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第65話 開演 ―交渉材料―


 フレークシルバー王国の商業ギルドは騒然としていた。

 なにしろ一部では険悪とまで言われていた二人――。

 無精髭のシュヴァインヘルトと豪商貴婦人ヴィルヘルムが行動を共にし、共に一人のハーフエルフの少年を連れて受付にやってきたからだろう。


 商業ギルドの受付ホールは広い。

 冒険者ギルドでなくとも魔物の解体が依頼できるのだろう、買取スペースや解体スペースも完備されていた。

 商人同士が交渉する場所もあるようで、賑やかな場所となっていたのだが――そんなエルフたちが皆、手を止めてこちらを凝視。


 あれは、ヴィルヘルム商会の鬼陛下だろ?

 なんで人間贔屓のシュヴァインヘルトの朴念仁と一緒に?

 それに、あの後ろの綺麗な子供はハーフエルフか。

 などなど、疑問や邪推の声が飛び交っている。


 気にせず私たちはカウンターへ。

 ヴィルヘルム商会の名はエルフの王都でも通じるのだろう。

 順番待ちを飛ばし――けれど順番を飛ばす無礼に会釈で礼と詫びを告げ、貴婦人が受付で交渉を開始。

 丁寧な口調で告げる。


「緊急に取り次ぎを御願い致します。代表と面会を――」


 受付カウンターにいる女性エルフは困惑した顔で、ぼそり。


「え? 代表とですか? その、ヴィルヘルム商会様……アポイントメントの方は……」

「取れておりません。けれど、事は急を要するとお伝えいただければ」

「で、ですが、例外は……その。それに、なんでヴィルヘルム商会の方が、その、よりによってシュヴァインヘルトと一緒に……」


 無精髭のパリスが冒険者ギルド幹部の証。

 つまりギルドマスターの証文を提示し――。


「――事は緊急を要すると言っただろう。これは冒険者ギルド本部からの緊急要請でもあるとご理解いただきたい。代表と取り次ぎを」

「え、えーと、お待ちくださいね」


 受付娘は上司に相談。

 上司の受付スタッフが受付にやってきた二人の顔を交互に見て、即座に商業ギルドの代表を呼び出し――数分。

 飛んでやってきたのは小柄なエルフ。

 エルフにしては愛嬌の良すぎる代表が受付ホールに響き渡る声で大笑い。


「ぶひゃひゃひゃ! な――なんなんすか? このメンツ! 超うけるんすけど! 犬猿の仲のお二人が一緒に行動してるなんて、天変地異っすか!? もしかして明日世界が滅びるんすか!? エルフの里の壊滅っすか!?」


 なーんちゃってっと陽気な代表は一人で大爆笑だが。

 偶然だろうが本質を言い当てている。

 冒険者ギルド内でもそれなりの地位にあるらしいパリス=シュヴァインヘルトは、ほぉ……と感嘆とした息を漏らし。


「商人ギルドはさすがだな」

「商人ギルドじゃなくて商業ギルドって言って欲しいんですけど? 裏切り者のパリスさん。あーあ、シュヴァインヘルトの一族は人間なんかと共存する気持ちの悪い部族っすからねえ、あのぉ? 人間のくっさいにおいがするんでぇ、あんまここには来ないで欲しいんっすけどねえ。煙草の香りもぶっちゃけ鼻につくっすよ?」

「たしかに僕たちの一族はエルフの王国を捨てた身だ。だがエルフそのものを裏切ったつもりはない」

「へぇ、そうっすかねえ、まあいいっすけどぉ」


 代表は相手を揶揄っているが、本気の嘲笑ではない。

 おそらくはこういう言いにくい事も言えるほどの顔見知りなのだろう。

 だが小馬鹿にしていることに違いはない。

 外にいるエルフを見下しているのだ。


 長身痩躯の高い眼光を下げパリスが言う。


「結界内に留まり続ける君たちにとっては奇人変人に見えても仕方がないからな。だが、どう罵ろうが人間そのものを貶めるような発言は感心しないな。エルフは確かに人間よりも魔力保持量や魔力操作に長けた種族だ。けれど圧倒的に数が少ない。そして仲間同士の連携を苦手としている。仮に人間とエルフの種族戦争となった時、圧倒的な物量と連携を巧みに使う人間には勝てはしないだろう」

