第241話 エピローグ~あの日の魔導契約~
四星獣を追う大魔王ケトス。
かの異世界魔猫が辿り着いたのは、火山地帯の地下の街。
ムーンファニチャー帝国。
モフモフうさぎのドワーフ帝、大陸神となったカイザリオン皇帝が治める地である。
そこに滞在していた四星獣の数は、三柱。
異聞禁書ネコヤナギ。
巨大熊猫ナウナウ。
ナマズ帽子のムルジル=ガダンガダン大王。
やはりこの地下帝国でなにやら悪だくみをしているのだろう。
交易のある魔術国家インティアルの人類も、再建中のサニーインパラーヤの人類も集い――魔道具や魔法陣を輝かせている。
本来ならばフレークシルバー王国に滞在している筈の魔女の大陸神もここにいる。
それはつまり――。
人類と神々、そして異界の獣神の協力を眺める大魔王ケトスは、その猫顔に笑みを作り。
『どうやら――ヒットしたようだね』
『あれ~? その声は~』
四星獣ナウナウが大魔王ケトスの転移を察知し、パンダ獣毛をモコモコモコ。
大魔王ケトスと四星獣は知り合いなのだろう。
ナウナウは体に似合わぬ神速で、ゴロゴロと回転し――ニハァ!
腕をブンブンブン!
『えへへへへ! えへへへへ! 久しぶりだね~!』
『やあナウナウ、キミは今日も元気そうだね』
『そうだよ~? 僕はいつだって元気なんだよ~! 褒めてくれてもいいんだよ~?』
エッヘン! と、絵本のように胸を張るパンダであるが、その性質は極めて我儘な巨大熊猫。
自分が世界で一番かわいいのだから、何をしてもいいと本気で思っている存在。
大魔王ケトスもその性質を理解しているのだろう。
『キミとの話をもっと楽しみたいところだけれど、実はキミたち四星獣に用があってね』
『女神たちの行方が知りたいんだね~』
『話が早いね。ならばワタシが聞きたいことも分かっているんじゃないかな?』
親しみの中にも駆け引きがある。
大魔王ケトスはあくまでも友好的に交渉しているが、それでも魔王陛下の事だけは譲れない。そんなニュアンスを言葉の中から感じ取ったのだろう。
ナウナウの後ろで輝いている大樹、異聞禁書ネコヤナギが樹の状態のまま声を発する。
『はぁ……どーして上位存在ってそんなにせっかちなのかしら、あたしはゆっくり、ゆっくり、育つ神樹を眺めるように千年でも二千年でもかけるつもりなのに』
ざざざ、ざざざと猫の尻尾のような花が揺れている。
神であり、神樹であり、世界を管理し続ける者の時間間隔である。
それでは今いる人類はほとんど滅んでしまう。
そんな苦笑を浮かべつつ、見上げる形で大魔王ケトスが神樹を仰ぎみて。
『やあネコヤナギ、やはり管理者たるキミもいたんだね。繰り返す世界の影響で次元図書館にその神影を刻むこととなった赤き魔女猫、今ではない、時間の狭間の未来に在るとされる三千世界管理者と友になり、世界管理の一部を手伝っているとは聞いているけれど――』
『もう! そーいう情報をどこから手に入れてくるのかしら! 誰にも秘密だった筈なのよ!』
『あれだけ世界に干渉していれば、いつかどこかで情報が洩れるものさ』
言って、大魔王ケトスは数冊の書物。
逸話魔導書を取り出し。
『全てを憎悪したケモノ殺戮の魔猫、大魔帝ケトス。愛を知り世界を繰り返した赤き魔女、ヒナタアカリ。盤上世界にて遊戯と願いを眺めた魔道具、イエスタデイ=ワンス=モア。捻じ曲げられた願望より生まれし、菩薩聖女コーデリア』
それは三千世界を彩る神話と物語。
観測者としての側面も持っている、世界の中心に置かれた者たち。
彼らの逸話魔導書が自動的に開き。
大魔王ケトスが言う。
『そして――ここにはないけれど。勇者に滅ぼされた魔王の欠片、幸福の魔王レイド。その逸話魔導書。あの方もまた、観測者の一人』
逸話魔導書は神々しく輝いていた。
分厚い彼らの書物。
彼らの人生を綴る書物は、空間に物語の幻影を浮かべているが――。
ムルジル=ガダンガダン大王がジト目で言う。
『よーするに、三千世界は”こやつらのせい”で様々な問題が生じておるという事か……。なんといったか、ゲームとやらに例えるのならば、不具合やらバグやらといった現象を起こしておるのであろう?』
『彼らは皆、特異な神性。それぞれが好き勝手に暴れ……いや、世界の法則を捻じ曲げる魔術という現象を使っているからね、その度に三千世界は発生した矛盾を正そうと強制力を働かせる。まあ、それを簡単な言葉にすると……』
大魔王ケトスが口を開くより前に、一匹の羊の魔王が前に出て。
『こいつらのせい……となるわけですなあ』
『おや、饕餮ヒツジ……じゃなくて、その分霊かな』
『この姿では初めまして、大魔王閣下。吾輩は終焉の魔王グーデン=ダーク。夜の女神様に仕える魔王にして、四星獣ナウナウ様に仕える獣神にございます』
慇懃に礼をするモコモコ羊。
その周囲に発生している魔術と法則、そして裏技を眺め――へぇ!
