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第40話 二人の姫殿下


 中庭には二重の結界。

 この国の第一王位継承権を有するピスタチオ姫が張った防音結界と、私が追加で展開した干渉遮断結界。

 密談の空間には私と姫だけ。


 人間の小娘とは過度にかかわる気などないのだろう。

 三女神は姿を隠していた。

 庭園の土と花の香りの中、中庭の段差に腰掛ける姫に立ったままの私は言う。


「なぜこのような見える所で泣いておられたのです?」

「ふつうは、っひく、これで、大丈夫なのですっ。わたくしの防音結界を見破りっ、泣いている声まで勝手に聞く輩などおりませんわ」

「なるほど、私が姫様の結界を勝手に見破ってしまっただけと。これは失礼しました」

「そなたは……」

「レイド。レイド=アントロワイズですよ、ピスタチオ魔導姫」


 これが英雄譚ならば、ここで涙を拭くハンカチでも差し出すのが礼儀なのだろうが。

 今彼女が欲しているのはもっと実用的なモノだろう。


「予想してみせましょう。おそらくは賢者たる私を歓迎するだろう今宵のパーティーに、参加するな、或いはなにか罰を言い渡された上に父君に叱られ。代わりに国の代表として腹違いの妹が出席することが決まった。あなたは王から余計な事をするなと厳命され、周囲の従者からも白い目で見られ、あなたは言い返したが王は正論なので、臣下たちは姫様の味方をせず。あなたは更に強がり強気な態度を貫くもさすがに非難の目に耐えられなくなり、ここで泣いていた……どうですか?」

「凄いのね、あなた。だいたいは合ってるわ」

「まあ賢者と呼ばれておりますからね」


 賢者と勝手に呼ばれているのは事実、嘘は言っていない。


「レイドさんは、どうして中庭に? まさか、わたくしをわざわざ慰めに……というわけではないですね。おそらく、面倒ごとに巻き込まれたくないので転移魔術で逃げようとした。あっていますかしら?」

「ええ、よくお分かりで」

「否定しないんだ」

「事実ですので、否定する意味もあまりないでしょう」


 肯定すると、ピスタチオ姫は少し赤くなった小鼻を啜り、ふふっと微笑み。


「おかしな人ね、あなた」

「まあ確かに、少し変わってはいるかもしれません」

「一つ聞いてもよろしいかしら?」


 少し気が落ち着いたようで、姫の声には張りと気丈さが戻っている。


「構いませんよ」

「あなたが連れていらしたあの美しい女性……何者なのです?」

「おや、気付かれていましたか」

「一人は他の方にも見えていらしたけど、他のお二人は気配があっても姿は見えませんでしたもの」

「どうやらあなたは本当に優秀な魔術師のようですね。彼女たちは一定以上のレベルのある者にしか見えない、素直にあなたを称賛しましょう。さて、彼女たちですが……まあ、私が他者より多少強いのは彼女たちのおかげ、私自身は大した力のない魔術師でしかないとだけは」


 これもウソは言っていない。

 姫の中で候補が狭まったのだろう。


「精霊といった類の契約関係にある強き者、上位存在ですのね」

「大体そのような認識でよろしいかと」

「けれど、あなた自身からも異常な魔力を感じます……大した力のない魔術師というのは嘘ですわね。あなた、本当に何者なんです?」

「何者かと言われても反応に困りますね」

「まあいいですわ。わたくしはあなたと交渉をしたいのですが、よろしくて?」

「姫様が交渉ですか?」

「ええ、今宵のパーティーにわたくしのパートナーは一人もおりませんの。当然ですわね、わたくしは頭のおかしい今は亡き王妃の娘。次代の王はわたくしではなく、妹のショーカと皆が思っておりますもの。賢者たるあなたを捕縛した罪で、わたくしはもはや後がない。ここまで言えば、お分かりですわね?」


 私は考え。


「つまり、国家転覆のプランを私に考えろと?」

「……どこをどうするとそうなるのです」

「妹に王位を取られたくない、ならば国家転覆しかないでしょう」

「わたくしはあなたに今宵のパーティーのパートナーになっていただきたいのです。それはあなたが、わたくしをお許しになったという証になりますもの。それにお言葉ですが……妹が次の王になることに不満はございませんの」

