第31話 ダンジョン崩壊
響き渡る爆音が山の麓を揺らしていた。
続いて鳥の飛び去る音がして、さらに続いて山の崩れる音がする。
初撃の奇襲には成功していた。
カツンと、邪杖ビィルゼブブの石突で私は大地を叩き。
「それでは皆さん、第二撃を行います。三十秒後、全員同時に爆薬に点火を。着火確認の後、五秒後に全て同時にダンジョン内へ転移させます。更にその三十秒後に再度点火を。もし間に合わなかったり、タイミングがずれた場合は次弾まで待機。点火に失敗しても構いません、これだけの人数がいるのです、人為的ミスぐらいは想定済みですよ」
「は、はい!」
「と、説明している間にあと十秒です。八秒後に点火を。はい、よろしいですね」
仕事を与えられ緊張する騎士団。
カウントダウンを行う者が一斉に旗を上げる。
それが爆薬への着火の合図。
私は詠唱を開始した。
「夢を見る者は夢の中。現実を見る者は現実の中。なれど我は夢と現実の狭間にある者、故に、夢と現実の境界を知らず。位相を超えて、汝と汝の座標を乱すこともまた、可能なり」
【集団座標置換】と、私の口からは魔術名が紡がれ。
起動した爆薬が、全てダンジョン内に出現。
代わりにダンジョン内からは、闇に蠢くものたちが召喚される。爆薬と座標を強制交換された無数の魔物が湧いたのだ。
「二十秒以内に退治してください」
「に、にじゅうびょう!?」
「可能な戦力は整えている筈ですが――やはり、代々の皇帝が憑依されていた影響でこの国は衰退、人間の群れとしての能力が低下している、ということでしょうね」
姫たるライラが剣を掲げ。
「なにをやっている、わたしに続け!」
「ライラさん、あなたがそれなりに強いのは知っておりますが、単騎ではさすがに負けますよ。皆さん、急ぎ援護を。彼女、死んでしまいますよ」
騎士団は彼女が姫だと知っているのだろう、姫を見殺しにはできずに怯んだ様子で剣を構え。
雇われている冒険者たちが及び腰で武器を向けるが――。
「……間に合いませんね。それではガノッサさん、出番ですよ」
「へいへい、オレは人間どもの尻拭いってか」
「あなたも人間でしょうに……なにを自分をバケモノみたいに卑下なさっておいでなのです」
「どーせオレはひねくれ勇者ですよっと」
人間たちへの不信はあれど、勇者は勇者。
ガノッサが身の丈よりも大きな戦斧を振るい。
「巻き込まれたくねえならどいてな、てめえら――!」
斧から発生した竜巻が魔物を巻き込み、粉砕。
ちょうど二十秒である。
ダンジョン内でも爆薬が破裂し、更にもう一度山の形が変わる。
地図を表示させる魔王の瞳と同期する映像――邪杖ビィルゼブブから表示されるモニターには、混乱するダンジョン内の様子が映っている。
迷宮内の青い反応は乱れに乱れているのだ。
死者は多数。
肺呼吸や皮膚呼吸をおこなう魔物全員に、酸素不足状態が発生しはじめていた。
爆薬と置換された魔物たちを一撃で一掃したガノッサが、私のモニターを覗き込み。
「なんだ、こいつら急に苦しみだして」
「封鎖された空間で爆薬が破裂したのです、おそらくは酸素を大量に失っているのでしょう」
「ただの爆薬でか?」
「……爆薬を改造してはいけないと、私は聞いておりませんでしたから。炭素と硫黄を錬金術の窯にくべ、少々細工を」
「それ、騎士団の連中には……」
「許可を取るとお思いで? 彼らは何故か私の行動を制限する傾向にある。必要な処置でしたので、却下されたら困ったのです」
ガノッサがジト目で私の顔を覗き込み。
「――……おまえ、すました顔してほんとうに邪悪だよな」
「否定はしませんよ。さて、それよりも」
ダンジョンの入り口を完全に封鎖した私は、チャート通りに進んでいた攻略に頷き。
「どうやら――脱出口の閉鎖、およびダンジョン最奥の生き埋めには成功したようですね。それではガノッサさん、勇者の力で迷宮周囲に結界を」
「一箇所だけ穴を作って、そこで閉じ込めればいいんだな」
「その通りです、罠と分かっていても逃げざるを得ないでしょうからね。大魔女が再臨しているならば、そこに逃げ込むはず。捕獲できれば対話も可能でしょう。魔王から話も聞いてみたいですからね」