大魔王は感心したように目を見開いていた。
『へえ、なるほど――キミはそこまで読んでいたという事か』
『吾輩は弱者故に、多少の頭を働かせないと生き延びる事ができませんので。メメメメメメ! 褒めてくださっても宜しいのですよ?』
メメメメメェッェ!
と、悪魔の哄笑を上げるグーデン=ダークであるが、大魔王ケトスは珍しく頷き。
『ああ、そうだね。キミを評価しようじゃないか』
『おや……んーむ、困りましたねえ。ここは調子に乗るなと叱っていただく筈でしたが。まあ、実際ここまでの展開を読んでいたわけではなく……あくまでも保険をかけておいた程度だったのですが、いやはや――さすがに骨が折れましたよ』
一冊の書物から発生しているのは、超大規模魔法陣。
その中央にあるのは、幸福の魔王レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーの逸話魔導書。
そう、ムーンファニチャー帝国にてグーデン=ダークが購入した書物である。
そして。
羊の脇には、更にアイテムがもう一枚。
それはどこか彼方の存在と繋がっているアイテム。
魔法陣を補強するべく輝いていたのは、魔導契約書だった。
それはどちらも、あの魔王から手に入れた道具だ。
大魔王ケトスが言う。
『なるほどね――』
『そーいうことであります』
魔術師としての会話を聞き、理解できずに声を上げる者がいた。
魔王を討った男。
大量の瓶を運ぶ斧勇者のガノッサだった。
「いや……全然分からねえっての!」
『はて、見ればお分かりになるでしょう?』
「だから分からねえつってるだろうが、このクソ羊! さっきからアホみたいに三国から取り寄せてる”量産エリクシール”を一匹でがぶ飲みしやがって! おまえっ、それ一本でいくらするのか知ってるのか!?」
そろばんを召喚し、グーデン=ダークがニヒヒヒヒ!
『幸福の魔王が関与し。ダブルス=ダグラスが量産している最上位の回復アイテムでありますからねえ。これ一本の値段は、人の人生を左右させるぐらいの額になる。つまり、これは”一財産”ですね?』
「一財産どころじゃねえだろうっ!」
『そうです! ともあれ、これは! 財産に分類されることに違いはない! そこでこの魔導契約書が活きてくるわけです!』
言って、終焉の魔王グーデン=ダークは更にニヒィ!
斧勇者ガノッサが掻き集めてきたエリクシールを受け取り、ぐびぐびぐび!
