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第62話 無限の魔力 ―スノウ=フレークシルバー―


 商業ギルドの応接室。

 かつてを語る豪商貴婦人ヴィルヘルムは、静かに物語を提示する。

 それは一冊の書。


 白銀女王の逸話はとてもシンプルだった。


 エルフの女王と言う立場でありながら、人間と恋に落ちたのだという。

 それは許されない恋であり、女王は追放された。

 要約すると本当にただそれだけ。


 だが、要約しないとどうなるか。

 白銀女王が【大厄災】となって世界を呪っている理由も理解できた。


 私は静かに息を吐いた。

 豪商貴婦人ヴィルヘルムが持ち出し渡してきた書。

 禁書に指定されている白銀女王の物語を開いていた。


 それは今から千年以上も前の出来事だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 白銀女王の名はスノウ。

 スノウ=フレークシルバー。彼女が生まれた時に発生した魔力と銀色の髪が、まるで白銀の中に咲く雪の花のように見えたので。

 スノウ=フレークシルバー。


 白銀女王スノウは生まれた時点で、とても強い魔力とカリスマを持っていた。

 エルフの王族の末席として生まれたが、その特異な性質と膨大ともいえる魔力が皆の目に留まり、多くの臣下を魅了した。

 彼女はすぐに女王候補としてその名をエルフたちに知られることになった。


 美しい白銀の髪もそうだ。

 雪姫の名に恥じない美貌もそうだ。

 男女問わず、相手を笑顔にさせる高貴な微笑みもそうだ。

 種族や身分で人を差別したりしない、優しい心もそうだった。


 淑やかで誰にでも優しい彼女はとても人の目を惹いた。


 けれどそんな美貌や優しい心など、関係なかった。

 どうでもよかったのだ。

 エルフたちは皆、憑りつかれたように、魅入られたかのように、白銀女王となる少女スノウをうっとりと眺めつづけていた。

 彼女を女王候補たらしめたのは、その固有スキル。


 彼女は、枯渇することのない【無限の魔力】を有していたのである。


 それは本当に、文字通り永続的に湧き続ける魔力。

 魔力とは心から湧き出る力。

 つまり根源は魂から発生する力。

 彼女は何らかの方法で魂を輝かせ、魔力を無限に発生させていたのだ。


 本人もその無限の魔力がどこから湧くのかは分からない。

 けれど実際に、無限の魔力を用いてスノウはエルフを豊かにした。

 森に大神殿を作り出し、泉に魔力を満たし、空に他種族を拒む結界を張った。


 人間たちの数に圧倒されていた筈のエルフ。

 その地位が向上したのもこの頃。


 それはまだ女王になっていない白銀女王スノウが、人間の年齢で言えば十二歳の頃。

 既にその頃には白銀女王はエルフの中でも最高の魔術の使い手。

 あの最強魔術【核熱爆散アルティミック】さえ子供の身でありながら、習得していたのだ。

 単純な魔術勝負ならば、スノウに敵うエルフは一人もいなかった。


 スノウ=フレークシルバーは遊びのつもりだったのだろう。

 兄たちが参加するからと見学にいった魔術大会。

 多くの民も見守る場所にて、スノウの運命は大きく変化することになった。


 妹に嫉妬していた者達がいたのだ。

 王候補だった兄たちは皆、末席である筈のスノウをライバル視したのだろう――ここで妹よりも強いと証明し、自分が次の王だとアピールしたかったのだろう。

 だから誘った。

 だから企んだ。

 兄たちは自分よりも遥かに年下の少女に魔術大会に参加するように強制し、妹スノウは頷いた。


 全ての勝負は一瞬だった。

