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第87話 タイミング ―事後処理―


 ここは執務室の代わりに借りている部屋。

 クリムゾン殿下の私室。

 既に私に掌握された王宮内。


 騒動後、エルフも冒険者も勇者もそして世界も、全員が慌ただしく動いている。

 それもそのはずだ。

 世界にとって、根底を覆す大きな事件がありすぎた。


 最も大きいのは神の降臨か。


 実在は証明されていた大陸神の実際の降臨。

 そして実在どころか存在すらも曖昧だった創造神の存在と、大勢の前で初めての降臨。

 聖職者にとっては一大事。

 教義そのものの変更が必要とされているのではないか、神の序列はどうするのかと毎日朝から晩まで会議と論争を繰り広げているようだ。


 大災厄の討伐という事で、冒険者ギルドは今回の件に関して深く関わっている――だからこそ、女神の降臨は公式な記憶。

 公文書として歴史に刻まれることになるのだろう。


 女神たちは空中庭園からそんな人類たちの様子を美酒を片手に観察し、誰が一番信仰されるかと女神議論を続けているが。


 ともあれだ。


 次に大きいのは大災厄が討伐された事。

 そしてそこから派生したのが――勇者という存在に課せられていた、枷の崩壊。

 集った勇者達には報酬として、私は躊躇することなく【勇者制限】を解除する手段を伝授していたのだ。

 もちろんこれも世界にとっての転換期。


 世界は大きく変わり始めていた。


 今まではいいように使われていた勇者だが、これからは違う。

 理不尽には抗う事が出来るのだ。

 今まで、人類に利用されたくないと、社会の陰に潜んでいた勇者が次々と名乗りを上げ始めた。

 私は条件付きで勇者に情報を提供した。


 勇者を誑かし、悪知恵を伝授する様はまさに魔王といえるだろう。

 が。

 実際に魔王なので問題ない。


 事を重く見た冒険者ギルド本部から報酬支払停止の緊急要請が入ったが、無論、私はそんな要請など気にせず勇者全員に報酬を支払った。

 私は二百年前に冒険者ギルドで働いていた。

 当時の記録が残っているので、私も冒険者ギルドのスタッフということで【職務制約魔術】による強制命令ができるかもしれないと判断したのだろう。


 職務制約魔術とは使用条件こそ難しいが――組織の規約から逸脱した行為を、強制的に停止させる、いわば絶対的な命令権なのだが。

 所詮は魔術。

 私ならばレジストも容易だった。


 もっとも、それは相手にとっても想定内だったようだ。

 今まで一度もレジストされたことのなかった冒険者ギルドの幹部による【職務制約魔術】がレジストされた。

 冒険者ギルドも愚かではない、レジストされるかどうかが目的だったのだろう。


 彼らは多くの幹部の目の前で、私が魔王であることを証明したのだ。


 もう冒険者ギルドでは情報は確定扱い。

 マルキシコス大陸の多くを救った賢者レイド=アントロワイズの正体が、幸福の魔王であると認識している。


 そして魔王とは箱庭せかいに直接介入を是としない、創造神の駒であることも伝わっているようだ。

 それは女神降臨の目撃者だけではなく、ある神の言葉のおかげでもあった。


 ある神とは――マルキシコス大陸の主神ともいえる大陸神、マルキシコスである。


 本来なら人類のためになど動かぬ大陸神の一柱が降臨。

 冒険者ギルド本部や、各地の教会、各国の王の前に顕現し、魔王とは創造神たる女神の遣いであると神託を下していたのだ。

 そして、もはや勇者は魔王を討つためだけの道具ではなく、そして人類が自由に使える最強戦力ではないと警告を下したのである。


 もちろん、私による命令である。

 大陸神マルキシコスが私の眷属化していることは、冒険者ギルドにはもうバレているだろう。

 けれど神は神。

 神の言葉に逆らえる人間などあまりいない。


 起こっている事件や顛末をまとめていた私に声が降ってきた。


『ヒョッヒョッヒョ、あまり若い者を虐めないで上げてくれると嬉しいんだがねえ。幸福の魔王よ、新たなる王よ――約束はないがちょっとだけ、構わぬか?』


 聞き覚えのある声である。

 ここクリムゾン殿下の私室は王宮内にある。

 もちろん結界も何重に張られているのだが、それを素通りできるとなると――。


 私は天井を見上げて告げていた。


「アポイントメントは必要ありませんよ、どうぞお入りください」

『そうかい? それじゃあ遠慮なく』


 天井に浮かんでいた僅かなシミが集合。

 それは静かに顕現していた。


「あなたは――」

『久しいのう』


 声だけではなく、姿も見覚えのある存在だった。

 エルフの王都にやってきた時に立ち寄った、露天商の老婆である。

 あの時は古典的な魔女と言った姿のエルフだったのだが。


「――なるほど、木を隠すのなら森の中。大陸神がどこに逃げていたのかと思っていたのですが。まさか大陸神がエルフに化けて、露天商のまねごとをしていたとは。さすがに計算には入れておりませんでした」

『逃げてなどおらぬ、ただ近くで見守っていただけということじゃな』


 そう。

 私はすでにこの大陸の大陸神と出逢っていたのだ。

 私は言う。


「大陸神とて多種多様。自尊心の高いマルキシコスならば、エルフに化けて見守っているなどできないでしょう。それがあなたの生存戦略なのでしょうか」

『見栄えのみを重視し、外面だけを取り繕う神。人間の女に溺れ鍛錬を鈍らせた若造と一緒にされてものう。まあ、あの小僧が言っていたことはほとんど正解じゃ。大陸神を失えば、その大陸の魔術がほぼ失われる。死ぬわけにはいかん、だから我らは生存を優先する。そう変な話でもなかろう?』


