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第7話 記念日

 あれから数年が過ぎていた――。


 黄昏も終わり夜の時間。

 冒険者が集う酒場は夜であっても大騒ぎ。

 ダンジョンや魔物と呼ばれる連中は体内時計が存在しないのか、それとも夜に眠るという知恵がないのか――年中無休で営業中。

 だからこそ、ギルド備え付けの酒場に休みはない。


 酒場の灯が消えることなく、荒くれどもの姿を照らしていた。

 いつでもどの席でも、誰かしらが稼いだ日銭でグラスを傾ける。

 今日はドラゴンを倒した、今日は悪魔を倒した。

 何処までが本当か嘘か、わからなくとも面白ければ何でもいい――、そんな自慢話に花が咲く。


 荒くれものであるが、彼らは立派なお客さん。

 有事の際は街を守ってくれる大切な客人でもある。

 そしてなにより、彼らがダンジョンで手に入れた金を落としてくれるのだから、ギルドとしても酒場の灯を消すことはできない。

 彼らに対応して、朝でも昼でも夕方でも、そして夜でも営業は続けなくてはならない。

 だから店員はいつだって募集中。


 店員募集の張り紙が目立つ壁に寄りかかり、一人の男が見習い店員に絡んで、ぷはぁ……。

 濃厚な高級酒の吐息をかけていた。

 男は酔った勢いで、住み込みの見習い店員に悪がらみしていたのである。


 開襟したシャツの下には隆々とした筋骨。

 正面から受けただろう、顔に貰った一本の古傷。

 戦士なのだろうとすぐに分かる彼の名はガノッサ。

 酒さえ入らなければそれなりに役に立つ斧戦士と、ギルドでは一定以上の評価を受けている常連である。


 ガノッサが片手でグラス、片手でまだあどけなさの残る見習い店員の肩を抱き寄せ。

 にひぃ!


「おう、坊主。知ってるか? 来週が何の日か」

「ガレッサさんの誕生日か何かなんですか? 悪いですけど、僕はあまりお金を持っていませんので、プレゼントなんてありませんよ」

「だぁぁぁぁあ。違う違う、オレだってまだ下の毛も生えそろってなさそうなガキからたかろう、だなんて、ひっく、さすがに思っちゃいねえさ。まあ飲めや……てか、おまえ、何歳なんだっけか?」

「今は十二、半年もすれば十三歳になります」

「んじゃあ酒は無理だな! じゃあおまえさんにくれてやる酒はオレ様が代わりに、こうだ!」


 ガノッサは自分でグラスに注いで自分で飲み干し。

 やはり、ぷはぁっと濃い高級酒の息である。

 明らかに見習い店員への業務妨害だが――それを見逃されているのは彼が飲んでいる酒の値段が、平常時のギルド酒場の、一日の売り上げに近い額の銘酒だからだろう。


 見習い店員が絡まれたまま唸る。


「ガレッサさん、もう放してくださいよ。店長にセクハラされてるって訴えますよ」

「男のくせにセクハラはねえだろう、そりゃあまあ、おまえさんは可愛い顔をしてやがるが、どうだ、おいちゃんと一発、金貨一枚でやってみるか? なんてな!」


 下品な男ガレッサに女性陣……。

 特に酒場の、肝の据わった女店主からの非難が飛ぶ。


「ああん!? うちの店員に手を出そうって? こりゃあ随分と太々しい野郎だ。それに、ガノッサなんかにゃあ勿体ない。坊やの初めてならあたしが貰ってやるよ! ガハハハハ! だからとっとと消えな、二流斧戦士!」

「うるせえ! だったらてめえらがオレの息子の相手をしてくれればいいだろうが!」

「おや、あんたの短刀であたしの防御を破れるのかい?」

「誰にも突破されてねえ難攻不落の砦じゃねえか、そりゃあ無理だわ。すまんな!」


 冒険者の下品は今に始まったことではないが。

 今ので、まだまともな神経の女性冒険者の数人が会計に向かっている。

 そんな真っ当な彼女たちにガノッサが絡もうとするので、慌てて店員が制止する。


「ああ、他のお客様に絡まないでください!」

「会計が終わったらお客様じゃねえだろうよ!」


 いつもの光景といえるだろう。

 だから周囲もガノッサの絡みに乗って、乾杯の音頭を取っている。

 こう見えてガノッサはよくモテる。

 貌は怖いが、それは強面。なによりも、強い。羽振りもいい。


 見習い店員が言う。


「それで、来週は本当にガノッサさんの誕生日なんですか?」

「いや、違う違う。来週はあの日……ほら、我等がカルバニア王国の第二王子様が、地方貴族アントロワイズ家のバケモノに暗殺されたっていう、あの痛ましい事件からちょうど六年目。なんでも弔辞を読み上げに第一王子が戻ってくるって話じゃねえか」


 式典は正午から。

 喪に服した証として、未成年を含む全員に酒が配られるらしいと、だらしない笑みをこぼしてガノッサは頷いている。

 未成年と確認したのは、それが目当てなのだろう。


「へえ、六年前にそんなことがあったんですね」

「あったんですねって、おまえ、カルバニア王国の出身じゃねえのか?」

「いえ、その……他国の孤児院なもので、はは……すみません」


 空気が一瞬重くなり。

 ガノッサと腐れ縁の女店主が、ガツンと男の頭をどついてた。


「悪かったね、坊や。こいつが失礼なことを聞いちまって」

「あまり気にしていませんから」

「そうかい? ま、十二、三歳で住み込みで働いているんだい、いろいろと大変なんだろうね。なにかあったら言っておくれよ、金の相談以外なら聞いてやるよ」


 それなりの速度で頭を殴られガノッサがムッとしているが。

 失言だったという自覚はあったのだろう。

 酒をチビっと飲んで、反省している様子を見せていた。

 時間を示す水時計を眺めながら女店主が言う。


「ガノッサあんた、そろそろ行かなくていいのかい? もうじき光の勇者様だかなんだかが、あんたを迎えに来るんだろう?」

「勇者様がどうかは知らねえが、まあ確かにそんな奴を待たせてるのは事実。だがなぁ……迎えに来るならここまで入ってくりゃいいんだよ。けっ、仕方ねえから一緒に冒険してやってはいるが、お高くまりやがって。この酒場にゃ入ってこられねえんだとよ」


 猛獣の檻に怖がる衛兵みたいでダッセーと、冒険者たちが好き勝手に口にする。


「ああ、なんかこの酒場に誘おうとすると、勇者様だってのにぶるって顔を青褪めさせるんだってね。そんな御方が勇者で、本当に大丈夫なんかねえ」

「強いのは確かなんだがな」

「まあ、勇者様だって言うくらいだ、あたしらには見えない何かでも見えてるんかねえ」


 女店主が見習い店員を振り返り言う。


「おっと、すまないねえ。あんたは勇者様を知らないんだっけか?」

「いえ、噂ぐらいは知っていますよ。でも、そうですね、一度もお会いしたことがないので、知らないと言っても過言ではないかと」


 そう。

 勇者はこの見習い店員とほとんど面識がない。

 勇者の仲間のガノッサが何度も出入りしているこの店で、住み込みで働いているのに。

 ただの一度も――ない。


 外では朝を報せる鳥たちが鳴き始めている。

 もうじき。

 夜が明けて明け方になる。


 店員わたしは勇者が何に怯えているのか。

 気付かないフリをしていつものように接客を再開した。


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