「おや、そうなのですか? 後継者争いは世の常であると思うのですが」

「妹を憎いとは思っておりませんの、ただ……まあ今のままのあの子、ショーカに女王が務まるかどうかは別問題なのですが……」


 十五歳のピスタチオ姫の妹ならば、少なくともまだ若い少女。

 年齢的な意味でも今のままでは無理というのは、分からない話でもない。


「それで、姫様はいったい何がご不満なのですか」

「パーティーとは社交場。こんなわたくしでも次代の女王にと推してくださる臣下たちもおります。彼らの目の前で象徴たるわたくしが孤独……見せしめのように独りパートナー不在で王族の席に座り、衆目に晒されるのは嫌なのです」


 それが乙女心なのだと姫は言う。


「そういうものですかね」

「ただ問題なのは、わたくしがあなたとの交渉材料を持ち合わせていないという事です」

「おや、王族でありながら交渉には対価が必要だとは認識しておられたのですね」

「当たり前でしょう。報酬無き仕事には責任が発生しない。無報酬なら途中で逃げてしまっても心も傷まないでしょうし……」

「あなたは何か勘違いをなさっておりますね、姫様」

「勘違いですか? 無報酬でも責任が発生するなんて思っていらっしゃるのかしら。あなたは聡明に見える。わたくしの妹のような、頭がお花畑の人種とは思えませんが」


 しれっと妹を下げているが。

 ともあれ。


「あなたは私に対する交渉カードを二つ持っているのですよ」

「二つ?」

「一つは海洋魔術に関して、私はとても興味を持っております。王家の書庫にも図書館にも海洋魔術などという記述は見つからなかった。つまりはあなたのオリジナル、或いはあなたの母方の祖から伝承された魔術である可能性が高い。魔術理論を教えて頂けるのなら、依頼を引き受けても構いませんよ」

「海洋魔術とはいっても……ただ海に関する状況を変化させる魔術ですわよ? たとえば、潮の満ち引きを操作したり、特定の場所に嵐を発生させたり、逆に嵐を引かせたり……海と共にあるクリームヘイト王国ならばこそ効果は絶大ですが――普通に生活するうえではあまり役には立ちませんわ」


 やはり分類は天候操作。

 だがそれだけではない。潮の満ち引きを操作するという事は言葉以上に規模の大きな魔術。重力に影響する天体を操作する魔術である可能性さえある。


「十分役に立つと思いますがね」

「そうですか、まああなたがそれでいいのならわたくしは構いませんが……もう一つは?」

「あなたは私の他に旅の吟遊詩人を捕縛したと聞きました。沿岸国家クリスランドからの旅人と記憶しておりますが、その情報を欲しています」

「それも構わないけれど……理由をお聞きしてもよろしくて?」

「あなたは私に反応し、危機を覚えて捕縛をした。ならば、おそらくその吟遊詩人は私に類似する存在だという事。実は少しだけ、そういった類の存在に心当たりがありましてね、敵か味方かもわかりませんが、情報は入手しておきたいのです」


 それはおそらく女神の駒。

 ようするに、魔王である可能性が高い。


「それではわたくしはどちらの情報もあなたに提供する。本来ならここで発つ筈だったあなたをお引き留めした件で一つ。そして、今宵のパーティーに参加していただきわたくしのパートナーとなっていただく件で二つ。等価かどうかはわかりませんが、いかがです?」


 私は頷いていた。

 そもそもこのピスタチオ姫が泣いていたのは魔王に過剰反応したせい。

 つまり、私のせいでもあるのだ。

 アシュトレトが不可視の状態で私の頬をつつき、少女に甘いのであるなと揶揄っているが無視。


「それではレイドさん。あなたを信用する証として、わたくしは先に情報を提供いたします。仮に王位の争いに巻き込まれわたくしが死んだとしても、情報を先に渡しているのならば問題ない筈。お願いだけをして報酬をお渡しできないのは、王家の沽券にかかわりますので」

