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第72話 ルール改竄


 エルフの学校に入学して一週間が過ぎていた。


 プアンテ姫の従者としての私の名は、既に学校中に知れ渡っている。

 なぜか【狂犬卿】といった猛々しい名や。

 【極悪騎士】といった、私には合っていない二つ名までセットで広がっているのは計算外だが。


 ともあれだ。

 今は学内に存在する談話室を貸し切り、昼食を兼ねたティータイム。


 本来なら談話室の独占使用などできないのだが、既に学園長は私の話術で洗脳済み。

 そしてプアンテ姫が王族だということもあり、この談話室は既に私たちの領域となっていた。

 魔王の瞳によるマップ表示に記載される現在の談話室の名は【魔王の間】となっているので、上位の鑑定が扱えるものならば私たちの正体に気付く可能性もあるが――。

 私が偽装工作をしているので普通ならば気づくことはないだろう。


 プアンテ姫の後ろには彼女の従者である女騎士が二人いる。

 校舎を狙った大魔術の詠唱事件の件で警備が強化されたこともあり、貴族や王族の生徒には護衛の付き添いが許可されていたのだ。

 部外者を入れやすくするクリムゾン王子の計らいである。


 事情を把握したクリムゾン王子とも連携を取り。

 私が王宮に入る準備はほぼ整ったと言っていいだろう。

 だが。

 王子にいわく――。


『どう動くにしても現国王と謁見するには今のままでは実績が足りない、父は魔術の対象になることを畏れ名を消したように……慎重なのだ。まずは実績だ、我が従弟おとうとよ――この学び舎にて使える実績を作れ。暴れる方法ではなく、公式の成績に残る分野でな』


 とのこと。

 要するにクリムゾン王子の助力を得ても、結局はこの学校で何らかの実績を出さなければならないのだ。

 クリムゾン王子とも組むことになったと知り、事情を聞き終えたプアンテ姫が頬を膨らませ。

 珍しく不機嫌を隠そうともせず


「お兄様の意向には従いますが、プアンテはあまり面白くありませんわ」

「クリムゾン殿下がお嫌いですか?」

「当然ですわ。お父様やお母様が亡くなり……そう時間も経っていないのにわたくしに愛妾になれと本気で持ち掛けてきたのですから。クリムゾン殿下はデリカシーのない卑怯者でございます」


 まあ実際、第一王子によるプアンテ姫への求婚の噂を耳にした者がいたら、姫と同じ評価をするだろう。

 だが。


「デリカシーがなさそうで偉そうな点は否定しませんが、おそらくあれは貴女を思っての行動ですよプアンテ姫」

「まあやはり、わたくしの身体が目当てだと……?」

「意味合いは違いますがね。ようするに暗殺されかけている貴女を守ろうとしているのですよ、あの男は」


 第一王子の愛妾ともなれば、手は出しにくい。

 今回のような暗殺未遂は減る筈だ。


「あの愚王の息子が、ですか?」

「父が愚かだったり闇に落ちてしまったからこそ、息子が真っ当になるというパターンもわりとよくある話ですよ。少なくとも、あの王子がこの校舎の生徒たちとあなたを守ろうとし動いていたのは確かです」

「一連の流れが全て、お兄様にそう思わせるための罠という可能性はどうなのでしょう」


 本来なら、可能性としてはゼロではない筈なのだが。


「彼の意識に直接触れましたから、おそらく確定で白ですよ」

「直接?」

「あなたの魔力同調を使用し、彼の視界をジャックした時に彼の心が聞こえてきました。赤髪の貴公子殿はああ見えて、本当に善人のようですよ」

「そう、なのですか……お兄様がそう仰るのなら善人なのは間違いないのでしょうが……」


 プアンテ姫は慎重な反応である。

 エルフとしては少女であるが、彼女はとても理知的だ。

 彼女の不安を指摘するべく、紅茶を傾け私は言う。


「善人であるからこそ、私たちの動き次第ではどう動くか分からない。あなたはそれが不安なのですね」

「はい。あの第一王子を信用していいかはプアンテには分からないのです」

「まあエルフの危機や大厄災については語りましたが、彼には魔王のことは説明していませんからね、現国王に不満を持っていたとしても私たちが魔王だと知れば、協力してくれていたかどうかは――五分といったところでしょうか」


