第59話 廃嫡の白銀
時刻は既に夕刻過ぎ。
あれから過ぎた時間は半日ほど。
昼の女神アシュトレトに変わり、黄昏の女神バアルゼブブが顕現している。
騒動はとりあえずの落ち着きをみせていた。
現在、私が滞在しているのは冒険者ギルドが手配した宿。
港町という事もあり別大陸との交流も盛んな場所。接待が必要な来賓用の、高級な宿もいくつか存在していたようで――ここもそう。
国賓待遇の客が国の金で利用する、豪華な一室である。
部屋に文句はないが、豪華すぎて少し息苦しいのが欠点か。
なぜこんな高価な宿にいるのか、理由は単純だ。
今回相手にした海賊パーランドが人類最強――いわゆる勇者クラスの悪漢だったからか、すぐに話は国の上層部へと届いたらしく。
議会が緊急会議。
中立である冒険者ギルドを通じて即連絡が届いたのである。
沿岸国家クリスランドの代表が来るまでは、どうか、この港町で待機して欲しいと。
要請を受け、一週間なら待てると返答。
私がその約束を素直に守るかどうかは、自分でも分からない。
とりあえずは戦闘の疲れと、被害者たちの治療の疲れで限界だからとそれらしい虚言を吐き、休みたいと強引に話を切り上げ、退散。
今に至るわけだが。
どうしたものか。
なにしろこの大陸の情報が足りない。
どう動いたらいいかの判断もしにくいのだ。
だから――。
値が張りそうな室内のソファーに腰掛ける私とバアルゼブブは、共に二人で瞳に魔力を通し、じっとそれを眺めていた。
遠くを眺める魔術を発動させ、街の様子を観測していたのである。
道具屋の隅に置かれていた処分価格な水晶玉とて、使い手によっては世界を見通す目にできる。
その証明に、輝く水晶の中ではこの沿岸国家クリスランドの様子を全て確認できていた。
だが、その全てを確認できるというのが問題だった。
文字通り、全てが見えるのだ。それも同時に。
前より魔王としての力が増しているせいで、全てが見えてしまうせいだろう――脳の情報処理が間に合っていない。情報の取捨選択が自動にはできずノイズが爆増していた。
それは言うならば街の全ての情報を表示した百科事典。
個々の能力。
極端な話になれば観測した人間の過去まで検索できてしまうせいで、制御が困難。
成長した魔王たる私の瞳に、私自身がまだ適応できていないのだ。
「能力を敢えて抑えるため――精度も質も低い水晶玉を購入したのですが、どうやら作戦は失敗したようですね……今の私ではまだ、この能力を使いきれているとは言い切れない」
敗北感のある私の呟きに反応したのは、黄昏の女神。
脚に絡みつき、甘える犬のように膝に顎を乗せているバアルゼブブが私を見上げ。
じいぃぃぃぃぃぃ。
黒い髪を私の太ももに垂らし、口を蠢かす。
『あ、あのね、も、もっとね、……た、対象を絞らないとだよ?』
「理屈や理論は把握しているんですけれどね、どうも、力の加減が難しいようで――」
『だ、大丈夫なんだよ。レ、レイドなら、できるよ?』
「その根拠をお聞きしても?」
ヴィヴィヴィヴィヴィっと無数の羽虫の音を立て、バアルゼブブが複数の口で言う。
『だ、だって……あ、あなたは』
『き、君は』
『レ、レイドは、負けず嫌いだから』
女神バアルゼブブは蟲の集合体。
こうしてたまに一人称や二人称が混在する。
人間たちから悪魔王へと貶められる前、バアルゼブブの元となった神バアルは主神クラス。崇高なる王としての人格も存在するのか、たまに『余』と王たる自我を前に出すこともあるが、基本的にはダラダラとした神。
三女神の中では一番、野性的な神ともいえるが。
「負けず嫌い、ですか。アシュトレトも私によくそう言っていますが、実際、そう見えますか?」
外見だけなら清楚な聖女ともいえる黒髪の乙女は、こてんと首を九十度に倒し。
『……????……自覚、し、してないの?』
「なにがですか」
『レ、レイドはぁ、すっごい、負けず嫌いだよ?』
「そうでしょうか」
