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第50話 魔王と大陸神


 周囲は騒然としていた。

 神殺しの宣言に動揺したのだろう。

 最も、一番動揺していたのは大陸神マルキシコス本人の筈。


『な……っ!? きさま! 何を言っているのか理解しているのか!』

「ええ、当然です。考えもなくこのような事を発言したわけではありません。まずはあなたを確実に仕留めるための空間を、用意しましょう」


 無情なる空間を構築するべく、私はいつものように石突で床を叩き。

 周囲の空間を支配。


「次元遮断結界魔術:【幾星霜の贖罪を(ラ・ミゼラブル)】!」


 宣言と共に魔術は次元を遮断した。

 私と大陸神マルキシコスだけが次元から分断され、闘技場にも似た空間に隔離されていたのだ。

 中は外から覗ける、人間も海竜も隔離空間を眺める中。

 そこにあったのは人類や魔物だけではない気配。


 何処から寄ってきたのか。

 他の大陸を加護する大陸神や、魔王アナスターシャの亡霊に大きくデバフをかけられた幼女の女神。

 扇や仮面で顔を隠す、まだ見ぬ女神の姿もそこに在ったのだ。

 彼らは魔王たる私とマルキシコスを眺めていた。

 観戦するつもりなのだろう。


 私が言う。


「どうやら他の神々はあなたと私の戦いに興味があるようだ。これは引けなくなりましたね」

『ええーい! 何をしておる同胞かみがみよ、そして創造神たる女神たちよ! ここでこの男を討たねばならぬだろう! 我に力を貸せ!』


 叫びに返事はない。

 ただひそひそ、クスクスと孤立するマルキシコスを嘲笑する声が響くのみ。

 マルキシコスは神の中でも小者か、或いは嫌われている存在だったのだろう。

 私も嫌われる性質があるだけに、多少の同情もしたくなってきたが。


 幼女の女神が、ふふっと微笑み。


『あらマルキシコス! これはあなたが蒔いた種でもあるのでしょう!?』

『午後三時の女神よ、汝とてこの男の使役魔王に呪われておるではないか! ここは一致団結し――』

『冗談じゃないわ! そんな怖い事するわけないでしょう! それに、あなたねえ! 勝手にあたしの名前をバラさないで頂戴! もう! デリカシーがないのだから!』

『汝らは、なぜわからぬ! なぜ動かぬ! なぜ、笑いながら見ておる! これは安定していた我ら神の均衡を崩す、世界に対する反逆であろう!』


 観戦だけに留まる神々に苛立つマルキシコスに、午後三時の女神が言う。


『分からないの? だからあなたは駄目なのよ、マルキシコス。みーんな、均衡が崩れるのが楽しいのよ? 退屈だった世界が変わるんですもの、あなたみたいにちょっと人間より強いからって、偉そうにしているだけの神様以外は、みんな、そろそろ新しい遊びが欲しいって事よ』

『均衡を崩したいならこそ! 我に力を貸せ、女神よ!』

『もう! あのねえ、どうしてわからないの? あなたはつまらないのマルキシコス。だいたい、もとを正せばあなたのせい! あなたがちゃんと大陸を管理していないからこうなったのだから!』

『なに!?』


 幼女たる午後三時の女神は、はふっと、膨らませた頬から息を吐き。


『あなたが管理していなかったせいで、そこの大陸に他の大陸からのエルフが紛れ込んだ。そのエルフは綺麗な銀髪の女王様だったわ、追放されちゃったらしいけれど。エルフは自分の大陸神の名の下で亡命を求めた、大陸神ならば、自分が追放されたとはいえエルフの女王だと分かってくれると思ったのね。保護して貰えるとでも思ったのかしら。けれどあなたは二百年前、その声を無視した。聞こえなかったのか、サボっていたのかは知らないけれど――ともあれエルフの女王様は奴隷へと身を落とされた』


 幼女は童話を綴るように語る。


『エルフの女王様は自分を追放した故郷を恨んだのでしょうね。そして助けを求めたのに無視をしたあなたを恨んだのでしょうね。だから呪いながら、自らの胎に最も邪悪な赤子を宿すことにした。きっと、色々な魂を取り込んで、最も大きな魔力を持つ神でも作ろうとしたんじゃないかしら? 結果的に彼女はあなたを呪いながら、処刑された。きっと、あの最悪な三女神もその呪いを感じ取って、降臨したんじゃないかしら。ああ、自分達の駒はこの子にしようって。細かいところは違うかもしれないけれど、大筋はたぶんあってるわ』


