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第81話 【強制イベント】夜の女神


 魔術大会も終わり、そして武術大会も終わった――。

 だが、人々の関心は既に伝統的な大会よりも私、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトについての話で持ちきりになっていた。

 大人たちが白銀女王の話をすれば、それを知らなかった子供たちはその逸話を調べ始める。


 すると起こるのは、暗黙のルールの変更。

 今までは禁忌、口にしてはいけないとされていた白銀女王、スノウ=フレークシルバーの名があちこちで聞こえるようになっていたのだ。

 既に暗黙のルール、了解は崩壊した。

 長い間の法則ルールとてきっかけがあれば壊すことができるし、壊れてしまうときがあるのだろう。


 だからこれもその一環。

 エルフたちは少しずつ変わり始めていた。

 だからこそ、私もいよいよとばかりに詰めの準備。


 勇者による脅威は減ったと考え――プアンテ姫を迎えに空中庭園に転移したはず。

 なのだが。

 どうも様子がおかしい、転移先がズレているのだ。


 周囲にあるのは、地面もない場所。

 三百六十度、夜とオーロラの世界。


 何者かの干渉とみて間違いない。

 この私に干渉できる存在など限られている。

 女神だろう。

 だが三女神ではない。


 私がマルキシコスにしたように――他の女神が私を招き強制召喚。

 転移を書き換えていたのだろう。


 ここはまるで広大な夜空。

 まるで天の川――夜星の海だった。

 夜に向かい私が言う。


「これは女神様――随分と突然のご招待のようで、招待状を受け取った覚えはないのですが――」

『ほぅ、ちんを前にし不遜を貫くとな?』

「これでも忙しい身。裏工作の最中に呼ばれているので……一言でいうのならば迷惑。本来ならもっと私は不快さを前面に出しても良かったはず、つまり――だいぶ譲歩したのですがね」

『良い、無粋を起こし強制的に招待したのはこちら。今宵はその無礼も許そうぞ。朕に感謝せよ――幸福の魔王よ』


 やるべきことは山ほどある。

 私はこれから国家転覆に近い行動をする、謁見の許可を取り付けた後の動きを精査しなければならない。

 なのに私は招かれてしまった。


「交渉でもあるのですか? それともただの気まぐれですか? なんにしろこちらの事はずっと眺めて、楽しんでいたのでしょう?」

『然り』

「ならばこちらが本当に急いでいるとは知っているはず。三女神たちに、手のひらを返す学友たちとのやりとりを見せねばなりませんし、海賊パーランドの被害にあっていた帰還者たちからの感謝も受ける必要がありますし。他にもクリムゾン殿下以外の王族とも根回しをしておきたい。そのためにプアンテ姫を呼び戻したいのですが――」

『ふぉっふぉっふぉ! よく吠えよる子供じゃ。豪胆じゃのう、朕を前にしてそこまでの口が回るとは見どころのあるヤツじゃ。しかし分からぬ。そなたはバカとも思えぬが――朕の偉大さ、広大さを理解できているのであろう?』


