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第42話 宮廷汚染


 契約はパーティーへの出席だけだったが、翌日以降もまだ私は滞在していた。

 私という存在はやはり人を狂わせる性質があるのだろう。

 過ぎる日々と共に、徐々に宮廷内の人間関係は狂い始めていた。


 今も本来ならショーカ姫の味方であるべき王妃殿下が、私の部屋を訪ねてきてにこりと微笑み。

 私に愚痴を零し。

 私に頬を赤らめ。

 私に言ってはならない王家や公務の事情を、喉の奥から滑らせている。


「お話を聞いて下さり感謝しております、賢者様」

「いえ、国を憂う王妃殿下の志はとてもご立派。妃殿下の御苦悩や負担を和らげることができたのなら、私も幸甚こうじんの至りにございます」

「まあ! 賢者様にそう言っていただくなんて……」

「あなたのお役に立てるのなら、若輩ではありますが……このレイド。力の届く領域であれば、何でもいたしましょう」

「わたくしのために?」


 私の口は甘い蜜のような言葉を選択し続ける。


「ええ、あなたはとても思慮深い方だ。失礼ながら後妻という難しい立場でありながらも欲を出すことなく、静観をお選びになられている。殿下は皆のために、あえて心に余裕を持った態度を一貫しているのでしょう?」

「ええ! そうなのです!」

「王や民を信じ、そして娘や家臣たちを信じて動かずにいるあなたの姿は、とても美しい。皆にとっては平和の象徴となりましょう」


 それはただ無能なだけ。

 夫はおろか、政や娘に興味がないだけ。

 王妃は自分の立場さえ保てていればそれでいいと考えている。それを好意的に解釈したら、静観となる。


 既に私は気付いていた。

 ピスタチオ姫は勘違いをしている。

 自分に暗殺者を仕向けたのは義母、この王妃だと考えていたようだが、それは違う。

 この王妃にそれだけの度胸も能力もない。良くも悪くも、深窓の令嬢。箱入り娘がただ大人になっただけの、夢見がちな少女おとななのだ。


 私の口は相手が望む答えを平然と騙る。

 王妃が去ると次は騎士団長がやってきた。


「――というわけでありまして、魔物に対する警備が足りぬと我等は再三に渡り王陛下に進言しているのですが……」

「確かに、魔物の脅威は日に日に増しているのは事実です。実際、先日……といっても、半年ほど前になりますがカルバニアの地にもキマイラタイラントが出現いたしました」

「キマイラタイラントが!?」

「ええ、幸いにも勇者ガノッサ殿の力により被害が広がることはなかったのですが……。それは勇者がいたからなんとかなっただけ、並の兵士や騎士では、到底太刀打ちはできない。ならばこそ、警備……いえ、もっと言えば騎士団の戦力増強は急務といえるでしょうね」


 瞳を揺らした騎士団長が食らいつく。


「そうなのです――!」


 あまりの自分の声に驚いた様子で、咳払いをし。


「失礼しました。けれど、何度説明しても陛下にはご理解いただけていない、それが現状なのです」

「王陛下は自らでは戦わぬ身。魔物の脅威を知らぬのでしょう」

「それは……」

「口にしてはならぬ不敬でありますか?」

「ええ、我等は主君たる王に忠義を尽くす騎士。その団長たるワタシが王の深きお考えを疑うわけには……」


 私は騎士団長の瞳の奥を覗き込み。


「しかし、主たる王の狭量や狭き見地を黙って見過ごす……それは果たして忠義なのでしょうか?」

「ワタシにも部下や家族がおります故……」

「なれど、あなたが動き王のお考えを動かさねば、いずれこの地は魔物に襲われ……最悪な結末を迎えるかもしれません。それは果たして、本当の騎士道なのでしょうか? 忠義を示すために国に死ねと、あなたはそう仰るのですか?」


