第79話 女王の遺産―落胤の演説―
天覧試合は何度も続く。
何度も何度も声が響く。
「勝者――レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト!」
武術大会の趣旨にそぐわぬとして、バイオリンを禁じられたら弓を持ち。
「勝者――レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト!」
弓を封じられたらハルバードで戦い。
それでも私は勝利し続けていた。
「勝者――レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト!」
今は準決勝。
今度は野蛮だからとハルバードが禁止である。
ここまでくるともはや意地の張り合いのような空気もあるが、周囲は騒然としていた。
次々と禁止されることに観覧席も私も慣れ切っていた。
既に客たちは、次に私がどんな武器を使うかに興味を惹かれている様子。
観客の多くは素人だが、バカではない。とっくに彼らは私が強者だとはっきりと理解している。
そして現国王がなぜこんなにもルールを何回も変更するのか、その理由を考えているようだ。
当然、答えはすぐに浮かぶだろう。
私と同じ世代の子供たちは気づかないが、大人たちは違う。
私が彼女の落胤ならば、王は確かにレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトを認めないだろうと理解しているのだ。
ならば本当に私が落胤なのではないか。
そんな探るような気配がある。
準決勝の開始、今度の私は徒手空拳の構え。
相手は魔剣を持ち、こちらは素手。
エルフは魔道具……つまり魔剣も得意とする種族。本来なら圧倒的に相手が有利な戦いであったが――。
それでも、もはや相手が負けることが当然とばかりの空気が流れている。
実際、即座にそうなった。
試合開始の合図から三秒。
審判はすでにジャッジを下していた。
「勝者――レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト!」
それは素人目から見れば一瞬で相手が吹き飛んだだけ。
けれど達人の瞳から見れば、三秒の中であった攻防を観測することができただろう。
体術で戦うこちらへの対策だったのか、相手は速攻で私の足の腱を断とうと――神速の下薙ぎ。
対する私は足を狙ってくる相手の薙ぎを受け止め、反撃。
私の掌底は相手の剣を破壊し、そのまま、剣を折った衝撃で発生した魔力に乗って回転。
空中で回し蹴りを決めたのである。
かなり手加減をした蹴りなので、相手は試合場の壁にたたきつけられただけで済んでいた。
もし加減せずにやっていたら、相手は鎧ごと胴体から真っ二つになっていただろう。
魔剣を折られた敗者は優勝候補の魔剣士。
腰の骨が折れているのだろう。
治療師たちが大慌てで飛んできているが……。
治療魔術でどうとでもなる範囲なので過度な心配はしていないようだ。
だが治療を受ける本人は違った。長耳の先を尖らせる彼の、その震える瞳は折れた魔剣に向いている。
大切な剣だったのだろう。
少し悪いことをしてしまったようだ。
折れた剣と破片を拾い、私はアントロワイズ家としての礼儀作法を披露する。
騎士として剣を折ってしまった相手への謝罪の礼である。
妖聖騎士なんちゃらの剣を折ってしまったときとは違い、今度の対戦相手はまともなエルフだと判断したのである。
折れた魔剣を返却した私は、初めて敗者に語り掛けていた。
「すみません、あなたの剣技は神速の領域でしたので――こちらも武器破壊を選んでしまいました」
プアンテ姫からラーニングした魔力同調で相手から私がどう見えているのかを確認する。
壁を背に倒れ伏す魔剣士の瞳に映るのは――。
昼と黄昏の狭間にある空。
そして、螺旋状の黒い魔力を内から溢れさせる白銀赤目の青年の姿。
強者になればなるほど、私という存在を瞳に宿した時――在ってはならない、酷く悍ましい存在に見えているようだとすると……。
