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第94話 古巣にて


「――というわけで、今後はエルフ国家の新王として国を治めることになりました」


 時は昼過ぎ。

 現在地は大帝国カルバニア。

 かつて王国だった場所で、勇者ガノッサの現在の本拠地。


 私の姉ポーラの墓がある、私の故郷ともいえるマルキシコス大陸の帝国である。

 転移した場所は知り合いのいる騎士団の詰め所。


 金髪碧眼の女騎士にして王族のライラ姫や騎士団が私を歓待してくれたのは、やはり――。

 この国を一度救ったという功績が大きいのだろう。


 そして、通された部屋で事情を説明したのだが。

 ライラ姫は宝塚の俳優顔負けな騎士顔を一瞬、硬直させ。

 ふぅ……と大きく息を吐く。


 紅茶カップを掴むその優雅な所作はわずかに揺れていた。

 姫の後ろで護衛代わりに同席しているのは馬面の騎士、前の事件で出会った英雄気質もあるノーデンス卿なのだが。

 彼の顔も完全に顔面蒼白となって、あわわわわ。


 呼吸を整えたライラ姫が言う。


「話は理解した。確かに、かつてクリームヘイト王国のギルドマスターとして派遣されていたパリス=シュヴァインヘルト殿からの根回しで、ギルドを通じ此方にも話は少し伝わっていたが……」

「なにか問題が?」

「貴殿がハーフエルフで、しかも歴史の裏に消されていた白銀女王と呼ばれるエルフ女王の落胤で、しかも戴冠式はまだだが、もうすでに王として登録され動いている。さらに女神達……創造神と呼ばれる上位存在の使徒……魔王だとは……。うむ、なんだ。アレだな。そこまでは聞いていなかったのだ」


 無精髭エルフのパリス=シュヴァインヘルト。

 私の義父となっているあの男は、ヴィルヘルム商会の豪商貴婦人ヴィルヘルムと並ぶ有能株。

 エルフの中では貴重な、大森林の外であっても問題なく行動が可能な人材。


 彼らは冒険者ギルドと商業ギルドを通じ、様々な情報工作を行ってくれている。

 今回の訪問も、彼らが話を事前に取り付けてくれていたのだが。


「すみません、てっきり既に資料や詳細がそちらに届いているのかと」

「いや、こちらこそすまない。パリス殿も豪商殿もその……あまりにも荒唐無稽な話なので自分達の話では姫殿下も納得しないだろう。ちき己であるのなら本人から聞いてもらった方が信用できるのでは――と。貴殿の訪問や大使館の準備を進めるとそれぞれのギルドに戻られてな」


 私は苦笑し。


「確かに、顔見知りでもないエルフが突然ギルドのコネで王族を訪ね、今の話をしたら」

「それを信じればさすがのわたしでも、周囲から正気を疑われる」

「皇帝陛下、マルダー十一世にこの話は」

「後でわたしから伝えておく。もう既に、全権を預かっているからな」


 大帝国カルバニアは今後、女帝となるライラ姫が中心となり政が行われるのだろう。

 この地は勇者ガノッサの伴侶が暮らしているおかげで勇者が滞在する地。

 他の地方よりも安全と言える場所なのだが。


「迷宮の方はどうなっていますか」

「ほぼ鎖国状態だった状況も変わったのでな、冒険者ギルドを通じ……貴殿の忠告通り、定期的に討伐依頼を出すようになった。またサイクルが始まり、大量の魔物が湧かれても困る」

「大使館には私や女神の鍛えたエルフを派遣するつもりですので、もし建設許可を頂けるのなら、こちらの人材を使っていただいても構いませんよ」


 もちろん、依頼報酬や正規の料金は頂きますが。

 と、料金表を提示する私にライラ姫が顔を上げ。


「大使館を作っていただけるのはありがたい。こちらも貴国との国交があれば心強い。なによりの後ろ盾となってくれそうだ。しかし」

「なんでしょう」

「確かにこの地はレイド君……いや、陛下の故郷だが。今も昔も……はっきりと言って、あまり好かれるような場所ではなかったのだろう?」

「まあ恩人を殺されていますからね。けれど……」


 私は姉ポーラが住んでいた屋敷を意識しながら。


「私の大切な人が長く住んでいた地。初代マルダー帝の事も、今となっては利用しようとしていた事を心苦しくも思っていましたから、その恩返し――と思っていただければ」

「そう言っていただけるととても助かるが。実際はどうなのだ? エルフといえば魔力に満ちた長寿であり、種族としての外見も神秘的で見目麗しい存在。上位種と崇めている種族もいると聞く。そんなエルフ国家であるフレークシルバー王国が、こんな発展途上の帝国と国交を結べるとは……そちらに利があるとはあまり思えん」