斧を担いで瞳を閉じるガノッサ。
勇者の能力【光の結界】を発動する体格のいい男の横。
騎士たちを従える馬面のノーデンス卿が言う。
「ライラ――勇者さえも従える彼は一体、何者なのだ?」
姫たるライラは私に目線を送ってくるが、どちらでも構わないと私も目で返す。
彼女は私が魔王であることは黙っていることにしたようだ。
「白銀の賢者さま、陛下はそうお呼びしている」
「下々には教えられないということか――まあ構わぬがな」
「わたしも陛下も自力で気が付いただけだ」
「鈍感の君がか?」
「わたしが鈍感だと? その根拠を示して欲しいものだ」
察するに、ノーデンス卿とライラは幼馴染に近い関係なのだろう。
三女神がいたらおそらくはノーデンス卿がライラに気があると気付き、その様子を観察していたのだろうが。彼女たちは駒同士の戦いという事で、今回は干渉していない様子。
魔王アナスターシャもどこかの神の駒ならば、あちら側に力を貸す神も、この様子を遠くで見ているのかもしれないが。
ノーデンス卿が魔術を眺め――。
「それにしても、魔術とは本当に便利な力なのだな。まさか爆薬のみを大量転移させ、起動させるとは……もし我が国が他国の魔術師に攻め込まれたら、打つ手がないのではないか」
神々しい光の中で結界を展開するガノッサが言う。
「問題ねえさ、ここまでの大量転移……いや、そもそも転移魔術なんてもんは消失魔術。今回は対象と座標を交換させる手段を用いたみたいだが、瞬間移動に類似する効果を扱える魔術師なんてそう数はいねえ。普通の人生を送ってりゃ、二度と会うことはないだろうよ」
「十四歳の子供が、だからこそ賢者と呼ばれるのだろうが」
ノーデンス卿はしばし考え。
「レイドとやら! は、初めの印象が悪かったからといって。ぼ、僕にし、仕返しをしようなどとは思わないことだ!」
「そんな心の狭いことは考えていませんよ」
「そ、そうか。ならば良いのだ」
なにをしているんだ……と呆れた顔でライラが言う。
「それでレイド君、次に我々は何をすればいい」
「見てくれているだけで構いませんよ。あなたがたの仕事はむしろ、戦闘終了後にある」
「というと」
「やるべきことは多くあるでしょう。代々の皇帝が憑依されていたのです、おそらく帝国に不利となる政策も多く含まれていたでしょう。その最たるは魔術の忌避。実際、魔術を失いあなたがたは全滅しかけていた、ダンジョンはここ以外にもあるでしょうからね。まずは魔術の基礎を学ぶ場所を作られてはいかがですか?」
ガノッサが言う。
「おいおい、おまえさんはもうそんな先まで考えてやがるのか。先もいいが、ちゃんと今も見とかねえと足を掬われるぞ」
「既にあなたで体験済みですが、ご忠告痛み入ります」
事実を告げたのだが、どうやらガノッサは小さな皮肉と受け取ったようで。
気まずそうに頬を掻き。
「で、マジでどうするつもりだ。あともう少しで誘導は完了するが」
「あなたにはここの護衛をお願いしたい」
「人間の護衛だと?」
勇者は露骨に鼻梁を歪めていた。
「そんなに怖い顔をしないでください。あなたが人類に思うところがあるのは承知しておりますが。重要な役割があるのですよ」
「策があるなら構わねえが、魔王はどうするつもりだ。誘導し閉じ込めただけじゃ倒せねえだろう」
「話があると言ったでしょう、私が一対一でなんとかしますよ」
告げて私は、かつんと邪杖ビィルゼブブで地面を鳴らす。
「おまえ、そのカツンって動作、もしかして気に入ってるのか?」
「……。否定はしませんよ」
「レイドくん、本当に大丈夫なのか? やはり我々の中から何人か連れて行った方が」
「ったく、姫様はこれだからな――おいレイド、忌憚のない意見ってやつを教えてやれ。たぶん、言わなきゃ分からねえだろう」
ガノッサはまだ姫にわだかまりがあるようで、ツンツンである。
「正直な話、あなたがたがいない方が戦いやすいですから」
ここから始まった、なぜ一人の方が楽なのか。
騎士団や冒険者の弱点から、その精神性に至るまで私は正しくその在り方を否定。
だんだんと、ライラとノーデンス卿の顔が青ざめていく。
