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第57話 魔王の弊害


 その瞬間、相手にとって太陽や光は全て敵となった。


 光に照らされた箇所全てが、拘束魔術の対象範囲。

 太陽はもちろん、松明の火も魔力の光も、刀身に反射する光でもアウト。

 だから敵である海賊パーランドは逃げて、逃げて、逃げて。

 大きく立ち回る――。

 港と船での戦闘は、広範囲での戦いとなっていた。


 砂埃を立て駆ける足は、まさに疾風。

 海賊の唸りが海面を揺らす。


「いいか、てめえら! 絶対に海から出るんじゃねえ――っ!」


 叫びながらも男は周囲に煙を発生させるアイテムを発動。


 海賊パーランドは煙幕を張り、光を避けるように闇の中。

 部下たちは光の届かぬ海の底へと泳ぎ、逃走。

 海中で結界を張り呼吸を確保、集団スキルを継続させることに全ての行動を優先させているようだ。


 一連の流れを眺め、私は言う。


「大した連携ですね。もしかして、あなた――本当に強かったりするのですか?」

「ようやく気が付いたか! だが、もう遅ぇ! 嬲り殺しにしてやるよ!」

「――おや、それは怖いですね」

「……ちっ、眉一つ動かさねえな――坊主、てめえ本物きょうしゃだな」


 私にとっては脅威に思えなくとも、周囲にはまさに畏怖の対象が暴れている状況。

 街は騒然としていた。

 実際、海賊パーランドの自信はその実力に裏付けされたモノだったのだろう。


 まともに戦えているのは私だけ。

 他のこちらのメンツは死屍累々とまでは言わないが、全滅寸前。

 パーランドが駆けるだけで、負傷者は増えていく。たった一瞬、男がすれ違っただけで、人間もエルフも次々と倒れて地に伏すのだ。


 もっとも、私の影の中ではダゴンが微笑み――権能を発動。

 針と糸で裁縫するように無を縫い合わせ、剥がれかける人間の魂を縫い。

 その生命だけは繋ぎとめているようだが。


 これはおそらく、私への配慮。

 無駄な死者を出さない私の方針を知っていて、それに従っているのだろう。

 海賊の正体を暴いたことで、この戦闘は始まったのだから――死者が出れば私の責任と言えなくもない。

 そう考えるとダゴンのサポートはありがたい。


 結果的に死者は今のところはいない。

 しかし、それも時間の問題か。


 衛兵の列を見つけると流れる動作で、一掃。

 海賊パーランドが血の海の中で吠える。


「死にたい人間は前に出な、だが……! エルフはくるんじゃねえぞ。殺しちまったら値も下がりやがるし、なにより遊んで楽しめねえからな!」


 言いながらも援軍の騎士団の横を通り過ぎ、また一撃で鎮圧。

 海賊パーランドによる無双は止まらない。

 本当に強者だったのだろう。

 ダンスと貴族の剣術を組み合わせて戦うスタイルは、見栄えもいい。

 吟遊詩人がこの戦いを眺めていたのならば、おそらく騎士団や衛兵ではなく、海賊側を詩にしたくなるのではないだろうか。


 それが悪のカリスマなのだろう。


 相手は連携の取れた、無双。

 対するこちらに並ぶのは、たった一動作で薙ぎ払われ続ける多くの重傷者。

 そんな中で無傷なのは私と女神アシュトレト。


 そもそもの誤算は、私の成長か。

 明らかに私は変わっていた。

 前よりも人間の個体識別や、力量差を把握する力が落ちているのだ。


 雑魚だと思っていたが、この男。

 ……。

 人類にとっては脅威そのもの。


 前の私ならば、この危険性にもすぐに気付いていた筈だが。

 これは――。


『ふふ、レイドよ――ようやく気付いたようだな』

『アシュトレト』

『そう怖い顔をするでない、話をしよう――少々時を止めるぞ?』


 権能か何かだろう。

 ダゴンのように顕現させた巨大時計を背後に配置し、ゴーンゴーン。

 時属性の魔術で時間経過を遅らせたアシュトレトが、空に舞い始める。


 ◇◆


 くすりと微笑み――。

 女神は師匠面で語りだす。


『よく覚えておくが良い、それが神の領域に足を踏み入れたことの弊害、強さの副作用。神殺しさえ可能となった存在の欠点というものだ。バアルゼブブから武術の指導を受けるよりも先に、妾による授業、人間の強さを推し量る術を覚えるべきであったな』


