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第61話 魔王とエルフ


 冒険者ギルドが中立組織であるように――。

 ここ商業、商人ギルドもまた中立。

 大陸の垣根を超えて世界に幸せ、つまり商品を届ける事を信条にしているそうだが。


 商業ギルドの応接室にて。

 女神もいない状態で私は一人、思っていた。


「商業ギルドがなかったという事は……カルバニアは本当に、排他的な国だったのでしょうね――」

「確かに、そうなのかもしれません。商業ギルドは今や世界各地にある組織、排他的とされているエルフの集落にすら存在しておりますからね」


 独り言に応じたのは豪商貴婦人ヴィルヘルム。

 緑の髪の、やり手のエルフ商人である。

 貴婦人は背後に二人のエルフの護衛騎士を連れているが、彼らはかなり緊張しているように見えた。


 私は貴婦人に問う。


「話をする前にひとついいでしょうか? 大したことではないのですが」

「構いませんよ」

「ここに来る前に街の者に確認したのですが、名称は商業ギルドが正式なのですか? それとも商人ギルドなのでしょうか?」


 貴婦人は商売人としての人当たりの良い微笑みで。


「どちらでも問題ありませんが、あまりその話題は口にしない方がよろしいかと」

「何かいわくでも?」

「いえ、賢者殿の言葉ではありませんが、大したことじゃありません。実は商業ギルドと商人ギルド、ただほんの少し呼び方が地方によって違うだけなのですが、商人同士で揉める事もございまして――ただの呼び名、ただの名前。けれど、そんな小さなことでも大商人同士が喧嘩をしたまま、いまだに互いに嫌がらせをしている……なんて案件もございますの」


 呼び名で揉める。

 そんなくだらないと思いながらも、私は妙に納得していた。

 大判焼きと今川焼のような現象が起こっているのだろう、と。


「それで、ヴィルヘルムの鬼陛下殿はどうお呼びなので」

「ワタクシの立場は内緒。というよりも、エルフにとってはあまり興味のない案件なのです、元よりエルフはあまり名に執着はしませんので」


 はぐらかしているが、護衛騎士の二人は露骨なジト目で一瞬貴婦人を眺めていた。

 おそらく本当は呼び方をとても気にし、執着しているのだろう。


「”商業ギルド”についての呼び方についてはともかくです。さて、賢者殿――本日はどのような御用でしょうか。申し訳ありませんが賢者殿にお渡しできる報酬は来週以降となっております。本来ならすぐにお渡ししたいのですが……。ただ……そうですわね。行動資金に前払い……という言い方も変ですが、先にある程度の金額を内緒でお渡しすることはできますが」

「議会に足止めのためにも支払いを待て――そう言われているのですね」

「肯定はしませんが否定はいたしませんわ」


 貴婦人は自分の立場ではどうにもできないという苦みを混ぜ、商人スマイルである。


「大陸を支配している議会や上層部に逆らえと言う程、私も図々しくはありませんのでご安心を」

「ご配慮に感謝いたしますわ」

「身構えさせてしまって恐縮なのですが――実は今日面会を希望させていただいたのは、この国とも商売ともあまり関係ない話なのです」

「と、仰いますと?」

「とあるエルフについてお聞きしたいのです」


 豪商貴婦人ヴィルヘルムは頷き。


「なるほど、確かにワタクシならばエルフには詳しい。賢者殿には多くの同胞を救っていただきましたからね、ギルドに登録されている商人としてではなくワタクシ個人ならば、お受けすることも出来ます。ワタクシの力の及ぶ領分であれば、無償で、出来る限りの協力をさせていただきますわ」

「無償? 商売人がですか」

「それほどに感謝をしているという事です。本当に……助けられた同胞もワタクシも、ここにいる護衛の二人も――なにしろ国家ですら恐怖し、動けなかった男……あの海賊パーランドから同胞を助けて頂けたのですから」


 頭を下げる貴婦人の表情に嘘はない。

 本当に深い感謝をしているのだろう。

 しかし、なにもここまで頭を下げなくとも――と考えた途端に、貴婦人はふっと口の端を上げて。


「ここまで頭を下げることが不思議ですか?」

「おや、心を読む魔術やスキルですか」

「いいえ、純粋な年の功。経験則ですわ――」


 貴婦人は姿勢を正し、敵意のない笑みを継続。


「エルフがほぼいないマルキシコス大陸ご出身の賢者殿には実感はないのかもしれませんが、エルフ誘拐事件は本当に昔から……多くの悲劇を生んでおりましたから。それは亜人種も同じ、おそらく、お休みになられている宿からここに来るまでにも、人間以外の種族から何度も感謝されたのではありませんか?」

