第6話 最強魔術
二週間ほどが過ぎていた。
金髪碧眼はこの世界の神の血を引くものの証。
アントロワイズ家は今、街を離れ、金髪碧眼な人種の多い王都に滞在していた。
既に国の中心である。
この国の第二王子を助けたという事で、それは貴族としては誉れ。当事者である私を含むアントロワイズ家は王家の人間に招かれ、褒美を受け取ることになっていたのである。
場所は王宮から少し離れた、離宮。
王族の宮殿ではあるが、使用人は少ない。
私が確認した王宮の文化を示す書物によれば、もっと人が働いていて、いい筈なのだが――どうやらこの国での第二王子はあまり立場が良くないらしい。
年上で、既に十五歳の第一王子が本命という事だろう。
人手が足りていないのか。
珈琲豆と砂糖菓子の香りが広がる部屋で、私たちは待ちぼうけである。
メンバーは当主であり義父のヨーゼフ=アントロワイズとその妻ジーナ。
そして八歳の娘のポーラに、養子であるレイド。
騎士貴族のヨーゼフは通された離宮で、呑気に調度品を眺め珈琲のような飲み物を啜っているが……女騎士ジーナは露骨に顔色を変えていた。
美しい調度品や王族の部屋に心惹かれている……という様子ではない。
むしろ逆。
ジーナ=アントロワイズは王家に対して良い感情を抱いていないようである。
考えても見て欲しい。
そもそも私がアントロワイズ家に引き取られることになったきっかけは、生贄。
そして騎士貴族ヨーゼフには、娘を生贄にすることが命じられていた。
代わりに購入されてきたのが私なのだ。
命じていたのはこの国の王なのだ。
娘を生贄にしろと言われたジーナの反応こそが普通なのだろう。
もっとも、王としてもおそらくは――娘を生贄にしろという言葉の裏に、国からの金は出さぬがおまえのところで代わりの生贄を用意しろ、無理ならば素直に娘を沈めて雨を降らせろ。
そう暗に命じていたのだろうが。
聡い子供ポーラが母を見ずに言う。
「お母さま、顔に出ておりますわ」
「……だって仕方ないじゃない」
「お言葉ですがお母さま。あたくしとて、気持ちは同じなのです」
母と娘は能天気な当主を眺めているが、当主ヨーゼフは心が広いのか大物なのか、あるいはただ状況を理解していないだけなのか。
どっしりと構え、珈琲に砂糖をどばりと投入。
まだ他に人はいないとはいえ、優雅とは程遠い。
ジーナがはぁ……と疲れた様子で夫に苦言を呈していた。
「ヨーゼフ……、このような場所での砂糖はあくまでも飾り。砂糖をお見せしておいて、客が帰ったら回収し、次のお客人にまたお見せするのです。使っていいものではありましょうが、使わないのが王宮のマナーですわよ」
「おかしなことをいう。使ってはならないマナーなら、出さねばいいだけだろう? なあ、レイド」
同じ男という事で、義父ヨーゼフは私に強い親しみを持っているようだ。
よくこうして妻からのチクりとした進言を、私に流してくることがある。
「申し訳ありません、このようなことになってしまって」
ジーナがにこりと私に微笑みかける。
「あなたのせいじゃありませんわ、レイドちゃん。個人的な感情だけならば、わたくしもこの国の第二王子の命など、どうなっても良いのですが。ですが、ならば見捨てていればよかったのかというと、おそらくそれは違うでしょう」
「なるほど、そういうことですか……」
「どういうことだい、ジーナにレイド」
ヨーゼフが、入れ過ぎた砂糖でドロドロとした珈琲ヒゲを作り、訝しむ。
出会った当初はそうでもなかったが、今ではすっかりムードメーカーである。
ポーラが言う。
「仮にも相手は王子様。王家を助けられなかったとして、聖職者二名とマダムを含め、あたしたちアントロワイズ家は使用人ともども斬首されていた可能性が高い、ということですわ」