 これが魔王として成長した私の誤算。


『――アシュトレト。あなたは最初から海男コレがガノッサ並みにできる男だと気付いていたのですね』

『長くを生きておるからのぅ』


 例えばだが――高い場所に登れば登るほど、下が見えなくなる。

 地にいた時は地面を這う虫の見分けが可能だった。

 それらは目に見える範囲で、足元にいるのだから。


 けれど。

 高層マンションの屋上からだと、どうだろうか?

 ほとんどの人間が地を這う虫の見分けはおろか、目視することすらできなくなるだろう。


『高層マンションの最上階であっても、あなたならば虫を見分ける目を持っている。つまりは、私とあなたとでは、最低でもまだそれだけの差があるということですね』

『なに、焦ることなどあるまい。時間は無限にある――この世界で妾たちと遊んでいるうちに、そなたとて成長もしよう』


 否定せずに女神は上からの目線で、しかし優しく微笑んでいた。

 私の魔術の師でもあるアシュトレトにとっては、児戯の延長。

 本当に私はまだその程度の赤子なのだろう。


『一応お聞きしておきますが、仮にあのとき私が周辺の被害を一切気にせず、この男を放置し退散していた場合は――』


 瞳を細め、事実を告げる顔でアシュトレトが頷き。


『ここにいる全員が殺されて……いや、エルフだけは生け捕りにされるか。ともあれ、この街そのものが全滅していたのであろうな』

『街が? 冒険者ギルドもある筈では?』

『なんじゃ、まだ気付いておらぬのか?』

『なにがですか?』

『レイドよ、おぬし……! 眉を顰めると本当に精悍さが加味され、良きおのこポイントが増すのだな! 惚れ惚れするのう!』


 話が逸れそうになるのはいつもの事。

 抱き着き、腰を撫でようとしてくる堕落した女神の頬を押し返し。


『真面目に教えてください。魔術やこういった類の事はあなたの担当でしょう』

『おう、そうであった! 危うく、珍しく脱線するところであったが――まあ単純な話だ。レイドよ、おぬしは雑魚の力量を図る能力に関しては優秀どまり、才が足りぬようだな』

『すみません、もう少しわかりやすくお願いできますか?』


 眉間に濃いしわを追加する私に、うっとり。

 愛おしそうに私の眉間のしわをなぞり、女神アシュトレトが言う。


『海賊パーランドとかいうこの男、おそらく人類最強クラスであるぞ?』


 女神は海賊パーランドに目をやり。

 その能力を数値化してみせ。


『それが分からぬのが、そなたの欠点の証拠というわけじゃ――ただ、基準が分からなくなるのは強者にありがちな弱点、誰しもが通る道じゃ。慣れれば雑魚とて、見分けようと思えば見分けられるようにもなる。己を恥じることはないぞ』

『この程度で人類最強クラス、ですか――』

『たしかに妾やそなたにとっては、この程度。それは事実であろう。しかし――そう見下してやるでない』


 アシュトレトは神の視線で慈悲深い、地母神スマイル。


『人類とは実に儚き生き物。雑魚だからこそ群れを作り、互いに罵り殺し、時に戯れ、愛し合い、子を育みそして、老いて死ぬ。どうせいつかは死ぬというのに必死に生き、無駄に増えていく愉快な命たちじゃ。ふふ――果実に集る羽虫のようで、そこはかとなくかわいいではないか』