「ええ、子供からお菓子まで貰ってしまいましたよ」


 街を救った賢者だから頭を下げられているのだと思っていたが。

 確かに、まだ年端も行かない子どもまで私に頭を下げていた。

 貴婦人が言う。


「人間という種族は魔力自体は並、技術も並、性格も荒くもなく、かといって臆病すぎもせず並。けれど数だけは最も多い。群れとなった時に真価を発揮し、強気にもなる種族である。ですので、海賊パーランド……いては人間種族という存在そのものに怯えている亜人種は多く存在するのです。けれど、人間の強者をあなたはほぼ単騎で討伐された」

「皆さんの協力があったからですよ――」

「ご謙遜、ですね」

「いえ、本当に」


 街の命が無駄に散ってしまう。

 それを是とせず私は動いたのだから。


「賢者殿の心境は別として……既にこのクリスランドにおいて、獣人を含む亜人種の英雄と認識されているのは確かでしょう」

「半分は人の血が流れているのにですか?」

「ええ――大衆は都合のいい部分しか見ませんから。おそらく、人の国家や人の多い地区ではあなたは”人間側の英雄”として今頃噂されているでしょうね」


 昨夜チェックした映像でも確かにそうだった。

 既に彼らは人類最強を倒した賢者に心を奪われつつあった。

 しかし、私は人間の英雄でも亜人種の英雄でもなく、魔王。


 どちらの側に立つという事は今後もないだろう。


「若輩の身の私が英雄かどうかはともかく、エルフの件についてよろしいですか?」

「はい――なんなりと」


 質問に答える前に口を潤そうと貴婦人はカップに手を伸ばす。

 優雅に口をつけるヴィルヘルムの所作は本当に洗練されていた。豪商と呼ばれる器にある者なのだろう。

 エルフの中でも上位な存在。

 長寿ハイエルフの名に恥じない気品を持っているが――。


 おそらく私はその空気を破壊することになるだろう。

 理解した上で、私は口を開いた。


「白銀女王についてお聞きしたいのです」


 この名を出した途端。長い耳が、ぶるりと震えていた。

 耳の後ろに流すようにセットされている髪型のせいだろう、髪飾りも大きく揺れて音を立てている。

 カタカタカタとカップをソーサーに落とす指からも、洗練された仕草が失われているのだ。


 それでも、貴婦人は顔を上げ。


「失礼ながら賢者殿は白銀女王についてどれほどの知識がおありで」

「鬼陛下もご存じの通り、なにしろ私はカルバニア出身。田舎者と言ってもいいでしょう。およそ二百年前に追放されたというエルフの王族というくらいには知っておりますが、その程度の知識しかありません」

「確かに彼女が追放されたのはマルキシコス大陸とは聞いております……が」


 後ろの護衛騎士たちも白銀女王の名が恐ろしいのか、明らかに動揺していた。


「とりあえずその名を出すことも禁忌とされているのだとは理解しておりますよ。いったい、白銀女王とは何者なのか知っているのなら聞かせていただきたいのです」

「……」

「実はクリームヘイト王国の王宮に問い合わせても、勇者ガノッサ殿にお聞きしても知らないとの返答でした。昨日お伝えしたと思いますが、彼らとは少し縁がありまして、私に嘘をつくことは絶対にないでしょう。なので私自らもちょっとした技術、”遠くを見る魔術”で古書を調べてみたのですが……白銀女王の記述はありませんでした」


 揺らぐ空気の中。

 悪びれることなく私は淡々と続ける。


「マルキシコス大陸では伝わっていないのか、或いは、伝わっていたが失伝した(失われた)のか。ともあれ二百年前から生きていたガノッサ殿が知らないのです――特定の種族が故意に白銀女王の情報を秘匿し、禁書と指定し焚書ふんしょ処分をしたのかもしれませんね。ただ、ふと、白銀女王の名を覚えている可能性のある種族がいると私は思い出しました。もし口伝されている可能性があり、そして覚えている可能性がある存在は長寿の種族。ああ、そういえば恩を売った長寿の種族が丁度いたかと、こうしてあなたを訪ねてきたわけです」


