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第38話 後ろ盾


 私兵に囲まれた私たちが連れていかれた先は王城。

 大陸で繋がっているとはいえ、大帝国カルバニアとは国交のない地域。

 港町エイセンから三日ほど馬車で進んだ場所にある立派な城なのだが、こちらの国では街と街との転移魔術が既に完成しているのだろう。

 移送は一瞬だった。


 玉座に鎮座する威厳ある男はこの国の王だろう。

 正直、いきなり謁見となるとは想像していなかったが……。

 金髪碧眼の若くはないが老人とは言えぬ王族が、切れ長の瞳を細め。


「我らが国家を支える高貴なる貴族に忍び寄り……なにやら企んでいた怪しき男とは、この者であるか?」

「は! さようでございますわ、陛下!」


 凛とした張りのある声で答えたのはドレスで着飾った、いかにも貴族令嬢といった姿のやはり金髪碧眼の人間である。

 まだかなり若い……年齢は十五歳ぐらいだろう。

 職業はプリンセスではなく魔導姫プリセンス、魔術を扱う姫の亜種。

 どうやら陛下とおぼしき男とは血縁関係、王と姫といったところか。


 緊縛プレイであるな!

 と、下品な顔をしてこちらを眺めていた女神アシュトレトも、おとなしく腕に手枷を嵌められニコニコ顔。

 私の手にも手枷が嵌められている。


 むろん、私もアシュトレトもこんな手枷は一瞬で外せるのだが。

 そこはそれ、今回は相手の事情に合わせておとなしくしていた。

 理由は単純だ。

 これは謂われなき拘束。こちらの正当性を主張した後で、国家で保持している書物を要求する算段なのである。


 拘束されたまま、慇懃無礼を承知で私が言う。


「お初にお目にかかります、陛下。さて、これはいったいどのようなご招待なのでしょうか?」

「まあ、なんて無礼なんでしょう! 賊の分際で、あなたに発言が許されていると思って!? 分を弁えなさいこの詐欺師めが!」


 魔力による風すら発生した発言は姫様のモノである。

 隣で肩を落とし額に指を当てているのは王陛下、その顔に滲む色は疲れ。

 どうやらお嬢様がヤンチャでいらっしゃる事を憂いているようだが。


「おや、詐欺師とは人聞きの悪い。いったい私が何をしたというのでしょう?」

「お黙りなさい! 毎夜貴族の社交会に入り込んでは言葉巧みに貴金属を巻き上げ、あまつさえそれを市井で売り捌き富を得る。あなたがしていることは、国家衰退の一手、国を憂う姫たるこのピスタチオには全て分かっているのです!」


 お菓子に使われていそうな姫の名に、ぷふっとアシュトレトが笑いそうになっている。


「これは失礼しました。姫殿下は何か誤解されているご様子、弁明の機会を頂きたいのですが……いかがでしょうか、陛下」

「許す……というよりも、巻き込んでしまってすまぬな。どうもうちの娘は暴走が過ぎるというか、妄想癖があってな。こうして旅のモノを捕らえるのはこれで三度目。どうか、許して欲しい」

「心中お察しいたします」

「分かってくれるか……本当に、君のような息子だったら余の苦労も減るのだが」


 よくある姫の暴走というやつだろう。

 この世界の文献を読み漁っていると、若者向けに発行された、そういった英雄譚がいくつか確認されている。ようするに姫様はお年頃、英雄の冒険譚に憧れる時期と推測できる。

 二百年前と比べると印刷技術が進んでいるとも考えられるが。

 私は姫に向かい問いかける。


「姫殿下にお聞きしたいのですが――この国では貴族の方から招待されパーティーに出席し、貴族の方からの施しを受け、貴族の方から受けた施しを、贈り主の許可を得て正当な道具屋にて金銭に変える――、一連の行為が違法なのだとは知らなかったのです。いったい、どのような法に引っかかったのでしょう? 定められた罪状は? どうか、この野卑な私にご教授願いたいのですが」

「見苦しいぞ、言い逃れか!」

「言い逃れ?」

「そうだ! 姫たるわたくしは知っておるのだ! 貴様! カルバニア帝国からの間者であろう!」


 カルバニアとは半年前まで私が滞在していた例の帝国の名。

 どうやら何も考えずに私を捕らえたわけではないようだが。


「ああ、そういえば大帝国カルバニアとこの国は仲があまり良くなかったのですね。なるほどなるほど、それで帝国から来た私を問答無用で捕縛したと? ピスタチオ姫、それがこの国の、どの法のどの項目の、どの節の罪にかかるか、無知なる私にお教えください」

「ば、バカなのかおぬしは! そ、そのような細かいことを覚えているはずがなかろう!」

「どうも姫様はお勉強不足のようですね、陛下」


 疲れた顔を見せている王に目線を送ると、王は頷き。


「おう! 分かってくれるか旅の若者よ。ピスタチオは魔術の腕は本当に確かなのだが、どうもそれを鼻にかけてしまったようでな。母も早くに亡くし、父たる余も公務に明け暮れあまり相手をしてやれなかった。性格も正直あまり良く無くてなあ……友達は魔導書だけ。そうこうしているうちに、どうも独断と独善を拗らせてしまったようでな、王国憲章も覚えようとせぬ……」

