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第239話 エピローグ~フレークシルバー王国~


 裏三獣神が一柱。

 かつて一度、宇宙と呼ぶべき三千世界そのものを滅ぼした大魔王ケトス。

 黒い大魔帝ケトスとは違い、白い魔猫はレイドと呼ばれた魔王の欠片を探していた。


 彼がまず訪れたのは、フレークシルバー王国の宮殿。

 レイド王不在のエルフ国家だが、その治世は安定している。


 玉座の間。

 レイド王の肖像画が掲げられている空間にて。

 一匹の猫が、エルフ王代行を見上げて告げた。


『やあ、謁見の途中に失礼させて貰おう。順番を破る禁忌や無礼を承知してはいるが、どうか許していただきたい。こちらも多少緊急でね』


 その魔猫が大いなる存在だとすぐに気付いたのだろう。

 慣れぬ玉座で美麗な眉を顰める貴公子、クリムゾン代行王殿下は大魔王の来訪に立ちあがり。

 すぐさまに忠義の姿勢を示していた。


 他の家臣も息を呑みながら、魔猫に向かい頭を下げる。

 代行王が言った。


「これはこれは――伝説や逸話は伺っております、かつて我が弟の配下に在った偉大なる御方。大魔王ケトス様でいらっしゃいますね」

『ああ、そうさワタシはケトス。大魔王ケトス、キミたちが知るケトスとは異なる世界のケトス。けれど、そう畏まらなくても結構だよ、キミたちのおかげでかつてのワタシの失敗は拭われた――むしろ感謝するべきだと感じているのだからね』


 友好的な態度に安堵したのだろう。

 クリムゾン代行王は跪いたまま顔を上げ。


「いったいフレークシルバー王国に何の御用でしょうか。国を挙げて歓待したいと申し上げたい所なのですが――神話規模の戦いがあった直後である点と、弟の不在で公務が立て込んでおりまして……。それに、そのような持て成しをご希望されているわけではない御様子」

『ああ、話が早いね。我が主人の転生体、まつろわぬ女神達に拾われ育てられたハーフエルフの魔王、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー陛下はいま何処にいるのか。ワタシはそれが知りたくてね。どうか教えてくれないかな?』


 クリムゾン代行王は眉を下げ。


「申し訳ありません、こちらも実は把握できていないのです」

『把握できていない?』

「ええ、それがなにか――」

『ならば、何故キミたちはそこまで落ち着いているんだい。本来なら蘇り正気に戻る筈だった王が、蘇らず……そのまま姿を消している形となるだろう。もう二度と戻ってこないかもしれない……というよりも、戻る可能性などないのに、なぜだい』


 なぜ、王の帰還を待ち続けているのか。

 そう訊ねる大魔王ケトスに、弟の代わりに王を務めるクリムゾン代行王は瞳を閉じ。

 ゆったりと信頼を語る。


「――アレは帰ってきますよ」

『根拠はあるのかい?』

「おそらくは……先の神話規模の戦いの余波が無くなった時期。要するにです、面倒な雑事をこちらが終わらせた直後に、ひょっこり帰ってくるというのが皆の予想。タイミングが良いのか悪いのか……ですが、きっとこちらがやっと落ち着いた頃に顔を出して場を掻き乱すでしょう。そういう弟なんですよ、それが根拠です」


 要するに根拠はない。

 その言葉を聞いた大魔王ケトスは、過去の魔王に思い当たる節があったのだろう。

 複雑そうにモフ毛を膨らませ。


『分かる気もするけれど、魔術師の理論ではないね』

「魔術師ではありませんからね、ですが……弟の事はよく把握しているつもりですよ。アレには本当によく振り回されましたから」


 ええ、本当に……と言いたげな顔で息を吐いたのは、家臣。

 代行王を支えているだろう二人のエルフだった。

 右腕と思われる無精髭のギルドマスターに、左腕と思われる貴婦人のハイエルフ。


 大魔王ケトスが言う。


『キミたちも同意見のようだね』

「……ええ、まあ」

「そーいう方ですので……」


 彼らはやはり、王の帰還を信じ切っている。

 エルフ王の不在を立派に支える男。

 美麗で精悍で、けれどどこか少し疲れの渋みを滲ませ始めた――貫禄あるエルフ代行王が言う。


「だから、我らは無駄に心配などしていないのです。たとえ弟がかつて救世主と呼ばれた偉大なる存在の割れた欠片、三分の一の端末に過ぎない存在だったという伝承が事実だとしても……」

『どうにかして、レイドとして戻ってくる。そう信じる、か。まあ嫌いじゃないよ、そういう願望はね』


 言って、大魔王ケトスは魔法陣を足元で回転させ。


『それじゃあ別の場所を探ってみるよ。今日は突然すまなかったね……と、ああ。言い忘れていたけれど――魔王聖典に眠らされ続けていた三毛猫陛下……我らの魔猫陛下がお目覚めになられた。おそらくは、もう本当に何も心配要らないだろう。一応、ギルドを通じて他の人類にも伝えてくれると助かるよ』


 しれっと最も大事な伝言である。

 まだ魔猫陛下と呼ばれる存在が目覚めていない。

 それはかなりの重要案件だったのだ。


 魔王聖典による襲撃が終わっていないかもしれないと、人類はそれなりに気を張っていたのである。

 当然。

 ここにいる文官エルフたちは、先にそれを言って欲しかったとジト目であるが……。

 ともあれ。


「畏まりました――」


 承諾するクリムゾン代行王が指示を出すより前に、側近たるエルフは動いていた。

 慌ただしい彼らの邪魔をしては悪い。

 誰のせいで大慌てなのかを気にせず――。


 猫たる大魔王ケトスは次の捜索場所を巡るべく転移。

 レイドとしての主人の欠片の行方と、その思い出をなぞる様に。

 空間を渡った。


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