第66話 幕間―因果応報―
これは商業ギルドを訪ねた翌日の事。
まだ王族との接触は果たしていないが、事は既に進んでいる。
投げられた賽は順調にエルフに影響を及ぼしている。
急ぎ用意されたここは、商業ギルド内部の王族専用の貴賓室。
商業ギルドでもめったに使われることのない場所だそうだが、実際にクリームヘイト王国で賢者として滞在していた時と、同等以上の環境なのは確かだろう。
文字通り、私には王族待遇が用意されていたのだ。
あの高圧的な代表はあの後真剣にエルフの二人の話を聞き、事実を確認――私を王族と認めたのである。
当然、彼女の態度は急変した。
私が落胤だということもそうだが、豹変の理由はそれだけではない。
身内の行方。命がかかっているというので仕方がない。
今現在、代表は自らのコネを最大限に行使、尽力し王宮に働きかけている。
王族の中でも比較的まともな部類の派閥。かつて白銀女王と懇意にし、話の通じそうなエルフと接触を試みているらしいが、今はその連絡待ち。
ただ待つしかない時間なのだが、無精髭のパリスと豪商貴婦人は慌ただしく行動している。
海賊パーランドから救い出した者達の帰還準備も大変のようで、冒険者ギルドを通じて王宮に働きかけ、事情を説明したり。
救助されたエルフの名簿を役所の役割を担う場所に提出したり。
遺族となってしまったエルフに、どう遺品を届けるか、頭を悩ませているようである。
王宮へもエルフを救助して帰国に向けて動いていることは伝わっている筈なのだが。
今のところは、なしのつぶて。
待つしかない時間であっても、私は退屈していない。
エルフの街で購入した魔道具を鑑定、改良し、その技術を取り込もうと黒曜石のテーブルにアイテムを並べて試行錯誤をしているのである。
部屋にいるのは私と、連絡にと転移してやってきたかつて暗殺者だった女性。
そして彼女の家族のニャースケ。
今回の三女神は同行することなく空中庭園で見学を決め込むようである。
ニャースケは魔術の達人にまで成長しているが、おそらくは女神アシュトレトの仕業だろう。
女暗殺者も明らかにレベルが上がっている。
空中庭園で彼女が気まぐれに育てているのは知っていたが――鑑定に映る能力は、人間としては既に上位。
勇者には負けるが、ギルドマスターには勝てるレベルにはあるようだ。
鑑定されていると気付くほどの力は得ているようで。
報告を読み上げる女暗殺者は、ふと書類から視線を上げていた。
「レイド様? いかがいたしましたか」
「いえ、報告を邪魔して申し訳ない。あなたたちがどれくらい成長したのか、アシュトレトからどれだけの魔術や技術を授かったのか、少し興味があってみてしまいました。無礼を詫びましょう」
「いえ、無礼など……わたしたちはレイド様に助けられた身、どうぞご存分に――アシュトレト様からはレイド様が望むようならば、身を捧げても問題ないと仰せつかっております」
アシュトレトらしいといえばアシュトレトらしい。
まだ幼かった時の話――姉ポーラに対しても発言していたが、私が人間の女性とそういう関係になったとしても、女神は気にしないのだろう。
むしろ面白がって反応するのだろうが。
「アシュトレトに試しに誘惑してみろと言われたのですね」
「それはその……すみません」
「あなたが謝ることではありません。あの女神たちの性格は基本的に享楽主義。あなたがそうやって困った顔をし反応することも楽しんでいるのです。過度に彼女たちの道楽に付き合う必要はありませんよ」
「それでも、本当にもしわたしたちが閨に必要とあればいつでも……お呼びいただければ――準備はできておりますので」
仮に私が呼べば、本当に飛んでくるのだろう。
彼女たちは女神アシュトレトの加護を受けて、男女問わずその容姿と体躯に磨きがかかっているようで……そういう、いわゆる房中術の知識も取得させられているようだ。
ハーレムごっこがしたいのならいつでもできるぞ? と。
アシュトレトの声が聞こえてきそうである。
『うむ、その通りじゃ。妾の配慮、さすがじゃな?』
空中庭園からの声は当然無視である。
その辺りは後でアシュトレトに説教をするとして。
私は報告の続きに耳を傾ける。
前より栄養が行き届きだいぶ丸くなったニャースケは、主人の足元でクモの脚のように髯を膨らませ、ドヤ顔。
ゴロゴロと喉まで鳴らしているので、今の暮らしに不満はないようだ。
全ての報告を終えた女暗殺者が言う。
「――以上がご報告となります。命じられたアジトや隠れ家を襲撃し、海賊パーランド関連で被害に遭った全てのエルフの救助は完了と判断しております。既に死亡しているエルフに関しても、遺品や、その……亡骸は回収できております」
「後で同行者の二人に伝えたいのですが」
「勝手とは思ったのですが、念のためこちらに詳細資料を二冊ご用意させていただきました――他にも何かあればなんなりと」
辺境伯に人質を取られ、ショーカ姫に使われていた彼らの仕事は迅速。