「であるからして、私一人で突入した方が楽という結論を導き出せるわけです……と、聞いていますか、みなさん。分からないのなら最初からやり直しますが」
「……いや、いい。分かった。気を付けて行ってきてくれ」
ガノッサは大爆笑しているが、騎士団と冒険者は本気で凹んでいるようだった。
どうやら勇者的には満足したらしいが。
ともあれ。
私は予定通り、一人、崩落しつつある迷宮に転移した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
崩落する迷宮。
生き埋めにされた魔物達。ダンジョン内に形成されていた食物連鎖とは異なる外部からの攻撃。
私による遠距離からの転移攻撃に、彼らは成す術なく崩壊していた。
ダンジョン外からの攻略に対処できていなかったのだろう。
入り口は全て決壊。
壁をすり抜けられる性質をもつ悪魔や邪霊も、勇者ガノッサによる聖なる結界で脱出不能。
仮にも勇者の結界だ、聖なる力に邪霊たちは弱い。
私にとって面倒だったのは邪霊がダンジョンを抜け、どこかに消えてしまう事だったのだが――勇者の助力があるのなら憂いもないという事だ。
唯一逃げ道となっているのは不自然な結界の隙間――。
そこに気付く魔物は強者。
罠だと気付く魔物も、知恵ある強者。
だが、知恵あるからこそ――ここにしか出口がないと気付いているのだろう。
抜けでてくるのは強敵に分類される存在だった。
私は強敵を狩りつつ、待っていた。
崩壊し、徐々に広がる爆薬の毒と消失する酸素。
勇者の聖なる結界のせいで、彼らに退路はない。
『おい、レイド……魔物の気配が一斉にそちらに向かっているが大丈夫なのか?』
「おや、遠距離会話もできたのですね。素晴らしい、今度、その技術を解明させて欲しいのですが」
『んな呑気なこと言ってる場合か? どんどんそっちに向かってやがるぞ』
唯一の出口。
それは私の後ろだけにある。
だから彼らはやってくる。
「まあ問題ありませんよ。魔術の研究にはお金がかかりそうですからね、なるべく高く売れそうな魔物は冷凍保存して持ち帰りたいのです」
『はぁ!? 金って、国を救ったらいくらでも搾り取れるだろう』
「この国では既に魔術は衰退している、別の国に渡った後の話ですよ。海鮮料理が食べたいと言っている、面倒な女性もいるので」
告げて私は手を翳し。
結界の隙間に凍てつく魔術を流し込む。
「【凍結掌】」
これはある意味で思い出の魔術。
姉ポーラがもっていた魔導書で覚えた、一番最初の魔術。
『おい、なんで凍結掌でそんな猛吹雪が起こってやがる……』
「魔術とは使い手の技量で威力が変動するもの。魔王たる私が扱えばこうなるという、好例ですね」
『ドヤってるところ悪いが、そんな極寒で凍らせたら……魔物の素材、駄目になってるんじゃねえか?』
言われて私は魔物を見る。
……。
「回復魔術で素材を再生させたうえで処理すれば問題ないかと」
『その妙な間。おまえさん、実は何も考えずにぶっぱなしやがったな?』
「見解の相違ですね」
私はしばらく強敵を狩り続けた――。
『なあ、今のってキマイラタイラント……じゃねえか』
「昔はパーティを組んで倒していたらしいですが、即死魔術が効きますからね」
『……即死魔術って、おまえなあ……さらっと使ってるが、それ禁呪だろ』
「おや、人間を嫌い諦めていた筈なのに、人間のルールを気になさるのですか?」
『だぁぁぁあ! おまえは本当に嫌味だな!』
「何の話です?」
『無自覚って……、一番たちが悪いやつじゃねえか……』
次第に結界の隙間を抜けてくる敵の数が減りつつある。
もはや勝てないと諦めた個体が多いのだろう。
だからこそ、そろそろ変化がある筈。
敵も私の様子を観察しきっただろう。
おそらく様子を見ている最終目標も、そのうちに出てくるだろうと予想していた。
逃げ道はこの後ろしかないのだから。
案の定。
それから十分もしない内に、ガノッサが反応を示していた。
『おい、レイド――』
「分かっています。どうやら、来たようですね」
モニターに表示される名は――魔王アナスターシャ。
分類は邪霊。
直接目にする事は初めて。
けれど文献や人伝にはその容姿を知っていた。