第73話 武術大会予選
推薦はクリムゾン殿下とプアンテ姫。
そして師匠はあの勇者ガノッサ。
私の武術大会の申請は無事通過、既に開催当日である。
朝焼けは過ぎて、今は朝と昼の間。
時刻が早いのは、先に予選を行うからである。
既に本戦が決まっている者は名のある者達ばかり、要するに予選で雑魚を篩にかけるのだ。
もちろん私は実績のないハーフエルフなので予選から。
一応、海賊パーランドを倒したと実績をアピールしたが、信じられることはなかった。
エルフの彼らにしてみれば私は子供、まあ当然といえば当然だが。
場所は魔術大会が開催されている会場に併設された、中規模な会場だった。
魔術大会と武術大会を比べるのならば、圧倒的に魔術大会が人気であり規模も大きいのだ。
エルフにとっては魔術と魔道具こそが重要という点が大きいだろう。
ただ武術大会でも注目されている武器はあった。
それは剣と弓。
エルフの騎士が扱う剣術や、狩人が扱う弓術に関しては世間からの評価もしっかりとしているのだ。
だが槍術、斧術といった分野はエルフにとっても軽視されている野蛮な武器。
「で――そんな槍と斧を組み合わせた武器。槍斧ハルバードをわざわざ選ぶってのがお前さんらしいわな」
「おやガノッサ師匠、あなたと同じ武器で出場するのは不満ですか?」
「不満じゃねえが」
言ってガノッサは隆起した腕を組んだまま周囲を見渡し。
予選会場の空気を察したのだろう。
私をジト目で眺め、ぼそり。
「おまえさん……いったい、何をやらかしやがったんだ」
「何がです?」
「あれ、お前の学校の連中だろう? 本番でもねえ予選なのに……ガキどもが敵意剥き出しじゃねえか」
言って目線で指す先にあるのは、客席。
そこには王都のエルフ学校の生徒が自由に入れる、簡素な観戦席があるのだが……。
男生徒は一斉に私に向かいブーイングである。
「やらかしてなどいません。ただ姫の従者として、そして騎士としての役目を果たしたまでです……なんですか、その貌は?」
「いや、二百年前も思ったんだがおまえさん、同性の同年代のヤツらから敵視されすぎじゃねえか? もうちょっとこう、いつも年上のおっさんや姉ちゃんを騙す要領で上手くやれねえのか?」
「まあ相性の問題かもしれません」
「相性って……そんなレベルじゃねえだろ、あいつらの罵倒は」
エルフの男子たちは全力で私の失敗を祈っているようで。
あちこちに呪いの魔道具が浮かんでいる。
「訓練で吹き飛ばしたことをまだ根に持っているようですね」
「やっぱやらかしてるじゃねえか」
「――……。しかし見事な一致団結。ここまで声を揃えての罵声はなかなか珍しい、エルフにも人間と同じ集団心理が目覚めているようでなによりです」
「いや、そりゃあ協調性に欠けるエルフが団体行動を苦手とするのは知ってるが……それでいいのか、おまえさん。滅茶苦茶言われてるぞ?」
ガシガシと自らの後ろ頭を掻く”師匠”に目線だけを向け。
「混ざりものだの雑種だの、どうやら彼らは私がハーフエルフである点で口撃するようですが――まだまだ子供ですね。人種で人を蔑むのは下策。本人を直接罵倒できていない時点で、相手の負けなのですよ」
「ど、どーなんだろうな……」
「歯切れが悪いですね」
「いや、おまえ……もしかしてオレが思っている以上に負けず嫌いなのか? 罵倒に勝ちも負けもねえだろ、普通」
私が人種差別攻撃をまったく気にしていないのが相手にも伝わったのだろう。
男子エルフたちは集合し、ヒソヒソヒソ。
今度は術無し、魔術無能者、エルフの欠陥品などと術が使えない点で、口撃してきているが。
「ん? なんだ? 術無しってのは」
「彼らは私が魔術を使えないと信じているのです」
「なんでまたそんなことに」
「クリームヘイト王国での一件で大陸神マルキシコスを調伏したのですが、その時に経験値がそれなりに入ったのでしょうね。魔王としての力が増していて、制御に苦労しているのです。なので、魔術の加減を間違えると大惨事になるので控えようと思い――と、……またなんですかその嫌そうな顔は」
うへぇ……っと露骨に嫌がる勇者ガノッサは重い溜息。
吐息に諦めの気配を乗せていた。
「マルキシコスを調伏って……おまえなあ、ようするに眷属化しちまったってことだろう?」
「ええ、用があるなら呼びますが」
「いや、用なんてねえよ。ていうか、大陸神を召喚って大丈夫なのか? ほら、なんだ、大陸神ってのはアレでも本当に大陸を支えている神なわけだろ? 呼んでる最中にマルキシコス大陸の加護がなくなって崩壊なんてことにはならねえだろうな?」
