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第80話 神と魔王と茶番舞台


 大森林に張られた結界を素通りして、顕現する。

 その召喚円は大陸神を招く膨大な魔術式。

 世界の法則を書き換える式によって召喚されたのは――マルキシコス大陸で神と崇められるマルキシコスそのもの。


 逢魔が時にはまだ早い。

 けれど昼ももう終わる十五時過ぎ。

 それは――無数の神器を後光のように背後に並べ、顕現した神は朗々と宣言した。


『我はマルキシコス。汝らが大陸神と呼ぶモノ也』


 魔力による音声が観覧席の度肝を抜く。

 声だけで、剣の海の中に揺蕩う存在が神だと理解できるだけの、威厳と覇気があったからだろう。

 エルフの中でも聖職者のクラスにあるものは、跪き、天に祈りを捧げ始めている。


 荘厳な空気の中。

 勇者ガノッサは、大陸神までこいつにいいように使われていやがるのか、とやはり私をジト目で見ているが、私は気にせず。

 私もまた、大陸神に敬服を示すようにアントロワイズ卿として騎士の礼。


「お久しぶりでございます、神マルキシコス」

『う、うむ。汝も息災のようで、な、なによりだ――』


 どうやら、演技はそれほどうまくはないらしい。

 ぼろが出る前に、言葉を引き出すように私は言う。


「神マルキシコスよ、あなたが私に下さったご神託。私の出自の真偽を確かめたいのなら、フレークシルバー王国にて一時でよいから王座につけ。神からの言葉とあれば、私も疑うことはなかったのですが……この大陸は別の神の治める地域。エルフたちに理解していただけるかどうか……」

『ほぅ、エルフは我の神託を信じぬと?』


 矮小なる存在の分際で――と、不遜を隠さぬマルキシコスが本気の睨みをエルフたちに落としていた。

 この神マルキシコス。

 どうも、いろいろとせこい。見た目は本当に武人で武神で、清廉な神に見えるのだが――力はともかく、なかなかどうして性格は小物である。


『フフフ、フハハハハハ! 我らが眷属にすぎぬ人類の一端が大きく出たものだ。まあ良い、ならばエルフたちよ。汝らに神の言葉を下してやろう』


 神の余裕を見せ、マルキシコスが宣言する。


『我がマルキシコス大陸にて賢者と呼ばれし男レイド=アントロワイズ。今はシュヴァインヘルトの家名も持っているのか……ともあれそやつが汝らに聞かせた言葉はまことである。我が大陸で育った半妖よ。そなたはなすべきことをせよ、その力を持って汝の正しき覇道を世界に知らしめよ。レイドよ、そなたが玉座に戻った時――すべての真実は明らかとされよう』


 むろん、これは神託ではないので嘘を言っても問題ない。

 この男。

 自分の身を守るための行動として私の意図を読んでいるようだが、その辺りの動きは優秀なようだ。剣の神なら剣の腕を磨けとも思わなくもないが。

 召喚獣扱いである神マルキシコスに、私は魔術伝達。


 言われた言葉を自らの言葉に組み替え、威光だけは本物の神は朗々と読み上げる。


『――勇者達に告げる』


 瞳を細めたマルキシコスが、四つの腕を動かし。

 四つの大きな手のひらの上、胸筋の前で魔術式を浮かべ。


『賢者レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトが依頼した、大災厄の討伐。その依頼報酬として勇者ガノッサに与える報酬、勇者の戒めを解き放つ件の話もまた、まことである』


 ここに集っている勇者は異変を察したものや、冒険者ギルドの依頼を調べていた勇者たち。

 全員が全員、勇者システムの破壊をもくろむ私が提示した報酬を知っているわけではなかった。

 だが――風の勇者ギルギルス、風に乗り、噂や情報を巧みに扱うキリギリス――彼は既に私との約束を果たし、短時間で噂を流すことに成功している。


 勇者はみな、もう知っているのだ。

 だから大陸神の今の言葉に打ち震えているだろう。

 人類社会の争いに干渉できない、あの破綻したルールから抜け出せるかもしれないと。


 だから、観覧席のあちこちで魔力が煌々と輝いていた。

 それは魔王とは違う、勇者の魔力。

 人類に使役され、疲れ切っている者たち。


 勇者の存在を目で追ったマルキシコスが言う。


『我が大陸で育った命よ、我と従属関係を交わす者よ。魔王アナスターシャを討った賢者レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトよ』

「何でしょうか、神よ」


 これも嘘は言っていない。

 私と神マルキシコスは従属関係にある。

 もっともこれは言葉の綾、周囲は神が上の関係だと思っているが実際はその逆。私が神マルキシコスを使役する側なのだが、普通ならば気づかない。

 勇者とて気づいていないだろう。


 ……。

 ガノッサは例外だろうが。

 ともあれだ。


 周囲は魔王アナスターシャを討ったと断言された私に目線を戻していた。

 まあこれも実際は討伐とは多少異なり、魔王アナスターシャを使役するようになっているのだが。

 マルキシコスが話を続ける。


『この大森林の結界内に、世界を暴れまわる脅威が一つ。大災厄が入り込んでいることは既に知っておるな?』

「ええ、だからこそ私はここに戻ってきた。たとえ母を見捨て、追放した者たちだとしても私はそれでも大災厄による滅びを認めていいとは考えてはおりません。それゆえに、世界のルールを変えかねない例の報酬を勇者殿に提示したのですから」