 豪商貴婦人ヴィルヘルムは姿勢を正し。

 覚悟を決めるように息を吐き。


「分かりましたわ。賢者殿には返しきれない程の御恩があります。ただ、その前に、その名をどこで聞き、どこで知ったのか――教えて頂いても?」

「午後三時の女神……といってもあなた方には分からないでしょうね」

「え、ええ……残念ながら初めて耳にする名です」

「だろうとは思いました。後はそうですね、クリームヘイト王国の冒険者ギルドでエルフであることを隠しギルドマスターをしていた無精ひげのエルフ、パリス=シュヴァインヘルトも私にその名を。それと大厄災や大災厄と呼ばれる存在についても、多少は――」


 貴婦人はようやく納得いったという顔で。


「シュヴァインヘルトがですか、そうですか……それならば納得ができます。エルフにとっては禁忌となった名でも、人間との共存を選んだあの集落の長の血族ならば……口にできてしまうのでしょうね」

「あの男の部族……と言っていいのかわかりませんが、彼らとは仲が悪いのですか?」

「まあ……そうですわね」

「同じエルフなのに……とは、人間を見ていると人のことは言えないでしょうね。同じ種族であっても殺し合い、罵りあう。エルフも人間も、その本質は変わらないといったところでしょうか」

「人間やシュヴァインヘルトと同じに思われるのは……っ、不快です」


 貴婦人の口が、商人とは思えぬ速度で、感情的に揺れ動く。


「ワタクシたち緑森のヴィルヘルムはっ……人間を信用しない。人間との共存共栄を否定し続けるでしょう、けれどあちらは別。シュヴァインヘルトはエルフとしての矜持を捨ててしまった! 人間への恨みも過去の事としている……!」


 なるほどと、私は息に言葉を乗せる。


「人間との付き合い方――思想の違いですか」

「ええ、そうなりますわね……舌の根の乾かぬ内という言葉がありますが、人間とは百年もすれば世代が変わり、条約も契約も忘れてしまう種族。世代が変わっているのだから百年前に結んだ約束など無効と、一方的に言ってくるような種族と関係改善? それは妄言、もう既に何度も裏切られているというのに――浅慮な彼らは夢を見たまま……。シュヴァインヘルトとは実に哀れなエルフ種です。こうして実際、エルフが何人も捕まっていたというのに……まだ人間を信用している。現実をしっかりと見えているわたくし達、ヴィルヘルムのエルフとは見ている先が違うのですから」


 だから両者は相容れない。

 そう言いたいようだ。


 ヒートアップしてしまったことに気付いたのだろう。

 苦笑する私の前。

 謝罪をして豪商貴婦人ヴィルヘルムは、咳払い。


 私が言う。


「実はシュヴァインヘルト領に戻ってこないかと誘われておりまして」

「戻る?」

「ええ、どうやら私はその白銀女王とやらの忘れ形見だそうですよ」


 相手にとっては。

 あまりに予想外の言葉だったのだろう。

 貴婦人の口が。


 蠢く。


「あの方の、忘れ、形見……?」

「パリス=シュヴァインヘルトの話からすると、どうやら間違いなく私の母は白銀女王。あなたがたエルフに裏切られ追放された女王だそうです」

「嘘、ありえない……だって! 女王の血は、もう二度と……、生まれてくる子も、死産になると。神託で決まって……っ!」


 口を滑らせたのだろう。

 護衛の騎士たちもぎょっとした反応を示していた。

 そして貴婦人も口を滑らせたと気付いたのだろう、失敗したと曇る表情が語っているが。

 もう遅い。


 どう見ても、何かを知っている彼女。

 これほど分かりやすい反応をしてくれるのは、おそらく私が魔王だから。

 瘴気や魔力にてられているのだろう。


 瞳を細めた私が言う。


「――そうですか、死産になると決まっていたのですね。ですが、残念。私はこうして今、あなたがたエルフの前にいる。なので、私には母がどういう存在で、なぜ禁忌とされているのか――その理由を聞く権利があると考えております。シュヴァインヘルト側にも聞く予定ではありますが、あなた方と敵対している相手の意見のみを一方的に聞くのは、不条理……それもどうかと思っております。どうでしょうか? 素直に語っていただけると手間が省けて助かるのですが」


 空気は完全に硬直。

 全てを見通すほどに強化された私の魔王の瞳は、ただ煌々と――赤く。

 輝いている。


「分かりました――知っていることはお話ししましょう」


 エルフを助けられた恩があるからか。

 或いは、本物の魔王の眼光に耐えられなかったのか。

 貴婦人はゆったりと語りだした。

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