 本来なら国民たちに誰が次の王か見せつけるはずの大会だったが、スノウ=フレークシルバーはそんなことも知らず、遊びの延長のまま本気の兄たちに圧勝。

 もはや選択肢は消えた。


 王子や王女たちの父たるエルフ王と、各集落のエルフの長が集まり――。

 その日のうちに議会は終了。

 全員一致だった。

 後継者の決まり、白銀女王スノウ=フレークシルバーが王位を継ぐことが決定されたのだ。


 スノウは皆が喜ぶならと、赤い瞳で花の笑み。

 全ての集落の長の頂点――エルフの女王。

 白銀女王となった。


 女王となった白銀女王はエルフを更に豊かにさせた。


 誰しもが若き女王を称えた。

 若き白銀女王もまた臣下たちの声や集落の民の声に応え、善政を敷いた。

 長い平和な時代が続いた。

 その統治は穏やかで、恵まれた千年を過ごしたと言われている。


 白銀女王の統治の時代、それがおそらくエルフの全盛期。


 平穏は続くと思われた。

 永遠に続く、無限に湧く魔力があるのだから、数だけは大量にいる人間とて相手ではない。

 だが、その終わりと崩壊のきっかけを作ったのは、一人の人間だった。


 人間は勇者の男だった。

 とても寡黙そうな、けれど整った容姿と清廉な心を持った男。

 勇者は人でありながら人を嫌っている勇者だった。


 勇者は負傷していた。

 世界各地に厄災をバラまいていたという魔王を滅ぼした、その帰り道。

 男は傷を治すためにエルフの集落に流れ着く。


 これもよくある話と言えるだろう。


 傷ついた勇者が、心優しい王族と出逢い。

 そして恋に落ちる。

 そんなありきたりな英雄譚。


 もうすっかり大人となった白銀女王は恋を知らずに、千年も国のために尽くしていた。

 だが女王はその日を境に、少しだけ変わってしまった。

 優しいままだ。

 国のために魔力を使い続けるのもそのままだ。

 けれど、その瞳は違う場所を見ていた。


 人を嫌う人という珍しい男から目を離せなくなってしまったのだ。


 白銀女王はその日初めて、エルフたちではなく勇者を見た。

 美しい世界ではなく、美しい勇者を見てしまった。

 勇者もまた、白銀女王の雪のような微笑みと宝石のような赤い瞳に惹かれてしまった。人間嫌いな勇者だからこそ、人間とは違うエルフの女王に心を許してしまったのだろう。


 二人は恋に落ちた。

 人間を嫌うエルフたちは女王の恋に反対した。

 従者たちも反対した。


 千年もすれば白銀女王の【無限の魔力】の秘密も解けていたのだ。

 白銀女王は産まれたときから純粋だった。


 赤子だった彼女は世界の美しさに感動し、その美しさを瞳に捉えつづけていた。

 その赤い瞳に宿す感動こそが、力だった。

 世界を、集落を、同胞エルフを美しいと思う純粋な心こそが秘密だった。


 白銀女王スノウ=フレークシルバーが眺めた景色。

 その光景を愛おしく、守りたいと願う心の力が絶大だったからこそ、それは固有スキル【無限の魔力】となって発動していた。


 だが、女王はついにエルフや集落だけではなく、人間の男を眺めてしまった。

 無限の魔力は衰えた。

 それでも国を維持するには十分だった。

 そう、そのままでももう千年は大丈夫。


 けれど、一度全盛期を知ったエルフにとっては、無限の魔力が衰えた今の統治は満足できない統治。

 一度知ってしまった贅沢を忘れられないのは人間だけではなかった。

 エルフもまた、そういった欲望を持っていた。

 だが大半のエルフたちはそれでも千年も幸せだったのだから、それでいいではないかと納得していた。女王陛下が愛を知り、幸せになってくれるのならそれでいいじゃないかと、祝福していた。


