第82話 ゴミ掃除―ラスト円舞曲(ワルツ)の前に―
私たちが集っていたのは、一応の中立を保つ組織冒険者ギルド。
中立ゆえに金で動くこともあるが、今回の彼等は間違いなく私の味方をしていた。
それもその筈だ。
彼等には既に、王に関するとある真実を知らせている。
ここは冒険者ギルドの内部。
エルフ国家の領内だとしても、冒険者ギルドならば例外なく設置されている会議場。
本来ならば一般開放されない広い一室には、名のある冒険者たちにエルフの有力者。エルフの貴族や、無精ひげのパリス=シュヴァインヘルトと豪商貴婦人ヴィルヘルム。
更には今回の件に協力する勇者が数人、ただの冒険者のフリをして紛れ込み会議に参加。
私が呼び出したのはそれだけではない。
現国王を除く、国王サイドの王族も姿を見せていたのだ。
こちら側の王族からはクリムゾン殿下にプアンテ姫、そして私がいる。
さすがは大規模作戦用に亜空間に作られた、待機所を兼ねた会議室である。
大勢が集まっているが、全員が参加することができていた。
もっとも――王族や貴族には椅子が用意されているが、参加者全員分はさすがに用意できてはいない。それだけの人数が参加している会議、そう思ってもらっていいだろう。
彼らを招いた張本人は当然私。
レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトである。
会議の中央にある私は、単刀直入に告げていた。
「謁見の時が勝負。皆様には先にお伝えしておきますが、王の正体と姿を隠す簾が外れた瞬間に、私は現国王を討伐します」
ざわめきが起こる。
それが文字通り、国家転覆を示していたからだろう。
名も知らぬ女性エルフの王族が唸るように言う。
「お待ちなさい!」
「なんでしょうか、淑女」
「王を暗殺するなど! あなたは白銀女王スノウ=フレークシルバーのご子息なのでしょう!? ならば、王を殺さずとも問題ない。女王陛下の正式な後継者として訴えでればいいだけの事」
「――そうして、次の犠牲者が出るのを待ちますか?」
私の声は会議室を凍らせていた。
演出として、実際に魔力を少しだけ放出していたのだ。
しかしやりすぎたようで、完全に周囲は萎縮していた。
商業ギルド代表のステラがこほん……と、咳払い。
私の顔色を探りながら手を挙げ、前よりは丁寧な口調で口を開き始めていた。
「あのさあ、ボクにはよく分からないんだけど。キミが本来の後継者だから王位を返して欲しいって主張するのはわかるよ? たぶん、そこまで女王陛下に似通っているのならキミは本物だ。ボクの商人としての勘もそう告げている。けどだよ? さっきのマダムが言っていた通り、正当な手段で訴えればいいんじゃないかな? それがよっぽど平和だと思うんだけど、ダメなのかな?」
前みたいになんとかっすよねえ!
といった口調ではないが、丁寧に接しないといけない場面でこの砕けた口調なのは、作戦。
代表にまで上り詰めたステラが、こういった気軽な交渉を得意としていたという事か。
おそらくこれも交渉スキルなので、後で学習するとして。
「先ほどの淑女にも返しましたが、それでは犠牲者が増える一方なのですよ」
「ボクには分かんないなあ。確かに、キミは海賊パーランドを討伐し、永続的にかかる恐慌状態に陥らせ情報を引き出してくれた。ボクの家族も、ここにいる誰かの家族もみんな救出できた。彼らを治す手段を教えてくれたのもキミだって聞いている。そりゃあ恩人だよ? でも」
商業ギルドの代表としてステラは小柄な体を乗り出し、まっとうな意見をぶつけるべく。
びし!