勇者であっても大陸神についての知識はないのだろう。
彼のためであるとも考え、私は理論を解説することにした。
「大陸神は腐っても神という種族。その本体はこことは違う場所に安置されているのです。普段信徒たちに見せている姿は分霊。本体から送られてきている精神体であると考えられます。ですので、召喚する際は分霊として呼びますので、極端な話、世界に同時に百体のマルキシコスを出現させることも出来ますよ」
「んじゃ本当に神を滅ぼそうと思うなら」
「ええ、どこかにある本体を叩くか。分霊を通じ、本体を破壊する必要があります」
「おまえ、そういう知識ってどこから手に入れてくるんだ」
「大抵は王家に所有されている古書ですよ」
既に私はカルバニアとクリームヘイト王国が所蔵している蔵書の閲覧。
そして沿岸国家クリスランドの古書の買い漁りに成功している。
「女神に聞くこともありますが」
「女神って、あの……」
「ああ、そういえばあなたは明け方の女神に不老不死にさせられたんでしたね。彼女の怒りももう治まっているので、もし死にたいと思った時には、事前に相談していただければ仲介しますよ」
「まあ、そん時は頼むが――」
やはり女神ダゴンに苦手意識を持っているようである。
「ともあれ彼女たちは気まぐれですからね。気分が乗っていないときに聞いても、あまりまともな回答が返ってきませんし……変な要求をされることもありますし。なるべく古文書で知識を広げたいと願っているのですよ」
「それで今回もできるならば王宮に潜り込みたいわけか。しかし、何を要求されてるんだ?」
「……それはいいのですが」
「なんだよ、隠すことはねえじゃねえか。ははは、オレにも言えねえ事なんか? もしかして、淫らな事だったりするんじゃねえだろうな」
……。
「邪推は結構。話を戻しますがあなたはこの大陸の大陸神を知っていますか?」
「いや、会ったことも聞いたこともねえな」
「そうですか……これだけ動きがあれば少なくとも私の様子を探りに来ていてもいいと思うのですが」
「殺されちまってるって事は」
可能性としてはゼロではない。
だが。
「どうでしょうか、おそらくこの大陸でも大陸神の力を借りて魔術を発動させている筈なので――この大陸の住人の魔術が発動しているという事は、大陸神も生存しているとは思うのですが」
「そういや風の噂で耳にしたんだが――マルキシコス大陸でいままで男が魔術をほとんど使えなかったってのは、神マルキシコスが無類の女好きで男に興味がなかったからってのは、マジなのか?」
「おそらく本当にその通りですよ」
「どうしようもねえ神だな……」
「まあ今はもう男女問わず魔術を授けていますから、時代が過ぎれば性別による偏りもなくなってくるかと」
告げて私は武術大会の会場中央に目をやる。
どうやらそろそろ私の出番のようなのだが。
「ガノッサさん、あなたから見て会場に勇者の気配はありますか?」
「ねえな。まあ向こうが気配を消してるって可能性もあるが。なんだ、オレ以外にも勇者が来るのか?」
「来る可能性があるという事です」
私は現在のフレークシルバー王国の情報をガノッサに提示しながら。
「――なにしろこの地はカオスな状態。大災厄に、女神に、そしてあなた。更に私を含んだ魔王が二体出現している状態です、世を大切に思う勇者ならば調査に来ても不思議ではない。それに私はギルドを通じ正式にあなたに依頼をしました。その依頼内容と報酬は勇者ほどの存在なら、権限を越えて閲覧が許される可能性が高いですからね。あなたのように世界のルールに縛られて、人の世に干渉できない戒めを解きたいと考えている勇者が、様子を見に来ているという可能性はあるかと」
「そいつらも報酬をエサに手駒にしたいってわけか」
「ギブアンドテイクですよ。おそらく勇者にとってあの縛りは呪いのようなもの、人類に有利過ぎる現状は面白くないでしょうからね。あなたならばその感情も分かる筈。私はそれを解除してあげようとしているだけです」
ガノッサは肩を竦め。
「おまえさんは相変わらず、権謀術数がお好きなようで。なるほどな――エサを蒔いたから勇者が来るかもしれねえってんで、プアンテ姫の嬢ちゃんは空中庭園に避難させてるってわけか」
「姫はまだ新米魔王。常人ならともかく、勇者が相手なら負ける可能性がありますからね――なるべくなら私も知らぬ勇者とは鉢合わせさせたくないのです」
言いながらも私たちは既に試合場のすぐそば。
ブーイングだらけだった男子生徒とは裏腹、一部の女子生徒からの私の評判はすこぶる良好なようで。
キャー! キャー!