 それでも、そうではないエルフもいた。

 人間とて、全員の意見が一致することなどない。

 エルフも同じだった。


 だから。

 勇者は殺された。

 過激派のエルフたちに、白銀女王のために死んでくれと言われたのだ。

 勇者は既に白銀女王を心から愛していた。

 だから、彼女のために首を差し出し――。


 ……。


 白銀女王には勇者は人間の国に帰ったと伝えられた。

 これでまた女王は美しいこの世界と、美しい国と、美しいエルフだけを見てくれる。

 また無限の魔力が蘇る。

 そう思っていた。


 けれど、そうはならなかった。白銀女王は勇者を追って、人間の街に行くと言い出した。

 既にエルフの一部、シュヴァインヘルトの一族は人間と共存共栄を果たしている。

 彼らに聞けば、勇者様の行方が分かるかもしれないと。


 もはや白銀女王は直らない。

 壊れてしまったと、エルフの過激派はそう思ったのだろう。

 だから、魔力の源を取り出した。


 白銀女王の力の秘密となっていた瞳をくりぬき、人間の大陸へと女王を追放したのだ。

 そんなに探したいのなら勝手に探せばいい。

 だが、女王としての務めだけは果たして貰う。

 と。

 それは千年前、王位継承権を奪われた兄たちの犯行だった。


 エルフたちは女王の行方に興味などなかったのだろう。

 だが、無限の魔力の研究には興味があった。

 兄たちは妹の瞳を研究し、様々な実験を行った。


 研究はうまくいかなかった。

 もはや女王の瞳は緑豊かな大地も、広大な森も、愛すべき民たちを眺めても無反応。

 だが、ひとつだけ反応するものがあった。


 その日。

 白銀女王スノウ=フレークシルバーの奪われた赤い瞳に、ソレが映った。

 瞳は反応し、魔力を生んだ。


 ソレとは――死体。

 女王から切り離された瞳は、うっとりとソレを見た。

 宝石のような赤い瞳には――斬首され放置され、無残に転がる勇者の愛おしい顔が映っていた。


 白銀女王を追放したエルフが、無限の魔力を失った女王への腹いせに、わざと勇者の死体を覗かせたのだろう。


 女王の瞳は愛する者の亡骸を眺めつづける。

 瞳からは魔力が生まれ続けている。

 無限の魔力の復活だった。


 それは本当に偶然だった。

 けれど奇跡だった。

 これで女王の兄たちはエルフの時代がまだ続くと考えた。

 だから彼らは更に考えた。

 勇者の亡骸を永久にこのままの姿で保存し、女王の瞳だけに眺めさせ続けようと。


 勇者の遺体は磔にされ、首は台に置かれ。

 氷の魔術で永久にそのまま――。

 そんな勇者の凍てつく墓標の前には、鮮度を永遠に保ち続ける魔力液に浮かぶ、女王の瞳。


 女王の瞳【無限の魔力】は今もなお。

 美しく愛しい寡黙な男。

 愛した勇者の亡骸を眺めつづけている。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 読み終えた私は敢えて皮肉な言葉を選んでいた。


「確かに、これは焚書にされるでしょうね。今もなおどこかで栄えているエルフの国の力の源は、外道な手段によって無限に供給されているもの。エルフの平和に対する執念には、感服。素直に称賛いたしますよ」


 エルフにとっての平和。

 そんな嫌味を読み取ったのだろう。

 エルフである貴婦人は言う。


「恥ずべき種族と蔑みますか?」

「いいえ、白銀女王の兄たちの行動はともかく、実際にエルフという種は繁栄を保ったまま。エルフという種が生き残るための選択としては、倫理観を除いて悪くない、合理的な手段だとは感じます」

「そう、実の母親の話ですのに……」

「おや。それとも母にした仕打ちを許せぬと、ここであなた方を惨殺した方がよろしかったでしょうか?」

「いっそ、そうして下さった方が楽かもしれませんわね」


 豪商貴婦人ヴィルヘルムが見せたのは、疲れた微笑だった。

 皮肉を言い過ぎたと私は小さく頭を下げ。


「悪いのは白銀女王の兄たち。あなたではないでしょう」

「知っていてもなお、その非道を止めていない。その行動をエルフのためには仕方のない事と見過ごしているのは、悪いことだと……少なくともワタクシの倫理観は言っておりますのよ」

「だからせめてもの償いに、誘拐されたエルフたちの救出にその人生を使っている。あなたも損な性分ですね、ヴィルヘルム殿」


 しかし、と私は言葉を区切り。


「話が見えてきましたよ。海賊パーランドにエルフ狩りを命じた、いえ、依頼したのはおそらく白銀女王の亡霊でしょう。今までさんざんにエルフのために尽くしていたのに、たった一つの愛すら許さず自分を追放し、愛する者を殺したあなたがたを恨んでいても不思議ではない。直接目にしてみないと断定はできませんが、やはり白銀女王こそが大厄災の正体でしょうね」

「そんなバカな!」

「おや、それほどバカで荒唐無稽な話でしょうか? 彼女は祖国に裏切られ、彼女にとっては魔力の源たる瞳を奪われ、追放された地では大陸神に見捨てられ、人に殺され、処刑され――とても人間を恨んだ事でしょう、そしてエルフも憎んだ事でしょう。そんな彼女の亡霊がエルフを滅ぼすために動いているのだとしたら、人間の強者にエルフ狩りを依頼することもあるのでは?」


 私は続ける。


「相手は海賊。エルフを狩れと言われても躊躇せず受け入れる外道だった。実際、彼は必要以上にエルフを嬲り殺しにし、その皮や声帯、全てに至るまで辱め販売した。死んでも素材となる、生きたままでも研究や生贄に使える。復讐だけの存在と成り果てた白銀女王と、嗜虐心を尊び、金儲けのためならなんでもする海賊パーランド。彼らの利害は一致していたのです」


