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第41話 過信―踊る姫君―


 宮中に相応しい音楽と夜景。

 華やかな宴で輝くのは一人の少女。

 まるで自分が主役と言わんばかりの、子リスのようにふわふわで愛らしいお姫様だった。

 この国の第二王女ショーカ=フォン=クリームヘイト姫殿下である。


 だがその行動は世界を知らない子供そのもの。

 実際、鑑定で表示される歳は十四歳。


 周囲の目にある感情は主に、二つ。

 一つは年相応の万能感に溺れる姫を、まだ子どもだからと寛容に見守る温かい視線。

 もう一つは、扱いやすい愚物を眺める冷めた目線。


 ピスタチオ姫が妹の無礼な振る舞いに声を上げようとするが、私はこっそり、詠唱妨害魔術【口封じ(シーンス)】を発動。

 本来なら物理的に口をふさぐことで、詠唱妨害をする補助魔術である。

 ショーカ姫が自尊心に満ちた独り芝居。

 演説のような自慢話を続ける前で、私は女神たちとの会話の要領で魔術メッセージを開始。


『ピスタチオ姫。あなたは軽はずみな行動を禁じられている、この程度の戯言なら構いませんよ』

『それは助かりますが。……いきなり魔術妨害はさすがにどうなのです?』

『おや、これは想定外。魔術会話が可能なのですね』

『これでも王族の魔術師なのです、宮廷魔術師から密談魔術を習いますわ』

『では、これもショーカ姫に聞かれてしまっていますかね』

『この子は、そういうものは臣下に任せておけばいいとサボっておりますの……わたくしが排斥されるのでは? という流れになってからはますます悪化していて……』

『学びの機会を自ら捨てるとは、もったいないですね』


 確かに、今のままのショーカ姫が女王になるのは無謀。

 ピスタチオ姫が苦言を呈する意味も理解ができる。


『賢者様、そろそろ口を解放していただけます?』

『――それは時期尚早。妹殿下も問題ありますが、あなたも短気なご性格です。私への引け目もあるので、ショーカ姫をたしなめる口喧嘩を開始してしまったら最後、後には引けなくなるでしょう。これはあくまでも予想ですが、以前もこういった状況で妹と口論になり、平手打ちぐらいはしていたのでは?』

『……ノーコメントにしておきますわ』


 図星のようである。

 何を言われても言い返さないピスタチオ姫に父たる王は感心しているようだが。

 胸の前で指を合わせてショーカ姫がふわふわな髪を揺らし。


「――というわけで、わたしがこの国の次期女王なのです! そうですわ! レイド様! わたしの従者になって下さらない? そうよ、それがいいわ! あなた、賢者なのでしょう!」

「お戯れを」

「魔王を滅ぼしたという噂は本当なのです? わたし! この国をもっと強い国にしたいのです! 魔術を失い代わりに戦技やスキルを伸ばしたカルバニアの地には、再び魔術が戻り始めていると聞きます。それはこのクリームヘイト王国にとっては脅威。いつ戦争が始まるか、分かりませんもの」

「だから戦力が欲しいと?」

「ええ、だってわたし、この国のためにとても考えて行動していますの!」


 少女の笑みには悪意があった。

 この国から戦争を仕掛けたいと姫は考えている様子なのだ。

 実際、カルバニアの人間に恨みを持っていた勇者ガノッサの計画では、あの国は魔物か他国に滅ぼされる算段だった。彼はこの国も王位継承権で揉めて、いつ戦争が起こってもおかしくない情勢だと知っていたのだろう。


 勢力争いで荒れた国への特効薬、それが戦争だ。

 身内で争っている場合ではないと、内部を安定させる動きを皆が取るようになり、結果的に王位の争いで起こった悲劇は有耶無耶になる。

 実権を握った後、戦争を起こしてしまえばあとはどうとでもなってしまう。


 それがショーカ姫か、その裏で姫を使っている家臣たちの考えなのだろう。

 しかしだ。

 ショーカ姫はひとつ勘違いをしている。


 例の事件により大帝国カルバニアが魔術を取り戻したのは半年ほど前。

 確かに、仮に戦争になるのなら魔術が発展する前に先制攻撃という判断は、間違ってはいない。

 影の中からダゴンが言う。


『この子……何を言っているのかしら。あの地の魔術は既に匠の領域……旦那様がお残しになられた育成指南書で、もうかなり魔術が発展している筈なのですが……』

『この姫君はそこまでの情報を入手できていないのでしょう。あちらの冒険者ギルドがうまく秘匿した結果かもしれませんが』

『あら? 冒険者ギルドとは中立の連盟なのでは?』

『中立という事は、金で動くという事ですよダゴン。もっとも、カルバニアの冒険者ギルドは金よりも自らの帝国を選んだようですが』

『良かった、旦那様の知識を裏切るような真似をしていたら、あたくし……うっかりあのギルドを滅ぼしていたことでしょう』


 影のダゴンと密談をしていた私をつつくのは、ピスタチオ姫。

 長い時間会話が途切れるのは不審に思われる、そう合図したのだろう。

 私は姫に告げていた。


「残念ですが――ショーカ姫殿下。私はあなたの従者にはなれません」

「まあ、どうしてですの!?」

「私は噂通りの存在ではないという事です――魔王を滅ぼしたと言っても復活しかけていた魔王の残滓を相手にしただけ。それも、勇者ガノッサの助力を得て成功した調伏です、私の力ではなく、主に勇者の偉大な力のおかげなのです。実力に見合わない過分な評価を受けてしまい、私も困惑しているのです」