と、まるで推しの男性アイドルを応援する女子の声。
観客席からの黄色い声を受けながら、私は試合場への狭い道を進むが――次第にブーイングの方が勝っていく。
私を応援しているのは本当にごく一部の、私の話術や美貌に魅了されているエルフのみ。
師匠であるガノッサも同じく私に並んで歩いていたのだが――。
聞こえてくるのは罵倒の嵐。
それが気に入らないのだろう。
「ったく、エルフのガキども。露骨に人間を差別してやがるな」
「誤解ですよ」
「誤解じゃねえだろ、こりゃ」
「いえ、人間を差別しているのではなくエルフ以外の全員を差別しているのですよ。獣人であっても、同じ対応でしょうし、犬猿の仲とされているドワーフならばもっと凄まじいブーイングだったかと」
周囲を見渡すガノッサの鼻梁にあるのは、呆れ。
人類に絶望していた時期のあった彼としては、こういったエルフの負の部分も煩わしく思えるようだ。
「うるせえぞガキども! オレの弟子に文句あるのか!? ああん!?」
勇者ガノッサだからこそ、この程度――。
もし彼が勇者ではなくただの人間だったら比較にならないブーイングが降ってきていただろう。
ガノッサがガルルルルっと吠える前に、私たちの顔を声で叩いたのは対戦相手だった。
「――勇者とはいえ薄汚れた人間がなぜ、我等が結界の中に」
告げたのは聖騎士の鎧に身を包んだ高潔そうなエルフの騎士。
名も顔も知らないが。
勇者ガノッサが言う。
「あん? てめえは妖聖騎士アルゴンか」
「お知り合いなのですか?」
「ああ、まだオレが勇者としてちゃんとやってた時に知り合った、外道だよ。こいつ、人間嫌いのエルフで有名でな、どんな虐殺をしても問題にならねえ人間の悪党ばかりを狙って、残酷な殺し方をする冒険者だ」
「大森林の外のエルフですか。失礼、ミスターアルゴン。あなたはシュヴァインヘルト領の住人なのですか?」
問いかけに返事はない。
聞こえていないという事は無いだろうが。
「返答してくださらないのなら、それはそれで構いませんよ。それでは、あなたはシュヴァインヘルト領のエルフではないと判断します」
「混ざり者よ。我がシュヴァインヘルト領のエルフならばなんだというのだ」
「いえ、倒すにしても惨めな敗北は避けたり、怪我をしないでさしあげたり……なんといいましょうか、こちらも配慮した戦い方をするべきかと悩んでいたのです」
アルゴンの眉が跳ねる。
「配慮、だと?」
「これでも私はシュヴァインヘルトの領主パリス=シュヴァインヘルトの養子。義父に対しての義理立てもありますから」
「そうか、ならば安心しろ。我はあの地の者ではない。しかし、理解したぞ。ふふふ、ふはははは! そうか、貴様があの詐欺師レイド=アントロワイズ。海賊パーランドを倒したと法螺を吹いた愚かなハーフエルフか!」
周囲がざわつき始める。
どうやら彼らにとって子供の私が海賊パーランドを倒したことは信じられないらしく、詐欺師扱いになっているようだが。
誘拐されていたエルフたちはそのうち帰還するのだ。
嘘ではないと後で証明できてしまう。
そうなったとき、今の発言はかなり問題になるのだが……。
「どうやら、あまり頭は良くないようですね」
義父ヨーゼフもそうだったが。
騎士はその……あまり頭を使わない脳筋もそれなりに存在するのである。
「頭が良くない、だと?」
「おっと失礼、真相を確かめようともせず、相手をペテン師扱いする方でしたので、つい本音が。傷つけてしまったのなら謝罪いたします、訂正はしませんがね」
既に相手の顔は真っ赤である。
「ガノッサよ、貴様の弟子を壊してしまっても許せよ。これは武術大会、神聖な儀なのだ。どんな事態になろうとそれはあくまでも試合中の事故。棄権しようなどとは思うなよ、ペテン師。そちらがその気ならばこちらも容赦せずに、叩き潰す。以上だ!」
そして予選は始まり。
彼が私の槍斧により場外に吹き飛ばされ。
試合会場の壁を貫通し、そのまま樹木に背を叩きつけられ敗北。
聖騎士の鎧も粉砕され、身体にも財布にも大ダメージを受けたのは予選開始からわずか一分の出来事。
こちらは自分にデバフを重複させ能力を極限まで下げているのだが、それでも無敗。
魔術を使わなくとも、槍斧の腕だけでも敵はおらず。
私による無双が始まったのだった。
ジャッジによる――。
勝者、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルトの掛け声が響き渡る。