第83話 【脅威討伐戦】大災厄
沿岸国家クリスランドへ向かう船旅から始まった、今回の騒動。
明かされたのは私の出生。
そして、エルフの実情とその闇。
謁見の間には多くの関係者が集っていた。
決戦の時刻は明け方すぎ。
本来ならば謁見の時間には程遠い時間、けれど王はなぜかすでに謁見の間の奥、天幕の下で待機しているのだ。
状況を理解しているのだろう。
エルフ誘拐事件の根底にあった問題――始まりともいえる人間誘拐事件に関わっていた王族の多くが冷凍状態になっているというのに、王は何も動きはしなかった。
こうして武装した冒険者やエルフの騎士団。
貴族にまだまともな王族が囲んでいても、廉の向こうに姿を隠す王は何も言わず。
だからこそ、皆はもう、王がまともではないと理解できているのだろう。
叛意がなくとも異常を止めるため。
そして、人間誘拐事件を引き起こしていた弟殿下たちへの説明を求める、そんな明確な大義名分があるためこの作戦に反対する者はほぼ存在しなかった。
全員が賛成していたわけではない。
だが、真相を確かめたいと願う心は一致していたはず。
プアンテ姫のように今まで上に虐げられていた王族も、魔導書を構え――本来なら王を守るはずの近衛騎士団も王の廉に向け、剣を傾けている。
弓兵たちも狙いを定める中。
完全武装状態のクリムゾン殿下が姿を隠す王に向かい告げる。
「父よ、王よ、いや――簾の向こうに隠れ潜む者よ! 我の声は聞こえているな! 汝の息子、クリムゾン! 汝が家名を捨てた影響で、我もまた家名を失った者である!」
エルフの王族の魔力は伊達ではない。
やはり王族の特徴なのか、剣や鎧に纏わせるのは雷属性の魔力。
バチリと弾ける赤雷を纏わせ、赤の貴公子は王に剣を向けていた。
刀身に反射する貴公子の唇が動く。
「王よ、あなたには疑い、大災厄に汚染されているとの報告が上がっている。其の疑念を晴らしたくば、その天幕、そのヴェールからその身、その姿を見せてみよ! これほどの事態に姿を隠し続ける王など、もはや王などと呼べぬ!」
クリムゾン殿下の呼び掛けに反応があった。
廉が揺れたのだ。
それは息子の声に応じた父としての反応ではなく、魔術の詠唱。
『其は小さきモノ。弾けるモノ。破壊され分裂シ、そして永遠の如き呪いを撒くモノなり也』
魔術に長けるエルフならば、その詠唱から王がどの魔術を唱えようとしたのか、判別できたのだろう。
多くの者から声が上がる。
「な……!?」
「いけない!」
「【核燃爆散】の詠唱だと!?」
まともに顔色を変えたのはクリムゾン殿下だけではない。
核燃爆散、それはこの世界で使われている攻撃魔術としては最強に位置する、破壊の魔術。
術の構成により、核熱爆散と明記されることもあるが、王が唱えているのは原始的で古くから伝わるオーソドックスな【核燃爆散】である。
分類は攻撃魔術。
あの日、私の家族を光状の柱で離宮ごと吹き飛ばした、あの魔術だ。
効果範囲は広い。
自動分裂するように指定された魔術式に従い、地から天に向かい無限に近い魔力暴走を引き起こした破壊力を打ち出す、まさに最強の魔術。
それを、王族や貴族も集うこの場所で解き放とうとするなど正気の沙汰ではない。
クリムゾン殿下は慌てて長い手を翳し。
号令の構え。
王族としての【指揮スキル】を発動し部下に命じる。
「いかん! やはり既に王は正気ではない! 魔術師隊よ――防御結界を!」
王族による能力向上を受けたのは、魔術を得意とするエルフたち。
彼らは長い耳を動かし、高速詠唱。
輪唱に、復唱。
多重の魔術の結界が構築されている――。
だが間に合わない。
『終わりだ、醜き生き物ども――』
王の声が朗々と響き渡り。
それが魔術となって発動される直前。
私の口は超高速詠唱を開始していた。
「其は冥王の名を冠する者。回転せし電子を纏いし恒星。弾けよ、増えよ。さすれば汝は永遠の呪いを孕む憎悪の雲を生むだろう。我、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトが命じる。集え、集え、集え。さあ――共に歩もう、共に行こう。原子よ、破滅の平和を築き給え」
「まさか――」
「その詠唱は――!」
クリムゾン殿下が戦慄する横で。
私は顕現させた邪杖ビィルゼブブを翳し。
足元に十重の魔法陣を回転させ。
ニヒィ!
