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第95話 女神さまのおしごと


 ここはフレークシルバー王国の王宮。

 かつてはクリムゾン殿下の私室だった執務室。

 今は兄の許可を得て、私が使っているのだが。


 積まれていく書類の束を眺め、さすがの私にも疲れの息が漏れていた。


「どうしてこうもエルフは気位が高いのでしょうね」

『我が夫、レイドよ。わらわの愛しきおのこよ。いったいなにをボヤいておる』


 貴族たちからの嘆願書に却下の烙印を下す私は、一息つく。

 無視してもいいのだが、彼女は女神アシュトレト。

 応えるまで延々と纏わりついてくることは明白。


『なんじゃその顔は』

「なんじゃではないでしょう……あなた、昨日もそうやって邪魔をしてきましたよね」

『邪魔とは心外じゃ! 妾ももう、エルフ王の妃。夫を手伝おうと邁進する妻の気持ちがわからぬとは、やはりそなたはまだまだ子供じゃな?』


 飼い主の反応を待つ駄犬のように瞳を輝かせる女神に辟易としつつも、私は説明を開始していた。


「前王朝で甘い蜜を吸っていた腐った連中が、爵位の維持や、新しい王朝での要職を求めてきておりまして――」


 現在、王の代替わりという名の、国単位での引継ぎの最中。

 大規模な国家再編という事で宮殿は大騒ぎ。


 本来、エルフは長寿ゆえに問題を先延ばしにする傾向にあったようなのだが――今度の王は違う。

 ハーフエルフである私が王となるにあたり、再編された文官たちは大忙し。

 実際にこれからのエルフの将来がかかっているので、真剣になっているのだろう。


 それになにより、これでも私は本物の上位存在。

 女神から派遣されている幸福の魔王。

 レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーに、少なくとも無能と思われないようにと、まともな人材は毎日、きちんと励んでいたのだ。

 ちなみに。

 王宮組織の再編に際し、最も動いてくれたのはやはりクリムゾン殿下だったのだが。


 話はスムーズに進んでいる。


 落胤である私がいなかった当時、姿を隠していた王の次に誰が王となるか。

 現実的な候補者と継承権を踏まえれば、私の兄である彼しかいなかった。


 だからまだまともな文官たちは、今回の騒動が始まる前から動いていた。

 王はめったに姿を現さない。

 当然だ、既に大災厄に乗っ取られ死んでいたのだから。

 けれど、それを知らない文官たちは、王の病を疑っていた。女王の瞳による呪いも考慮したのだろう。

 王がいつまで生きていられるか、そんな不満と不安もあったのだろう。


 それが幸いした。

 もし王が死んでしまった時のシミュレーションができていたのだ。

 腐った他の王族ではなくクリムゾン殿下が王となる場合の道を、整えていたのである。

 そしてクリムゾン殿下の力となる有能な家臣たちと、力にならない無能な家臣たちで分類――既に色分けが済んでいた。

 後は私がそれを精査し、許可を出す――。


 そんな流れができているのだが。

 エルフは少数精鋭と言えどもさすがに宮殿や王宮となると、数は多い。

 貴族たちはそれぞれの文官を抱えているし、武官も抱えている。

 しかし全員をちゃんと確認してからでないと、なにをやらかすか分からない。


 正直、私はまだエルフをそこまで信用できていない。


『つまり、その有能だけを残したのはいいが、王宮から追放されそうになっている無能が騒いでいるということか』

「まあ概ねはその通りです」

『ならば妾がなんとかしてやろうではないか!』


 なにしろ、妾は王妃じゃからな!