『えへへ、で、でも、そんなレイドも、大好きなんだよ?』
どうやら本当に私は負けず嫌いと分類されているようだ。
うっとりとするバアルゼブブの口の端は、にへぇっといつものように物理的に溶けているが、その瞳に嘘はない。
まあ構わないが。
しかし、できると思われてできないというのは少し、いや、かなり気分が悪い。
私は再び意識を集中させ。
「対象を絞る……こんな感じでしょうかね」
水晶玉に腕を伸ばし映像を調整する端整な顔立ちの男、銀髪赤目のハーフエルフが映り始める。
私自身を表示させたのだ。
これが私。
名はレイド=アントロワイズ。種族はハーフエルフの筈なのだが、今は魔王と表示されている。
私の脚に絡みついているバアルゼブブの情報は表示されていない、おそらく、彼女の方がレベルが高いので私の能力では観測できていないのだろう。
……。
いつか、ちゃんと表示できるようにしたいのだが。
『ほ、ほら、ま、負けず嫌いだね?』
『眉間にシワを作ったんだよ』
「負けず嫌いかどうかは分かりませんが……強くなればなるほど、あなた方が遠ざかる。いったい、どれほどの力をつければあなた方の足元に近づけるのでしょうね」
『えへへへ、すごい?』
これほど無垢だが、悪魔王とでも言うべき存在。
彼女には申し訳ないが、やはり一番、他の人間と関わらせるのは危険そうではある。
「実際、凄いと思いますよ。本当にあなたがた女神がこの世界を作りだしたのだろうと、納得できるぐらいには」
言いながらも私の瞳は街の観測を継続。
強化され逆に使いにくくなった魔王の瞳を使いこなすべく、周囲を探る。
街の話題は海賊パーランドと、そして私とその連れである謎の美女の事で埋まっている。
騎士団と思われる施設を覗き、国から派遣されているだろう文官が頭を抱えながら纏めている報告書をピックアップ。
水晶玉に報告書の詳細が表示される。
前より精度が上がり使いにくくなった瞳の、数少ない利点でもある。
『ね、ねえ。これ……君の顔、だよね?』
「ええ、私に関する資料のようですよ」
私は水晶をさらに調整し、映像を拡大。
◇海賊パーランド、及び白銀の賢者に関する情報について◇
と、書かれた資料に映像を固定。
海賊であり密輸団であるパーランド達は全員が投獄。
現在、警察のような役割をしている街の騎士団に引き取られ、厳しい尋問を受けている事だろう。
アイテム化されていた被害者――誘拐され、ひそかに販売されていたエルフたちも無事。既に私の回復魔術で快癒している事も書かれていた。
衛兵からも勿論。
被害者たちからの私の評判は上々、というよりも好評が過ぎて、神のように崇められている気配さえあるようだ。
既に私による汚染、いつもの周囲を狂わせる能力は発動し始めていた、という事だろう。
多種族の議員制を採用している沿岸国家クリスランドは、人種のるつぼ。
人間以外の亜人種も多く存在するのは本当だったようで、報告書には種族ごとの反応も記されている。
騎士団に派遣されている文官は多忙、種族間の感情まで把握するよう命令されているのだろう。
情報を集めている文官は、賢者に対する陶酔に近い民草の感情を危険視しているらしい。
私の戦闘能力に関してだが。
どうやら攻撃魔術は使えないのではないかと判断されているようだ。
むしろ危険なのは接近戦の能力。
あの杖も実はブラフで本当は魔術師ではなく前衛職。
アイテムを使う格闘家や武術家ではないかと、意図せず的外れな推測をされていて、こちらも反応に困ってしまう。
いざとなれば、魔術師による集団攻撃で撃破も可能ではないかと推測されているようである。
「補助魔術と回復魔術ばかりだったので、誤解をされているようですね。好都合ではありますが」
『ぼ、ぼくが教えた武術。や、役に立ったね?』
「ええ、とても――」
『えへへへ、で、でも、君の武術はまだまだ、だからね?』
「分かっています。精進しますのでこれからも指導を御願いしますよ」