「王様を殺したいのならキミたちだけで勝手にやりなよ。いくら恩があったとしても、正当な権利を主張していたとしても、国家転覆の手伝いなんてするわけないだろう? それに、ここにいる王族の人さあ。ほぼ全員、白銀女王の追放に加担してた連中じゃないか。一体、何を考えているのかわからないよ! それにだ。中立であるはずの冒険者ギルドまで引っ張り込んで、いったい何を考えているんだい」
周囲も同意した様子で私を眺めていた、ステラは集められた皆が思っている疑問を口にしているのだ。
実はこれ。
私の仕込みである。
本番前に皆の疑問を晴らすため、一芝居して貰っているのだ。
打合せ通り、私は悠然としたまま瞳を細め。
「第二、第三の海賊パーランドを生み出したくはないでしょう?」
「パーランドだと……っ、どういうことだ!」
口を挟んだのは冒険者サイドのエルフ。
私と試合をし、魔王の一撃の戯曲に降参を示した女魔法剣士である。
「そのままの意味ですよ。あの海賊は人為的に作られた強者。本来ならばパーランドはただの一流でしかなかったのですが、力を与えていた者がいた。もし再び大災厄がエルフに災いを落とすために動いたとしたら、同じ実力を持つ強者が生まれ――あなたたちエルフを狩るでしょうね」
「な、なんだってぇ! 冒険者ギルドに登録されていた、【脅威】の一つ。海賊パーランドが人為的に作られた強者!?」
ステラの大袈裟な演技であるが、まあ脅威の存在をアピールできたのならそれでいい。
「ええ、彼は大災厄によって力を授けられていた人間の英雄です。彼の過去を調べてみましたが、エルフに相当な恨みを持っていたことが確認できました。そこを大災厄に利用されたのですよ」
「ちょっと待ってよ! 海賊パーランドがエルフに恨みって、おかしいだろう? ボクたちエルフのほうがよっぽどヤツに恨みを持ってる筈だよね?」
「その前提が間違っていたのですよ――」
一部の人間が、ビクと肩を震わせ始めていた。
そんな彼らを一瞥しながらも私は話を継続。
「海賊パーランド。彼はやられたことをやり返していただけなのだと判明しました。エルフは他種族を下等な存在として見下している、そんな明確な欠点がありますからね。人間狩りと称して人間の強者を捕らえ、魔術の実験に使っていたようなのです。証拠となる資料も既に確保しています」
言って私が会場全体が閲覧できるように拡大した資料を魔術で投影。
会議室の壁に証拠が次々と並べられていく。
動揺が広がる。
それは確かに、人間を魔術の実験に使っていた証拠だと魔術に長けたエルフたちには理解ができたからだろう。
その資料の中に、まだ若かったころの海賊パーランドの姿もある。
男は皮膚に刻まれた魔法陣を何度も剥がされていた。そして回復魔術で治療されまた剥がされのエンドレス。人皮を素材として作る魔道具の材料にされ続けていた様子が、リアルな映像として浮かび上がっていたのだ。
殺してやる、殺してやるぞクソエルフども――っと。
唸る男の憎悪が会場を冷えた空気に変えていく。
これは海賊パーランドがエルフにしていた仕打ちと同じ。
既にあの男はこの時にどこかが壊れていたのだろう。
そして壊したのは――。
沈黙の中、声を上げたのは何も知らないクリムゾン殿下だった。
「……どういうことだ?」
いつも上を向いている端正な男の視線は、下へ。
王族用の堅いテーブルに向けられている。
「なにがですか?」
「こんな資料があるとは聞いておらんぞ」
「ええ、当然です。言っていませんでしたから」
これは打ち合わせにない行動だった。
だからこそクリムゾン殿下は憤りを覚えているのだろう。私にではなく、資料に映るエルフにである。
人間を使った実験や、人間を生きたまま素材にし続けていた悪魔たちの顔が、ここにもあった。
私が根回しをし、会議に参加させたメンバーの中にいたのである。
クリムゾン殿下が赤い髪を魔力で揺らし――。
憤怒を隠さず立ち上がり。
雷霆を走らせるほどの炎を纏い、激怒した様子で巨大な机を叩き割り。
「どういうことだ――!? 叔父上! 叔母上!」
義憤に満ちたクリムゾン殿下の睨む先は、現国王の関係者。
ようするにあの日、白銀女王スノウ=フレークシルバーを貶め追放させた現国王の弟達である。
問いかけに王族たちは慌てて立ち上がり。
「待て! これは陰謀だ!」
「この映像が本当ならば、叔父上たちの罪は明白! 我は汝らに説明を求む。これは、いったい、なんだ――!」
「クリムゾンよ、落ち着くのだ! こんなものが証拠になるはずがなかろう!?」
クリムゾン殿下は真面目だ。そして騎士道を持ったまともな王族だ。
この王族に在りながら、倫理観を持ったエルフなのである。