 と、隠せぬドヤ顔がアシュトレトの口元を緩くさせているようだ。


「役に立ちたいと思うのならば、おとなしくしていて欲しいのですが……」

『しかし……いまいち理解できぬ。ほとんどの者が前王朝で動いていた幹部なのだろう? 働いていたのなら教育の必要もあるまい。人材はリサイクルも可能。働けるのならばそのまま使えばいいのではないか?』

「本来ならそうなのかもしれませんが、よく考えてみてください。前王朝のトップはエルフという種を呪い、憎悪し、腐らせようとしていた偽りの王ですからね。上層部にいたエルフの殆どが見事に、無能揃いなのですよ」


 言って私はクリムゾン殿下が用意してくれた資料を女神アシュトレトに提示。

 女神は気軽な半裸ではなく、神々しい光布のドレスに身を包んだまま、手を伸ばし。

 ペララララララと指で流して高速解読。


『AやらBやら細かい項目ごとに書いてあるが。これは……鑑定か?』

「クリムゾン殿下は鑑定スキルも得意としているようなので、お願いしてしまいました。力の差がありすぎて全てが塵芥に見えてしまう私達よりも、能力詳細を測る力に長けているようですからね。おそらくは母からの遺伝なのでしょうが、家臣の能力を正確に調べることができるそうなので」


 クリムゾン殿下の人を見る目と力は秀逸。

 女神ダゴンのお墨付きでもある。


『なるほどのう、そしてこれが結果か。凍り付けになっている連中は除くとしても……ふむ、ふははははは! 酷いな、これは! 酷すぎて逆に笑えてくるぞ!』


 他の人間の目はないので、アシュトレトは腹を抱えて大笑い。

 確かに、私も資料に目を落とす。

 それはさながら無能の見本市。


 賄賂や汚職に人権侵害に職権乱用。

 かつ、怠惰が過ぎて全能力が低い。

 まあ、大災厄はそういった人材を敢えて選択していたのだから当然なのだが。


『それで、この無能どもは、どうするつもりなのじゃ?』

「さすがに継続雇用はできませんからね。かといって、プアンテ姫の両親を暗殺させた者たちとは違い、明確な悪事を働いていたわけでもない。他者の命を害していたのなら即決できるのですが、汚職や職権乱用も小物といいましょうか……処分するほどではない。証拠もまだありませんからね。さすがに性格が悪いからといった難癖で処分するわけにもいかないので、扱いに困っているのです」

『腐った無能であっても、エルフ王族の分家や貴族なのだろう?』


 アシュトレトはにやりと微笑み。


『ならば、観光施設としてホストクラブやキャバクラを建設すればよいではないか!』


 また何かアホなことを言い出した。


「確かにエルフの王族や貴族は、美醜を問えば間違いなく美。平均値の高いエルフにおいても、見栄えだけは優れていますが」

『であろう? 見た目がいいのなら水商売! 接客が良いと妾は思うのじゃ!』


 これぞ適材適所と勝ち誇る女神のドヤ顔。

 その髪を揺らすほどの大きな溜息を私は漏らし。


「あのですね、ホストやホステスは外見上の魅力の数値も重要ですが、それよりも知力が最も重要視される職業。端的に言えば、愚者には一番不向きなのです」

『ならば性風ぞ……』

「却下に決まっているでしょう!」


 怒るな怒るな!

 と、私の鼻をツンと指先でつついたアシュトレトは真面目な顔をし。


『しかし――分からぬのう、なぜ今の人類は性の営みを司る商売をそこまで禁忌とする』

「何故と言われましても」

『妾がまだ豊穣の女神として祀られていた時代においては、金を対価に夜伽を担当する乙女は神聖な職業。いわばエリート。性とは生の営み。最も優先されるべき神事。性を平等に民草に分け与える其れは、まさに神の恵みと施しじゃ。なのにやれ汚い職業だの、やれ職業に貴賎なしだの、性を司るシャーマンを下に見る傾向にある。解釈違いであるぞ、妾』