えへへへへっと頼られたバアルゼブブもご満悦である。
一応、念のため。
自己保身のためではなく、事実として補足しておくが――。
確かに私はまだまだだが、それは比較対象がバアルゼブブであるから。
私自身の武術のレベルはそれなりにはある。剣の神たるマルキシコスよりも、単純な技量で優っているのがその証拠。
女神相手であっても、魔力を伴わない接近戦の技量ならばダゴンやアシュトレトを超えているのだ。
実戦形式の訓練でもそれは証明済み。
だが。
武の師たるバアルゼブブには届いていない。
それは彼女の本質が蟲の集合体であるからだろう。
動きを捉える多くの複眼に、多くの本体を同時に持つという特性も関係しているのだろうが……。
『は、早く、アシュちゃんのま、魔術に』
『ぼ、ぼくの武術に、ダ、ダゴンちゃんの、技能と回復能力を』
『ぜ、全部、上回れるといいね?』
「師たるあなたがたの能力を全て同時に上回れば、事実上、世界最強。あなたたちを同時に相手にしても勝てるのかもしれませんが、さすがに私も現実が見えますからね――いつか届くのかどうかも、少し怪しいと思っていますよ」
表情を変えぬまま。
バアルゼブブが言う。
『それでも、それくらい強くなってね』
『それがダゴンちゃんとアシュちゃんと』
『僕とあたしと、そして――其れこそが余の願いでもある』
バアルゼブブの王たる一面が、一瞬だけ顔をみせていた。
そこまで私を鍛え上げて何をしたいのか。
正直、見えてこない。
「努力はしますよ――強くなることに異論はありませんからね」
実際、私に強さがなかったからあの日、家族を失ったのだ。
そして、勇者ガノッサに殺されたこともやはり、強さが足りなかったから。
強さがなければ意思を突き通せない場面がどうしてもでる。
強さを求める事で守れるものは増えていくだろう。
議論を繰り広げる議会もついでに観測し、私はふむと考える。
ソファーに深く腰掛け。
吐息で銀色の前髪を揺らし私は言う。
「沿岸国家クリスランドの港町での騒動の死者はゼロ。連続エルフ誘拐案件の主犯も拘束。密輸団に壊滅的なダメージを与えたという事で、議会からまとまった報奨が与えられるそうですよ」
『ほ……報奨、って、な、なに?』
「暴れていた有名な大悪党を討伐、生け捕りにした褒美に国がお金をくれるという話です」
バアルゼブブが、エヘヘヘヘっと笑みと共に口の端を溶かし。
『――じゃ、じゃあ……レ、レイドは、なんで、そんな面倒くさそうな、か、顔をしているのかな? お……お金、貰えるのは、ありがたいんだよ?』
「たしかに国が私に報奨を与えると早々に決定したことで、良いこともあります。私の軽率とも言える行動――。海賊パーランドの正体を不用意に暴き、暴れさせてしまった私を責める者は、少なくとも表向きは皆無でしたからね」
『え……?』
「どうしたのです?」
こてんと、首を横に倒し。
バアルゼブブが言う。
『……あ、あいつらは……レ、レイドに、た、助けられたんだよね? も、もとから、責められないんじゃ?』
醜い負の感情を楽しむ能力を持っているバアルゼブブであるが、その芯や根は純粋。
そういった人間の心や駆け引きには疎いのだろう。
三女神の中で一番、心が幼いのだ。
バアルゼブブの髪を撫で、私は諭すように言う。
「――とりあえず難癖をつけて、使えそうな相手を利用する口実を見つけようとする。そのような人間は多く存在するでしょうね」
『そ、そうかな?』
「仮に私が相手の立場ならば、難癖をつけていたので間違いないでしょう」
静かで大人びた声が私の口から紡がれていた。
言い切る私に、バアルゼブブが頷き。
『お、お金を渡すことを口実に、じ、時間を稼いで。レ、レイドをこの国に留めておくつもりなのかも――?』
「十中八九そうでしょうね」
実際、豪商貴婦人ヴィルヘルムも報酬の支払いを後日にと念を押してきた。
