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第64話 貴婦人の憂い―もう二度と―


 女神の去った大森林にて、向かう先はフレークシルバー王国の王都。

 森の道を抜けると見えてきたのは、濃い魔力の都市。

 景色を言葉で表現するのなら――魔術都市。

 あるいは、魔術師たちのテーマパークだろうか。


 魔力が豊富な種族だからこそ人間よりも多くの魔道具、魔力や魔術の込められた道具を扱えるのか。

 私の目を惹くアイテムが多く存在する。


 甘い香りの薬品店や、怪しい香りの魔道具屋。

 魔術によって強化された武器を売っている店舗では、竜のヒゲを編み込み光の粉のような魔力をまぶし、弓の弦を作り出すエルフの職人の姿が見えている。

 空はオーロラ色だが、これが無限の魔力によって生み出された結界だとすぐに理解できた。


 妖精や精霊と呼ばれる生命体の存在も確認出来る中。

 私は二人を引き連れて遊覧中。


 街をのんびりと観察し、気になる商品を購入。

 だがそれよりも気になるのは不躾な眼差しだろうか。多くの視線がこちらに突き刺さっているのだ。

 品々を眺める横目で私が言う。


「緑森のヴィルヘルム商会と人間と共存共栄を選んだシュヴァインヘルト。あなたがたが共に行動することは珍しいようですね――」


 どちらが私が購入する商品の代金を払うか。

 本来なら相手に押し付けたい代金を、むしろ自分が払うと睨み合っていた二人のエルフ、無精髭のパリスと緑髪の貴婦人が振り向き。

 貴婦人の方が多少、疲れを感じさせる顔で。


「たしかに、ワタクシと外で暮らす彼らが共に行動することなど稀。目立ちは目立ちますが」

「この視線は貴殿に向けられているもの。僕たちのせいではないのだ、賢者殿」


 パフーっと。

 押すと音が鳴る”魔導縫い包み”から目線を彼らに向け。


「私、ですか?」


 しばし考え。


「おかしいですね、今の私は並のハーフエルフのレベルにまで能力を落とすように偽装している。正体がバレていることはない筈ですが」

「貴殿は涼しい顔立ちで美形の多いエルフたちにとっても、人目を惹く容姿なのだ。……ましてや貴殿はあの方と似た白銀の髪に、宝石のような赤き瞳。ただでさえ目を惹く存在なのだが、それだけではない」


 店主に代金を支払い戻ってきたパリスが話を続ける。


「シュヴァインヘルトの僕も、ヴィルヘルムのこの者も基本的には里の外で行動するエルフ。そんな僕らが一人のハーフエルフに付き従い、行動している。里の者達にとっては僕たちがどこかから、外の世界、別大陸に暮らす半人半妖の少年を連れてきて案内している。もっと言うならば、貴殿のその性格のせいだろうな」

「性格?」

「ああ、貴殿はいささか、その……自分の興味のあるものとなると躊躇なく観察する傾向にある――言い方が悪くて恐縮だが、都会に来た田舎者のようでとても目立つのだ。そしてその都度、僕かこの豪商が支払いをする。本来ならば良好な関係とは言えない僕らが、貴殿を接待しているようにしか見えない。どうしても目立ってしまうのだ」


 豪商貴婦人が髪飾りを揺らしながら周囲に目を配り。

 話を引き継ぐ。


「――ワタクシたちが里の外で行動するエルフだとは有名ですから……外の権力者から共同依頼を出され、仕方なく部族のわだかまりを一時忘れ、共に行動。やんごとなき血族の……ハーフエルフの少年を護衛している。そう見えるのでしょう」

「やんごとなきは少々大げさでは?」

「ワタクシやこの男が外の世界で成功していることも有名なので――そんなワタクシたちが連れているあなたが普通の存在の筈がない。おそらくは世間知らずの異国の少年、里をでたエルフとどこかの人間の王族の子を連れ歩き、外遊させている――そう思われているのだと思いますわ」


 ようするに、私がまだ見ぬ知識のために好き勝手行動しているせいのようだ。

 しかし、口には出さないが――。

 もしエルフという種族が三女神に滅ぼされるのなら、これが最後の機会。

 今のうちに見ておきたいというのが本音。


 水を入れると一瞬で氷を生み出すポットを眺め、私は苦笑で返していた。


「少年は困りましたね。私はもう大人。死んでいた時期を合わせれば二百歳を超えているのですが」


 私は彼らに、軽くだが事情を説明してある。

 魔王であることは伏せているが、それでも不信とは思われない程度に情報は与えた。


 白銀女王の子とは知らずに孤児院に拾われ、貴族に買われ。そして、その貴族が育ての親になったが殺され――その復讐にカルバニア王家を滅ぼそうと動いていたが、やりすぎて勇者に殺され――その後、死んでいた時に創造神に選ばれ、死の淵から蘇った。

