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第29話 救いの虚言


 私以上にカルバニアの血筋を呪っている勇者ガノッサ。

 そしてカルバニアの姫ライラ。

 姫は勇者に恋をして、勇者は姫を憎んでいた。


 彼らの間に立ち、私は静かに告げていた。


「どうかお二人とも、落ち着いてください。ガノッサさんには申し訳ありませんが、まだ殺しなどしませんよ。そもそもあなたをそうしたのは私ではなく、女神ダゴン。そしてあなたは合意の上でそうなった。それは彼女とあなたの問題なので、私を巻き込まないで頂きたい」


 それよりも、と話を繋ぎ。


「ガノッサさん、あなたに仕事の依頼があります」

「依頼だと……」

「迷宮探索、そして出現してしまったダンジョン主の討伐に付き合ってください。私は皇帝と契約し、それらを遂行することにしました」

「ふざけてるのか……? なんでこの国を救う必要がある、こんな腐った連中、滅びちまえばいいんだよ」

「勇者の言葉とは思えませんね」

「勇者なんて、人を守れねえ、クズみたいな職業だよ……」

「具体的になにがあったのですか――その変わりよう。少々どころか、かなり驚いているというのが本音ですよ」


 薬指の、古く錆びた指輪に目線を落とし。

 過去を思い出す表情で、ガノッサが強く瞳を閉じる。


「――……ファリナを覚えているだろう?」

「かつて貴族だったヒーラーのファリナですね、それはもちろん」

彼女あいつは、人間の魔術師狩りにあって殺された」


 指輪をつけたままの拳を、血が滲むほどに握り。

 男は憎悪を吐き捨てた。


「余命もそんなに長くねえ、婆さんだった時にな。あんなに長い時を生きて、そんな最期を迎えるなんて、オレには理解ができなかった。普通、娘の命を助けてくれた恩人を国に売るか? ああ、普通はそうはならねえよな。だが、あいつらはファリナを売った。その結果が、おまえらカルバニアによる虐殺だ」


 男はライラの血(カルバニア)を憎悪していた。

 隠さぬ恨みの視線が、姫に向けられている。


「子供も大人も関係ねえ。おまえらは魔術師の血の中で、哂ってやがった! 魔物よりも醜い顔で、平気で女子供の首を落としやがった。オレの目のまえで! 勇者の戒めがなかったら、オレはその時、あの時の連中を皆殺しにしていただろうさ!」

「皆殺しなど、そんな馬鹿な……っ」

「なんだ、嬢ちゃん。今更か? 当然だろう、皆殺しはカルバニアの王族の得意分野だろうが!」


 加熱しそうな彼を諫めるべく、私は二人の間で杖による床ドンを行い。


「それくらいにしておきなさい、彼女は当事者ではない」

「うるせえ! だが、安心しろ。オレにはこの嬢ちゃんは殺せねえ。勇者による職業制限がかけられているからな。はは、命拾いしたな、カルバニア! オレは何度も思ったさ! 勇者なんかになるんじゃなかった、不老不死なんかになるんじゃなかった! 勇者ではなく魔王として生まれていたら――! のうのうと生き続けているカルバニアの連中を皆殺しにできただろうって、何度もな!」

「変わり果てましたね、あなたは――」

「ああ、魔王のおまえよりもよほど魔王になっている気分だよ」


 魔王。

 その単語でライラも私の正体には気付いただろう。

 不確かな伝承だったとしても魔王アナスターシャがいたのだ。そして目の前に勇者もいる。

 ならば、他の魔王がいたとしても不思議ではない。

 むしろ合理的な答えだ。


 ライラが泣きそうな顔で、けれど現実を受け止める顔で言う。


「カルバニアの王族がそんなことを……信じられない。信じたくないが……」

「まあ、私も実際に家族を虐殺されていますからね。あり得る話だとは思っていますよ」


 ライラは瞳から涙をこぼさぬように横を向き、ぐっと唇を噛んでいた。

 構わず私は言う。


「しかし勇者という存在を少し理解ができました――勇者とは人の戦争には介入できない職業。魔王や魔物、人ならざる強者を倒すための力を世界から与えられた存在。だが、その代わりに人の営みとバランスを崩すことは許されない。強さゆえの代償。勇者とは行動制限によって力を得るシステムの総称。法則を組み替えられた、世界の免疫システム。と言ったところなのでしょうね。ですが、ならばこそ、あなたには是が非でもついて来て貰いますよ」

