第58話 人類最強
勇者ガノッサに匹敵する男、海賊パーランドが決めたのは逃走。
男は外道だった。
ならば次の行動も読めている。
瞳を閉じながら周囲を把握。
私は全員に聞こえる声で、告げていた。
「皆さん、ヤツは人質を取り逃げるつもりです。ですが、どうか動かずその場でお待ちいただきたい」
「ですが!」
「豪商ヴィルヘルム殿、動くのは勝手ですが――動いた場合の責任は取りませんのであしからず。それでは、敗走するハイエナ狩りと行きましょう」
やろうとしている事を指摘されても、他に道はないのだろう。
「てめえらはそのまま泳いで逃げな! エルフは今度回収すりゃあいい! 泣くなっ! こっちの大事な商品を奪われる気持ちは分かるが、こいつはやべえ、まじでやべえ。だが、オレ様は海賊パーランドだ! てめえらの、親分だ! オレ様を信じろ、最高の馬鹿どもがぁ!」
回復薬で快癒した海賊パーランドは、喉の奥が見えるほどの鼓舞を叫ぶ。
これは雄たけびを上げることで能力強化をする【戦意高揚】。
人質を取ろうと負傷者に向かい駆ける男の判断は早い。
だが。
私の邪杖ビィルゼブブはいつものように床を、カツンと叩き。
「領域遮断魔術:【ディメンション・スライド】」
街で生きている全ての存在の前に、ズンとした質量が生まれる。
強き者なら、目の前の次元がズラされていることに気が付いたことだろう。
それは空間干渉そのものを遮断する、絶対不可侵の空間だった。
要するに、負傷者やそれを介護する者全員の前に、破壊できない透明な壁や囲いを作り出したのである。
欠点は魔力効率の悪さ。消費する魔力量に対して、若干だが効果が薄いのである。
防御能力としては、大陸神マルキシコス相手に使った「次元遮断結界魔術:【幾星霜の贖罪を】」の下位互換なのだが。
此方の魔術はただの人間、ただのハーフエルフであっても使用できる可能性はある。
重傷者の臓物を腹に戻し、解毒と治療の魔術を発動させるギルドマスターが長い耳をピコリ。
エルフに似合わぬ無精髭の口を大きく開き。
「全員! 賢者殿が張った囲いから動くな――っ!」
「警告、助かります――なにしろ次元をズラすことによる防御魔術なので、無理に通ろうとすると、人体も一緒にズラされてしまいますからね。さてそれでは死者が出る前に、簡易的ですが治療をしておきましょう」
言って私は――魔導書を召喚。
オリジナル魔術や伝説の魔導書などではなく、この世界で使用されている汎用的な範囲回復魔術を詠唱。
私の詠唱と共に魔導書が輝き、街を大きな回復の結界で覆う。
「広域回復魔術:【範囲回復聖域】」
ディメンション・スライドの効果範囲にいる、全ての命の傷を治療してみせたのだ。
これで私が海賊パーランドの正体を指摘したせいで死者が出た、とは言えなくなる。
保身ではあるが、助けられた命が存在すればするほど、私を強く非難する者はでにくくなるだろう。
負傷者の一団を結界で覆った後の動き、私の一手一手は全て迅速だった。
人質をとれない敵は汗をダラダラと流している。
男は視線のみで隙を探るも、見つからなかったのだろう。
乾いた吐息が悪漢の唇から零れる。
「次から次へとっ、魔術師風情が……っ」
「おや? そのまま徒歩でお逃げになられてもいいのですよ?」
「それができれば苦労なんてしねえんだよ――っ!」
「はは、すみません。でもそうですね、まさかあなた方が”これほどまで”とは思っておりませんでしたので」
男は私の言葉に口角を吊り上げ。
「オレ様が強すぎて、本気を出させちまったってか?」
「いえ、その逆です」
海賊パーランドは今後、売り払ったエルフの在り処を吐かせるために生かす必要がある。
だからこそ、尋問や拷問の最中に逃亡するという恐れも僅かにある。
今後、他の人間を襲われても面倒だった。
だからこそ、私は今のうちに男に細工をしておくことにした。
騎士などの、いわゆる盾職が扱うスキルを発動。
相手を挑発していた。
「あなた――”弱い”――ですね」
シンプルだが。
突き刺さったのだろう。
「な……んだと……っ、オレ様が、弱い?」
「ああ、なるほど――善良な船長に化けている間に腕が鈍ってしまったのでしょうね」
「ああん!? ふざけるんじゃねえぞ、エルフどもの悲鳴と生き血を吸ってオレはむしろ前よりも……っ」
「さて、もう結構ですよ。あなたを本格的に拘束します。逃げるのは自由、どうか最後ぐらいは楽しませてくださいね」
言葉を遮り。
私は指を鳴らしていた。
敵を拘束する日光を増幅するべく、魔術を解き放つ。
「連結強化魔術:【繰り返すアーカーシャ】」
「また、オレ様も知らねえ魔術だと……っ!?」
今度の魔術は、術そのものを強化させる魔術。
事前に使っていた「日陽拘束魔術:【太陽呪縛】」の効果を倍増させたのだ。
陽射しが増していく。
肌がじりじりと焼けるほどの太陽は少しきついが、それでもこの陽射しの範囲全てが効果範囲なのだ。
もはや完全に逃げ場はない。
私の口は語りだす。
「あなたははじめ、私の影呪縛を打ち破りました。それはつまり、基本的な拘束魔術への備えをしていたという事です。影魔術への対策をしているのなら、おそらく耐性装備をしている筈。しかし安価で手に入る耐性装備のデメリットは耐性属性と反する属性への耐性が、逆に下がることにある。驕りましたね――あなたたちの光属性への耐性はマイナス。再び太陽から降り注ぎはじめた拘束魔術に、果たしてどこまで耐えられますか?」