 ライラ姫は王族としての顔で、青い瞳に凛とした光を燈し。


「魔術を禁忌としていた我が国は全てにおいて遅れている。唯一、魔術の代わりに使用するスキルに関しては他国より優れているが、それでもたかが知れている。端的に言えばこちらには出せるものがないのだ。あまりにエルフ王の温情に依存しすぎた状況は、国家として歪となろう」

「そちらが人間の国家であり、そしてこちらがエルフの国家であってもこちらと国交を結んでいる。その事が一番重要なのですよ」

「……海賊パーランドと呼ばれる加害者であり、被害者であった人間の件か」


 それは両者がエルフ狩りと人間狩りをしていたという事実。


「はい、これからしばらく、エルフの評判は間違いなく下がりますからね。人間という種は、個体としての能力は正直低いですが、優れた統率者を得た群れとなった場合、話が変わる。群れという条件付きの能力は間違いなく上位に位置します。だからこそ、人間は【強者を討てる(ジャイアントキリング)】と自覚している。人間狩りをしていたかつての王族の件を進軍の御旗とされ、攻め込まれてきても困るのですよ」


 それは、エルフが人間に滅ぼされるからではない。

 私と関わっていた彼女ならば、それを理解しているようで。


「貴殿ならば――人間の国家が連携したとしても、単騎で返り討ちにできてしまうだろうな。だが、エルフ国家フレークシルバーが既に人間の国と国交を結んでいたとしたら、軽々には攻め込めない、か」


 だから互いに利のある話。


「無駄な殺生は嫌いですし、人間の数が減りすぎても困るのです」

「人間が減ると困る?」

「ええ、人間たちにはこれから女神のために、くだらないとされているこういったモノを開発していただければ……と、そう考えていますから」


 言って私が取り出したのは既にいくつか献上されている遊戯や、おもちゃの数々。


「これは」

「ただの玩具や絵本ですよ。子供用であったり、大人用であったり様々ですがね」


 私は女神たちの性質を説明した。

 

「なるほど――創造神たちにこの世界への愛着や、この世界の価値を認めてもらうためのエンターテイメントの育成か。難しい話だな」

「そう難しくはない話ですよ。極端な話、可能性さえ感じさせればいいのですから」

「すまぬが――もう少しわたしでも分かるレベルで話して貰えるだろうか」

「ようするに期待で十分なのです。たとえば女神たちが喜ぶ恋物語を書いたとします。女神たちはその時点で既に、人間が退屈しのぎになる物語を作れる種族と認識してくれますからね。百年後には別の人間がもっと面白い恋物語を書くかもしれない、けれど実際には書けないかもしれない。それでも、人間が女神の好む恋の話を書けるという可能性を生み出した時点で、一定の価値が認められているのです」


 一息つき。


「彼女たちは箱庭を眺めながら、人間が自分が好む遊びや物語を作ることをただ待っているだけでいい。過度な期待はしていなくとも、いつか心躍らせる遊戯が生まれるかもしれない。逆に言えば――絶滅させてしまっては、可能性はゼロとなってしまいますが――生き残らせればゼロではない。そのゼロではないという期待が、彼女たちのきまぐれや不快の延長上にある、”種の粛清”を考え直させるでしょうからね」

「種の粛清?」

「実は先日のエルフ王国での騒動で、エルフという種が女神により消され掛ける状況になりまして――今回はエルフでしたが、次に人間種や、世界にまで広がる可能性は大いにあると私は想定しています。それを今のうちに防いでおこうかと動いているわけです」


 ライラ姫は困惑の汗を浮かべるが。


「理屈は分かったが、なぜ例に出したのは恋物語なのだ」

「どうやら女神たちは、とても純粋なようで……恋に恋をしているようなのですよ。良くも悪くも、欲に忠実で、そして手に届かないモノにこそ価値を見出す傾向もあります。おそらく――手に入らないものや、失くしてしまったものにもっとも価値を感じているのでしょうね」