 プアンテ姫は銀髪を束ねる髪飾りをシャランと揺らし。


「では、魔王であることは隠し通す方針ですのね」

「あくまでも臨機応変にですがね。もし魔王の名を利用した方がいいとなったら、私の方はあっけなく告げてしまうと思います。あなたはあなたで判断してください姫殿下」

「承知いたしました――それで、今はなにをしているのでしょうか? 学内で実績を残すには動く必要があるとプアンテは思いますの」

「実績に関しては考えがあります」


 冷静に告げる私を、姫はなぜか懐疑的な目で見ている。


「どうかしましたか?」

「あ、あの……畏れながら……お兄様。どう動くか、このプアンテにも具体的にお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」

「構いませんが――」

「い、いえ! 別にお兄様の行動が色々と逸脱しているから不安というわけではないのです!」


 ようするに。


「不安なのですね?」

「えーと、その」

「ご遠慮せず」


 私も自分が世間の常識とずれている自覚はある。

 その誤差を減らす意味で、自身も魔王である彼女のアドバイスはためになる。

 三女神に相談するのは誤差を広げるだけなので無駄。

 相談相手としてプアンテ姫の存在は最適と言えるのだ。


 プアンテ姫との出会いも、女神の誰かが仕組んだ私を成長させる過程の一つという可能性もあるが。

 ともあれ、姫は私が答えを欲していると悟ったようで。

 白い頬を細い指で掻き。


「……はい、えーと……お兄様はご自分が何と呼ばれているかご存じなのですよね?」

「まあ、噂ぐらいは耳に入りますね」

「白銀の悪魔。魔術の才能の代わりに殺戮の才能を授かった破壊者。混沌と共に生まれた――」


 姫の口が次々と悪名を告げている。

 ……。

 随分な言われようである。


「耳にしたことのない二つ名もありますが」

「わたくしの従者が聞いておりましたので間違いないかと」

「そうですか」

「わたくしも女神の駒、魔王となった反動で以前の常識が少し霞んで見えておりますの。力弱きわたくしでさえ手を抜かねば大騒動になるのですから、わたくしよりも遥か先にいらっしゃるお兄様ともなれば――少しの力加減の失敗で大森林そのものが吹き飛ぶということもありますわよね?」


 思わず視線を逸らし、私はぼそり。


「……まあないとは断言できませんね」

「正直、断言して欲しかったのですが」


 プアンテ姫も私に慣れてきたのか。

 呆れではない苦笑の姫スマイル。


「わたくしはどんな状況でもお兄様を優先します、畏怖もありますし……尊敬もしております」

「あなたの前で尊敬されるようなことはしていないと思いますが」

「そうでしょうか? わたくしは思いますの。なにをしでかすか分からない女神様を三柱も従えている、その時点で最上位の畏敬の念がございます」


 女神のきまぐれを知っているからこそ、本当に私を尊敬しているようである。


「説得力がある良い例ですね」

「恐縮ですわ。それに、なによりわたくしの女神さまの要望を既に叶えてくださっているのですから――真の意味で逆らうという選択はありませんもの」

「午後三時の女神はとても上機嫌なようですね」

「はい、よほど魔王アナスターシャのストーカーに懲りたのだと思いますわ。あの方からあなたに全面的に協力するようにと仰せつかっておりますの。ご本人を前にし語るのは恐縮なのですが、少しでも恩を売っておくようにとも言われております」


 魔王アナスターシャに恨まれたのはあの女神の自業自得。

 その執拗な呪いによって少しは反省したのだろう。


「ただ、それでもこのプアンテにもこの国の王女としての立場も希望もございます。現国王に従うエルフの多くはわたくしを疎ましく思っているでしょうが、中にはわたくしを王女と認め、助けてくださった方が何人もいます。わたくしはわたくしを大切にしてくれた方に、あまり死んでほしくないのです」

「なので、もし私の計画によってあなたに味方をしてくれたエルフが死んでしまうようならば、作戦の変更を提案したいということですね」

「はい、あの、とても図々しい意見だとは理解しているのですが」


 自分を助けてくれた存在には、生きていて欲しい。

 私がアントロワイズ家に助けられ恩義を感じていたように、彼女にも恩を感じている同胞はいるのだろう。


「そんなことはありませんよ、むしろその言葉を聞いて私はあなたに好感と共感を抱きました」


 情報共有は大切か。

 私はプアンテ姫に武勲を立てる術を説明することにした。


 ◇


「なるほど――王都で行われる武術大会に参加なさるのですね」

「ええ――かの白銀女王が優勝し女王となったのは魔術大会でありましたが、これは武術大会。どちらも伝統のある大会なのでしょう? 学内の行事でなくとも優勝すれば間違いなく実績となります。それにクリムゾン殿下の話では現国王も列席なさるとか。チャンスではありませんか」