「昔からのキミの持論っすね。だからキミ達はエルフの里を捨てた」

「ああ、人間との関係を改善するために動いた僕らの行動を間違っているとは思っていない」


 少なくともパリスことこの無精髭エルフはエルフの身でありながら、クリームヘイト王国のギルドマスターを任されていた男。

 人間に化けていたとはいえギルド本部は彼がエルフだと知っていた筈。

 彼は海竜との騒動の時にも人命救助に動いていた。

 人間との共存を望み――実績を多く重ね、ギルド内でも信頼を得ていたのだとは想像できる。


 代表が言う。


「はいはい、ご立派っすねえ! でぇもぉ、本当に人間如きにエルフが負けるんっすか? あいつらの魔力って蟻んこみたいなもんっすよね? ぶっちゃけ、数だけたくさんいる雑魚っすよね? あんな連中のご機嫌を取って共存共栄とか、本気で言ってるんですか?」

「僕らは人間と共に歩むエルフ。さすがにその発言は看過できん。訂正を求める」

「事実を述べただけなので、お断りっすねえ」


 周囲の目がこちらに向き始める。

 ただでさえ険悪な筈の二部族と、ハーフエルフのトリオなのだ。

 悪目立ちしすぎる。

 溜息をついた貴婦人が話に割り込む前に、私の口は凛と告げていた。


「その蟻のような脆弱な魔力しかない海賊パーランドに、あなたがたの同胞はどれほど多く殺されたのでしょうね」


 静寂が商業ギルドを包んでいた。

 代表が露骨にこちらを睨み。


「なんすか。このくっさい銀髪エルフもどきのクソガキは」

「失礼、なぜ個体能力で優るエルフが、人間如きに仲間を狩られていたのか不思議に思っていたのですが……外に出ていないエルフ全体がこういう方々なら、それも当然な話であったと納得できてしまったもので、いや、本当に申し訳ないです。つい口を出してしまいました。ああ、クソガキの戯言です、優れた種族であるエルフの方々にとっては蟲の羽音のようなノイズに過ぎないのでしょう? どうかお気になさらず」


 貴婦人の漏らす溜息がますます重くなる。

 彼女は私がこういう性格だと既に承知しているのだろう。

 私を止めても無駄だと分かっているようで、険悪な筈の二人は同じリズムで互いに互いの顔を見て、更に溜息。

 彼らに言わせれば私は面倒くさい性格、なのだろうが――。

 女神はこんなぶつかり合いこそ余興と楽しんでいる。


 エルフでも遊べると三女神に証明するため。

 あくまでも仕方なく、私は冷笑――侮蔑の笑みを浮かべていた。


「それにしても商業ギルドだというので期待をしていたのですが、扱っている商品は並程度。少し残念ですね、外の商人たちが扱っていた商品の方がよほど実用的で、有用そうです」