「ははははは、そんなことあるわけないじゃないか」
「お父様、一年前のことをお忘れになられたのですか?」
「だが、あの一件で我が家はレイドという可愛い家族を迎えられた。毎日が幸せで溢れている。そこに何の問題があるというのだい?」
ジーナが、我が夫は大変大物でいらっしゃると、愛情が一の残り九割が皮肉だろう言葉でチクリ。
ヨーゼフの言葉も分からなくもないが――。
それはあくまでも幸運が巡った結果であり、王が娘を生贄にしろと命じた事実は変わっていない。
つまり。
本当に斬首とてありえたという話である。
私が治療魔術に成功していたから良かったようなものの、つまりマダムは死をアントロワイズ家に運んできたのも同然だったのだ。
だが家庭教師などという小銭稼ぎをしている身の上であったマダムだが、彼女は爵位持ち。アントロワイズの当主、騎士貴族ヨーゼフより地位が上らしい。
そうなったとしても、仕方のない上下関係にあったと推測できる。
王族が強権を有しており。
なおかつ徹底された縦社会が浸透している大陸なのだろう。
現代人だった私の感覚では理解ができない。
だが、そういう社会が形成されているのだとは理解できていた。
かつて私がいた世界とてそうだった。
近代になってようやく人権が確立されたが、昔は違う。少し狂った嗜虐者、シリアルキラーの素質のある者が貴族として生まれれば、事件は起きる。
農奴や平民を狩り感覚で殺して遊んでいた、そんな記述や逸話は洋の東西を問わず存在する。
ポーラが言う。
「どうしたの、レイド」
「いえ、少し考え事を……」
世界の価値観の差。
その時の私は、それを本当の意味で理解していなかったのだろう。
ここが――異世界だという事も。
それは突然やってきた。
音もなく、やってきた。
気が付けば離宮には閃光が走っていて、私はその魔術を知っていた。
この世界において最強の攻撃魔術とされる、【核燃爆散】。
対象者を中心に、天に向かい魔力による大爆発の柱を生み出す、指定範囲を灰塵へと帰す恐ろしい魔術だった。
◇
気が付くと、そこには何も残されてはいなかった。
瓦礫の山すらない。
皆殺しだった。
私は何故生きているのか。
何故。
何故と、周囲を間抜けな顔で見渡していたのだろう。
三女神の一柱、黄昏の女神が姿を現した。
女神は基本的に誰かがいると姿を見せない。
彼女がいるという事はつまり――それは、誰もいないという証拠。
もう、生きてはいないのだろう。
ただの平野となった離宮にて。
私は言う。
「これは、どういうことだ」
黄昏の女神が言う。
『どう……って、ふふ、この国は、たた、たぶん、だだだだ、第二王子を消すつもりだったのでしょうね……。でも、ふふ、ふ。あ……あなたが……助けてしまった。だから……ね? たぶん。この国の王様はね……? 改めて、第二王子が生きていると知っている人ごと……、離宮を吹き飛ばしたんじゃないかしら……。は、犯人は謎の女神を……三柱も背負った、銀髪赤目の少年……。そ、ふふ、ふ、そ、そういう筋書き……なんじゃないかしら』
その時の私は、女神の事もきちんと理解していなかったのだろう。
私は霧状の女神のドレスを掴み上げ、歯を剥き出しに怒鳴っていた。
「筋書きって……おまえ! どうして助けなかったんだ!?」
『助ける……? 誰を?』
「みんなをに決まっているだろう!?」
黄昏の女神は、こてんと子犬のように顔を横に倒し。
しばらく考え。
霧の中から麗しい美貌の乙女たる相貌を覗かせ、うっとりという。
『あ……あは、あはは。そ、そっか。そそそ……そうだね。うん、そうなんだね。でも……レイド、あ、あ、あ、あ、あなたもいけないのよ?』
「なにが」