「大会はエルフにとっては王の選定すらされたことのある伝統行事。名も捨て、姿もあまり出さない王であっても姿を見せなくてはならない場所。素晴らしいアイディアですわ! お兄様!」


 私は苦笑し。


「残念ながら提案は私ではなくクリムゾン殿下ですよ」

「……そうですか。あの方が」


 姫は露骨に態度に出しているが。


「罠という可能性は?」

「クリムゾン殿下が罠を仕掛けてきたのなら、それはそれで重畳。善人だからこそ私は彼に魔術をかけませんでしたが、敵対するというのなら大義名分をもって洗脳できるでしょう」

「承知いたしました。けれど……」

「なにか懸念が?」

「魔術大会の方ならば問題なかったのですが、たしか武術大会には師の存在と登録が必要だったかとプアンテは記憶しておりますの」


 私の師と言えば三女神。

 武術ならば黄昏の女神バアルゼブブとなるのだが、もちろん呼ぶわけにはいかない。

 なので、既に私は手を打っていた。


「問題ありません。本当の師ではありませんが、人選は既に済んでいるのです」


 ◇◆◇◆


「なるほどな、おまえさん――そんな理由でオレを呼んだってわけか」


 と、筋骨隆々の覇気ある男は、顔に貰った一本の古傷を笑顔で崩し。

 なははははは!

 プアンテ姫が困惑した様子で言う。


「あのお兄様、こちらの方は? 人間? のようですが……」

「人間かどうかの判断に悩んでしまうのも仕方ないでしょう。彼の名はガノッサ。二百年前からの知り合いと言いましょうか、まあ有り体に言えば現役の勇者ですよ」


 頭痛を抑えるような顔でプアンテ姫はしばし考え、銀の髪の隙間に指を入れ。

 数秒後。

 は? といった表情で。


「えーと、すみません。よく聞き取れなかったのですが……勇者と仰いました?」


 勇者ガノッサに代わり、私が応じる。


「ええ、勇者です」

「なぜ魔王であるお兄様が勇者と親しげにしているのです!?」

「まあ、色々とありまして。今では良い付き合いをさせていただいておりますよ」


 私はカルバニアの姫を通じ、かつて殺された勇者の妻を蘇生させている。

 その恩はそれなり以上の効果があったようで、呼んだら本当に飛んできたのである。


 まあ勇者とは魔王を滅ぼすために発生する世界のシステム。

 本来なら大敵なのだ。

 プアンテ姫が苦虫を嚙み潰した上で、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまうのも無理はない。


「えーと、ガノッサ様。わたくしやお兄様が魔王であることは……」

「ああ、知ってるぜお嬢ちゃん。それがどうした?」

「お兄様を襲ったりは……」

「まあ、昔に一回殺しちまってるな」


 プアンテ姫が頭を抱え込み。


「なにがどうなると、こうなるのです? えーと、ようするにレイドお兄様の師として武術大会の師匠欄に記載する、という事であってますでしょうか?」

「私はハーフエルフであり、実績のない身。参加資格を得られているとは正直思えません、ですが、彼がいるのならば話は別。人間であっても勇者が師というのならば、参加資格は十分でしょう」

「だから魔王が勇者を呼んだと」

「ええ。何か問題が?」

「プアンテは頭が痛くなって参りましたわ、お兄様……」


 理解が追い付かない様子の姫に目をやり、ガノッサが私に言う。


「クリームヘイト王国でも暴れていたようだが――どうやら、おまえさんは相変わらず周囲を振り回しているようだな」

「暴れているかどうかは別として、まあ色々と巻き込まれてはいますね」

「澄ました顔で言いやがって、ったく、あんまり暴れすぎるんじゃねえぞ。オレはあくまでも斧の勇者だ。オレ以外にも勇者はいるんだろうからな。そいつらがおまえさんや、その関係者を狙うって可能性をオレは否定できん」