 強者の高みの頂点……女神としての人類への価値観はともかくだ。

 問題はこの男が人類最強クラスだということ。

 そんなものを捕らえるとなると、最強よりも強いことになってしまう。

 確実にこの後、面倒な事になる。


『そういうことは先に言って欲しかったのですが……どうせ私がこうして事件に巻き込まれ、困った顔をする事を見越し。楽しむために黙っていたのでしょう?』

『妾をよく理解しておるようで、なによりじゃ』


 零れるほどの満面の笑みである。

 私はここで皮肉をチクリ。


『こんなことならダゴンに教えを乞えばよかったですね』

『言うではないか、なれど……挑発と分かっておる挑発に引っかかるほど妾も甘くないぞよ。嫉妬して欲しかったのかえ?』


 語尾が少し変わっているので、実は少し効いているようだが。

 それはさておき。


『実際、どれくらいの力で接していいものか、少し悩みますね。多くのエルフの行方を知っているようなので、まさか壊すわけにはいかないでしょうし』

『ふむ――強いとは言うても、この男は最強クラスの中では下位の下位。常時強いというわけではなく、最強なのは一定数以上の部下を従え、集団スキルを使えるこの状況下に限定されておる』


 しかし、現状ならば人類トップクラスなのは本当だと。

 女神は悪い顔をし。


『どうせ外道な男じゃ、これを機会にどれほどの加減で戦えばいいか――実戦をもって実験すれば良い。どれほどの攻撃で骨を砕けるか、魔力を霧散できるか、一つの基準が作れよう。今後はこやつの能力を基準にすれば強弱の判定もしやすかろう?』

『……なるほど。確かに、加減を間違い粉砕してしまっても』

『誰もそなたを責めたりはしないであろうからな』


 納得し、私は周囲の悲惨な状況を眺め。


『人類最強ともなれば、これだけの無双ができる。あれほどに気丈だった豪商ヴィルヘルムが怯んだ理由も理解できました。本来だったら無双する側だったエルフの貴婦人であっても、条件付きとはいえ勇者クラスを相手にするには力不足だったということですね』


 ようするに、私の計算ミスなのでその後始末はするべきか。

 女神が言う。


『あっさり倒してしまったら厄介ごとになるであろうな』

『あなたはそうさせたいのでしょう?』

『さて――どうであろうか』

『あなたがこういう行動をとることには意味がある筈。カルバニアの地にて姉ポーラと私を再会させたように、これにもあなたの思惑が含まれていると、私は予想します。何を企み、どこに導こうとしているのです?』


 それにアシュトレトは答えず。


『雑魚だからと。手早く倒すも良し。戦闘を長引かせ、なんとか討ち取ったことにするも良し――苦戦するフリというのも勉強の一つであろうからな。これはそなたの物語。選ぶのはそなたじゃ』