 私を眺めたプアンテ姫がその広大さに委縮したように。

 準決勝で戦った魔剣士が、私の姿の中に魔力の波を見たように。

 今の私は立場が逆。

 プアンテ姫が私を目にしたその時と同じような現象が、今の私には起こっていた。


 私が成長しているからこそ、相手の悍ましさが観測できていたのだ。

 おそらくはこの女神は女神の中でも強者。

 三女神の一柱と同等の力を有している。


 つまり、いかに三女神であろうと一対一なら互角と言える存在なのだ。

 もっとも三女神は三女神で一つの神性を有している、一対一という前提条件はまずありえないのだが。

 ともあれ、私にとってはまだ届かぬ領域にある女神に違いはない。

 午後三時の女神ならば、もはや対等以上に戦えるのだろうが――さすがに、コレと戦う気にはなれない。


『ほぅ、生意気にも朕を値踏みするか』

「値踏みなさっていたのはあなたが先では?」

『――理解してその態度。よいぞ、よい。強く成長する美しいおのこの不遜は、甘美。久方ぶりの感覚じゃ。誉めてやろう、ますます汝を気に入った。故に――これは特別じゃ』


 夜は言って、その闇の中で朗々と告げる。


『仰ぎ見よ、そして賛美し見惚れよおのこ。降臨せし朕の玉体をその目に焼き付けよ』


 夜空に浮かぶザクロの果実が、ぐしゃりと弾け。

 割れた果実と四粒の欠片が重なり合い、そしてそれは顕現した。

 形容するのならば、それは夜の女神。

 あの時、マルキシコスとの戦いを観戦していた女神の一柱だろう。


 夜色のヴェールで顔を覆い、流れつづける夜空を纏ったような豪奢なドレスの女性だ。

 間違いなく、三女神の同胞。

 かつて楽園に存在し、そして女神たちがあの方と呼ぶ存在を追って、堕天した女神だろう。

 ヴェールに包まれているのに美女だとわかるのは、女神が女神であるからだろうか。


 夜の女神はヴェールの下から唇を蠢かしていた。


『朕は夜と死を司る者。夜の女神。汝ら人間が女神と呼んだ一柱。昼と生を司るアシュトレトの駒よ、単刀直入に言おうぞ。どうじゃ、そなた。朕のアドニスにならぬかえ?』

「アドニス?」

『愛しき駒、愛しき息子、愛しき美男子。それが愛寵児アドニスである』


 言い切り頷くヴェールの下からは、満足げな笑み。

 どうやら……独特な世界観を持っている女神のようだ。

 ただおそらくはようするに、魔王のこと。自分の駒にならないかと勧誘を受けているのだろう。


 私は肩をすくめて道化の笑み。


「――せっかくですが、遠慮させていただきます。生憎ですが私は彼女達との暮らしに不満はあまりないのですよ」

『朕の誘いを断ると?』

「結果的にはそうなりますね」

『分らぬな、朕は夜と死を司る女神じゃ。朕の駒とならば、そなたは他者の死をも超越できるのだぞ? 生かすことも、殺すこともそなたの自由。朕のアドニスとならば、特権は様々じゃ。断る理由など、あるまいな?』


 あるまいな?

 と、もう一度念を押して夜の女神は、私の手を握ってこようとする。

 どうやらこの女神。

 他の女神と同じく、あまり人の話を聞かないタイプのようだが……。


 夜そのものが私に抱き着いて来ようとしていた。

 ぞっとするほどの干渉力だった。

 夜に抱かれた先にあるのは、永遠の眠りと隷属だろう。


 魔法陣を纏う私は転移し距離を取り。

 無数の魔道具を発動させ、自己強化を重ねていく。


「断る理由は山ほどあります。そもそもあなたが私を欲しがる理由が分からない。あなたにも既に女神の駒、あなた自身の魔王がいるでしょうに」

『アドニスは何人いても問題なかろう?』

「逆にお聞きしますが、所持する魔王の制限はないのですか?」

『他の者どもは一柱に一体にしようとは言うておったが、なにゆえ朕がルールを守らねばならぬ? 朕は夜の女神じゃぞ? 夜と死を司る冥府の女王。朕こそが絶対。それが世界の摂理じゃ』


 大人びた外見のわりに、子供らしさを醸し出している。

 キョトンとする様子はどこか女神アシュトレトを彷彿とさせていた。

 女神とは、無垢なる者――良い意味でも悪い意味でも純粋な存在が多いのだろう。


 それが女神の性質。

 おそらくは本来なら、その性根や根底にあるのは善性なのだ。

 たしなめるように私は言う。


「だいたい、今までは直接干渉してこなかったのに、なぜいきなり干渉してきたのです? 今回のフレークシルバー王国での案件、すべてが神にとっては茶番であり、ただの児戯なのでしょう? 私はそれを理解しながらも女神たちを楽しませる余興の演者どうけとなった。これからが本番というところで、この介入は腑に落ちません。三女神だけではなく、あなたは他の女神たちからも不興を買うでしょう」


 理由を問われた女神は、ふっと微笑し。


『魔王の一撃。あの戯曲じゃ』

「バイオリンが、ですか?」

『理解できぬという顔じゃな。しかし、あの音色は実に良かった。死へと導く冥府への誘い。嗚呼、朕は感涙したぞよ。そなたはあの時、あの瞬間に朕の心を開き、愛撫し、惚れさせたのじゃ。つまり、はじめに朕にアプローチ、求婚をしたのはそなた。朕は悪くなどない、朕を惚れさせたそなたが悪いと思うであろう?』