 女神たちが私を眺める中。

 幼女の姿の午後三時の女神が神託を告げる。


『処刑された白銀エルフの女王、その胎からこの世界に生み落とされたのが――そこの生意気な賢者。エルフの奴隷女王の息子にして、アントロワイズ家に拾われた神童。レイド=アントロワイズってわけよ。分かって貰えた?』


 ニヒっと幼女の女神は邪悪に嗤い。


『ようするに、怠慢なあなたに呪いが返ってきたって事なのよ』


 私の出自の秘密があっているかどうかは分からない。

 けれどこれが嘘をつかぬ神託であるとは判断できる。

 少なくとも魔王アナスターシャを使っていた幼女の女神が、そう信じているという事だけは事実なのだ。


 大陸神が厄介なことを……と嘆く中。

 蠢く女神たちの影はニヤニヤニヤ。嗚呼、おもしろい、おもしろいと不気味に揺らぐ。

 ただその話が事実なら、これはマルキシコスの自業自得。


 助けようとする者など、いないと理解したのだろう。

 狼狽の中にあるマルキシコスが裂けるほどに口を開き。

 今度は私に吠えていた。


『我を滅ぼせばこの大陸から祝福、魔術が消えるのだぞ!』

「ご安心ください、既に神に頼らぬ魔術の発現は実証済み。魔術の付与を盾に今まで好き放題やっていたようですが、それも終わり。神の時代も終わりという事です」

『そのようなことができるはずがっ』

「言ったでしょう、既に実践済みだと。それでは始めましょう――ギャラリーもこのままでは退屈してしまいます」


 まだなにやら叫んでいるが構わず、私は杖を片手に駆けていた。

 追走するように私の周囲に顕現したのは、三冊の魔導書。

 それは私の意志で動く攻撃手段。

 ある程度は敵を自動追尾し、神を屠る神殺しの魔術を詠唱し続ける魔術攻撃砲台となっている。


 私が本気だと察したのだろう。

 マルキシコスは髪を逆立て、四つの腕に燃える【火星マールスの剣】を装備。

 狼のような覇気を纏い、覚悟を決めて慟哭を上げる。


『たかだか二百年程度しか生きておらぬ新参者が、調子に乗るでないわ――!』


 惑星の如き輝きが、私を一刀両断しようと四筋。

 閃光が走る。

 けれど、私はそれら全ての斬撃を躱していた。


『――な……っ!?』

「魔術師が剣士の攻撃を避けられるのは不思議ですか?」


 必殺の四刀を回避され顔を引きつらせるマルキシコス。

 その眼前にわざと瞬間転移し。

 その貌と動揺を覗き込みながら、私は神の顎を掴んでいた。


「魔術師相手ならば白兵戦を狙ってくるのが道理。その弱点を補わぬ魔術師はいない。魔術師とは時に剣士よりも白兵戦の訓練を欠かさぬ職業なのですよ。神という座に甘え、長年鍛錬をしてこなかったあなたには理解できないでしょうがね。残念です、あなたは剣の技量でも私に負けているようだ」


 言って私は邪杖ビィルゼブブを刀状の剣に変換。

 神の腕、その背後の一本を細切れに刻んでいた。


『ぐわぁああああああああああああぁぁぁぁ! きさまあぁぁぁぁ! 我の、腕を、我の腕を!』

「どうせその身は分霊なのでしょう? 本体ではないのです、痛みなど大したことはない筈。あなたはよほど神の座に溺れ過ぎていたのでしょう。断定はしませんが、きっと、他の大陸神も呆れているのでは?」


 残り三本の腕で切りかかってくる斬撃を全て、邪刀ビィルゼブブでいなし。

 その胴体に蹴撃を加えた反動を利用。

 私は距離を取ってみせていた。


 同時に。

 魔導書による自動追尾攻撃を再開。


 その隙に私は燃える神の剣を眺めていた。

 マルキシコスの細切れにした腕から簒奪さんだつした相手の武器を、鑑定していたのだ。


「火星の力を受けた剣ですか、マルキシコス……あなたの起源はギリシャ神話のアレス神であり、ローマ神話における剣神マルスといったところですか。なるほど、女神たちはAI画像のようにこの世界を作りだしたと言っていましたが、あなたたち大陸神は私たちの世界にあった伝承にある神々を適当に合わせ、混ぜ合わせた神という名のコピー魔物といった存在なのでしょうね」

『神の存在を愚弄するか!?』

「いいえ、神そのものは否定しませんよ。けれどあなたがたは所詮、ただ強力で、人々に魔術を授ける能力を有した強大な魔物の一体。【神】という種族の魔物なのだと私は判断します」