まとまった金額を渡したいが、取り寄せるのに時間がかかるとの理由だったが――。
まあ、国の上層部と思惑は一緒だろう。
真偽は関係者に聞くのが一番か。
私は外の扉にある気配。
ずっとこちらを護衛しているパリス=シュヴァインヘルトに届くよう、増幅させた魔力で声をかける。
「いつまでそうして見張っているおつもりで?」
「見張っているのではなく、護衛だ。賢者殿」
「それを見張りというのでしょう。だいたい、マルキシコスの大陸にいたあなたが何故ここにいるのです。どうして私につき纏っているのか、そろそろ事情を聞かせていただいても?」
「貴殿もこちらに聞きたいことがあるだろう。中に入っても?」
「ええ、構いませんよ――ただ、一つだけ大事な警告があります」
「警告?」
オウム返しに、私は免責事項とばかりに苦笑をし。
「私の連れは私でも制御できない存在。仮に、あなたが彼女たちの機嫌を損ねてしまい危害が及んだとしても、私は責任を取りません。クリームヘイトの王を海に沈めた女神を見たあなたならば、言いたいことは分かっていただけるかと。それでもよろしければどうぞ」
「承知した――」
入室の気配を感じたのだろう。
人見知りのバアルゼブブが、ザァァァァっと蟲の霧となり。
部屋の四隅に消えていく。
◇◆
入室した男は周囲を見渡し、気配を探っているのだろう。
残念ながらギルドマスターたるこのパリス=シュヴァインヘルトでは、四隅から眺めるバアルゼブブの気配を察知するどころか、目線すら感じることができないようだ。
長い耳を動かし、精悍な顔を崩さず言う。
「貴殿以外には誰もいないようだが――」
「彼女は人見知りなので……姿が見えていないだけで、ちゃんといますよ」
「そう、なのか。挨拶をした方がいいのだろうか」
私の瞳には部屋の隅で、レイドを虐めたら殺す。レイドを虐めたら殺す。とぶつぶつぶつ。
前脚を口の前で何度も回転させ、呪詛を唱える黒蠅の群れが見えているのだが。
思わず苦笑してしまった私は男に椅子に座るように促し、紅茶を召喚。
「いえ、彼女たちのスイッチがどこにあるか分かりませんからね、下手な行動をすると私が止める間もなく……ということもあります」
「そうか、ならばいいが――」
「どうぞおかけください」
「折角だが、遠慮しておこう――シュヴァインヘルト領のエルフには尊き血筋のエルフを前にして先に座ることができないという、厳格な規則があるのでな」
なにか、面倒な事を言い出したが――ますます面倒は続くようで。
無精髭のエルフ。
ギルドマスター、パリス=シュヴァインヘルトは促された椅子には座らず、私の前で跪き、スゥっと騎士のような構え。
恭しく頭を下げる。
それはどこからどう見ても、皇室や王家に向ける忠義の姿勢。
「賢者殿。いや、レイド=アントロワイズ殿下」
「殿下?」
「ああ。貴殿はおそらく名前を言ってはいけない”あの方”の忘れ形見。およそ二百年前、マルキシコス大陸に追放された、我らが――」
「少しお待ちください。聞かない方がいいような気がしてきました」
これはおそらく処刑されたという私の母。
銀髪女性に纏わる話なのだろう。
午後三時の女神により私がどこかの銀髪エルフの女王、それも世界や祖国を呪った女の息子だとの情報は入っていたが。
もし本当だとしたら私は廃嫡された女王の息子、エルフ王家の血筋を有しているという事になる。
ようするに、今回も後継者争いや王位継承権やら。
そういうきな臭い話に巻き込まれているという事だ。
私は露骨に面倒だと顔に出し。
「人違いということにできませんか?」
「可能ならば、どうか本人であると名乗り出てくれることを願っている」
「と言われましても、母は二百年前にあなた達……かどうかは分かりませんが、ともあれ白銀女王が祖国から追放された時点で縁は切れているのでしょう? 今更私がその女王の息子ですと名乗り出ても、混乱を招くだけでしょう。面倒以前の問題として、誰もその状況を望まないのでは?」
