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第89話 赤き瞳が見続けた紅


 魔王たる私の赤き瞳と同調するのは、女王の赤い瞳。

 これは過去に見た景色。

 プアンテ姫も扱う瞳を使う魔術、【魔力同調】だろう。


 瞳の表面に走る魔力を通じ、彼女の瞳が私に訴えているのだ。


 女王の瞳は泣いていた。

 涙をポロポロポロと流していたのだ。

 女王の瞳が交互に眺めていたのは、過去の赤い髪の少年クリムゾン殿下。


 そして。

 今の、成人したクリムゾン殿下。


 現実と過去の境。

 まるで走馬灯にも似た景色が、くるりくるりと視界の中で回っている。

 私は魔王だ、瞳が見せる景色をはっきりと具現化させることもできる。


 霊廟に浮かぶ謎の光景に、今のクリムゾン殿下が言う。


「これは――」

「女王陛下の見ていた景色、いわば思い出……でしょうね」

「無限の魔力の影響か」

「ええ――もっとはっきりと観測することもできますが……どうしますか?」

「どうしますかとは?」


 これを見ればおそらく殿下は、自身の出生を知ってしまうだろう。

 瞳を閉じ、魔力同調の感度を下げた私は、しばし言葉を探り。


「これは女王の忌憚のない記憶でしょう。私見ですが、おそらく見ない方がよろしいかと私は思っております」

「そうか――だが、確認をしてきたということは俺にも見るべきだと、そう思っているのではないか?」

「どうでしょうか――抽象的な意味や、詩的な表現ではなく私は人の心の機微に疎いのです。魔王となった私には人の感情や心といった、曖昧な概念に対しての感性が鈍ってしまいました。魔王化の弊害とでもいいましょうか、だから、正直、分からないのですよ……」


 クリムゾン殿下が微笑し。


「心の機微に疎いモノならば、確認せずに勝手に動いていた筈だ。俺はおまえが心の機微に疎いとは思ってはいない、そもそも心の機微に疎いのならば、あれほど人々の心を扇動はできないからな。もし本当に心が理解できなくなっていると思っているのなら、おそらくそれはおまえの勘違いだ」

「勘違いですか」

「ああ、魔王になったからと心から逃げようとするな」


 まるで兄による説教である。


「だいたいプアンテも魔王だが、心の機微に疎いとは思えぬぞ?」

「おや、彼女が魔王だと知っていたのですね。彼女に聞いたのですか」

「いや、もしやそうではなかろうかと、今、鎌をかけただけだ。そうか――やはり、あの子も魔王となっていたのか。おそらくは両親が襲われたときに……といったところだろうな」