魔力風に揺れる銀髪の下で、ただただ赤い瞳を煌々と輝かせ。
術を制御し、タイミングを計り。
廉の奥で詠唱した魔術を具現化させる現国王が、手を翳した。
その瞬間――。
――今だ。
『無差別広範囲破壊魔術:【核燃爆散】』
「無差別広範囲破壊魔術:【核熱爆散】」
謁見の間を囲んでいた皆の足元に、蒼白い光の柱が発生。
本来なら、光の柱となった爆発的なエネルギーが天を衝くのだが、同系統の魔術が正面からぶつかり合ったからだろう。
それ以降、何も魔術現象は発生しなかった。
ただ、王と私たちとの間には強い風が発生している。
魔術の発動で発生する現実を捻じ曲げる力、魔術式の計算結果をゼロにさせることでの魔術封じ。
本来ならあり得ない特殊な現象を起こしたのだ。
魔王アナスターシャ戦でも行った魔術の相殺である。
魔力風で靡く廉の奥。
王の声が響く。
『【魔術相殺】……、原理と理論的にできるとだけは知っておるが、まさかアルティミックを同じアルティミックを発生させることで封じるとは、天才という言葉だけでは足りぬ神の技量よな。貴様、いったいどれほどの研鑽を積んでいる』
「毎日命がけの指導を受けておりますので、これくらいできないと話にならないのですよ」
魔術相殺により発生するはずだった魔術は不発に終わっていた。
代わりに発生していた暴風の中。
前に進めぬ風に抗いながらも、クリムゾン殿下が私に目線を寄こし。
「攻撃魔術は使えぬのではなかったのか!?」
「使えないと一言でも口にしたでしょうか?」
「それはそうだが、最強魔術を最強魔術で魔術相殺するなど。ただ最高峰の魔術を放つよりもよほどの技量が必要となる筈。よもや、そこまでの腕とは……」
実は最強魔術を使えるが、黙っていた。
これは女神ポイントが高いはず。
極端な話、王を討伐するだけなら極めて容易いのだ。
ここから私が影を伸ばし、鎮座する王を八つ裂きにすればそれで終わる。
身も蓋もない話ではあるが、それが魔王たる私の力だ。
だが、それではおそらく女神たちは満足しない。
ここは――。
いや、この世界は女神を楽しませるための舞台。
そう考えなければ彼女たちの機嫌を取れない。
少なくとも、エルフによって、エルフのおかげで面白いものが見えたと感じさせる必要があるのだ。
「まあ私の攻撃魔術などこの際どうでもいいでしょう。さて、まずはそこから出てきてもらいますよ陛下。ご覚悟を――」
慇懃無礼に言って、私はほぼ無詠唱で術を展開。
王を覆う天幕を暴くべく、邪杖ビィルゼブブの石突で床をトン。
私の頭上に無数の魔法陣が発生。
「対象指定氷魔術――【メトロイアの散弾】」
宙を回転する魔法陣から、シュシュシュシュ――。
氷の嵐が発生。
私によって生み出された血の球がそのまま氷の散弾となり。
ズジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャ!
ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャズズゥゥゥ、きぃぃぃぃん!