エルフは長寿だが二百年という間隔が、つい最近という事は無いだろう。
普通ならば追放された女王の息子など厄介者。
掘り起こしてはいけない、騒動の種そのものに思える。
だが、パリス=シュヴァインヘルトは声を荒らげて反応していた。
「貴殿は白銀女王の事を知っておられるのか!?」
「ええ……なるほど。午後三時の女神が語っていた時には既にあなたがたは避難していたのですか。知っていたというよりも、つい先日、女神から聞かされたというだけです。それもそういう女王がいたという事だけを知っているだけです」
「白銀女王がどうなったのかは」
「詳しくは知りません。ただ私の記憶にあるのは、首を吊られ処刑された銀髪の母の死体だけ。その胎から産み落とされ、私はこの世界に生を受けました。母は銀髪だった、それだけは確かですよ」
思えば、私を拾った孤児院や、母を処刑した誰かは母がエルフだとは知らなかったのだろう。
追放された時にエルフの特徴が消えたのか、それとも、エルフであると周囲に分かると非道な目に遭うと知っていて、人間に化けていたのかは分からないが。
ともあれ、目の前の男は母が処刑されたと聞き、僅かに唇を震わせていた。
「そうか……すまない、嫌な事を思い出させてしまったようだね」
「構いませんよ、申し訳ないですが――処刑場で生まれた私に産みの母への思慕はありませんので」
「そうか……」
白銀女王の処刑の話は男にとっては衝撃だったのだろう。
覚悟はしていたが、実際にその話を聞き動揺を必死に抑えている様子だ。
「僕たちの里、集落……我等シュヴァインヘルト領に戻ってきて欲しいとまでは言えない。だが、どうか我らエルフを助けていただくことはできないだろうか」
「エルフを助ける? 話が見えませんね、それは海賊パーランドのような誘拐事件を無くしたいと?」
それもあるのだろうが、エルフの男は似合わぬ無精髭の顔を横に振り。
重々しく口を開き。
言った。
「処刑されたというのなら……あれはおそらく本物。彼女、なのだろう。あの方の……あなたの母君の呪いがエルフのみならず、全てを蝕む大厄災となって顕現しておられるのです」
と。
状況は見えた。
午後三時の女神が言っていた通り、白銀女王は自分を裏切った全てのモノを呪ったのだろう。
それが亡霊や怨霊や、あるいは魔神や邪神となり暴れているという事か。
「そもそも私の母とその白銀女王が同一人物とは」
「いや、あの方と君はよく似ている……おそらくは、間違いない――」
「そうですか」
「ああ……本当に、あの日々を思い出してしまう程に、怖いくらいにそっくりだよ――」
男は私に向かい腕を伸ばしかけていた。
口も半開きで、瞳はまるで探し続けていた生き別れの息子を見つけたような、親の表情にさえ見える。
むろん、彼はエルフなので父親ではないと確定しているが。
既にパリス=シュヴァインヘルトは私の魔王の空気に呑みこまれている様子もある。
白銀女王への後悔や、想い。
そして他者を狂わせる私の性質が合わさると、寡黙そうな男にこんな顔までさせてしまうのだろう。
少し突き放した方が本人のためだろう、と。
私の口からは否定の言葉が漏れていた。
「非常に辛らつな言い方で申し訳ないのですが――言葉を詰まらせ私の顔に母の面影を追う程に思いがあるのでしたら、どうして追放を許したのですか?」
「ああ、本当に……どうしてだろうね」
「はっきりと申し上げますと、迷惑なのですが」
「はは、彼女もそうやって――よく僕の顔を睨んで怒っていたよ」
男は正気だが、正気ではない。
その瞳も思いも、過去へと向かって囚われている。
疲れた男の吐息は様々な意味で重かったが、どうやら私を連れ帰ることを諦めるつもりはないようだ。
完全に、白銀女王の息子と思われる私の存在に依存し始めているのだ。
やはり面倒ごと。
だが正直、エルフの自業自得だろうと。
おそらく私はとても冷めた表情をしていた筈だ。