腹芸ができるステラとは違い、腹芸のできない真っ当な王族だからこそ、こんなリアルな反応を引き出すことができたのだろう。
言葉を挟むように私が言う。
「無限の魔力のお零れに与る彼らは、人間を使い遊んでいた。私利私欲を満たしていた。スノウ=フレークシルバー女王が追放された後、エルフの王族もその臣下達もタガが外れてしまったのでしょうね。力は人を狂わせるといいますが、エルフとて同じだったのでしょう。しかし、これは困りました。海賊パーランドのエルフ狩りの背景にあったのは、この時の恨みへの復讐。むろん、彼がやったことも非道であったので擁護をするつもりはありませんが――事情はエルフの側にもあったということ」
クリムゾン殿下は血管が浮かぶほどにこぶしを握り。
「なぜだ、なにゆえに――我らエルフによる人間狩りが話題にならなかったというのか」
「人間はエルフと違い数が多い。一箇所でならともかく、世界各地から人間が百人減ったところで、そう問題にはなりません。なので、誰も気づいてはいなかった。けれど被害者ならば話は別。きっと彼は恨んだでしょうね。憎く思ったのでしょうね。そしてその憎悪にこそ反応する存在もいる。大森林の結界内にまで誘拐された海賊パーランドがどうやって逃げ出したのか。答えは単純。そこに”大災厄の助けがあったから”、そう考えればわりとつじつまもあってしまうのです」
私が言う。
「これは海賊パーランドを尋問していた沿岸国家クリスランドからの公式な書類です。要約するのならば――ここ二百年の間にあった人間の行方不明事件について、エルフの王族であるあなた方に話を聞きたいと、そう書かれております」
「貴様――我らを呼び出しておいて、外国に売るつもりであったのか!?」
「売るなどとは人聞きの悪い、あくまでも参考人として王族のあなたがたが呼ばれているだけの話。無罪ならば、何の問題もありませんし、むしろ協力して貰えたと感謝していただけるでしょう。まあ、実際にやっていたのならご愁傷様ですが……ああ、今からあちらに圧力をかけようとしても無駄ですよ? 沿岸国家クリスランドにも王権争いの話は伝わっております。いまだに名と姿を隠し顔を見せないものの、【無限の魔力】を有している現国王と違い、ただのコバンザメに過ぎないあなたがたの地位は極めて危ういのですから」
それに――と私はもったいぶった仕草で肩を竦め。
「確かに沿岸国家クリスランドは人間に対する反応が薄い。純粋に人間の数が少ないですからね。エルフを含む亜人や獣人の議会制民主主義の国であり、人間種は極めて少数派です。けれど、ほぼすべての大陸は人間が主軸。個の能力で劣っているとしても、数だけは大量にいる人間と敵対することをあの国は避けたいのでしょう。クリスランドが亜人たちの国家であるからこそ、人間を不当に狩っていたあなたがたの罪を徹底的に追及するはずです。自国は人間と敵対するつもりはないと、別大陸に証明するにはそれが一番ですから。そしてこの国に残っていた場合ですが、それも無駄。私が王となったときには、あなたがたを救う義理も義務もありませんので――この先は言わなくてもいいですよね? さて――自首をするのならば早いほうがいい、或いは死罪は免れるかもしれませんので」
現国王との謁見の前に周囲を崩す私であるが。
現国王の弟たちは、顔を真っ赤に染めあげ。
「レイド=アントロワイズよ! 妹の忘れ形見よ! そなたを王へと推薦する代わりに、我らの立場を維持するとしたあの契約を忘れたのか!?」
「問題ありますか?」
「あるに決まっておろう! 王族が一度した約束を違えるなど!」
「あなたがたは何か勘違いをなさっている。今の私は王族と証明されておりませんし、なによりあなたがたに父と母を殺されているのです、なぜそのような者たちと真っ当な契約をする必要があるのでしょうか」
そう、私は王族の保身を餌に、彼らをこの場に引きずり出していたのだ。
世論は間違いなく私の味方をするだろう。
彼らが人間狩りをしていなかったら、海賊パーランドによるエルフ狩りは発生していなかったのだ。
海賊パーランドが捕縛されているこの状況で、被害者たちが次にだれを恨むのか。
答えは言うまでもないだろう。
ここに集う者は皆、この映像の中で下卑た笑いを上げる王族たちを睨んだままだった。
もはや言い逃れもできないと悟ったのだろう。
王族たちは逆恨みの中で魔術を詠唱しようとするが――。
先に動いたのはクリムゾン殿下。
そして領主であるパリス=シュヴァインヘルト。
彼らが王族を捕らえるべく剣を引き抜くその前に――プアンテ姫が最も早く動いていた。
扇を横に倒し、ふぅ……っと氷の息吹を発生。
敵対者のみを対象として凍結の息で、王族たちを冷凍捕縛したのである。