「オレは人間を許さねえ」

「それら全てが魔王アナスターシャの計略だったとしても、ですか?」


 私は嘘をついた。

 正確に言うのなら、真実の中に嘘を紛れ込ませた。


「どういう……ことだ」

「皇帝に何者かが憑依していたのは既に知っているでしょう?」

「あ、ああ」

「あなたが人間不信になったきっかけ、その大半が大魔女ともいえるアナスターシャ王妃の亡霊による、策略ですよ。彼女もまた本当に魔王だったのでしょうね。そして自らの再臨のために、多くの魔術師の血と生贄が必要だった。そのために代々の皇帝を操っていた……としたら?」


 脳に強い刺激が走ったのか。

 酔いの中にある男はハッとした様子で、硬い酒場の椅子へとその身を落としていた。


「ありえねえだろ……」

「なぜ断言できるのです?」

「いいや、違う。あれは……確かに、人間たちの悪意だった筈……真実は、変わらねえ」

「果たしてそうでしょうか。当時十二歳だった私ですら、ノーデンス卿を助けてしまうというアクシデントがなければ、あなたに疑われることなく国家転覆を実行することができたでしょう。実際、大衆と国との断裂には成功していた。私は人の命の価値を甘く見ていた、だから当時勇者の仲間だったあなたに殺された。むしろ私よりもあなたの方がご存じの筈では?」


 あの時に私には殺されるだけの理由があった。

 少なくとも私自身は納得していた。


「あの大魔女なら、同等以上の事ができたとしても不思議ではないと考えますが」


 むろん、実際はどうか分からない。

 可能性としては正直、低いだろうと思っている。

 けれど――動けずにいる男を動かすだけの説得力のある嘘ではある。


「勇者を無能化させ、そして自らの再臨のために魔術師を虐殺させる。その魔術師の血がこの大陸に浸透し、それがやがてダンジョンへと流れていく。人の負の感情、瘴気こそがダンジョン発生に必要不可欠なもの。実際、私はこうして再臨したのです。それが魔王が蘇ることの証。私にとっても仇である、あの王妃もまた再臨しようとしている――証拠はあります」


 私は邪杖ビィルゼブブで床を軽く叩き。

 髑髏の空洞たる眼光から、映像を投射。


「これは――」

「マルダー十一世から離れ出た邪霊が、向かった先。ダンジョン最奥の映像ですよ。そこにほら、何者かの姿がある。私も廃屋のような教会で蘇生されましたからね――ダンジョンボスとしてあのアナスターシャが再臨しようとしていても、私は不思議だとは思いませんよ」

「たしかに、あの王妃なら……革命に近い形で自分を殺したこの帝国、その末裔達に恨みを持っているだろうが……」


 私の魔王としての力なのか。思考の誘導は成功していた。

 このまま人を憎み続けているよりも、私の嘘の方がよほどこの男のためだ。

 だから私の唇は嘘を語る。


「仮に私の理論が正しいのならば――あなたは全て、あの大魔女に言いようにされていた。人間を憎むように、長い間、半洗脳状態にあったということです」

「だが、ファリナを殺したのは、虐殺したのは……っ、たしかに人間だ」

「ええ、最終的に手を下したのは間違いなく人間でしょう」


 ここは否定せず、肯定し。

 更に心を誘導する。


「もし彼女があなたの伴侶となっていたのだとしたら、あなたには人間を恨む権利がある。実際、人間とは扇動されなくとも残酷な一面がある存在です。憑依された皇帝による魔術師の生贄……彼女達への迫害がなくとも、こうなっていた可能性はある」