 私の挑発は商業ギルド全体の空気を凍り付かせる。

 代表は小柄な身体で受付カウンターに身を乗り出し。


「はぁ? あんま舐めてっと、てめえの一族を社会的に消してやってもいいんすけど? 坊や。いったい、どこの一族なんすか?」

「名乗るほどの一族ではありませんよ」

「へえ、逃げるんすか、クソダサっすね!?」

「私は所詮、皆様に比べれば半分が蟻んこの混じりモノ。あなたがた崇高なエルフと比べれば劣る存在なのでしょうし……蟻に何を言われても気になさらないのが普通では?」


 代表は私の挑発には乗らず。


「駆け引きをしたいみたいっすけど、無駄っすねえ。悪いんすけど、そちらのお二方。あんたらとの話もなかったって事でいいっすね?」


 それは魔道具を多く扱う優位性。

 フレークシルバー王国の商業ギルドとしての脅しだったのだろう。

 だが、無精髭のパリスも貴婦人も本当に急を要する案件だからこそ――即座に引いていた。

 貴婦人が書類を取り下げ、帰り支度。


「分かりました。時間がかかるようならこちらで行動しても無駄ですわね」

「残念だ、冒険者ギルドとしても貴殿らから協力は得られなかったと判断する」


 彼らにとってはエルフという種族の存続問題。

 そして私こそが女神が愛でている対象……創造神の寵愛を受けていると既に気付いている。

 私の目からは三女神がこの光景をスイーツを片手に楽しんでいる姿が見えるのだが。それを知らない彼等にとっては気が気でないのだろう。

 これ以上、私に不敬を働かないようにここを捨てることにしたようだ。


 それに気付かず、まだ駆け引きが続いていると思っているのだろう。

 代表が言う。


「へえ、いいんすか? 特に鬼陛下、キミんところとも商談を打ち切るけど?」

「構いませんよ、お好きにどうぞ」


 毅然と返した貴婦人に訝しみ、小柄な代表はああん? と息を吐き。

 思考の癖なのか、親指で口元を何度も引っかき。

 代表は声のトーンを変えていた。


「守銭奴ババアがどういうつもりっすか」

「事は急を要するとお伝えしましたでしょう。失礼させていただきますわ」

「待ちなってば、いったいなんなんすか?」


 パリスが振り返り、冒険者としての眼光で代表を睨み。


「貴公らのくだらん種族差別や駆け引きに付き合っている暇はない」

「うわあ、ガチギレっすね。分かったっすよ、分かったっす。ボクも心が広いっすからね。外の世界で動く汚いキミたちの話でも、ちゃんと聞いてあげようじゃないっすか、今から他に行ってなんか伝手を作るよりは早い筈っすよ?」


 あくまでも自分が優位だと告げる姿を眺め――。

 相手が興味を持ち始めたと察した私は、ゆったりと語りだした。


「いえ、本当にお構いなく。それほど急ぐ話でも大事な話でもないので」

「はぁ? さっきからなんなんすか、この失礼なクソガキは」

「失礼……ですか、それは申し訳ありません。しかし、エルフだけでは生き残れないと現実を見つめ、エルフのために人間との対話を望み、大森林の外に進出したシュヴァインヘルトの一族。そして、大森林の結界の綻びを狙われ、人間から誘拐されている同胞を救うべく大森林の外で活動する、ヴィルヘルム商会。彼らは思想や行動は違えど、エルフのために尽力していた。そんな彼らを蔑んでいるあなたに対する礼儀としては、むしろこれでもかなり気を使っていたのですが」


 誤解をさせてしまったのなら申し訳ない。

 そう、慇懃無礼に私は礼をしてみせ――魔王の瞳で全てを見通し。

 更に私の口は語りだす。


「実は、商業ギルドにお願いがありまして。こちらが入手しているとある情報を元手に、商談をさせていただこうと思っていたのです。まあ、また今度、お互い頭が冷えてからお話をしましょう」

「待てって言ってるだろうが、このクソガキ!」

「おや、なんでしょうか?」

「ボクたち商業ギルドに情報で取引だって? ふざけるんじゃないっすよ、随分と舐めた口を聞いてくれてるっすけど、キミみたいなボクちゃんが持ってる情報に価値があるなんて、本気で思ってるんすか? ぶふふー! 世間知らずっすね、お笑い草っすね!」


 乗ってきたようだ。

 こちらを挑発し、情報を引き出そうとしているのだ。

 私は言う。


「あなたは商業ギルド・フレークシルバー支部の代表ステラさん……ですか、私は誘拐されたあなたの弟さんの居場所を知っています。本日はそういった情報も含めて商談をさせていただこうと思っていたのですが。残念です」

「は?」

「そしてそちらの受付の方、あなたのお兄さんも無事ですよ。あなたの上司の、そう、今耳を動かした眼鏡の方、あなたの息子さんも今救助をし、聖職者の方々で治療すればまだ間に合うでしょうね。それに――」


 私は次々に海賊パーランド一味に誘拐されていたエルフの行方を仄めかし。

 そして彼らの名を語る。

 驚愕していたのは、代表だけではなく私のお付きとなっている二人も同じ。

 貴婦人が髪飾りを揺らし。


「ど――どういうことです、賢者殿!?」

「おや、お気づきになられていなかったので? たしかに私は海賊パーランドにアイテム化させられていたエルフの方々を助けましたが、全てのエルフが救助されたわけではなかったでしょう?」


 貴婦人が驚愕したことで、真実味が増している。

 実際、私は彼らの行方を把握していた。


「彼らは何度も航海を繰り返し、攫ったエルフを捌いていたようですからね。命と言えど、アイテム化されていた時点でそれは既に魔道具のような扱いになります。故にアイテム化から元に戻す魔術で救出できるわけですが――と、脱線しそうなので話を戻します。つまり、誘拐されたままになっているエルフは言い方が悪いですが道具と同じ。ギルドで扱う在庫確認の魔術の対象内なのです。なので今彼等が、海賊パーランドのどの隠れ家に保管されているか。或いはどこで買われ、どこで売られたのか――魔術で追跡しただけですよ」