『だ、だ、だ、……だってあなた、ちゃんと、ア、ア、ア、ア、アントロワイズ家は……あ、あ、あなたが大切にしている存在ですって……。こ、こ、この世界で……は、初めて作った、幸せな家族だったって。……あなた、ちゃんと言ってくれてなかったでしょう?』
分からないわよ、そんなの。
と、黄昏の女神は慌てた様子で私を抱きしめようとする。
「ふざけるな――よ」
『怒らないで、つ、つぎはうまく、やるから。あなたが、怒っていると、悲しいわ』
しょげた様子で、霧の中から涙を流し黄昏の女神は続ける。
『そ、そうだ。そうよ。こ、こうすれば……いい。に、に……人間の、か、家族なんて。また、もってくれば、いい。次はも、ももっと、裕福な家にしようか。そうすれば、あなたもきっと』
次なんてない。
私が家族と感じていたのは、この一年で、幸せと感じていたのは彼らなのだ。
「ふざけるな……っ! 人の命を何だと思っているんだ!?」
『おもちゃでしょう?』
それは。
ぞっとするほど普通の声で。
あっさりと言い放っていた。
昼の女神アシュトレトが能天気な女だったから、忘れていた。
彼女たちは私を、容赦なく殺したのだ。
ならばこそ。
こういう事態とて、起こってもおかしくはなかった。
私は、悍ましいバケモノを見る顔で、黄昏の女神を眺めていたのだろう。
女神の口元だけが、ぐわりと告げる。
『どうして、怒っているの?』
私は何も言えなくなっていた。
ただただ、目の前のそれが恐ろしくて堪らなかったのだ。
見かねたのか、昼の女神アシュトレトが出現し。
黄昏の女神の額にデコピンをする。
『い、いたい、なにするの』
『妾もあまり人間の感覚は分からぬがな。どうやらこれはアウトのようじゃ。ライン越えというやつじゃな……とりあえず、これ以上嫌われたくないなら姿を消しておれ』
『えぇ……? り、理不尽。だ、だって。新しい場所とか、ほ、本とか、ち、知識を欲しがっていたのは』
『もう良い、なにも喋るな。妾もポーラは気に入っておったのに。あっさり見捨ておって、そなたに任せた妾も悪いが、はぁ……また新しい寝床を探さねばなるまい』
私はアシュトレトに訴えていた。
「甦らせることはできないのか!?」
『できなくもないが、妾たち三女神は真の意味で人の魂や心といった、曖昧なものを理解できておらんからな。蘇生はできても、それはただ魂の抜けた綺麗な肉塊、アントロワイズ家だった生き人形が作られるだけ。死んだ魂を復元させることなど、妾にはできぬ。死は死。それを覆すには、今のそなたでは力不足じゃ』
おぬしのように転生させる事ならばできるがの、と告げて。
女神アシュトレトは言った。
『さあ、せっかくじゃ! これも良い機会――実例を観測できたからのう。宮廷魔術師が使っておった、今の魔術師どもが扱える最強魔術、【核熱爆散】を覚えてみるか? おぬし、魔術が大好きであろう?』
だから喜べと、大蛇を纏う女神は美しく笑む。
その魔術で、家族が目の前で死んだというのに。
慰めようとしているのだとは理解していた。
けれど――心のない言葉であると私は思った。
やはりこの昼の女神も女神、どこかが狂っているのだろう。
おそらく、残りの明け方の女神も、同類か。
私は全てを失った。
家族を失った。
そして、この国では既に反逆者。
私はこれからバケモノとして追われることだろう。
この国にとっては第二王子を殺した、犯人。唯一真実を知っている者。
けれど、だ。
それらと引き換えに、私は幸福を得たのだ。
現段階での最強魔術、使えるものなど一握りとされる神秘の術。
【核熱爆散】を習得したのだから。
そしてもう一つ。
私はこの国への恨み。
復讐という、この世界での目的を手にすることができたのである。
だからきっと。
私は幸福なのだろう。
幸福は――いつまでも私につき纏い続けることになる。