 或いは海賊パーランドの強さの秘密こそが、白銀女王による支援。

 能力付与だったのかもしれないが。


「ありえません、だって、それじゃあ!」

「ええ、もとを正せば。今までのエルフへの被害は、自業自得。エルフが白銀女王にした仕打ちが返ってきているだけ。人間へ逆恨みしているだけ。当時、女王の魔力を奪い追放したあなたがたのせいとなりますね」

「逆恨み……」

「おや、お忘れですか? あなたがたの王族は人間の勇者を惨殺しているのですよ? 辛らつな言い方で申し訳ないですが、あなたはその部分をまるで配慮されていない。エルフが人間種から恨まれる理由がでてきてしまった、そういう案件でもありますね」


 さて――と、私はわざとらしく声を出し。


「そしてやはりパリス=シュヴァインヘルトの目的もまた、一定の秩序に沿った行動と言える。私を連れ帰り、当時、追放に関わったエルフを皆殺しにし、無限の魔力たる瞳を取り返し。白銀女王の息子である私にその事実を女王に伝えさせ、女王の呪いを解くつもりなのでしょう」

「……あなたは、どうするおつもりなのですか……」

「とりあえず沿岸国家クリスランドの皆様には、しばらくお会いできずにすみません……とでも言っておいてください。報酬や報奨は後で受け取りに行くとも。私はあの男についていき、ここを離れエルフの国家を目指します。当時の白銀女王とも面識のあったシュヴァインヘルトはおそらく、本当にただ、白銀女王の呪いを止めたいだけなのでしょうから」


 立ち上がろうとする私に護衛のエルフ騎士が目をやる。

 動くか、動くまいか考えたのだろう。

 おそらくヴィルヘルム商会のエルフとしては私の行動を止めたいのだろう。だが、同胞を多く助けられたその恩が勝ったのか。

 頭を下げて私を見送っていた。


 扉を開けるとそこには無精ひげの長身痩躯。

 ギルドマスターとして人間社会でも一定の信用を得ているパリス=シュヴァインヘルトである。

 私が言う。


「出迎えとはまるでもう忠義の騎士気取りですか?」

「気取りではない、僕はあなたの騎士だ」

「勝手に決められても困るのですが……」


 パリス=シュヴァインヘルトはヴィルヘルム商会の貴婦人を睨み。


「彼は僕が御連れする」


 豪商貴婦人ヴィルヘルムが声を上げる。


「それは冒険者ギルドとしてのお立場での発言かしら?」

「そう思ってくれて構わない」

「これは全てのエルフの問題なのですよ! それを外に漏らすなど! 商業ギルドに在籍するエルフ、ワタクシの立場というものも考えて欲しいのですが?」

「商人ギルドにおける貴殿の立場など、僕等には関係ない。冒険者ギルドは既に世界の脅威一覧に【人類の敵】として、白銀女王のなれの果てを登録している。討伐対象としての名は【大厄災】。冒険者ギルドはたしかに人間が多い組織だが、バカでも無能でもない。我等の失態によって生まれた脅威はとっくに把握されているのだ。ならば僕たちエルフ自らの手で解決した方がいいだろう。違うか?」


 正論である。

 彼も彼で、エルフの立場を案じているのだ。

 だが、エルフの王権がまだその兄たちに乗っ取られているのなら、私が帰ることは混乱を生む。

 倫理観はともあれ、今のエルフの国は無限の魔力を取り戻しているのだ。

 それを破壊する行為は――エルフ全体にとってはマイナス。


 だから、倫理観も心もある豪商貴婦人ヴィルヘルムは板挟みとなっているのだろう。


「それはそうですが……」

「【人類の敵】として認定されている海賊パーランドも討伐された今、多くの強者達がその事実を知り殺気立っている。自分も武功を上げ、歴史に名を残したいと動き出す若き力もでるだろう。そしてもし白銀女王がエルフではない誰かに討伐され、その真実が世に知れ渡れば――」


 私が言う。


「おそらく、エルフという種族そのものが批判の対象となるでしょうね」


 大厄災となった白銀女王は、世界を壊す事とて厭わない人類の敵。

 それを生み。

 放置していたとなると――責任は重大。

 エルフの評判は人間からだけではなく、他の亜人からも地に落ちるだろう。

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