 戦いは続いていた。

 神々は余興を楽しむように観戦しているが、人間や海竜たちにとっては未知の領域での聖戦。

 戦いの片鱗を覗くことすら、ある程度のレベルが必要なようだった。

 事態が把握できないのだろう。

 海竜王が同じく動揺する人間たちに目を向け――王冠と外套を輝かせる。


『神々の降臨に、神と賢者の戦い――これはいったい、どうなっておるのだ!?』

『分かりませんわ、お父様……』


 答える王妃にショーカ姫を支えるピスタチオ姫が言う。


「とにかく――! 民の避難を! 賢者様は本気で神殺しをなさるおつもりです――!」

「神殺しだと!? あやつはいったい何を考えておるのだ!? こ、これはマルキシコス様に味方をし、あの賢者を滅ぼすべきなのではあるまいか!?」


 無能な王の言葉を叱責したのはギルドマスターだった。


「暗愚よ、きさまは! まだそんなことを言っているのか! あれほどの戦い、レベルが違うなどという言葉すらも届かぬ領域。実力差が見えぬのか!?」

「実力差だと!?」

「戦えぬだけに飽き足らず邪魔をする無能ならば黙っていろ!」


 吠えたギルドマスターがこの場にいる全員に精神耐性向上バフをかけ、神からの重圧を解除。

 話の通じる騎士団長や海竜王に言う。


「これは神話クラスの領域の戦い、巻き込まれたらひとたまりもない! 騎士団長よ、急ぎ城からの全員の避難を! 海竜王陛下よ、全ての事情は後程。いま、あなたの家臣たちは全員がこの城を目指し進軍しております、その命令の解除を」

『よ、よかろう――それで良いな?』

『お父様のお怒りが治まっているのでしたら――』


 王妃も頷き。

 彼らが行動しようとした矢先だった。

 ざぁぁぁぁぁぁっと潮騒の音が、彼らの耳と脳を揺さぶっただろう。

 周囲に海フィールドが広がり、城は一種の船へと変化している。

 海を司る属性をもつ聖職者姿の世にも美しく、世にも歪なソレは顕現していたのだ。


 明け方の女神ダゴンである。


 三女神はやはり女神たちの中でも一線を画す存在なのだろう。

 観戦していた女神たちが、ぞっとその身を引き始めている。

 ダゴンは女神たちを一瞥し、ふふと微笑んだ後。

 人間たちに目を移し。


『うふふふふふ、初めまして人間の皆様。そして、海竜王陛下。わたくしはレイド様の忠実なるしもべ、あなた方を死なせてしまうのは旦那様の望むところではありません。ですので、あなたがたをお助けします』


 その微笑みの中に底知れぬ畏怖を覚えたのは、四人だったようだ。

 騎士団長とギルドマスター。

 そして海竜王とピスタチオ姫。


 畏怖を知らぬ愚王が吠える。


「賢者のしもべだと!? そうだ、こやつを捕らえれば!」

「お父様!? 駄目!」

「止めるなピスタチオ、余は、余は! この国のためにこうするしかない! そう、これは国のためなのだ!」


 違う。

 クリームヘイトの王はただ自己保身のために私を消したいだけ。

 だからだろう。


『まあ……どうしましょう。煩いオキアミが紛れ込んでいらっしゃるのですね』

「相手は女一人! 騎士団長! やれぇぇぇぇえ!」

「陛下、お下がりくださいっ、本当に……これは、いえ、この方は、そのようなっ、次元では……っ」


 騎士団長には女神が女神だと察するほどの力はなかったはずだ。

 しかし。

 それが絶対に敵にしてはいけないナニカだとは察したのだろう。


『構いませんのよ、騎士団長さん。あたくしも忠義に生きる殿方は嫌いではありませんもの、あなたには危害を加えたりは致しません。旦那様のご命令ならば話は別ですが』


 と――ダゴンが微笑んだ直後。

 広大な海に雫が一滴、落ちるような音がして。

 魚が跳ねた。


 ただそれだけだ。

 けれど。

 ある一定の強さを持つ者は、察したはずだ。


 騎士団長が恐る恐る振り返る。

 そこにはクリームヘイトの王陛下がいた筈だった。

 けれど、なにもなかった。


 クリームヘイトの王だったモノは、ただの肉塊となって闇の海へと消えていたのだ。

 ゴミに向ける視線すら与えることなく、ダゴンが王を一瞬で海魔のエサにしてしまったのである。


『さあ、参りましょう。お願いですからどうか、あたくしの邪魔はなさらないで下さいね。うっかり、大陸ごと海に沈めたくなってしまうかもしれませんので』


 王を失ったが。

 それでも。

 ダゴンの言葉に抗う者は誰もいない。


 人間と海竜の戦いが本格的に始まるより前。

 私による難癖に近いイレギュラー。

 大きな戦いが発生した影響で、彼らは停戦せざるを得なかった。

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