「話を聞かぬ女性への気苦労、私もよく存じております」


 言って、私はアシュトレトをじろり。

 アシュトレトは、おぬしには言われたくないのだが……と呆れ顔である。


「お父様!」

「公の場では陛下と言えときつく言っているだろう……」

「陛下! こやつは女の敵であります! 今のうちに斬首すべきかと姫は愚考いたします!」

「お前の考えすぎだ。この方はただの旅人だろう、何か悪事を企む者ならおまえの私兵に捕まるはずもあるまい。それよりもこの騒ぎ、いったいどう収拾をつけるつもりだ」

「どうとは? わたくしは国のために動いたのでございます、たとえ、仮に、本当にごくわずかな可能性でこの者達が無実だとしても、いったい誰がこのピスタチオを責められましょうか」


 お嬢様は自信過剰なご様子である。

 だがそれを王として、看過できない事態になりつつあるのだろう。


「良い機会だ、はっきりと余の考えを告げようピスタチオよ」

「なんでしょうか」

「王としての忠告だ、おまえはいつか本当に取り返しのつかぬことをしそうだ。少し自重を覚えなさい。魔術の腕だけが世の全てではない。力あるものだけが偉い世界ならば、この地も魔物や魔王のものになってしまうだろう」

「しかし、陛下!」

「まだ分からぬのか――っ! そのような軽率な行動が王族として相応しくないと言っておるのだ!」


 王の怒声は威厳と荘厳さで満ちていた。

 ピリピリとした空気に家臣たちが目線を下に向ける。

 この王がここまでの怒声を上げるのは珍しいのだろう。


 しかしピスタチオ姫は私を睨み。


「お言葉でありますが」

「なんだ、余の話を聞いておらぬのか?」

「この男、どうも本当にきな臭いのでございます! どうか、このピスタチオをお信じ下さい」


 実際、怪しいどころか魔王なのでこの姫は正しいのだが。


「そう言って、船で渡ってきた旅の吟遊詩人を投獄し、沿岸国家クリスランドから莫大な賠償金を請求されたのはついこの間の話だろう。いいか、あれは戦争となってもおかしくなかった事態。さすがにこう何度も続くと王として余も考えなくてはならなくなる」

「あら、漁業を取り仕切るわたくしを罷免なさるおつもりで?」

「それは――」

「わたくしの海洋魔術がなければ、今現在の漁業は継続できなくなる。陛下とて、それは困るのでしょう?」


 海洋魔術という言葉には興味がある。

 おそらくは海に影響する波や潮、天気などを操作する、天候魔術に属する魔術だとは思われるが。

 アシュトレトが魔術会話を送ってくる。


『この娘、本当に魔術の才はあるようだな。おそらくはおぬしが魔王であることに本能的な危機感を覚えているのであろうて』

『でしょうね。英雄気質……。魔を祓おうとする性質とでも言うべき、英雄の本能。魔王たる私に無意識にきつく当たっていたノーデンス卿と同じでしょう。英雄として魔王を排除しようとしたくなる、むしろ人類として正しい防衛反応なのでしょうが』

『また一人、有能な人間がおぬしに狂わされたわけか……難儀な性質じゃな』

『そのうち何か対策しないといけませんね』

『して、どうする? ここで暴れたらおぬしが怒るだろうからおとなしくしておるが、無礼な人間の無様な余興も過ぎれば不快であるぞ』

『まあもう少し様子を見ましょう。こちらは法に触れることはしていないのです。全ての責はあちらにある。それを脅しの材料にすれば、国家が保有する書物を要求する事が可能かもしれません。相手側に負い目を作ることが交渉の基本ですからね』


 ジト目でアシュトレトが私を眺め。


『そなた……ものすごく邪悪な顔をしておるが、自覚はあるか?』

『魔王なのです、構わないでしょう』

『まあ、考えがあるというのならしばし待とう。なれど、分かっておるな?』

『刺身の盛り合わせでしたね、私の計算によるとこの後存分に味わえますよ』

『ならば構わぬ! ほれ、早く策とやらを動かすのだ!』


 うっとりとまだ見ぬ海鮮料理にふふふふと微笑する女神アシュトレト。

 その姿は思考さえ読めなければ、不敵に微笑んでいるように見えるのだろう。

 姫が言う。


「何を密談しておる!」

「おや、魔術会話を観測できるのですか」

「当然ですわ! わたくしはこのクリームヘイト王国一の魔導姫ピスタチオなのですから! わたくしに隠し事などできませぬ、さあ! あなたたちが何を企んでいるか、この場で吐いてもらいます! ……と、なんですか、この揺れは!?」