それは――。
味方には一切効果を発揮しないようにアレンジされた、氷の雨。
避け様のない氷の散弾が、正体隠しのヴェールを引き剥がす。
魔術相殺でまだ発生している魔力風が鈍い風音を鳴らす中。
姿を隠していた王の廉が暴かれていく。
解除されたのは、【正体隠し】状態。
そこには、無数の怨念を纏った男がいた。
だが。
エルフではない。
現国王だった者は、もういなかった。
とっくに、消されていたとみるべきか。
パリス=シュヴァインヘルトが目を見開き。
無精ひげを床を走る魔力光で光らせ、震わせた喉から、言葉を絞り出していた。
「なぜ……あなたがそこにいる……」
「知り合いなのですか、シュヴァインヘルト!?」
魔道具による防御結界を展開する豪商貴婦人ヴィルヘルムの問いかけに、頷きはしなかった。
けれど、領主にしてギルドマスターの男は分からぬといった様子で首を振り。
叫ぶように応じていた。
「勇者よ――! あの方が愛した男がっ、氷漬けになっているはずのあなたがっ、なぜ玉座に座り――嗤っているのだ! 答えよ、勇者よ――!」
そう。
それは伝承にある、白銀女王と恋に落ちた勇者その人。
それが姿を隠した現国王の正体であり。
……。
幾重にも重なる魂を背後に浮かべ。
王はゆらりと顔を上げ。
声が重なった。
『やあ、シュヴァインヘルト。久しぶりだね――僕は、僕らは、僕たちは――世界を憎悪する集合体。愛する者を奪ったエルフを、約束を違えたエルフを、僕たちは認めはしない。僕はあの日、約束した。愛する彼女を助けるために、おとなしく斬首された。殺された。疲れていたから、それでも良かったのだ。スノウ……愛するキミを守れるのなら――なのに、おまえたちエルフは約束を破棄した。彼女を、女王を、僕がただ唯一愛したキミを殺した』
だから――と。
それは正体隠しのヴェールが剥がれた今。
その全てをさらけ出して、この世に顕現する。
『僕は愛する者を守れなかった勇者であり、悲しみの中で世界を恨んで死んだスノウ=フレークシルバーであり、おまえたちエルフが弄び惨殺した人間たちの憎悪そのもの。女王が呪いを込めて胎の中で育てた悪感情の塊。汝ら冒険者ギルドは我々をこう名付けた。すなわち、大災厄――とね』
「勇者であるあなたがどうして大災厄に!」
勇者とも交友があったのだろう。
それは。
悲痛な叫びだった。
けれど大災厄は世間話をするかのような軽い口調で。
『怒らないでほしいなシュヴァインヘルト。いや、怒るじゃなくて悲しいのかな? 僕にはね、もうわからないんだ。彼女もわからないって言っているよ、シュヴァインヘルト』
勇者の言葉の後。
パリスの声はか細く聞こえた。
「彼女……だと」
『ああ、君が愛していた白銀の白雪。スノウ=フレークシルバー。僕が生まれて初めて愛した、最も麗しい悲劇の女王さ。彼女も、ここにいる。彼女が言っているんだ。一緒に、全てを壊しましょうってね』
最後の声は、女性の声だった。
どこかプアンテ姫に似ている、鈴を鳴らしたような甘く優しい声。
女王を知っているものならば皆、聞き覚えがあったようだ。
「陛下……」
『ほら、聞こえただろう? 悪いね、シュヴァインヘルト。僕たちはもう決めたんだ。まずはエルフを滅茶苦茶にして、そして次に世界を壊し。最後には誰もが泣かない、悲しい思いをしない世界にしようってね。それはきっと、勇者である僕の仕事の筈さ。僕たちの意見は一致しているよ。だから、ごめんね。シュヴァインヘルト。人類に利用され続けた僕に優しくしてくれた、数少ない良き隣人、良き友よ』
それは、世界のシステムを呪う勇者の怨嗟でもあったのだろう。
詫びる勇者の顔は、昔を懐かしむ誠実で精悍な顔立ちの男そのものだった。
彼を善か悪のどちらかに分類するのなら、間違いなく善だろう。
そしてこれは、追放されたエルフの女王の意志でもあるという事だ。
だから皆、消沈している。
士気が明らかに下がっている。
それでも周囲が沈黙に落ちる前。
勇者ガノッサが口を開く。
「けっ、やっぱり大災厄の正体がスノウ=フレークシルバー。かつて追放されたエルフの奴隷女王だって話もマジだったってわけか。どっちかというと心情的にはお前さんたちに味方してやりてえが、そういうわけにもいかねえからな。同胞と何の罪もなかった女王を討伐するたぁ、割に合わねえ、いやな仕事だぜ」
ぶっきらぼうに言って――。
戦斧を構える姿に隙はない。
「――もはや、何も届かないだろうさ。だったら、終わらせてやるしかねえだろうな」
エルフにとっては避けて通りたい過去の清算。
けれど冒険者にとっては脅威登録されている大災厄を滅ぼす絶好の機会。
勇者もまた、戦う気でそれぞれに武器を構えている。
けれど私は思考の中。
大災厄の中心に勇者がいる理由と原理を深く考え始めていた。