技量などを考慮しない単純な力や魔力の話ならば、彼はプアンテ姫よりは劣るといったところか。
長耳を下げながら魔剣士が言う。
「いや――真剣勝負なのだ、構わないよ」
「――大切な剣だったのですか?」
「君ほどの達人と戦えたのだ、僕の剣も本望だっただろうさ」
誰かの大切なものを壊すのは気分が悪い。
それが苛立つ相手や、どう扱ってもいいような悪人ならば話は別だが。
そんな申し訳なさが伝わったのか、魔剣士は人当たりのいい苦笑を見せ。
「この魔剣は僕がまだ幼いころにとある女王陛下から賜った魔剣でね。その、当時は一流以上の魔剣だったのだが、経年劣化と技術の発達で……性能的にはもう市販品とさして変わりもなかったんだ。だから、折れてしまったのならこれが魔剣の寿命。君が気にすることじゃあない」
「女王陛下、二百年以上前の話ですね」
話に耳を傾ける者たち。
観覧席にも禁忌とされているその女王の名が浮かんでいるだろう。
そろそろ仕掛けるかとタイミングを見た私が言う。
「ならば、これを私が破壊したとなったら問題。母かもしれぬあの方に叱られてしまいますね」
告げて、私は魔術を詠唱。
構成は【損傷回復】。
ダンジョン内に同行する戦える職人がダンジョン内で発動させる、武器修復の技術である。
人々は騒然とした。
それもそのはずだ。
女王……白銀女王スノウ=フレークシルバーが下賜したとされる魔剣を再構築させた。
直してみせたのだ。
それが意味するのは、私が魔剣の構造を理解しているという証明。
つまり――。
「――再構築したので厳密には違うものです、けれどこれをあなたに授けましょう。前の魔剣と性能はほぼ同じ、けれど経年劣化前の耐久度に戻っているはずですし、お詫びとして【不壊属性】も付与しておきました。まあ、それでもより強力な魔力衝撃を受ければ破壊されてしまいますが、なかなか壊れないはずですよ」
敗者たる魔剣士の瞳には、今、あの日の思い出が過っているだろう。
それは魔力同調により盗み見た過去の光景の再現。
白銀女王スノウ=フレークシルバーがまだ見習いだった魔剣士に、自らが生み出した魔剣を下賜した場面を私なりに再現してみせたのだ。
魔剣士が言う。
「あなたは……やはり!」
「どうかなさったのですか?」
とぼける私に、治療師により腰を治療された魔剣士は立ち上がり。
「失礼を承知でお訊ねします。やはりあなたは! 白銀女王スノウ=フレークシルバー陛下のご子息なのだろうか!?」
会場が鎮まる。
それは誰もが持っていた疑問だった筈。
第一王子のクリムゾン殿下の推薦を持ち、プアンテ姫の護衛。そしてなにより、専属騎士だったパリス=シュヴァインヘルトがそっくりだと形容した、この容姿。
子供以外ならば同じ疑問を持っていたはずだ。
私は肯定も否定もせず。
けれど質問にはまっすぐに応じることにした。
「どうなのでしょう、私自身にもそれが分からないのです」
「だが、あなたは女王陛下に似ている。いや、先ほどの魔剣のこともっ、あれはあの日の思い出、僕と女王陛下だけしか知らない記憶と酷似していた! いったい、あなたは何者なのだ!」
「私はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト。マルキシコス大陸で人間として育ったハーフエルフ」
「マルキシコス大陸で……?」
瞳を奪われた女王がどこに追放されたのか。
それは口にされていないだけで、皆、知っている。
「ええ、身寄りのない私は孤児院に拾われ、そして生贄とされるべく大切に育てられました。当時の私は赤子、何も知らなかったのですが銀髪の存在はとても珍しく稀少であったらしく、生贄としての価値がとても高かった。だから運よく、偶然に生き残れました」
それは、白銀女王由来の銀髪のおかげだとアピールし。
「私は実際、水神への生贄にされかかりました。けれど、人間の中にも優しい方がいた。生贄にされる直前に私は人間の貴族、騎士卿ヨーゼフ=アントロワイズに助けられ、養子となったのです」
「だから、人間の貴族の家名を持っておられるのか」
「ええ、彼らは私の恩人でした」
「でした?」