 そう伝えたのだ。

 全部が正しいとは言っていない、言えないことがあるので嘘も混ぜていると事前に了承して貰った。

 彼らもそのつもりで話を聞いていたのだ。


 パリスが眉間にシワを刻み。


「二百十五歳だったか、まだ子どもだろう?」

「子供ですわね」


 二人の顔にも言葉にも嘘はない。

 エルフたちにとってはたとえ二百十五歳でも子供。

 時への価値観が違うのだろう。


「長寿の種族というのはこれだから困ります。人間の価値観だと私はもう子供ではないのですが。まあいいです。里を出たエルフが王族と結婚するのはよくある話なのですか?」

「ええ、とても――」

「エルフ種は人間にとってとても魅力的な種族に映るからな」


 揶揄うように私が言う。


「ならばあなたがたも相当にモテているのでしょうね」


 豪商貴婦人はこほんと咳払いをし。


「人間に好かれたとしてもあまり嬉しくはありませんので。それに……これでもワタクシには生涯を共にと誓った夫がおりましたから」

「失礼、先立たれていらっしゃるのですね」

「お気になさらないでください。結婚していたと言っても、夫とはたった八十年程度の付き合いでしたから……あまり感慨もないのです」


 たった八十年。

 つれなくそう言う割に、貴婦人の顔は長い時間を思い出すような表情を作っていた。

 思い出に浸り僅かに下げた頭のせいか、髪飾りもきらりと輝いている。


「人間を嫌っているのに、人と結婚した理由をお聞きしても?」

「このワタクシが人間の夫を?」

「違うのですか?」

「人間と共存共栄を選んだシュヴァインヘルトとは違い、王都のエルフも、ワタクシも、ヴィルヘルム商会のエルフも人間と恋をするなんて……ありえませんよ」


 嘘だとはすぐに分かった。

 私がその嘘を暴くことにしたのは、彼女のため。

 愛や恋という物語に惹かれる三女神も耳を傾けている今が好機。事実を暴くこと自体が貴婦人の助けになるだろうと判断したからである。


 どうその嘘を暴くかだが。

 私は理論的に語ることにした。


「この街を観察させていただきましたが、その髪飾りはエルフとは異なる技術体系で作られた彫金に思えます。そして申し訳ないのですが、見栄えはともかく、込められた魔力も低く防御能力も低い。なのに、あなたはいつも大事そうにその髪飾りを装備されている。命を狙われやすい豪商という立場ならば、本来ならもっと防御能力の高い装備をつける筈。だいたい戦場を知る者が下位互換にあたる装備を身に付けるのは非合理的で不自然。感情的な部分を除けば、非常に理から逸れた行為なのです。ならばあなたがそれを装備している理由は感情からくるモノの可能性が非常に高い、故に大切な相手からの贈り物と考えられます――そして……」

「ちょ、ちょっとお待ちください!」


 どうしてそう思ったのか。

 次々と口を動かす私に慌てて貴婦人が叫ぶ。


「分かりました! 分かりましたわ、認めます! ええ、たしかにこれは人間の夫がワタクシに下さった……とても大切な思い出ですわ」


 三女神たち的には異種族との恋という時点でポイントが高い。

 ”なんとなく気に入らないから消しちゃいましょう”という女神らしい流れになる可能性が、少し減ったと言える。


「別に隠すこともなかったのでは?」

「別種族との恋。特に人間との恋は……人間と恋に落ちたあの方を彷彿とさせますから、王家の方々があまり快く思わないのです」

「なるほど、王家に目をつけられたら商売がやりにくくなると」

「それに、夫にもそうしてくれと言われておりましたから」


 瞳を閉じた豪商貴婦人は寂しそうに――緑の髪を揺らす。

 思い出を反芻しているのだろう。

 薄く瞳を開いて貴婦人は言う。


「だからワタクシは人間を好きにはなれない。嫌いなのです。あまり関わりたくないのです。どれほどに心を通わせても、幸せに暮らしていても……あんなにも早く、すぐに逝ってしまうのですから――ワタクシはもう二度と、人間を好きになったりはしませんわ」