 ようするにこの男。

 私を心配しているのだろう。


「実際、あなたの旅の仲間には光の勇者が存在しましたしね。そして、このエルフの森に流れ着いた勇者も実在した。勇者とは特定の個人を示す専用職というわけではなく、複数存在できる職業のようですからね」


 おそらく光の勇者と、白銀女王スノウ=フレークシルバーと恋に落ちた勇者は別人。

 だが、時期を考えれば同世代の筈。

 既に複数の勇者の同時出現が、観測されているという事になる。


「んでだ、手伝うのは良いが――オレはおまえさんの師匠ってことでただ待ってりゃいいのか?」

「いえ、正式な冒険者ギルドからの依頼としてあなたには討伐して欲しい存在がいますので、そちらの方にも協力していただきたいと」

「依頼だと?」

「ええ、今の私はシュヴァインヘルト領の領主パリス=シュヴァインヘルトの息子。ギルドマスターの息子でもあるわけで、ある程度、自由に依頼も可能ですからね」


 ガノッサがみせていたのは呆れの顔である。


「おまえ、まーた王族やら貴族の年上を騙して取り入ってるのか……」

「マルダー=フォン=カルバニア殿下のことですか?」

「そうそう、そんな名だったなあの坊主は。高貴な血筋に近づいて誑かして、んで、王宮に入ろうとする。やってることが似通ってるじゃねえかって、ちょっと、うわぁ……またやってやがると思っただけだ。おまえさん、本当に年上に好かれるんだな」


 ……。

 言われてみればその通りだが。


「今回は事情が違いますよ。パリス=シュヴァインヘルトは私の母の専属騎士だった男、私にではなく母に因縁があったようですので」

「母親!?」

「その辺りの事情も後で説明します。とりあえずあなたには周囲の警戒を御願いしたいのです。私は自分よりも弱い存在の探査が苦手ですからね。全て同じに見えてしまうので」


 ガノッサは自らの顎を摩り。


「まあ依頼だって言うのなら引き受けるが、いったい何に警戒してやがるんだ」

「ギルドに【脅威】として登録された大厄災、あるいは大災厄はご存じですか?」

「ああ、そりゃあまあ……って、まさか!」

「ええ、大厄災はいま、このエルフの大森林、フレークシルバー王国に存在していると私は考えております。実際、外の事情までは把握していませんが――大厄災は消息を絶っているのでは?」


 ガノッサの顔つきが変わる。


「分かった。お前さんの事情も含めて詳しく説明しな。人手が足りねえなら、まだ生きてる昔の仲間にも声をかけてみる」

「助かります。と、その前に依頼料についてお話ししましょう」

「ああん? 別にいいって、おまえさんにはその、あいつの件で、返せねえほどの恩を貰っちまってるわけだし」

「そういうわけにもいきません、けじめは必要ですしね」


 ガノッサの口から昔を懐かしむような声が漏れる。


「お前さんは、ガキの頃からそういう生真面目な部分は変わってねえんだな」

「報酬抜きで中途半端な仕事をされても困りますので」

「ったく、かわいくねえガキだな!」

「エルフに子供扱いされるのは良いですが、人間のあなたに子供扱いされるのは複雑ですね――まあ構いませんが」


 私は言った。


「報酬に、勇者であっても人間との争いに介入できる裏技をあなたに伝授します。いかがでしょう?」

「……どういうことだ」

「あなたは以前、勇者の制限のせいで大切な人を失った。そして今回のエルフの案件でも、かつて、その制限のせいで大切な命を守れなかった勇者がいたのです。もし彼が人間やエルフといった、人類の争いに干渉できる力さえあれば……悲劇を回避できた筈だと私はそう感じました。だから、私は勇者であっても人間世界に介入できる理論を作り上げました」


 おそらく。

 この世界にとって。

 今の私は本当に一番厄介な魔王として認識されている筈だ。


「大陸神は厳密にいえば神という種族の魔物なのです。そして、その大陸神の眷属と言える人類も分類上は魔物と認識することができる。魔物が相手ならば勇者は自由に介入できることは実践済み。人間社会に影響を与えないための制限など不要です。勇者だからと言ってそのシステムを逆手に取られ、人間に上手く利用されてしまうのは不公平ですからね」


 魔王としての私は、魔王としての混沌とした性質のまま。

 言った。


「世界のルールを書き換えてしまいましょう。どうか協力してください」


 と。

 勿論、この提案に勇者ガノッサが出した答えは。

 口角を吊り上げての快諾である。


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