 騎士団長が望んでいる答えは、後押し。

 だから私はその背中と矜持を少しだけ押すだけでいい。

 そして動くためのきっかけを用意すれば完璧だ。


 私は魔術によるアイテム空間から魔物の素材を取り出し。


「これはキマイラタイラントのたてがみです」

「キマイラタイラントのレア素材!?」

「ええ、これは強力な魔物が発生している証拠となるでしょう。これを元に冒険者ギルドと相談、あちらの責任者を連れて王陛下に直訴なさってはいかがでしょうか? キマイラタイラントの出現、その脅威を中立たる冒険者ギルドならよく理解している筈。騎士団の長と、この国の冒険者ギルドの長、二つの勢力のトップの話ならば、王とて再考なさるのではないか――私はそう考えます」

「なるほど……それで、これをおいくらほどで売っていただけるのでしょうか」

「どうぞお持ちになって下さい」


 さしもの騎士団長も驚きを隠せなかったようだ。


「し、しかし……この素材は砦を築けるほどの金額となる素材。本当にお借りしてもよろしいのですか」

「どういうことでしょうか?」

「お恥ずかしい話でありますが、昨今の騎士団では横領や不正が多少発生しているのです……そういった、紛失の可能性をお考えにはならないのですか」

「騎士団長、私はあなたの騎士としての尊き心を信用しております。ですが、そうですね。ならばこの素材は寄贈、無償でお譲りいたしましょう。こちらもしばらく無償で滞在している身。少しは恩を返せますから」


 あなたにならお譲りできると、私は瞳を閉じ騎士の矜持を擽っていた。


「ですが」

「実際、これを現金化させようと思うとなかなか難しい。値段がつかないですし、あまりに大きな金額だと私も命を狙われてしまいますからね。扱いには困っていたのです。ならばこそ、こうして役に立っていただけるのなら、勇者殿に狩られたキマイラタイラントも本望でしょう」

「この御恩は必ず――」


 騎士団長は騎士道精神に満ちた顔で、頭を下げ。

 急ぎ、冒険者ギルドへと向かって退室。

 次から次へと、相談者はやってくる。

 ただ一人、私を馬鹿にしてしまったショーカ姫は別。

 そのプライドが邪魔をして相談には来られないのだろう。


「賢者殿、少し構わぬか?」

「これは王陛下――私でよろしければ、話ぐらいはお聞きしますよ」


 私が歓迎ムードで微笑むと、王は安堵した様子をみせて息を漏らす。


 王まで相談に訪ねてくるようになった今。

 国の人間関係は本当に――乱れ始めていた。

 けれど私には関係がない。

 私はその都度、彼らが望む答えを導き続けただけなのだから。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 用意された豪奢な迎賓室にて。

 様々な人々の相談を受けていた私の休憩時間。

 高い日差しが影を隠す正午。

 明るいが暗い部屋――冬の太陽を受けた部屋で寛ぐ私にピスタチオ姫が言う。


「レイドさん、あなた本当に何者なのですか?」

「言ったでしょう、ただの旅の魔術師ですよ」

「魔術、占術、政治の相談から奥様達の美容、果てはペットの犬との動物語によるお悩み解決。どう考えても普通ではありませんでしょう?」

「そういうピスタチオ姫(あなた)とて、私には常人には見えませんよ」


 ピスタチオ姫の王族としての仕事は多岐に渡っていた。

 その最たるは海洋魔術による漁業の発展。

 海を操作することによる養殖まで可能としているのは、明らかにオーバーテクノロジーである。


「ピスタチオ姫、一つ宜しいでしょうか」

「構いませんよ」

「不躾な質問で申し訳ないのですが、なぜあなたはご自身で女王になろうとはお考えにならないので? はっきりと言いますが、愚物たる妹姫より、あなたの方が向いていますよ」

「申し訳ありませんが口にはできません。けれど、……なれぬ大きな理由があるとだけは」


 姫はドントではなくキャントを告げた。


「そうですか、ならば問題ありません」

「理由をお聞きにならないので?」

「あなたが妹に遠慮をしているという理由でしたら話は別でしたが、”ならない”ではなくて”なれない”というのでしたら、正当な理由があるのでしょう。あなたの考えを否定する気もありません。これ以上は問いませんよ」

