイント時刻を待って近くにあったファミレスでコーヒーを飲みながら遠くなってしまった過去を振り返っていた。
今回の取材を快諾したのには理由がある。
伊達の妻である幸恵が急性骨髄性白血病を発症し、骨髄バンクに登録したがドナーが間に合わず急逝したのが9年前の事でる。
妻と結婚した時に夫婦揃って契約した生命保険のお陰で現在住む家を中古で購入し、残りは娘の学費と結婚費用に当てる事が出来たのは不幸中の幸いである。
当時、妻の遺体に縋り付いて泣いていた娘の美幸は今年で16歳の高校生となっていた。
今でも、ドナーが間に合っていれば・・と思う事がある。
そうであれば、現在の父娘関係も穏やかなものになっていただろうと思う。
世間の父娘と同様、如何に娘に嫌われようとも妻がクッションとなって、今の様な険悪な関係にはならなかったのでは?と考えてしまう。
ドナーが現れるのを待っていた事情はデスクも承知しており、レシピエントの立場からの取材で他社には無い肯定的な記事が書けるだろうとの読みが働いただろう事は想像に難くない。
世間の大多数の意見に逆らってでも気骨のある記事を掲載しようと思案するデスクの思惑に乗るのは自分の使命であると考えるのは当たり前の事であり、その姿勢が娘にも伝われば良いと思っている。
そろそろアポイント時刻となるので急いで待ち合わせ場所である駅前のホテルのラウンジへと向かう。
件の父親の雰囲気をテレビのニュースなどから勝手に想像していたのだが、初対面の挨拶を交わした時には多少の違和感を感じた事に驚き、顔に出ないかと緊張してしまった。
現在の社会では生き辛く、命の価値に疑問を持つ者達の新しい命の価値観を創造出来ればと思い執筆します。