 魔力で輝く、エルフの彫金装備屋の髪飾りではなく。

 自らの髪を飾る弱い魔力の髪飾りに目線だけを移す、貴婦人。

 人間を嫌いという彼女の言葉には、複数の意味が含まれているのだろう。


 貴婦人は微笑し。


「こんなおばさんでも愛していると言ってくれる人なんて、いないでしょうしね」

「どうでしょうね、あなたはエルフから見れば高齢なのかもしれませんが、人間の外見年齢ならまだ若く見えますので――」

「そう、ありがとう」


 世事抜きに、それはエルフという種族の特徴なのだろう。

 豪商貴婦人が本気になれば、まだいくらでも相手は見つかるとは思うが、彼女がそうすることはおそらくないのだろう。

 こちらで話を進めていたのでムッとしたのか。

 無精髭のパリス=シュヴァインヘルトが腕を組み言う。


「僕は人間に化けている時も、エルフとしてギルド本部にいる時も、人間とそのような関係になることはなかった。心は常に想い人だけのもの。全てのエルフが外で誰かと関係を持つわけではない」


 誰か想い人がいるらしいが。

 三女神たちが恋の話に浮かれすぎる前に話を戻し。


「さて、見学も終わったところでどう私に王位を返還して貰うかですが。何か策はおありで? 事実をすべて話すという選択もありますが――話を聞く限り、王族は独善的。私が白銀女王の息子だと言っても、信じて貰えないでしょうね」

「おそらくはそうでしょうね――けれど全ての王族がそうとは限りません」


 貴婦人は考え。


「とりあえずフレークシルバーの商業ギルドに参りましょう。あそこならば王族とも取引が盛んですので、話を仲介して下さる方も見つかるかもしれません」

「とのことですが、パリスさんはどうお考えで?」


 冒険者ギルドの代表としての彼が言う。


「いっそ、賢者殿の力で国家を転覆させるというのはどうだろうか」

「穏やかではありませんが……、選択肢の一つとしては留意しておくべきでしょうね。なにしろ時間切れになればエルフという種族そのものが神に消されるのです。王族が滅び、私が王位に戻るだけで神々の溜飲が下がるのなら犠牲者の数は結果的に減りますし」

「王族の死でエルフが助かるのなら、僕は問題ないと感じている。大厄災による被害も増えている今、冒険者ギルドとしても早期の解決が望ましいとされている。何を躊躇う必要があるのです、我が君よ」


 いつの間にかちゃっかりと我が君である。

 私の周囲の存在を狂わせる能力のようなものが、彼を汚染しているようだ。

 彼の瞳は僅かに赤く染まりかけていた。


 私の魔力や魔王としての瘴気、そして白銀女王の忘れ形見という大きな事情が合わさり、心を強く揺さぶられているのだろう。

 憎悪を隠さず男が言う。


「僕は王族が嫌いだ」

「でしょうね。私も好きではありませんよ」

「ならば――どうか決断していただきたい」


 もうなんとなくは分かっている。

 人間社会との共存を選んだこの男だが、おそらくはいまだに白銀女王に忠誠を捧げているのだ。

 クリームヘイト王国に潜伏していたのも、白銀女王を探すため……。

 もっとも、白銀女王が人間に化けていたせいでその追跡は叶わず、悲劇的な結末を迎えてしまったようだが。


 主君を追放され殺された形になっただろう男。

 その暴走している忠義を諫めるべく、威厳を滲ませた私が言う。


「ならば問いましょう、母に忠義を捧げた男よ。あなたは考えていないのですか?」

「なにをだ」

「それが理解できていない時点で、あなたは配慮に欠けているのです。考えてもみてください、もし本当に私があの方とされる女性の息子ならば、この国の王族には私の身内もいることになります、そしてそのすべてが悪人かどうか、独善的であるか、母の事件に関与していたのか私は知りません。文字通り、顔も名前も知らない身内ですからね。その中に、もし純粋に母のことを想っている王族がいるのなら、母の死を嘆き悲しんでいる善人がいるのなら……私は無辜なる身内を殺すことになってしまうでしょう。あなたは私に家族を殺した王になって欲しいというのですか?」


 私はもう、王族争いに巻き込まれて死ぬ無辜な存在が出て欲しくはないのだ。

 魔王としての覇気が含まれていたせいか。

 二人はぞくりと息を呑んでいた。


「すまない……そうだな。どうか、さきほどの失言は忘れて欲しい」

「いえ、あなたの案が間違っているとも一概には言えないのです。実際、大厄災による被害が出ている今、一番早く解決する方法があなたが提案した、王族を皆殺しにすることでの国家転覆なのですから」


 貴婦人が言う。


「とりあえず、王宮に接触できるよう急ぎ根回しをしてきます。賢者殿に直接、王族の方々を見ていただき、その後で先ほどの案も踏まえて考える……いかがでしょうか?」


 確かに、実際に王族と接触してみるまでは行動しにくい。

 話を真摯に聞くタイプならば事情を話し、交渉。

 高圧的な存在なら、脅迫、あるいは大厄災を誕生させた責任を追及し、世界とエルフのために消えて貰う。


 どちらにしても異論はなく。

 私達はしばし、エルフの国の商業ギルドに滞在することになった。


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