「聞いてはくださらないのですね」


 私は赤い瞳による視線だけを姫に移し。


「聞いて解決する類の問題でもないのでしょう。たとえ話を聞いたとしても私はおそらくあなたを言葉で慰める事しかできない。そしてあなたはどれほど慰められたとしても、上辺だけの慰めでしかないと知っている。ならば聞いても聞かなくとも、結果は変わらない」

「たしかに非効率……ですわね。分かっているのです、だからわたくしも人には話してはいない。魔術師というのは、どうしてこう即物的で頭が固いのでしょうね。まるで感情よりも先に計算式から生まれてきた存在のようですわ」


 少し心に踏み込み、私が言う。


「あなたの能力は逸脱している。そしてあなただけが、この国を大局的に見ている。俯瞰できている。いったい、どうしてなのでしょうね」

「わたくしは……人間ですわ」

「ええ、あなたの肉体構造は人間そのもの。鑑定結果でも人間と表示されております」


 けれど、私の魔王の瞳によるマップ表示は青。

 味方を示す色。

 ただこれは魔王の目線から見た青なのだ、つまり――。


「ピスタチオ姫、私にもあなたが王位にあまり興味のない理由を、少しは理解できております」


 正午の日差しを浴びる黄金髪の姫。

 その瞳と表情が少しだけ曇る。


「目を逸らすという事は、自覚はおありなようですね。けれど、貴女がこの国から離れれば、それはそれでこの国の終わり。間違いなくすぐに滅びますよ」

「お言葉ですが、賢者様。わたくしの海洋魔術は既に書物にまとめてあります。この魔導書を読み解ける人間が出現すればわたくしはもう用済み。逆に言えば、読み解ける人間さえでれば、わたくしは自由だという事です」

「そうですか、けれどあなたの魔導書を読み解ける人間はおそらく出現しませんよ」


 言って、私は彼女が保管している海洋魔術の魔導書を強制召喚。

 手のひらの上で、バサササササっと魔力による自動開閉をしてみせる。


「それは、わたくしの!」

「報酬は後払いという事で中は確認しておりません。けれど、読めるかどうかのチェックはさせていただきました。結論から言えば、私には読めます。私に宿る精霊の一体が、あなたの記した魔術に反応しました」

「習得できるというのですか!」

「ええ、だが普通の人間には無理ですよ」

「どういう……」

「私は特別なので閲覧可能ですが、おそらくこれを読めるのはあなたの血族。あなたこそがこの魔術の始祖。この国に海洋魔術を遺そうと思うのならば、逃げずに貴女が皆の前に立つべき。あなたが女王となりこの魔導書を子孫に語り継ぐしかないでしょう」


 連日、私はこうしてピスタチオ姫に王位を奪えと、けしかけている。

 実際に彼女でなくてはこの国は消える。

 何度計算しても、彼女がいないと滅ぶ結末にしかならないのだ。

 故にこれは多くの命を救う善行だろう。何しろ滅ぶはずの国を救うのだから。


 もちろん、多少、倫理観に欠いている自覚はあるが。

 ともあれだ。

 私によるピスタチオ姫への女王推薦の動きは目立つ。

 私の動きに気付いている者は多い。


 しばらくすれば私を邪魔に思うものが手を出してくるか、或いは、私をここから追い出すように動くだろうと予想している。

 動きを待っている状態にあるのだが。


「どうやら、来たようですね」

「何の話です?」

「ピスタチオ姫、しばし私の後ろへお下がりください」

「もしかして、暗殺者ですか!?」

「姫様にお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「え、ええ……構いませんが」

「それでは、これから私が何をしてもそれはこの国を存続させるための行動。どうか、このレイドをお信じ下さい」


 姫は頷いていた。

 既に部屋には濃い殺意。

 人を殺しても構わぬ、暗殺者特有の尖った殺気で満たされていた。

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