「そうか――恋の物語に……」


 言葉には苦さと甘さが含まれていた。


 かつてライラ姫は、勇者ガノッサに恋慕に似た初恋と憧れを抱いていた。

 けれどそれは失恋に終わる。

 人間のせいで喪っていた勇者の伴侶が私による奇跡で蘇生され、再会。今は共に、かつての不幸を覆すように幸せに暮らしているからだ。

 その物語も、おそらく女神は恋の物語として眺めている筈である。


 既に失恋を思い出として昇華させたのか。

 苦さを懐かしんだような空気の後。

 ライラ姫は気丈な顔で言う。


「大使館の件だが、いったいどこに建設するつもりなのだろうか。要望には最大限に歩み寄るつもりだが」

「姉ポーラの屋敷があった場所を想定しております。墓荒らしに遭いたくはないので、姉の墓を守るという意味も含んでいるのです。どうでしょうか?」

「――承知した。こちらから話も通しておく。冒険者ギルドのパリス=シュヴァインヘルトを通じて連絡を取るという形で問題ないだろうか」


 私は頷き。


「大使館に常駐するエルフもおそらく、既に大森林の外に慣れているシュヴァインヘルト領のエルフを派遣することになるかと」

「すまぬが、シュヴァインヘルト領とは……」

「人間との共存共栄を選んだエルフの一族です。おそらくですが――この街の冒険者ギルドに登録されていたエルフの方も、その出身はシュヴァインヘルト領だと思いますので。詳しくは後で確認してみてください」


 ライラ姫は冒険者ギルドに遣いを出すように騎士に命令しながら。


「しかし、意外だな。エルフにも派閥があるとは知らなかった。そういった世俗的な印象のない、神樹に寄り添い静かに暮らす種族だと勝手に思っていたが」

「同じ印象がありましたが、どうやらわりと俗っぽいようで。そうですね、もちろん個人差はありますが……気位と自己評価が高すぎて、平民を自然なままに見下す貴族を想像していただければ、皆さんだいたいあのような感じですよ」


 王族だからこそ、そんな面倒な貴族の心当たりが多いのだろう。


「なんというか、そうか……そんな国を治めるのか。大変そうだな」


 これは姫ではなく女騎士ライラとしての同情のようだ。


「――シュヴァインヘルト領のエルフや、ヴィルヘルム商会のエルフは例外ですがね。外を知っているからこそ、人間の群れの能力を評価している。反面、外を知らない多くのエルフは驕り昂っているというわけです。なまじ能力も高いことからくる、歪んだ自己評価なのでしょう」

「そんな伏魔殿の統治とは、貴殿に幸あらんことを願っているよ」

「ありがとうございます。ですが、戴冠式の後に大幅な意識改革を行うので、少しの辛抱ではありますがね」


 そうかとライラ姫は頷き。


「こちらに派遣されるエルフの方々が決まったら連絡して欲しい。文化の違いもあるだろうからな、陛下と会っていただく前に、すり合わせをしておきたい」

「分かりました――シュヴァインヘルトのエルフは青き森の一族。冒険者となっている者も多いですし、人間社会とも溶け込み文化も把握している。社交的な人材も多いですからご安心ください。もっとも、領主が冒険者ギルドの幹部で懇意としていますから、多少、冒険者ギルド特有のガサツさもあるとは思います」

「ガサツならばわたしと同類かもしれんな」


 とはいうものの、この女騎士は貴族である優美さを隠しきれてはいなかった。

 本人的には隠せていると思っているのか、それとも隠し切れない未熟な自らへの皮肉だったのか判断できず――。

 私は返事を曖昧にしたまま。


 召喚円を床に刻み。


「暫定的とはなりますが、大使館の代表……特命全権大使として彼を置いていきます。自由に使ってあげてください」


 召喚された男を見上げ、ライラ姫が言う。


「この武人のお方は……いったい。エルフの方ではありませんよね。なにやら只ならぬ、覇気と威圧感を覚えますが」

「大陸神マルキシコスですよ。彼は分霊を生み出せますからね、これから交渉するクリームヘイト王国にも配置するつもりですが――大使館に置いておくにはなにかと便利と判断しました」


 マルキシコスは頬をヒクつかせているが。

 その魔力は本物。


「待ってくれ、マルキシコス様だと!? 聞いていないぞ!?」

「説明する必要のある項目が多すぎましたからね、些末な事の説明が抜けておりました。すみません」


 些末と言われ更に額に青筋を浮かべるマルキシコスであるが。

 私との契約はまだ継続中。

 自分がしてきた事への負い目もあるのか、暴れる様子はないようだ。


 私は出された果実飲料に口をつけ。

 彼らの主神が眷属となった件についても事情を説明し始めた。

 国中の聖職者が招集される大騒ぎに発展したが、自らを神と崇める人間たちには悪い気はしないらしく。


 マルキシコスは超がつくドヤ顔。

 会議を始めたのは王族や貴族。彼の趣味である金髪碧眼の美形に囲まれている状況にも、満足しているのだろう。


 司祭たちに崇められるマルキシコス。

 その大使館就任は、ほぼ確定となったようである。

 今は大使館に神殿を併設するべきかで、国中を巻き込んでの議論がされているようだが。


 私は気にせず。

 結果だけを伝えてほしいと言い残し。

 フレークシルバー王国へと帰還した。


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