 私ならばそれも可能だと、彼らだけは知っている。


 私は無精髭のパリスを見上げ、アイコンタクト。

 交渉を有利に働かせるための策を伝え、それに応じたパリスが責めるようにこちらを睨み。

 闇の獣ですら怯え固まるような、周囲を威圧し沈黙させるには十分すぎるほどの凄みを利かせた低い声で言う。


「なぜそれを黙っていたのだ」


 一流と言っていい冒険者の覇気だ、ますます現場は凍り付く。

 そんな中でも私は冷淡に告げていた。


「シュヴァインヘルト、あなたは何か私に対して勘違いしておられるようですね。私はハーフエルフ、そしてエルフに対してあまりいい感情を持ってはいない。その理由はご存じの筈では?」

「……確かに、僕は貴殿にお願いをしている立場だが。これは同胞の命にかかわる問題だ。一言、先に伝えておいて欲しかったですな」

「こうしてエルフの地に赴いた、それだけで私は十分にあなたがたに配慮している筈です」


 私は演技の糸目スマイル、女神ダゴンの受け売りである。

 既に貴婦人もこれが芝居だとは気付いている。

 だが周囲にとっては意味が分からない光景として映っているだろう。


「分かった……ならばこの腹を切り、詫びさせていただく。ここでの無礼、本当にすまなかったと思っている。どうか、僕の命一つでエルフの無礼に目を瞑ってはいただけないだろうか」


 どうかエルフを見捨てないでくれ、と頭を下げるシュヴァインヘルト。

 その姿と、弟の存在を指摘された代表が言う。


「な、何の話っすか、これ」

「賢者殿」

「構いませんよ――ああ、それとパリスさん。私に良くしてくれた方の命を取りたくはありません、今回の件は私も不注意でしたから、互いに忘れましょう。どうかお気になさらず」


 伝えていいとの合図に、貴婦人は小柄な代表に腰を屈め。


「――あまり口外できないことなので、耳をお貸しいただけますか……?」


 貴婦人が代表に耳打ちし語ったのは、私が海賊パーランドを討伐した賢者だという情報と、そして――。

 白銀女王の落胤らくいんである事。

 白銀女王を知っている者ならば、気付いたはずだ。


 あの女王の息子ならば、海賊パーランドを捕縛したとしても不思議ではない。

 同時に――こうも思ったはずだ。

 これは本来の王位継承者の帰還である事と、そしてその王子にはこの王都への思い入れなどない。むしろ、母を追放したエルフ全体に良い感情を持っていないという事。


 説得力はあったはずだ。

 なにしろあれほど犬猿の仲だった二人――。

 シュヴァインヘルトとヴィルヘルムが行動を共にしている、それは何故か。

 それほどの出来事とは、何か。

 考えればすぐに分かるだろう。


 白銀女王の息子が見つかったから――と。


 まあ、実際の私はエルフに対して良い感情も悪い感情も持っていない。

 排他的で、ナルシスト。

 それがエルフという種の特徴だと理解していたからだ。


 だが敢えて私はエルフに対して氷の微笑を浮かべたまま。

 これもただの演出。

 三女神たちにエルフで遊べることを示すための舞台を開演させていたのだ。


 代表である彼女にはもう少し踊って貰うことになるだろう。

 彼女にとっても身内の命がかかっているのだ。

 これからの対応は、ひとつひとつが助けられるかもしれない身内の命に影響する。

 ……と、彼女は思うだろう。


 実はすでに私と女神アシュトレトに従っている例の暗殺者たちに、アイテム化されたエルフの救助、回収をさせ終わり――空中庭園で治療させているのだが。

 それを私が口にすることはない。


 別に、大森林の外で必死に動いていた彼らを代表が嘲笑。

 明らかに下に見ていた事が気に入らなかったわけではなく。

 また、私が細かいことを長々と、延々と根に持つタイプではないということも、ご理解いただきたい。


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― 新着の感想 ―
[一言] うざいけどどっかの怠惰エルフよりはマシかなぁ……?
2024/03/14 06:29 退会済み
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