盛大に一気飲み。
『ぷはぁぁぁぁ! 美味でありますな~!』
「だぁぁぁぁ! だからマジでこれに何の意味があるんだ――っ!」
説明を勿体ぶるグーデン=ダークに代わり、大魔王が言う。
『終焉の魔王グーデン=ダーク。彼は【幸福の魔王の逸話魔導書】を購入した時に、一定期間内に手に入れた全ての財を販売者……つまりはレイド魔王陛下に譲渡する契約を交わしていたのさ。そして三千世界の多くの国が協力し作り出しているそのエリクシールは、カテゴリー上は財産に分類することができる』
「あぁ……っと、つまり?」
『幸福の魔王と契約済みの魔王グーデン=ダークを通して、魔王陛下と接続。レイド陛下がレイド陛下としての独自の存在を維持するだけの最上位回復アイテムを、財産を飲むことで注ぎ続けているというわけさ。まあそこまで単純な話ではないが、願いを叶える四星獣も力を貸しているんだ。おそらく――本当に効果があるだろうね』
なにしろ魔術とは法則を捻じ曲げる現象。
可能性がゼロではないのなら――。
斧勇者ガノッサが、安堵と苛立ちを含んだ息でグーデン=ダークのモコモコ毛を揺らす。
「そーいうことは先に言え!」
『魔王を討ったことで大幅に力を得たあなたほどのレベルならば、普通、すこし考えたらわかるでしょうに……』
「ったく、魔術師の理論なんて分からねえっていつも言ってるだろ」
魔術師ではなく。
そして魔術に疎いので、どれだけ高レベルでも世界をひっくり返す程の魔術は扱えない。
それはある意味で安全装置ではある。
もし幸福の魔王が暴走した状態で帰ってきたとしても、彼ならば世界を保ったまま止められる。
これもまた、ハッピーエンドの条件だったのだろうか。
協力し合うこの世界の民を眺め、大魔王ケトスは安堵の息を吐く。
『最後にキミから繋がっている回復の力と奇跡への祈りを辿れば……ゴール。まつろわぬ女神達と、そしてあの方がいる場所へと到着ってところかな』
大魔王はその瞳の奥を光らせ、次元の割れ目を発見し。
じぃぃぃぃぃぃぃい。
ルートを確保し、魔王を討った勇者を振り返り。
『さて、私はもう行くよ。あの方に何か伝える事があるのなら頼まれても構わないが』
「――いや、どうせすぐに帰ってくるだろ。会った時に、自分の口ではっきりと文句を言ってやるさ」
『……どうして、キミたちはそう言うんだろうね』
大魔王ケトスの言葉に、あぁん? と眉を顰め。
勇者が言う。
「何がだ?」
『キミたちは皆――魔王陛下がこの世界に帰ってくると信じ切っている。それが不思議でね。今のあの方は世界最高位に近い神性。勇者に殺されなかったもう一人の魔王陛下と同じく、大いなる存在となった筈。こんな混沌とした世界に帰還するかどうかは……』
「はははは! って、笑ってやりてえところだが。まあなんだ……あいつが墓参りを忘れるわけねえからな」
言って、勇者は静かに瞳を閉じた。
かつて魔王の家族だった。
アントロワイズ家の墓所に思いを馳せたのだろう。
空中庭園にも、彼の実母と父の墓がある。
そして、直属の部下ニャースケやかつて暗殺者だった部下たちは、今もその墓所を守り続けている。
彼らを置いてはいかないだろう。
「あいつはなんだかんだで真面目だからな。必ず帰ってくるさ」
実際、そうなのだろう。
しかし。
この魔猫は勇者という存在があまり好きではないようで。
悪戯猫の顔をした大魔王ケトスが言う。
『でも、あの方が墓ごと転移しちゃう可能性はあるんじゃないかな? そもそも、アントロワイズ家の墓を空中庭園に転移させて、空中庭園ごと持って帰れば全部解決するんじゃ……』
斧勇者の頬がヒクつき。
ダラダラダラと汗をかき、やおらグーデン=ダークを振り返り。
『おい羊!? そ、そこんところは、どうなんだ!?』
もしかしたら帰らないかもしれない。
そんな可能性が出たから慌てたようで。
知恵者たる羊は、呆れた表情と声でフレーメン顔。
『あまり脳筋勇者を揶揄わないでいただきたいのですが……』
『ははは! 悪いね、それじゃあワタシはこれで失礼するよ。ワタシも……あの時離れたままになっていた、三分の一のあの方とお会いしたいからね』
そう。
大魔王ケトスにとっても、それは再会。
レイドという男は転生者だ。
あの方とは違う。
けれど――。
大魔王ケトスが転移空間に乗ると、そこに光が射し始める。
それは三獣神や、逸話魔導書で観測者となった者たちの魔力。
女神達の場所へと案内する光のようだが――。
ようするにこれも、こいつらのせい……と、逸話魔導書で綴られている彼らにとっては計算内。
それが大魔王ケトスには少し腹立たしい。
それでも、魔猫は次元を駆けるべく肉球に魔力を設置。
友たるイエスタデイ=ワンス=モアの気配を感じ。
後で文句を言ってやろうと睨みつつ。
大魔王ケトスはその流れに乗って、天の彼方へと駆けて行った。
◇
天を颯爽と駆ける異界の魔猫。
かつての主人を追って、走ったその軌跡が空に残り。
後にそれが”ネコ足の河”と呼ばれることになるが……。
やはり、それもまた別の物語。
いつか綴られる逸話魔導書の一節なのだろう。
混沌世界の人々はかつての彼の愛猫に願いを託し。
エルフ王の帰還を祈った。
強く、強く――。
その願いを――叶えるためか。
元凶ともいえる最後の四星獣。
楽園に置かれた魔道具。
願いを叶える魔猫の置物が強く――反応した。