「ああ、そうさ。奴らはどう転んでもファリナを殺していただろうさ! あいつは、あいつは……最後まで、回復魔術を捨てなかった。よせばいいのに、近所の子供の怪我を治しちまって……それで、魔術師だとバレて……っ」


 魔女狩りのような状態が起こっていたのだろう。

 しかしそれは人間同士の争いゆえに、勇者である彼には介入できなかった。


「気持ちが分かるなどと気安く言うつもりはありません。あなたはあなたでこの国とカルバニアを永遠に恨み続ければいい。私は止めません。ですが、悪意をもって動いていた諸悪の根源が、今、のうのうとダンジョン最奥にいる可能性がある。人間を滅ぼすにしても、私に不老不死のその身を破壊させるにしても……後で可能ですからね。先に魔王アナスターシャが再臨しているかどうか確かめても良いのでは?」

「オレには……分からねえよ、もう」


 長くを生きた勇者の吐露。

 自らの髪の隙間に指を掻き入れ、男はテーブルに向かい唇を震わせる。


「――オレは、お前に殺されるために待っていたんだ」


 あいつの所に、行くために……。

 と、天を仰ぐ勇者の据わる椅子が、ギィィィィィっと音を鳴らしていた。


 はたして勇者のこの疲れ切った顔を、ライラがどんな顔で眺めていたのか。

 私は敢えて、それを確かめる気はなかった。

 ごめんなさいと言わないのは、それが許されることではないと知っているからだろう。


「申し訳ありませんが、それは国を先に救ってからにして下さい」

「――オレは、行かねえぞ……」

「そうですか――それでも私は行きますよ。二百年前はあなたに殺され頓挫とんざしてしまいましたが、この手で姉さんの仇を討てるというのはある意味で幸福。この国の事などどうでもいいですが、あれを討伐する事への利害は一致している。皇帝とは既に話がついています」


 この手で復讐ができ報酬まで獲得できる。

 そう考えれば悪くはないのだ。


「オレは……」

「あなたは私に借りがある筈です。少しでも罪悪感を感じているのでしたら、どうか協力してください。私も魔王アナスターシャに返り討ちにあうのは御免ですからね。私にはあなたが必要だ、斧戦士ガノッサ。この国の者では信用できません」


 さて、どうしますかと魔王たる私は手を伸ばし問う。

 それは悪魔の誘惑にも近い誘い。

 勇者が魔王と手を組むことなど、本来ならありえない。


 だが。

 勇者は私の伸ばす手を握っていた。


「この国のためじゃねえ、おまえに借りがあるからだ。勘違いはするなよ」

「それで構いませんよ」


 これでいい。

 このまま腐ってしまうよりかは、きっと彼のためだろうと。

 私はダンジョン攻略の計画を構築し始めていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 戦士の顔に戻り。

 酔いを醒ましてくると風呂に入りに行ったガノッサの酒代を支払いながら、ライラが言う。


「先ほどの話。どこまでが本当なのだ?」

「ほとんどは真実ですよ。ダンジョン主としてあのアナスターシャのような残影が見えているのも、事実です。歴史書の年表が正しいのなら、彼女が殺されたのは私が殺された少し後の話。時差を考えれば、そろそろ復活するというのもおかしな話ではありません。ただ――」

「ただ、何だというのだ」


 この国の皇族として、知っておくべきだろうと私は考えた。


「おそらく、あの魔王に再臨の兆候が走ったのは百年前程度。彼女に味方をする神か、あるいは彼女の亡霊の仕業かは不明ですが、二代目三代目の皇帝は憑依されていないとは思いますよ」

「え……?」

「血族による守り、或いは、類似する血の耐性とでもいいましょうか。アナスターシャ王妃は自らの血を引くマルダー殿下には魔術的な干渉をできなかったでしょう。そして血の加護は二代目三代目までは続く、というのが一般的な魔術師の理論です。ですので、憑依されだしたのは最低でも四代目以降と考えるのが自然です」