 お役には立てないという事ですね、と。

 真実を告げる口調で私は苦笑してみせる。

 周囲の貴婦人たちは私の苦い笑みに見惚れているが――男性やまだ若いショーカ姫には効きが悪い。

 姫はリスのような愛らしさとは裏腹、露骨に口調を変え。


「まあ、では勇者様の威を借るキツネなのですか! お恥ずかしい! よくそれでこのようなパーティーに参加できましたのね」

「姫殿下!? なんという無礼なことを」


 姫の無礼を諫めるまともな家臣から声が上がったようだが。

 ショーカ姫はやはり万能感を抱いた権力者の子供の顔で。


「事実なのですからしかたないでしょう? それとも、あなた。このわたし、ショーカに逆らうというのかしら?」

「そ、そのようなことは……」

「ならば黙っていなさい。これは賢者とわたしの話なのです。ねえ、レイドさん」

「ええ、ですのでこの国の中に私を利用しようとしている者がいても、あまり意味がないとだけは先に申しておきますよ」


 ショーカ姫は愚者だが存外に扱いやすい。

 これで過度に評価された噂は多少、打ち消せるだろう。


 姫が本来ならば聞きにくい魔王討伐の話を聞いてきたおかげで、私はその功績を勇者ガノッサに押し付けることができた。

 もちろん、貴族たちや王族、騎士たちやここに招待されている冒険者ギルドの重役たちは無能ではない。私がガノッサに先の魔王退治の名誉と責任を押し付け、面倒ごとに巻き込まれないようにしていると見抜いている者はいるだろう。

 逆に言えば、彼らから逃げれば面倒ごとも避けられる。


「はぁ……このショーカがせっかく前に出て、あなたのような貴族でもない”白銀髪”の平民に媚を売って差し上げたというのに、つまらないですわ。それではこの晩餐会……? あなたのための宴ですが、このわたし、ショーカが引き継いで主役になっても、構いませんわね?」

「ええ、どうぞ。ついでにこの際です、ご自身が次期女王であると皆の前で宣言なさってはいかがですか?」

「まあ! 顔と口だけの賢者様でしたのに、見る目はおありなのですね!」


 賓客に無礼を働く姫に対する貴族の反応は、冷たい。

 あきらかに王位の品格を失っているのに、誰も諫めないのだ。

 さきほどの忠義ある臣下が最後の一人、といったところか。

 いままではピスタチオ姫が”国のため”にその都度、高圧的ではあるが叱っていたのだろうが――姉以外は、誰も姫殿下を止めようとしない。

 父である王も、母である妃さえも。


 興が削がれたと姿を消していたアシュトレトが言う。


『バカな妹姫に、無能な父王に、無関心な義母。国のために嫌われ者を演じるしかないピスタチオ姫……か。なんとも哀れな娘よのう』

『まあ王族の務めと言えますけれどね』

『ほう、レイドよ。おぬしは厳しいのう。もっとも、本当に厳しいのであったら、とっくにこの国を見限り、転移していたのであろうが』

『何をおっしゃりたいのです』

『そう睨むな――朗報だ。バアルゼブブがピスタチオ姫の警護をしておる。あの日、あの時は――アントロワイズ家を助けるべき存在と認識しておらずアレも動かなかったが、今回は違う。あやつも汚名を返上したいであろうからな、万が一ということもあり得ぬ。安心せよ』

『そうですか』

『もう許しているようであるが、成功したら褒めてやれ――妾からはそれだけだ』


 まるで家族を慈しむような声だった。

 しかし、直後にアシュトレトはふと周囲を見渡し。


『アシュトレト? どうかなさいましたか?』

『しばし、妾には重要な用がある。少し離れるが妾が恋しくなったらすぐに呼ぶが良かろう』


 告げた後――私から離れた美女の影だけが、晩餐会の食事をアイテム空間に収納し始めていた。

 ……。

 女神がパーティーの食事を真空パックにして持ち帰る場面など、見たくはなかったが……。


 ともあれだ。

 パーティーは続いている。

 ショーカ姫が次期女王になるのなら、皆は持て囃さなくてはならないのだろう。

 そしてまだ若いショーカ姫と今のうちに懇意になりたい、野心のある貴族もいるのだろう――ショーカ姫は引く手あまたでダンスの誘いを受けていた。


 ピスタチオ姫が魔術会話で私を睨み。


『いったい、どういうおつもりですの?』

『どういうもなにも、おそらくここにいる皆は貴女の価値をまるで理解していない。ならば少し灸をすえるのも余興であろうと思いまして』

『人の国で余興などしないでくださいまし……』

『しかし、あのまま痛い目を見ないまま成長なされると妹姫はおそらく、この国を本当に不幸にするでしょう。実は私も全てが上手くいっていると過信し、調子に乗っていた時期がありまして……一度、大きな失敗をした経験があるのです。鼻が折れてしまいましたが確かな成長はできました。失敗から学ぶことも帝王学となりましょう』


 私はもう一度、二人の姫に目をやった。


 まだ失敗を知らないショーカ姫は、舞台の主役。

 蝶よ花よとおだてられご満悦。

 海竜に、姉妹の争いに、無能な王。

 事態は水面下で、少しずつ動き始めている。

 

 彼らはこれから起こる混乱をまだ知らない。


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