 性を司る商売に関して熱弁しているが。

 アシュトレトが暴走しているというわけではない。

 おそらく、彼女がまだ神聖な存在として、まっとうに崇められていた世界のその時代では、本当にそういう価値観があったのだとは認識できる。


『まあ――大淫婦などと妾を愚弄する人間も確かにおった。自らが神と崇める存在のために、他の誰かが大切だと崇めている者を貶め、嘲笑し、邪悪なものへと印象操作をし続ける。それが人類の性質なのやもしれぬな。しかし、我が夫よ。そなたは違う。賢明な男じゃ。ならばこそ――エルフ王族による”生命の施し”を許容するであろう――違うか?』


 おそらくアシュトレトの元となった女神の一柱。

 かつてバビロニアで祀られていたイシュタルは他宗教による迫害に遭い、悪意を持った呼び名で、娼婦の女王のような扱いを受けたというが。


「そういった商売を否定する気はありませんが、エルフの王族たちが納得する筈ないでしょう」

『ふむ、何も強要しろと言っているわけではないのだが』

「……いったい、何をしようとしているのです?」


 どうも様子がおかしい。


『実は、妾にも神殿が欲しいのじゃ!』

「神殿ですか……」

『マルキシコスは大帝国カルバニアに自らの神殿を建設させていると聞く。大陸神をバカにするつもりはないが、妾はあの者個人はバカにしておる。我が夫よ。言いたいことは、もうわかるな?』


 ようするに……。


「一応は現地で神と認められているマルキシコスへの嫉妬、やっかみ、嫉み。そういった感情に負けたというわけですね」

『あやつに神殿が新設されるのに、妾に神殿が新設されぬのはおかしいであろう!』

「それで、あなたの神殿を建設しろと?」


 アシュトレトは既に必要書類を纏めていた。

 普段はだらけている女神だが、こういう時は本当に迅速で有能のようだ。

 どうやら私よりも多忙のクリムゾン殿下を捕まえ、書類を作らせたようだが。


 まあ、兄が女神と交友を深めるという点だけは悪くはない。

 書類に目を通す私の前で、アシュトレトが言う。


『妾は美しいものが好きじゃ。見た目だけならば、その腐った無能どもも見目麗しい。妾の神殿にその無能どもを配置し、観光客との自由恋愛をさせれば――、一石二鳥であろう?』

「そうですね……創造神の神官として配置されるわけですから、ある意味で名誉な職なのでしょうが」


 実際はおそらく。

 アシュトレトの神殿で、そういう接待をする役目を担うことになるのだろう。

 基本は水商売で、本人たちが納得したら一夜の契りを交わす。

 そんなやり取りが目に浮かんでいた。


 神聖な神殿で性の営みを下賜する。

 現代の価値観だと淫らとされるが、それは神にとっては神聖な儀式であり、慈悲。

 アシュトレトがいう理屈にも一理はある。


 それになにより。

 邪魔な貴族を王宮から出す、いい口実に……。

 ……。


「強要しないのなら構いませんが、ちゃんと人材の育成ができるのですか?」

『なに、簡単な事。自らの分と、立場を覚えるまで――扱けば良いだけじゃ』

「あなた自身は」

『安心せよ、妾にはそなたがおる。妃でもあるからな、その点は弁えよう。美しき者達の愛欲を愛でる、ただそれだけでも眼福じゃ』


 嫉妬とは、愛いやつめ――!

 と、妙に女神は喜んでいるが。

 気づいたら女神の子供だらけ、という問題にはならないようだ。


 これを受理すれば、アシュトレトはしばらくおもちゃを手に入れ。

 私も自由になる時間が増える。

 私はしばし考え。


 封蝋を召喚。


『どうした、珍しく悪い顔でニヤニヤしおって』

「いえ、分かりました。あなたには世話になっていますからね、話を進めておきます」


 既にクリムゾン殿下やまともな文官から、無能の烙印を押されている王族貴族に、【王からの手紙】をしたため始める。

 大変に難しいが、此れは女神アシュトレトに仕える名誉な職である、と。


 あくまでも本人たちの希望次第という体裁を保ち。

 私は人事異動とアシュトレトの神殿建設の書類。

 両方を受理したのだった。


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