 あの小僧はその点でも目立ちすぎだと、苦言を追加していたが。

 どうやらあのマルキシコス。

 大陸神仲間からも残念な存在として認識されているようである。


「それで、大陸神様がわざわざ全てが終わった後にやってきて、いったい何の御用ですか? 魔道具の新作があるのなら購入しますが」

『なに、あたらしきエルフの王に挨拶をしておこうと思うてな』

「戴冠式はまだ先ですよ。先に父の遺骸と母の瞳を埋葬し、結界を新たに設置しなければなりませんし。書類仕事も事後処理も山のように溜まっておりますからね」


 老婆姿の大陸神が椅子に腰かけ言う。


『なぜ、この婆がエルフの女王を助けなかったのか、理由を聞かぬのかい?』

「聞いてなにかが変わるのですか?」

『――あんたの母親じゃろう。あの時、昼の女神さまは頭を下げておったが、本来ならばこの婆がやらねばならなかったことでもあるからな』


 説明責任を果たしに来た、と言ったところか。

 私は書類に目を戻し。


「あなたを責めるつもりはありませんよ。この大陸には多くの種族がいる。エルフだけに加担する事が大陸神として正しい振る舞いだとは私は思いません」

『冷静じゃが、冷たいな』

「合理的だと言ってほしいですね」

『では合理的な提案じゃ。おぬしもしばらくはこの大陸にとどまるのじゃろう?』

「ええ、まあエルフの落ちた評判が戻るまで、そして今回の事件が人間たちの記憶から風化されるまでは……。だいたい百年も経てば人間はそれを過去としてしまいますからね。それくらいは王として、この地にいるつもりですよ」


 頷き大陸神が言う。


『はっきりと言ってな、ワシはあんたが怖いのじゃ』

「それは申し訳ありませんね」

『じゃが、あんたの後ろにいるあの方々はもっと恐ろしい。あんたは合理的じゃ、無駄にワシを消そうなどとはせんじゃろう。しかし、女神は違う。気に入らないとならばワシを平然と消すじゃろう。何事もなかったかのように、目障りな埃を片付けるように……』


 ない話ではない。


「それで、合理的な提案とは?」

『あんたの眷属にしておくれ。マルキシコスはバカな大陸神であるが、今はもっとも賢い場所におる。女神たちとて、あんたの眷属ならば手は出さぬじゃろう。なにしろあの三女神の寵愛を受けし魔王。他の女神たちもおいそれとは手を出せなくなる』


 悪い話ではない。

 私は頷き、契約書を広げてみせる。

 老婆も承諾し、わずか数分で大陸神との契約は完了した。


「ありがとうございます――」

『礼を言うのはこちらじゃろうて』

「しかし、本当に助かるのですよ。しばらくしたら延期していた沿岸国家クリスランドの招待に応じる予定でしたからね、私はエルフの王としてあちらに訪問するつもりなのです。その時にあなたが同席してくだされば――力と魔力で強引に王座を奪ったエルフの王としてではなく、大陸神に認められ王となった白銀女王の落胤だとスムーズに証明できますからね」

『なるほどのう』

「澄ましているようですが、それを理解したうえで、このタイミングでやってきたのでしょう?」


 指摘に――。

 権謀術数を嗜む老婆はただ口の端を上げるのみ。


「互いに利のある契約なので、まあ構いませんが。一つお聞きしても?」

『あんたが主人じゃ、なんなりと聞いておくれ』

「他の王族とは違い独立して動いていたまともな王族……クリムゾン殿下を使役していたのは……いえ、見守り続けていたのは――あなた、ということでよろしいのですか?」

『何の話じゃ?』

「とぼけなくともいいのです、王宮を乗っ取った私は多くの資料や書物も入手しておりますからね。エルフの王族が行っていた実験や、研究の大概を把握しているのです」


 大陸神の老婆はしばし考え。


『そうかい……そうさな。そうかもしれん……ただワシはあの時、白銀女王を失ってしまって初めて、後悔を覚えたのやもしれぬ。まあその辺りの話は本人から聞いておくれ。語っていいかどうか、判断できぬからな』


 言って、老婆はその姿を消していた。

 やはり大陸神は逃げるのが得意。

 自らの死が大陸の魔術の消失に繋がるから、必要以上に慎重になっているのだろう。


 もっとも、あまり慎重ではないマルキシコスのような存在もいるようだが。

 ともあれ私は、再び資料に目を落とした。


 ◇◆◇◆


 時は大陸神と契約した翌日。

 場所は大森林の奥。

 ここは王族でも限られた者しか知らぬ、そして王族しか入れぬ場所。


 聖域ともいえる勇者の死んだ地。

 大森林の中央に聳え立つ、世界樹ともいえる天を衝くほどの大樹の根本。

 森から発生している魔力の流れの到達点に、このエリアは存在していた。


 そこに、白銀女王に恋をした勇者の遺骸が眠る霊廟が祀られている。

 大森林の結界を維持していた【無限の魔力】を埋葬するためにやってきたのだが。

 メンバーは私とクリムゾン殿下のみ。


 密談には最適な場所ともいえる。

 大地と水、大樹の香りに囲まれる中。

 父の遺骸を回収する作業を開始する前に、私は口を開いていた。

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