 勘が鋭い。

 これはどうせ隠していても気づいてしまうから問題ない。

 そう言いたいのかもしれない。


「では、具現化させますよ」


 クリムゾン殿下の頷きを合図に、私は魔力同調を開始。

 殿下の瞳にも魔力を流し、景色を共有したのだ。


 無限の魔力の見せる過去の光景は、キラキラと輝く美しい世界ばかりだった。

 世界を愛し、世界を美しいと思う心こそが、【無限の魔力】の力の源。

 だから本当に、女王が見た世界は美しさに満ち溢れていた。


 そんな景色の片隅にはいつも、赤髪エルフの少年がいた。

 クリムゾン殿下だ。


 女王は少年を後継者……我が子とは思っていなかったようだが、それでも世界の全てを美しいと感じる女王だ。

 少年に対しても、美しい世界の一部分として愛を注いでいたようだ。

 息子としてではないが、実験で生まれた子供だとしても一定の愛は持っていたと考えられる。


 何も知らぬ者から見れば、兄の子の手を引く優しい女王だ。

 女王は美しい。

 クリムゾン殿下も美しい。

 そこにクリムゾン殿下の父も合流する。


 女王の瞳は気付いていない。

 クリムゾン殿下の父親の感情に、まったく気づいている様子がないのだ。

 魔力を維持する世界の美しさを眺める瞳には、人の感情などキラキラしていない、どうでもいいモノとして映っていたのかもしれない。


 けれど、クリムゾン殿下は父親には愛されていた。

 溺愛されていたといってもいいだろう。

 それが彼女の息子だからか、それとも親として子を愛していたのかは分からない。

 ともあれ。

 やはり殿下は、遺伝上の母親がスノウ=フレークシルバー女王だとは知らずに育っていたのだろう。


 けれど、まるで母のように慕っている様子が何度も垣間見える。


 思い出の景色の中には、いつも赤髪の少年がいた。

 クリムゾン殿下の父親は、クリムゾン殿下を通じ女王の心を開けるのではないか――そう、考えていたようだ。


 だから何度も女王に、幼きクリムゾン殿下とまだシュヴァインヘルトの家名のないパリス、両名の世話を振ったのだろう。

 実際、女王はクリムゾン殿下を可愛がっていた。

 けれど女王は息子としてではなく、あくまでも甥としての対応を取り続けていたようだ。


 それでも、女王はクリムゾン殿下を気には掛けていたようで。

 家庭教師に選んだのは優秀な人材。

 商才に長け、品も知性もあるとされた女性……後に長寿ハイエルフとなり豪商貴婦人ヴィルヘルムと呼ばれることになる女性だった。


 女王の瞳が、頭を下げ――忠誠を誓う若き豪商貴婦人ヴィルヘルムの姿を映している。


 クリムゾン殿下は様々な学問を学んだ。

 豪商貴婦人ヴィルヘルムは本当に優秀な家庭教師だったらしい。

 そして、殿下のまっとうな倫理観も彼女による教育で培われたモノだと理解ができる。


 女王はクリムゾン殿下の成長を眺めていた。

 それは誰の目から見てもわかるほどに、愛情が伝わるほどの優しい眼差しだった。

 だから当時、家庭教師だった豪商貴婦人ヴィルヘルムは言ったのだろう。


 ――陛下にはまだお子様がおりません。将来のために……どうでしょうか、殿下にワタクシの他に帝王学の師をつけてみては。

 と。


 女王は首を横に振り言った。


 ――わたくしはあの子がとても可愛いと思っているのです。だから、帝王学など教えたくありません。

 と。

 豪商貴婦人ヴィルヘルムはその言葉で察したのだろう。

 女王は彼を王位に就かせる気はないのだと。

 その理由は簡単だ。


 とても大事に思うからこそ、王などと言う損な役回りは押し付けたくない。


 大事だからこそ、後継者にはしたくない。


 彼女にとって王とは、突然押し付けられた席。

 一生を、国民のために使い果たす人生。

 それは清く正しい牢獄。


 だから。

 後継者にしないという判断は、彼女にとっての愛。

 母としてかどうかは分からない。しかし少なくともそこには、大事な家族としての愛はあったのだろう。


 けれど。

 クリムゾン殿下の父親はそうは思わなかったようだ。

 時が過ぎる。


 既にクリムゾン殿下も大人。

 友であるパリス=シュヴァインヘルトも大人。

 これはいつか殿下も言っていた、魔術大会の天覧試合。


 親友同士の決勝戦が行われている。


 クリムゾン殿下は強かった。

 この試合に勝って、女王の側近になろうと励んでいるのだ。

 美しく優しい叔母に、昔から憧れていたのだろう。

 母だとは知らなくとも、傍にありたいと願ったのだろう。

 だから剣に赤雷を纏わせ、並の魔法剣士以上の腕で友たるパリス=シュヴァインヘルトと刃を交える。


 けれど、現実は非情だ。


 パリス=シュヴァインヘルト。

 後にギルドマスターとなり、女王よりシュヴァインヘルト領を与えられる友は、強かった。

 強い信念を持っていた。


 女王の専属騎士となるために、彼は励み続けていた。

 エルフという種は少数精鋭。故に、数の暴力に弱い。今は多くのエルフが人間を下に見ているが……将来的に人間と共存しないと道がない。

 そんな持論を、まだ若いパリス=シュヴァインヘルトは真剣に憂いていたのだ。


 しかし彼は所詮、王族ではないエルフ。

 そんな先を見据え過ぎた意見に耳を傾ける者はいない。

 賢人とて、彼の意見をバカにしている。

 実際、エルフの世界では彼の意見は異端扱いされていた。大森林の外で生きられる道を探る? 人間と共存? ありえないと、疎んじられていた。


 だからこそ、だ。

 彼は直接、女王に訴え出るチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 エルフという種の将来のために、女王に訴え出る覚悟があった。


 ただの憧れの中で戦う貴公子。

 千年先を見越し、エルフ全体のために動く使命感にあふれた若き思想家。

 二人の剣は何度もぶつかっていた。

 勝負は拮抗。

 けれど、剣に乗せる重さが違ったのだろう。


 無限の魔力を操る女王には、戦う前から結果が見えていたようだ。


 長い戦いの最後――折れたのは、赤雷を纏う王族の長剣。

 互いに全力を出した決勝戦。

 その結果は――。

 パリス=シュヴァインヘルトの勝利。

 女王の瞳は勝者であるパリス=シュヴァインヘルトではなく、敗者であるクリムゾン殿下を眺めていた。


 皆の前で負けた。

 その事に、誰よりも安堵しているようだった。

 力なき王は王にあらず。

 それは、彼女が王となった経緯とは逆。


 女王は心の底からホッとしたのだろう。

 これで息子が王にならなくとも済む、と。

 だが、クリムゾン殿下の父親の思惑とは……異なった結果でもある。


 そして女王が勇者と恋に落ちるきっかけを作ったのは、この天覧試合ともいえるだろう。


 パリス=シュヴァインヘルトが後悔し続けている思い出。

 女王の死のきっかけ。

 専属騎士となったパリスは、女王に外の世界について語り――そして女王は外の世界に恋い焦がれるようになっていく。

 赤い瞳は、次第にクリムゾン殿下を眺める時間を減らしていく。


 それが悲劇の始まりでもあった。

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