『いえ――緊急治療を必要とする者もいますので、早期に決着をつけますよ』


 負傷した者達に目をやりほぼ即答した私の頬を、うにゅー。

 悪戯顔でつっつき、アシュトレトが揶揄の声。


『賢者殿はお優しいのだな。人間の命を優先するか。それもまた選択、妾は汝の全てを肯定しようぞ』

『……恩を売りたいだけですよ』

『ふふふふふ、素直ではない点も妾の夫の美徳じゃな。まあ良い、ほれ、そろそろ時間経過を元に戻すので、構えよ――』


 答えに満足したのか、アシュトレトは時間を元に戻し。

 地上に降りて、ただの連れだとばかりに澄まし顔。

 時の流れは通常速度へと帰還していた。


 ◇◆


 豪商ヴィルヘルムも、ギルドマスターたるパリス=シュヴァインヘルトも負傷者の介抱。

 緊急で回復魔術を詠唱している。

 敵を前にし不用意だ、けれど、緊急に回復しないと命を保てないほどの重症なのだろう。


 息も絶え絶えな人間の衛兵を腕に抱き、回復薬の瓶を開けながら、エルフのギルドマスターが叫びに近い声を上げる。


「あとで依頼料を支払う! 僕たちが負傷者の命を保っているうちに、すまないが――頼む!」

「分かっていますよ――」


 私の光属性の拘束魔術に思うところがあったのだろう。

 豪商貴婦人が、周囲を見渡し。

 海賊を追い戒めようとする太陽光を見上げて言う。


「太陽による……広範囲呪縛。まさか、光属性の拘束魔術が存在するなんて……」


 邪杖ビィルゼブブで太陽光を操り私が言う。


「拘束系の魔術は闇や影、土や風といった属性が主流なのでしょうが、それはただイメージしやすいというだけの理由。別に属性にこだわる必要などない、結果が同じならばいいのですから――拘束するという結果を導き出す魔術を組めば、同じことですよ」