『殊勝なことだ』


 神は朗々と告げる。


『大災厄を止めることが目的ならば、もし他の勇者が大災厄という名の脅威を止める協力をするならば――』

「ええ、金銭での報酬の上乗せは不可能ですが――例の情報をお渡しするということは可能です」

『聞いた通りだ、勇者達よ』


 タイミングよく観覧席の中から風の勇者ギルギルスが問う。


「我が名は風の勇者ギルギルス。神マルキシコスよ、御身の前で無礼を承知でお訊ねしたい」

『良い、言うてみよ』

「大災厄とは――冒険者ギルドにて最上位の危険度で登録されている【脅威】、あの大災厄のことなのであろうか」

『いかにも――』


 エルフたちも大災厄の名に反応し、周囲に起こったのはざわめき。

 混乱が広がる前に、神マルキシコスは神としての威光を纏ったままに告げる。


『勇者達よ――選ぶのはそなたたち自身。我らはただ汝らの行く末を照らすのみ――』


 マルキシコスの用はこれで終わり。

 大災厄の存在をアピールし、私の言葉の正当性も神に裏付けさせ、そして勇者達への解答も提示できた。

 一応は本物の神である、大陸神の名に恥じぬ働きをした。

 後は神としての威厳をアピールしながら帰還してもらうだけなのだが


 声は王族の特別観覧席から飛んできた。


「――偉大なる者。神の座におわす、猛き剣神よ。我が名はクリムゾン! 聞きたいことがある――もう一ついいだろうか、神マルキシコスよ!」


 赤髪の貴公子クリムゾン殿下である。

 アドリブでマルキシコスが瞳を細め。


『構わぬ――申してみよ』

「様々な名で呼ばれるこの大陸の大陸神は何処いずこにおわす! 勇者の集いに、魔王アナスターシャを倒した賢者にして女王の遺産を欲する白銀の落胤。そして大災厄の結界内への侵入。このような混沌とした事態に、なぜこの大陸の大陸神ではなく、遠く離れたマルキシコス大陸の神たるあなたが我らに示す!」


 答えは私にほぼ強制召喚されたせい。

 なのだが。

 確かに、私もこの大陸の大陸神が動かないのは疑問に思っていた。


 マルキシコスはなぜか私に、重い視線を向け。


『奴は――姿を隠しているのだ』

「大陸神様が!? なにゆえ――」

『告げるべきかどうか、我には判断できぬがまあ良い。其れは汝ら長耳一族のせいでもあると伝えておこう』

「我らエルフの……?」

『我らが大陸神の上位存在。名も存在も告げることはできぬが、我らが上にある神々――創造神様は汝らエルフを下らぬ種族だと見限り始めている。女王を追放した、その所業にお怒りなのだ』


 実際は私の出生に関わる話かつ、恋物語の邪魔をしたという点で評価を下げているのだが。

 まあそれを要約すると――女王を追放したことに創造神が激怒している、と言い換えることもできなくはない。

 神マルキシコスが小物である本性を隠し、輝く武器を背後で回転させ。


『創造神の怒りには我ら大陸神とて敵わぬ。そして、いま――この大陸には創造神の遣いが降臨しておるからな。大陸神が消滅すればその大陸の魔術は失われる。故に、この地の大陸神は創造神の遣いに身を滅ぼされることを警戒し、姿を隠している――理解をしたか、長耳一族の王族よ』

「創造神の遣い、でありますか……いったい、その御仁は何処に」

『さて――我とて口には出来ぬことがある。しかし、気を付けることだな。奴はいつでも汝らを眺め、観測し、裁定している。神の代行者ともいえるその者は、時と場合によっては汝らエルフという種そのものを滅ぼすやもしれぬ。心せよ、長き耳の一族、エルフよ。我が下せる助言は一つ、あまり神を怒らせぬことだな――』


 言いながらも私を見下ろすマルキシコス。

 私が瞳でうなずくと、神は稲光を発生させその姿を天へと溶かして消えていた。


 姿を消したマルキシコスに、私は魔術会話でこっそりと質問していた。

 他者には聞こえない対話が発生する。


『大陸神が逃げたというのは本当なのですか?』

『当たり前であろう、絶対に敵に回してはいけない三女神と魔王、そして午後三時の女神がほぼ同時に、自分の支配領域たる大陸にやってきたのだぞ? 我とて逃げる』

『もしかして、大陸神という存在は結構……あなたのような存在が多いので?』

『我ほどに美麗な武神はおらぬであろうがな――ただ、指摘通り、我らは生存を優先する。い、言っておくが私利私欲ではないぞ! 我らが消滅すれば大陸から魔術が消える。それを避けているだけなのだからな!』


 ……。

 まあ本当に、私たちが怖くて逃げただけなのだろう。

 大陸神とて所詮は魔物だという証明かもしれないが。

 ともあれだ。

 神の降臨と宣託により、私にはかなり優位な状況を作り出すことができた。


 残すは決勝だが、おそらくは相手は棄権するだろう。

 今の私は大陸神に従う賢者であり。

 白銀女王の落胤。

 そして、既にその圧倒的な実力を披露している。


 案の定、相手は棄権を選択。

 私は見事、武術大会にて実績を作ることに成功したのだった。

 民も兵士も、衛兵も騎士も貴族も王族さえも、真偽を知りたがっている。


 私が本当に女王の落胤なのかどうか。


 王はもはや謁見を断れないだろう。

 拒絶は民が許さない。

 大陸神を神と仰ぐ聖職者も許さない。

 帰国したエルフたちも、それを許さない。


 根回しも工作も順調――私は玉座に向けて既に王手をかけつつあった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかもっと大層な理由で出てこないと思ってただけに拍子抜けですなw
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