「ええ、私を拾ってくださった家族は、魔王アナスターシャに殺されてしまいましたので」
魔王に殺された。
これも嘘は言っていない。
エルフにとって私は子供に見えている。
少なくとも悲劇として私の話は彼らに伝わっているだろう。
「それからおよそ二百年。私は人間社会の片隅で生きていました。マルキシコス大陸はあまりエルフがいませんからね、私がハーフエルフであることにも気づかれず……長い間、ずっと一人で生き抜いてきました」
「そんなことがあったのか……」
「ええ、それでも。そんな私を救ってくれた方々はいました。勇者ガノッサ殿もそのうちの一人」
控えにいる勇者ガノッサが注目される中。
ガノッサは、またなんかやってやがるな……と私をジト目で眺めているが。
構わず私は話を続ける。
「しかし、私を救ってくれたのは彼だけではありませんでした。エルフが住まう大森林の外、人間とも共存共栄ができると信じ、白銀女王から授けられた森と人との境の領地にて動いていたエルフ。義父パリス=シュヴァインヘルトに私は発見されることとなりました。彼は言いました。私はかつてエルフの女王として長い間フレークシルバー王国を支えていた白銀女王、スノウ=フレークシルバー陛下の忘れ形見なのではないか――と」
これも嘘というわけでもないだろう。
「私はただ確かめたいのです。自分が本当に、かつて追放された女王の落胤なのか。それとも、彼女とは全く関係のないただのハーフエルフなのか」
「なるほど、そういう事情だったのか……それでその、先ほどの話では分からなかったのだが。君の母上は……いったいどうなったのだろうか。聞きにくいことなのだが……おそらくはみな、その答えを知りたがっていると僕は思う」
しばし呼吸を置き。
私は言った。
「この世に生まれた私の最初の記憶、世界で最初に目にしたのは――吊られて処刑された母の遺体でした。私は死んだ母の胎から文字通り産み落とされていたのです。だからおそらく、もう死んでいるのだと思います。そして……母を最後にみた記憶が確かならば……ですが。処刑され、処刑場で放置されていた母の髪の色は……私と同じ白銀でした」
人間の大陸に追放され。
そして奴隷となり、最終的には処刑された。
刺激が強かったのだろう、白銀女王を慕っていたエルフの一部が泣き崩れはじめ、その問いかけをした魔剣士もまた、唇を強く噛み。
すまない……と震える喉から言葉を絞り出していた。
私の母が白銀女王かどうか。
そこが焦点となる。
観衆はみな、知りたがっただろう。私が女王の落胤なのか、別人なのか。
だからこそ、このタイミングで私は天を見上げる。
視線の先は天覧試合の簾。
赤い瞳を煌々と輝かせた私は言う。
「――私はただ知りたいのです。私が誰の息子なのか、それがもし本当に伝説にあるあの白銀女王スノウ=フレークシルバーならば、私はその瞳を取り戻したいと願っています」
それは子供が見せる健気な強さにも見えるだろう。
孤独だった孤児のハーフエルフが、母を求めて戻ってきた。
ありがちだが、大衆にとってはとても興味をそそる物語となっていただろう。
これは退屈な世界に生きるエルフにとっての刺激。
だから私はこう言うのだ。
「王よ――、一時でいいのです。私に王位と玉座、そして玉璽と【無限の魔力】をお貸しください。もし私が王族ではないのなら、それらは私を否定し拒絶する。つまりは別人の子と証明できる。しかし、もし私が女王の子供ならば、それらの女王の遺産は私を受け入れる。私はただ、母が女王だったかどうか、それを確かめたいと願っております」
むろん、王族でなければ玉座が拒絶するなどという制限はない。
ただのハッタリである。
しかし今までは王族が継いでいたので誰も確かめてはいない。
だがハッタリを本当と見せかける手段を私は知っていた。
「私にそう伝えてくださったのは、神――大陸神マルキシコスその人。私は今、神の意志でここに舞い戻ってきたのです」
マルキシコス大陸にて、剣神が頬をヒクつかせる様子が見えていたが。
私は構わず演技を継続。
マルキシコスは私が欲する行動を理解したのだろう。
天に――大陸神の召喚円が広がっていく。