「つまり、命を狙われる可能性もあると?」

「否定は致しませんわ。実際に、何度か暗殺者がわたくしに向けられたことがございましたから……」

「犯人候補は現在の王妃殿下と思って宜しいので?」

「どうして義母を?」

「よくある話ですからね――けれどあなたは否定なさらない。心当たりがおありのようだ」


 ピスタチオ姫はしばし言葉を探すように息を吐き。


「断定はしたくありませんの」

「そうですか。まああなたがたの王位継承権の争いには正直あまり興味がないのです。深く追求するつもりはありませんよ」


 王位の争いで母親が娘のライバルを狙う。

 子どもの性別こそ違うが、それはアントロワイズ家が巻き込まれたカルバニアの争いと似ている。

 まだ小さかった私はあの時、家族を守れなかったが……。


「わたくしは……身勝手なのでしょうね。本来ならあなたに頷かせる前に、その辺りの事情を伝えておくべきなのに……黙っていた。命を狙われる可能性がある事を伝えておりませんでした。けれど、わたくしはあなたに縋るしか道がない。どうぞ、ご存分にこの卑怯者をお憐み下さい」

「味方もろくにいない十五歳の子供がとった行動です。非難するつもりはありませんよ。ただ、報酬となる情報は全てが終わった後で結構ですよ」

「わたくしはあなたを信用しておりますが」

「いえ……こちらの都合と言いましょうか。先に情報を聞いてしまうと私は状況次第であなたを見捨ててしまう可能性がある。それは避けて頂きたい」


 私個人としては先に情報を貰っても問題ないのだが。

 アシュトレトはともかく――ダゴンやバアルゼブブは、もう情報を入手したのだから用済み……と、彼女を見捨てる提案をする可能性は低いながらも存在する。

 そういった部分も姫は感じ取ったのだろう。


「レイドさんは契約なさっている精霊の性質をよくご存じなのですね」

「これでも長く付き添ってくれていますからね」

「羨ましいですわ。わたくしには……ずっと、付き添って下さる方など、一人もおりませんもの」


 ここまで会話がスムーズに進んでいたのは、ピスタチオ姫も魔術師だからだろう。

 魔術師は理論や論理を重視する者が多い。


 有能が故に、孤独な姫。

 彼女ならば海竜の話を信じるだろうが――。

 言うべきかどうか、悩む間に時間は過ぎていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 黄昏が終わり夜となり、晩餐会を兼ねた立食パーティーが開催されていた。

 私はピスタチオ姫の依頼通り、彼女に付き添い社交界の正装で着飾っている。

 ピスタチオ姫をエスコートする私を眺める視線は多数。


 その中でも、一つだけ強い視線があるのだが。

 視線の主はまるでパーティーの主役だとばかりに、こちらによってきて。

 見事なカーテシーを披露してみせていた。


「初めまして、白銀の賢者様! わたしはショーカ。ショーカ=フォン=クリームヘイトでございますわ!」


 よく通る少女の声だった。

 だが年齢はピスタチオ姫とそう変わらないように見える。

 王はピスタチオの母たる妃が亡くなって間を置かずに、すぐに次の妃を娶ったのだろう。

 跡継ぎ候補が多すぎるのは問題だが、少なすぎるのも不安がある。王の判断はそう間違ってはいないのだろうが。


 周囲がざわついている。

 おそらくはショーカ姫による、姉へのけん制だと気付いているのだろう。


「これはショーカ姫。ご丁寧にどうも、しかし私はこの国の作法に詳しくないのですが……主賓への挨拶には順位というものがあるのではないでしょうか?」


 ショーカ姫は子リスのような愛嬌のある顔で上目遣い。

 にっこりと微笑み。


「ですからわたしがご挨拶に上がったのですわ! なにしろお姉さまは此度の失態で失墜、王位継承権から外される筈ですもの」


 遠くから聞こえた大きなため息は――おそらく。

 眉間のしわを抑えながらの王の嘆きだろう。

 どうやら、こちらのお嬢様も少し問題のある御令嬢のようである。


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