 ライラの瞳は明らかに揺らいでいた。


「つまり……勇者殿の奥方を殺したのは、憑依による誘導ではなく」


 人間の悪意。


「事実がどうあれ、魔王アナスターシャがやった、そういう事にしておけばいいじゃないですか」

「しかし!」

「復讐相手本人が健在だったのなら、話も変わるのでしょうけれどね。彼らは既にこの世にいない。少なくとも、このまま彼が狂ってしまうよりは、よほど――私が語った嘘の方が彼にとっては救いとなる筈です」


 私は言った。


「私は彼に対して多少の責任がある。あの男もおそらくは……ポーラ姉さんのように魔王に魅入られてしまった者。私がその人生を狂わせてしまった人間の一人なのでしょうから」

「……貴殿が魔王だというのなら、レイドくん、君は、この世界を壊すつもりなのだろうか」

「そのような無駄なこと、非効率的ですね。それに勇者が勇者の仕事を放棄していたという前例があるのです、魔王が魔王の仕事を放棄しても不思議ではないでしょう」

「そうか……君は、優しいのだな」

「全て合理的な道を選んでいるだけです」

「合理的な結論を選んでいたのなら、君はこんな国を救おうとも滅ぼそうとも思わず、どこか遠くに行っていただろうさ」


 彼女はその後、その件については何も触れなかった。

 私が魔王であるという事にも、触れず。

 ただ、ダンジョン攻略の準備を進めると告げて、騎士団と連絡を取り続ける。


 私とガノッサだけの方が楽なのだろうが。

 どうやら彼女はついてくる気のようである。


「ついてくるつもりなのですか?」

「当然だろう、わたしは姫だぞ? 姫が率先して民を救わずどうする」

「それは普通の姫ではなく、おてんば姫の冒険譚でしょう」

「して、どのような策で進むのだ? 迷宮とは何日分の食料や装備を用意したらいいのか、それも聞きたいのだが」


 姫はやる気満々のようだが。


「必要ありませんよ、先ほどダンジョン最奥の映像を投射したでしょう?」

「ああ」

「そこに転移をして、ボスを不意打ちで襲い優位な状況を作り殲滅。それで終わりですよ。まあ、最終フロアの敵を全滅させる程度の戦力は必要でしょうが」

「ちょっと待て! それでいいのか!?」

「まさか、長い迷宮を一から冒険などという非効率なことをするつもりでしたか? 冗談じゃありません、目標がボスならボスを叩くだけでいいのです」


 ファンタジーであっても現実の世界。

 いちいちファンタジー世界の鉄則に従う義理も道理もない。

 可能ならばどんな手を使っても問題はない、まして今回は結果的に国を救う善行だ。

 つまり――何をしてもいい。


「さて、姫の権限で鉱山開拓用の爆薬を大量にかき集めてください、陛下の許可はもう得ています」

「構わぬが……何に使うのだ」

「決まっているでしょう、爆薬だけを先に大量に転移させた先制攻撃、同時にダンジョンの入り口を崩落させ魔物の逃亡を阻止。生き埋めにするためですよ」

「た、たしかに、街を襲う魔物がダンジョンから来ているのなら、必須なのだろうが……いいのか、それで?」


 私は眉を顰めていた。


「こちらには正義、国を守るという大義名分があるのです。勝つために何をしてもいいのでは?」

「頼みだ――少々待ってくれ。貴殿は少し、その、行動が突飛なように思える。他にどういった手段を取るつもりか。もっと詳しく教えて貰えないか」

「どういう……と言われましても、定石どおりに毒を散布したり、高低差のある場所で川の水を全てダンジョン内に転移させ水没、雑魚を溺死させる程度の事はするつもりですが」


 真顔で作戦を提示する私に、ライラはしばし考え。

 姫の権限で、ダンジョンへの立ち入りを禁止する命令を冒険者ギルドに出すよう指示しはじめた。


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