念のために言っておくが。
別に影呪縛を破られたことを、いまだにネチネチと思っているわけではない。
なぜかアシュトレトは、相変わらず負けず嫌いだのう……と少し呆れているが。
ともあれだ。
私の使用した【繰り返すアーカーシャ】で強化された陽射し、太陽呪縛は海をキラキラと輝かせている。
光は、奥へ、奥へと突き進み。
海中の奥、海の底に届くほどだった。
そこに、光の全てが拘束魔術となっている状況が重なる。
海底とて、もはや安全ではない。
実際に、海賊たちの悲鳴が潮風に乗ってやってくる。
「おかしらっ」
「うごけ、うが、うぅぅ!」
「く、くるしぃ……い、いきが……」
結界を維持する力を失ったのだろう。
部下たちは既にアウト、私の日光による拘束魔術で捕縛状態。
海賊たちが浮かび上がってくる様を眺め。
「あぁああああああぁぁ! てめえは、てめえはいったいなんなんだ!」
次々と光に拘束される部下を見た影響か。
海賊パーランドに如実な変化が現れた。
それは狂戦士化状態の副作用か。
狂戦士化は高揚により能力を大幅に上昇させる、前衛系のバフとしては基本にして究極の能力。
しかし。
その弱点は明白。
一度劣勢になり、冷静さを欠くとまともな判断ができなくなってしまうのだ。
絶対に勝てる相手ならばデメリットは判断力の僅かな低下程度だが。
格上相手ならば、それは致命的なデメリット。
男は混乱していた。
「このオレが、負ける!? ありえねえ、ありえねえ! 光属性の拘束魔術なんてあるわけねえだろう! これは、フェイクだ!」
「あるわけがない?」
つい、鼻で嗤ってしまった。
「おかしいですね、あなたは全ての魔術を研究し、ないことを確認したのですか?」
「やめろっ、オレさまは、捕まりたくなんか……っ」
集団スキルの発動が解除されれば後はもう危険はない。
男の力が急激にダウン。
光は既に、男を拘束していた。
まともに戦える男ならば、既に悟ったはずだ。
これで終わり。
だからこそ、先が見えるのだろう。
男に待っているのは拷問と処刑。
光に拘束されてもなお、地を這い逃げようとする外道。
諦めの悪い男を睨み。
私の赤い瞳は強すぎる太陽の下、ゆらりと、魔力の光を纏い輝いていた。
「降伏なさい、あなたを裁くのは私ではなくこの国の司法。これ以上、面倒を起こすというのなら――私にも考えがあります」
地に伏し、私を見上げるその瞳には、どんな顔の私が見えているのだろうか?
男の瞳に反射し映る私は――。
ただ、淡々と口を動かしているだけだったが。
「な、なにを……ッ」
「あなたが今までエルフにしてきたことを、あなたの夢の中、あなたの脳の中で、あなたを殺さず永遠に繰り返させてあげることも出来るという事です。僅かな期間、ほんの一瞬。体験させてあげましょう」
「やめ……っ」
「おや、存外に良い顔をしますね」
「やめろ……! いや、誰か、こいつを止めやがれ!」
恐怖の感情が湧き出ているのか。
人のそう言った負の部分も楽しめるバアルゼブブが、うっとり。
影の中で喜んでいるが。
ともあれ私は男の鼻梁に開いた手を伸ばし。
「いったい、どれほどの事をしていたのか私は知りませんが、自分でやったことです――諦めてください」
告げて私は、狂戦士化の副作用で錯乱する男の額に魔力を注入。
魔術発動。
悪魔の所業を、男の脳裏に、リアルな映像と体感で再現。
ブレインショック――脳を揺らしてやる。
男の中で膨らむのは、自分が今までしてきたエルフへの残虐行為。
それら全てが跳ね返って、自らを襲っているのだ。
泡を拭き、男の身体は崩れ。
「ああ。あ。あ。あ。あ、あ。ああああああああああああ。あ。あ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」
壊れてしまった。
だが、私はすぐに精神汚染を解除し、地に伏す男の顎を靴で持ち上げ。
「今後、尋問には素直に答える事です。どうせ処刑になるからといって、適切ではない受け答えをしたら……先ほどの事を思い出してください。もし、嘘をついたりした場合は――その夜、同じことがあなたの夢の中で反芻されるでしょう。意味は、分かりますね?」
魔王による本気の脅しだ。
よほど効果があったのだろう。
言葉を失った男の髪からは色が抜け、白髪。
奥歯をガタガタと揺らし……。
ずるりと落ちた男の顔が上がることは、二度となかった。
海賊パーランドは拘束され、戦闘終了。
私の勝ちである。
まあ、問題はこの後――。
本来ならもう十分義理は果たしたと、転移し逃げる所なのだが。
おそらく、彼らだけではアイテム化された、商品となっていたエルフたちの治療はできない。
案の定。
隠し空間から発見された、仮死状態で詰められたエルフたちに気付いたのだろう、豪商貴婦人ヴィルヘルムが私に礼をし。
「お聞きしたいことも、感謝もたくさんあるのですが――」
「……、まあ言いたいことは分かりますよ。依頼料の御相談をさせて貰っても?」
アイテム空間で仮死状態になっているエルフたちをそのまま……。
というわけにもいかないだろうと、私は仕方なくこの場に留まった。