 悪いと思うはずがない。

 向こうが勝手に欲しているだけだ。

 だが女神に言わせれば惚れさせたほうが悪い。


 唯我独尊にして自分勝手。

 神話の女神とはそういう存在なのだ。


「惚れたなどと、女神が軽々に口にするべき言葉ではありませんね」


 空気が、変わる。


『朕は本気じゃ。そなたが欲しい』

「突然すぎて理解できませんよ。私には何の価値もないなどと謙遜するつもりはありませんが、あなたほどの強者が本気になるほどの器ではない。事実として、今の私ではあなたと戦えば負けてしまう。弱い駒など面白くもないでしょう」

『――そなたは朕の名に心当たりがあろう?』


 ……なるほど。

 女神たちはやはり自らの名に意味を見出しているようだ。

 おそらく私ならばその名を読み解けると気づいたのだろう。


 フレークシルバー王国の現国王が名を捨てたように、名には大きな意味がある。言霊や、祝詞。祈りや呪い。その対象にするには名は必要不可欠。


 理由はわからないが、女神たちは魔王に名を暴かれたいのだろう。

 そして魔術の対象にされたいと願っている様子も見受けられる。


 思い当たりがないのなら良かったのだ。

 だが、私は目の前のこの女神について、浮かぶ名があった。

 答えてしまったらますます気に入られて面倒になる。

 だが――。


『――嗚呼、そうじゃ。そなたは賢いのう、アドニスよ。知っているのに答えぬのなら、朕はこの大陸全てを破壊しよう。女神とて女、時に衝動に任せて全ての盤面を破壊しつくしてやりたくなる事もある。答えよ、朕の名を』


 とてもいい方は悪いが、また面倒過ぎる女神が増えたともいえる。

 ともあれ、答えねばこの女神は本当にこの大陸を沈めるだろう。

 理不尽な存在、それが女神。


「あなたの名のヒントは複数あります。夜と死を司る神性であること、そして顕現する際にザクロを用いたこと。その時点であなたは冥界に属する存在であると理解ができる。次に音楽を愛す性質ですが、それは冥界下りと繋がります。冥界の門番カロンとケルベロス、その二者を竪琴の音色で鎮め眠らせた芸術家にして英雄オルフェウスの音楽に感涙した者。そして、決定的なのがアドニス。冥界の神にして、女神アフロディーテと美少年アドニスを取り合った存在ならば該当者は一柱」


 私は夜に向かい告げていた。


「あなたはコレーと呼ばれし大神の娘。誘拐婚に遭い、冥界へと引きずり込まれた存在。冥府ハデスに攫われた女神にして、死者の女王へと転身させられた神。すなわち」


 ヴェールの下にあるのは、期待に満ちた瞳。


「神よ――あなたの名は【夜の女神ペルセポネ】。どうでしょうか?」


 正解だったようだ。

 夜を纏う女神はうっとりと唇を蠢かす。


『――ああ、そうか。そうじゃったな、朕はペルセポネ。ハデスの伴侶にして、冥界の女王なり。もっとも、朕の神性の本質は冥界下りにて出会う女王。世界各地に散った共通無意識ともいえる神話の集合体。それが朕じゃ』


 本質は冥界下り。

 ならばやはり、よほど強力な神なのだろうと理解ができた。

 冥界に下り、伴侶や思い人を取り戻す逸話は世界各地に存在する。

 現世に戻るまでは決して道を振り返ってはいけない、そんな逸話を耳にしたことがある者は多いだろう。


 ならば日本におけるイザナミや、シュメールのアルラトゥ。

 冥界の女王という事で、トリックスター・ロキの娘の冥界神ヘルも取り込まれているのかもしれないが。

 夜の女神はその複合神性。

 ペルセポネが主人格であると想像できるが――。


 ふと私は疑問を口にしていた。


「あなたたち女神は、私たちの故郷、地球で知られている逸話――神話にある女神そのものなのですか?」

『さて、どうであろうかのぅ――朕は気づいたら既に女神として世界に存在しておったのじゃから、よく知らぬのじゃ。じゃが――』

「何か心当たりが?」

『そなたが口にした神話。神々の物語を語り継いでいた世界、地球と呼ばれし遠き青き星。かの地を含む宇宙は一度、泣き崩れる巨鯨神猫ケイトスによって引き起こされた破壊ビックバンによりほぼ壊滅――壊滅した世界は元に戻ろうとする性質、再生システムとでもいうべき回帰現象により修復され……世界の始まりからやり直されたとも聞く。世界うちゅうとは何度も繰り返すのじゃ。もしや神々が実在した世界があり、朕ら女神はそこに在ったのやもしれぬな』