両親を殺された彼女にとっては――おそらくは彼らこそが仇だったからだろう。
魔王としての片鱗を見せずに、けれど上級魔術を使いこなすプアンテ姫。
仇を討った少女は小さな胸の前に細く白い指を添え、息を吐いていた。
白い吐息に言葉を乗せた少女は、鈴を鳴らすような奇麗な声を上げていたのだ。
「これでよろしいでしょうか――、お兄様」
「はい、裁判が終わるまでは殺せませんからね。そのまま凍結状態の維持をと言いたいのですが……大丈夫ですか?」
気遣いに感謝するように、雪のような魔力の結晶を纏う少女は頷き。
「ご安心ください。恨みに任せて殺したりはしませんわ。わたくしは――この方々と違います。末端ではございますが誇りある王族、エルフとしての矜持もございますもの」
「ならばお任せします」
おそらくこの場のエルフで最も年齢の低い姫に出遅れた者たちは、唖然としていた。
自らの武器を眺め、気まずそうに収納する姿が少しだけ情けない。
この中で真っ当な王族代表、クリムゾン殿下は出遅れたことよりも成長しすぎているプアンテ姫に疑問を持っているようだが。
パリス=シュヴァインヘルトは事情を知っている、プアンテ姫が既に魔王となっていることは知っているので動じてはいないようだ。
白銀女王の再来とされるプアンテ姫の力を、存分にアピールできただろう。
ここまではステラとの打ち合わせ通り。
「ボクからも各所には根回しをしておくね。それで、王様との謁見の話なんだけど」
「ええ、今回の件の説明責任を果たして貰いたい、そういう流れで王と謁見する手筈となっておりますので、どうかよろしくお願いします」
言って私は、仰々しく彩りと細工をされた巻物を取り出し。
紐を解く。
沿岸国家クリスランドからの使者レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトとしての、正式な書類を広げて見せたのだ。
「あらら、キミ……そこまで根回しが済んでいたんだね」
「おや言ってませんでしたか?」
「聞いてないけど、まあいいや。それで、疑問なんだけどもうここまで王族を追い込んだなら、わざわざ王様を殺さなくても民意でどうにかできるんじゃないかな? 無駄に戦う事も無いんじゃないのかい?」
「それがそうでもないのですよ」
ステラは本気で眉を顰め。
「うーん、ごめんねえ。話が見えないよ。だってどう足掻いても絶対にキミが王様になるじゃん? 苦手なのは攻撃魔術だけ、けれどそれを補って余りあるほどに武芸に秀でていて、音楽による即死も使える。回復魔術だって使えるし、なんなら強化魔術だって網羅しているっぽいだろう? んで、決定的なのは権謀術数も得意なところ。極端な話さ、キミが偽物で白銀女王の息子じゃなかったとしても、もう絶対に王様になるってみんな気づいてると思うよ?」
「過分な評価はありがたいですが、王を討伐する理由ですが――私が王となる、ならないの問題ではないのですよ」
この辺りは相談も打ち合わせもしていないので、本当にステラもわからないようだ。
「ああぁああああああああぁぁ! もういいっすよね!? はっきり言ってくださいっす! さっきからもったいぶって、王様が一体何だって言うんすか! そりゃあ女王陛下から奪った【無限の魔力】の保持者。強いのはわかるんすけど、討伐しなくとも説得すればいいじゃないっすか! バカじゃないなら、この戦力差に向こうだって気づいてるっすよ!?」
もう素がでてしまっているようだが。これはこれでちょうどいい。
ステラは本心から私にそう聞いていると、周囲にも伝わっている。
だから私は告げるのだ。
「簡単な話です。なぜ現国王は名を捨てたのか、なぜ顔を出さなくなったのか。考えてみてください。いくら魔術の対象にされないためとはいえ、どう考えても不自然でしょう? 魔術大会と武術大会の時に、こちらはあれほどの騒ぎを起こしたのです。大陸神まで召喚……いえ、顕現されたというのに王は一度たりとも姿を見せなかった。さすがに神を前にその不遜はいただけません」
どの口が言ってやがる……と、いつものジト目が勇者ガノッサから飛んでいるが。
気にせず。
私はネタ晴らしをするように、皆の顔を一度見て――。
「国王は既に大災厄に殺され、その身を乗っ取られている。あるいはその精神を蝕まれ、憑依された状態にある。どちらにしても生きたように見える傀儡。ようするに、大災厄の正体は現国王そのひとですよ」
冒険者ギルドから出向してきている強者たちは驚いていない。
勇者たちも同じだ。
彼らは大災厄を討伐するために集っているのだから。
だからこそ、冒険者ギルドの人間は私に協力している。
王を討つためではなく。
脅威登録されている大災厄を討つために。