 けたたましい地鳴りが、王城を揺らしていたのだ。

 伝達兵がやってくる直前。

 しれっと私は言う。


「どうやら、反乱のようですね」

「反乱だと!?」


 姫は爪を噛み。


「この男を助けようとする貴族どもですわねっ、ええーい! 本気で反旗を翻したわけではあるまい! この男を斬首し、晒上げにすれば魅了を受けた令嬢や貴婦人も正気に戻ろう! 直ちに斬首、斬首ですわ!」


 駆け付けた伝達兵が言う。


「そ、それが……反乱を起こしたのは貴族だけではなく教会もでして……」

「はぁ!? 教会!? 敬虔なる聖職者がなにゆえ……!」

「その男、レイドに歯向かってはならぬと男神マルキシコス様からの神託が、一斉に、聖職者全員に下ったと……」

「大陸神様からのご神託が全員に!?」

「は、はあ……さすがに全員がご神託を受けたとなっては国家よりも神の声を優先すると……、き、貴族も、魅惑の白銀公を返せと私兵を大量に引き連れて、押し寄せてきていると……」


 さすがに姫がまともに顔色を変えている。


 起こった反乱は二つ。

 男神マルキシコスを主神と仰ぐ教会と、社交界で私と繋がりのあった貴族たち。

 女神アシュトレトが言う。


『お、おぬし……まさか』

『ええ、マルキシコスに事情を説明しただけですよ』


 当然、あの剣神といった様子の大陸の主神は大慌てで動き出した。

 神の力を用い、聖職者に伝令。

 すなわち、今頃全力で、私には絶対に手を出すなと神託を下ろしている筈。


『まあ、彼の立場なら、止めないわけにはいかないでしょうからね。貴族の反乱は想定外でしたが』

『これ、本当に大丈夫なのであろうな? 騒ぎが大きくなり過ぎている気がするが』

『こちらには一切の非がないのです。あなたが楽しみたい刺身の盛り合わせを味わったら、国の混乱など放置して旅立てば問題ないのでは? この姫にも良い薬となるでしょう』

『ど、どうじゃろうな……おぬしは魔王、混沌を撒く性質がある……一度騒ぎとなれば、次々と連鎖するような気がするぞ妾』


 女神の勘が当たったのか。

 もう一つ、地鳴りが起こる。

 追加の伝達兵が慌てて扉を開けて、伝令! と玉座の間に声を響かせる。


「ええーい! こ、今度はなんだ!」

「反乱、反乱でございます! 冒険者ギルドが反乱を起こしたとの一報が!」

「中立を保つ冒険者ギルドが!? どういうことだ!」


 さすがに今度は王陛下が声を荒らげていた。


「そ、それが、魔王を討伐し大陸を救った白銀の賢者殿を不当に捕縛した罪は許し難し。冒険者ギルド連盟は貴国の蛮行を国家による人類に対する反逆と認定し、それを断罪するものである……と」

「白銀の賢者だと!? では、そなたが……っ」


 どうやら。

 魔王アナスターシャを討伐したという事実は、それなり以上に大きく評価されていたようだ。

 ピスタチオ姫も、ぐぎぎぎっと私を振り返り。


「そ、そなた……が、もしかして、あの噂の」

「ああ、これは失礼しました姫殿下。自己紹介が遅れましたが、私はレイド。レイド=アントロワイズ。男神マルキシコスとも知己ちきであり、支配の魔王アナスターシャを滅ぼしたもの。白銀の賢者と呼ばれております」

「そういうことは早く言わんか!」

「聞かれませんでしたので」

「た、大変にございます!」


 自己紹介の終わった直後にも、伝達兵がやってきて硬直。

 それぞれ別の箇所にいた伝達兵が集っている状況に、驚いているのだろう。

 固まったままの伝達兵の顔に姫が叫ぶ。


「今度はなんだ――っ!」

「そ、それが……その……」

「ええーい! 早く申せ!」

「勇者ガノッサと名乗る人物から、貴国が我が恩人を不当に捕らえた件について憂慮している。事実ならば、貴国が魔物に襲われ全滅の危機に陥ったとしても救助にはいかぬと……偽造できぬ正式な勇者の紋章付きの書状が……」


 王陛下はそれはもう沈痛な面持ちで、ピスタチオ姫を睨み。


「勇者までも敵にしたか……。残念だが――我が娘よ。どうやら、本当に取り返しのつかぬことをしてしまったようであるな」


 その時の王陛下の漏らした息は、大変重いものだったと。

 後の歴史書には記録されることだろう。

 対する私はかつての、良い子を演じていた時の苦笑を漏らし。


「私は気にしておりませんよ、陛下。これは私を安全に王城へと招くための国家としての配慮であり、その途中であらぬ噂が流れてしまったのだろう――と、私の口からも皆に伝えましょう」

「そうしていただけると、大変にありがたい。本当に、申し訳ない。今回の件、本当になんと詫びたらよいか……」

「そうですね……本当に気にしてはいないのですが。せっかく王城に呼ばれたのです、少しお願いしたいことがありまして――」

「全て、賢者殿の仰せのままに。ピスタチオよ、後で話がある。良いな?」


 私は予定通り、自分が優位になる状況を作り交渉を開始した。

 むろん、その要求が全て通ったことは言うまでもない。

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