王族が使っていた密偵という立場は伊達ではないようで、優秀である。
礼を告げ資料を確認する私の前、寝具に登ろうとするニャースケを抱きあげ止めて女暗殺者が言う。
「あの――レイド様」
「なんでしょうか」
「――エルフたちの件ですが……よろしかったのですか?」
「おや、なにがです」
言いたいことが理解できずに私は顔を上げ、相手に言葉を促す。
「その……種族差別をするつもりはありませんが、女神さまはエルフの存在にあまり価値を感じていらっしゃらないご様子です。けれどレイド様はエルフが助かる道を模索していらっしゃいますよね? なのに彼らはレイド様に失礼な態度を……。レイド様は助ける価値のないわたしたちを助けてくださった方ですので、慈悲深いというのは理解しているつもりなのですが」
「おや、エルフが三女神の更なる不興を買う前に……エルフを見捨てろと?」
「そうは言いませんが……」
彼女はエルフたちがふとした拍子に地雷を踏む、女神アシュトレトの虎の尾を踏んでしまうことを警戒しているのだろう。
暗殺者たちも女神が気まぐれだと知っているようだ。
三女神がエルフ以外の種族もつまらない種族と認定したら、世界の存続にかかわる問題に発展するかもしれない。
いざとなったら気分次第で全てをひっくり返せる、そして時に残酷な創造神である女神の本質を理解しているのだ。
だが私は言う。
「里にいる、特に王都にいるエルフたちが私や、大森林の外にでたエルフを警戒、本能的に嫌っているのには理由があるのですよ」
「理由、ですか?」
「ええ、単純な話です。家族を人質に取られていたあなたなら分かるでしょう?」
そう、エルフの大半は海賊パーランドに知り合いや、身内を誘拐された経験があるのだ。
絶対数の少ないエルフだからこそ、一人が誘拐されればなにかしらの人間関係と繋がっている。
知人を誘拐されたら、さすがに思うところはあるだろう。
たとえそれが仲の良い隣人でないとしても、他人であっても不快感を抱く筈。
その積み重ねが、エルフのあの態度。
人間と大森林の外の世界を強く憎んでいるのだ。
「彼らもまた、被害者……というわけですね」
「――もっとも、被害者ぶるなと怒る方も後の世では出るとは思いますよ」
「どういうことでしょうか」
そうエルフたちは海賊パーランドのエルフ狩りの被害者だ。
しかし――。
「あなたは白銀女王の逸話については」
「アシュトレト様からお聞きしております」
「ならば、海賊パーランドがなぜエルフ狩りをするようになったのか、その原因はどこにあるとお考えで?」
言われて女暗殺者は考え。
「なるほど、白銀女王を追放し、悲劇的な最期を迎えさせたのはエルフの王族」
「その通りです――海賊パーランドは白銀女王に依頼され、おそらく彼女から授けられた力でエルフを誘拐していたのです。もし白銀女王の瞳を奪わなければ、追放しなければ……こうはならなかった。過去の悪事が今につながっているわけです」
原因を作ったのはエルフ自身。
もっともそれは王家の人間の仕業、知らない民もいただろう。白銀女王を助けようとした者もいただろう。
それをエルフという種族全体の罪にするかどうかはまた別の議論が必要だろうが。
「白銀女王を虐げたあの日の罪の結果が、エルフ自身に返ってきている。悪いことはするものじゃありませんね――因果応報。悪因悪果。行動は慎重に……エルフの失敗は、私も教訓にしたいと思いますよ」
私とて、かつて強引な手段で周りを顧みず動いたせいで、勇者となる前のガノッサに殺されたのだ。
自分がした行動は、いつか自分に返ってくる。
だからこそ、私もまたいつか誰かに滅ぼされる瞬間が訪れるのかもしれない。
女神達も最強だからこそ自由にしているが、いつかその最強を超える存在が現れたら。
……。
私は三女神を守ることができるのだろうか。
そんな感慨に耽る私を見て、何かを思ったのだろう。
女暗殺者が言う。
「――ですが、良いことをすれば返ってくることがあるかもしれません。実際、わたし達もレイド様による恩を返すために動いているのです。このニャースケも、レイド様に恩を返したいと毎日鳴いております。因果応報、それは悪い時にだけ使う言葉ではないと、わたしは信じています」
前向きな所はアシュトレトに少し似ている。
おそらく、彼女に空中庭園で仕えていて、ポジティブな部分が移っているのだろう。
彼らは報告を終え、資料を残し転移で空中庭園に帰還した。
しばらく、私はアイテム改造に時間を費やし。
そして午後。
商業ギルドの小柄な代表から、話の通じそうな王族とアポが取れたと連絡があったのは、昼食後。
午後三時の出来事だった。
王族との話し合いの第一歩だが――どれほど善人のエルフを引き当てたとしても、きっと説得は難航する。
いきなり王権を返せと言われ、頷く者はいない筈。
国家転覆という手段ではなく、話し合いで解決する道のりはまだ始まったばかりなのだ。