「それが、あなたにはできるというのですか?」

「まあ、これでもカルバニアでは本当に賢者と言われておりますからね」


 なぜか全てを理解したような顔で。

 後方彼氏面のギルドマスター、パリス=シュヴァインヘルトとやらが満足そうに頷いているが。


 ともあれ。

 光属性による拘束も理論上は不可能ではないのだ。

 影を縛るとは逆、光で縛る魔術なので回避は極めて困難。

 影を縛る魔術ならば影を踏ませない、影を掴ませなければいいだけ。しかし、光から逃げることなど普通はできない。


 実際に海賊パーランドは焦りの中で舞っている。


 だが。

 腐っても有名人なのだろう。

 連続バックステップで太陽の陽射しを避けるパーランドを追う日光が、徐々に消失。

 暗闇へとかき消されていく。


 海賊パーランドが手のひらにわざと自傷させた傷。

 魔力を込めた血飛沫で、周囲に血と闇属性のモヤを発生させているのである。

 騎士団や衛兵の横を意図的に通り過ぎたのは、このためか。

 彼らの血も利用しているのだろう。


「ぬかったな、賢者ぁ! 光さえ届かなければ――どうってこともねえわけだ!」


 そのまま海賊パーランドが亜空間……おそらくアイテム保存空間に手をつき入れ。

 龍の彫像の手に掴まれた宝玉を抜き出し、床に投げつけ破壊。

 破壊された宝玉から溢れた煙が天へと昇り、天候を暗雲へと変更させていた。


 怪我人の治療をしている豪商ヴィルヘルムが、天を見上げ。


「まずい……それは【雷鳴のオーブ】、天候を変更させるアイテムよ!」


 この大陸の人間はアイテムを使う事に長けているのか。

 敵も味方も道具をよく使用するようだ。


「はは! よく知ってたなババア! 太陽光を消しちまえば、そんな魔術――消えちまうだろう!」

「太陽の陽射しを物理的に、強引にかき消す、ですか――まあ対処法としては間違ってはいないのでしょうね。ですが――好都合。実験に付き合っていただきますよ」


 顕現させた魔導書を手に乗せ。

 私はほぼ無詠唱で魔術名を宣言。


「天候操作海洋魔術:【過ぎ去りし嵐】」


 魔導書から発生した海竜の唸りが、天へと伸びて暗雲を破壊。

 再び、雲一つない空に天候が強制変更される。

 むろん、クリームヘイト王国の次期女王から入手した報酬、海洋魔術の実験である。


 エルフの護衛騎士が思わずと言った様子で、ぼそりと呟く。


「まさか天候操作魔術……っ」

「正解です。これはクリームヘイト王国で開発された魔術なので、私の魔術というわけでもないのですがね」


 魔導書を収納しながら、謙虚に私は告げていた。


 太陽光が再び拘束魔術になり、海賊パーランドを戒めようと伸びるが。

 その隙に、男はしなやかなステップで躍り出て。

 一気に私との距離を詰める。


 既に接近戦の間合い。


「戦闘中によそ見してるんじゃねえぞ――賢者ぁ!」


 相手が操る偃月刀の刀身が、私の銀髪と赤い瞳を反射している。

 並の魔術師ならばここで敗北だっただろう。

 むろん、私はおそらくもはや並ではない。


 体術や剣技も嗜んでいるので、無駄。

 人間の動き程度では捌くことも容易だった。

 私は邪杖ビィルゼブブを宙に浮かべ、徒手空拳の構え。


「終わりだ――!」


 素の状態でも問題ないのだが、魔力を込めたフリをした指先を――。

 すぅ……。

 偃月刀を一本の指で弾いて、止めていた。


「なに……っ!?」

「魔力を一点に集中させれば、達人の刃ですら防げる。結界の応用ですよ」


 魔術師に、それも指一本で必殺の一撃を受け止められるのは、計算外。

 さすがに想定の範囲外だったのだろう。

 けれど海賊パーランドはすぐさまに、踊るような動きで剣の舞。


 四方八方からの乱舞。

 城壁さえそのまま切り刻むほどの威力の、突剣の乱打であるが。

 全ては私の指先一つで、無効化。

 露骨につまらないといった様子の息を漏らし、私は告げる。


「つまらないですね、海賊パーランドさん、でしたか」

「なんだと!?」

「あなたは弱者を狩ることに特化しすぎているのでしょう。どうやら噂ほどの人物ではなかったようで、失望しました。明らかに実力不足。それでは勇者クラスとは言えませんね」


 告げて私はバアルゼブブから習得した、暗殺武道の構え。

 ロスの短い掌底で相手の顎を攻撃。

 失神を狙い、更に首の骨を損傷させるべく、相手の首を掴むが――。


 これでも人類最強クラス。

 手加減込みとはいえ、私の攻撃を魔力発動で振り払い。

 ギリリとこちらを眼光で睨みつける。


「武術!? てめぇ、武道家系の魔術師か!?」


 こちらが接近戦も得意と判断したのか。

 海賊パーランドは再びの連続バックステップ。

 だが私はバックステップに追走していた。


「バカな、オレより――速い!?」

「逃げられるのが一番困りますし、犠牲者を増やされるのも心が痛む。だから、破壊させて貰いますよ」


 男の刀身に指を当て。

 魔術名を捏造。


「装備破壊魔術:【武器破壊ウェポンブレイク】」


 私が触れていた部分――偃月刀の刀身が自動的に暴れだし、しなって揺れ。

 ジギギギギィィッィィィィン!

 男の装備していた刀身は、破壊されていた。


「な……!?」


 割れた破片には、男の本気の狼狽と焦り顔が映っている。


 この偃月刀は魔力と魔術により装備強化が施された名刀。

 強度強化が無数に刻まれた装備だったのだろう。

 折れるとは思っていないものが折れた、その衝撃は大きいらしい。


 動揺の中で揺らぐ強者の顔は、嗜虐心をそそられるが。

 私には相手を嬲る趣味はない。

 そのまま男の顔が、苦痛に歪む。


「さて、耐久度のチェックをさせてください」


 手加減をした私の蹴りが、男の胸板に突き刺さっていたのだ。


 吹き飛ばされた男の肉体が床を削り、港の壁にその半身がめり込み突き刺さる。

 まるで漫画やアニメのように、男の身体はレンガの壁に叩きつけられていたのだ。

 だが致命傷ではない。

 加減しすぎてしまったようである。


 血まみれの身体を振るい、壁から抜け出し。

 男が折れた奥歯を、ぷっと吐き捨てる。

 肋骨を折られ肺に突き刺さった反動だろう、口の端から滴っていたのは黒色の血だった。


 海賊パーランドは回復薬を口にし、ぎろり。


「装備、破壊魔術……っ、てめえ、錬金術も使えるのか――っ」


 答えは否。


 ただ指先から発生させた超音波で、揺らしただけ。

 相手の偃月刀に合わせた周期……一定の周波数で振動を与え、限界を超えた”しなり”を誘発して割っただけなのだが。

 それを魔術として偽装したのである。


「てめえら――聞こえてるな。全力で、逃げる。いいな」


 それは部下への低い唸りの号令。

 偃月刀を破壊された海賊は、自分の置かれている立場を理解したようだった。

 自分が狩られる側。

 私の方が強いとようやく、自覚したのだろう。

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