 もはや戻れぬ日々ならば、答えを見つけても無駄であろうがな。

 と、夜の女神は悲しげに微笑する。


 宇宙が何度も繰り返しループしているという説は確かにある。

 この世界を作り出した女神たちは、本当に神々がいた前の宇宙の生き残り。

 言うならば前の宇宙の残滓だという可能性もあるが。


 夜の女神が言う。


『なんじゃ、なにやら思い至ったか?』

「いえ――荒唐無稽すぎる話なので、ありえないでしょうね」

『そうか、して、朕の求婚をいかがいたす? よもや神に恥をかかせるわけはあるまいな?』


 はっきりといって厄介な存在を増やしたくない。

 そして、長くを連れ添っている三女神と違い、申し訳ないが夜の女神には思い入れがない。

 それになにより――。


「まずあなたはご自分の駒を大切にされるべきかと思いますよ」

『うぬ? 大切に思っておるぞよ?』

「あなたはそうでも、果たして本人はどう思っているのでしょうね? 今回の件、突発的な転移妨害に思えましたがあなたの魔王アドニスと相談はしたのですか?」

『……たしかに、しておらぬが』

「人間とは存外に嫉妬深い存在です、それは時に女神以上に凄まじい感情に襲われる生物。嫉妬に狂うということもない話ではない。なにしろ貴女は美しい、その美しい女神を盗られてしまうかもしれないとなったら――どうでしょうか?」


 夜の女神は考え。


『まことその通りじゃ。アドニスとて人の子。美しき朕からの寵愛が減ると考えるやもしれぬ。なるほど、確かに朕の浅慮であった――』

「今回の事は私も忘れますから、一度、あなたの魔王と相談してきてください。まずはそれからですよ」


 このまま有耶無耶にする作戦である。

 実際、夜の女神の駒にとっては面白くない話だろう。

 その証拠に、この夜の空間を睨んでいる存在を私は観測していた。


 それは吟遊詩人姿の魔王。

 おそらく、クリームヘイト王国のピスタチオ姫が拘束した経験のある旅の吟遊詩人であり、魔術大会の会場にも姿を現した存在。

 夜の女神も気配に気づいているようで――。


『なるほどのう、たしかに汝を睨んでおるようじゃ』

「ご理解いただけたのなら幸いです。元の空間に戻していただいても?」

『食えぬ男じゃ。おぬし、自力でも朕の空間を破り逃げることができたのであろう? そなたは不思議な魔王じゃな。既にその力、女神の一部を超えている。いったい、どこまで力を隠しておるのかえ?』


 ……。


「さて、どうでありましょうか」

『朕から情報を引き出そうとしたその不遜も今は許そう。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト、三女神の駒よ。王になった暁には朕も招待して貰えるのじゃろうな?』

「申し訳ありませんが、急いでおりますのでこれにて――」


 神との約束は契約となる。

 私はその言葉に軽々に答えることなく、指を鳴らしていた。


 互いの魔術式が絡み合う。

 それは魔術の応酬だった。

 だが。

 空間干渉ならば私のほうが上手だったのだろう。


 指から発生した振動が夜の女神による干渉を打ち破り、私は通常空間に帰還する。


 通常空間に戻ると、そこにあったのは空中庭園。

 待機していたのは、姫の姿。

 プアンテ姫が困惑した様子で私を見上げ。


「お兄様!? 空間干渉の気配がありましたが……いったい、さきほどなにが……」

「女神の一柱に絡まれてしまいましたが、まあこうして無事に帰還できました。お待たせして申し訳ありません」

「いいえいいえ! お兄様のためでしたらわたくし、いつまでも、どこででもお待ちいたしますわ」


 三女神は干渉してこなかったが。

 もし私が夜の女神の誘いに乗っていたら――。

 あまり考えたくないが、きっと……恐ろしい女神の争いが起こっていたのだろう。


 ともあれ、あとは大詰めだった。

 プアンテ姫を連れて戻り、私は裏工作を開始した。

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[一言] 大魔王世界だったか 黒猫様が居ない世界は大魔王世界と思って良さそうね、願猫様も大魔王世界だったしね さて、大魔王世界のイナゴのお兄さぁぁぁぁぁん、正妻にペルセポネさんはいかがっすか?属性的…
[気になる点] 泣き崩れるニャンコに砕かれた世界? ここは魔王ニャンコの世界線なのかな? となると昔ではなく随分先の時代ってことになるっぽい? 謎が深まりますな
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