第23話 再会(表)
静寂の図書館にて、静かに読書に勤しむ明け方。
静かなる私を囲うのは、静かではない者達。
冒険者ギルドの面々と駐屯地の騎士団。
彼らが来た理由を考える。
単純な話だ。
おそらく女神アシュトレトが、金銭を運ぶ幸福を齎そうと動いたのだろう。
魔力会話ではなく通常会話になっていたせいで、魔物襲撃の予言……。
というよりは予告を聞いていた冒険者がいた。
彼らはあの時笑っていたが、日時が一致していたことで騒ぎとなり、そして私がギルドにその対処法の草案を出しかけていたことにまで話が繋がり。
そうなるとこの国が滅亡するとの話にも繋がる。
話はギルド幹部やらギルドマスターにまでようやく上り。
すると、なぜ上に報告しなかったのかと従業員への説教が始まり。
一番上の偉い人に怒られて、彼らはようやく重い腰を上げた。
先日、私をクレーマー扱いした連中が必死の形相で私を追いかけやってきた。
騎士団もまた、その話を聞き私を追っていた。
なのに私がどこにもいない。
当然だ、誰も人が寄り付かない図書館にこもっていたのだから。
だが彼らにも光明が差した――私の行き先を知っていた人物がいた、私の取り調べをしたあの女騎士である。
駐屯地にいた彼女も当然騎士団の一員。
その結果が今。
こうして、彼らはナイトメアビーストの討伐報酬を手土産に私を訪ねて来た。
『と言ったところでしょうかね、明け方の女神』
『まあ、どうなのでしょうか。ふふふふ、あたくしは女神アシュトレトがあなたの魔力会話をわざとキャンセルしただなんて、口が裂けても言えませんもの』
『やはり彼女ですか……』
聖職者の格好で窓際に佇む明け方の女神は、やはり微笑みを絶やさない。
潮の香りと波の音がしている。
そういえば女神アシュトレトが海鮮料理を食べたいと言っていた、三女神はこうみえて女神同士の仲が良い。彼女も彼女で、心は既に海が楽しめる他国に移っているのだろう。
『ところで旦那様? よろしいのですか?』
『なにがですか』
『皆様、なにかおっしゃっておりますわ』
確かに誰かと誰かが言い争っている。
私は完全に聴覚を遮断して聞こえないので構わないが――。
どうやら拷問してでも聞き出そうとする者。
それは駄目だと反論する者での議論が進んでいるようだ。
構わず私は魔力会話。
『既に彼らは私の提案を断っている。今更戻って話をしろなどという厚顔無恥はいるでしょうが、さすがに付き合いきれません』
『では、そのように。けれど、よろしいのかしら……』
『だから、何がです』
『あちらにいるのは神の腕をお持ちになっていた解体屋のご子孫、あちらにいるのは旦那様に良くしてくださった酒場の女主人様のご子孫、そしてこちらの……』
ようするに、私がかつて恩を受けたモノたちの末裔だと言いたいのだろう。
そんなことを言われても私の心は――。
……。
本を閉じ、私は彼らへと目線を上げた。
「分かりました、話ぐらいはお聞きしますよ」
「話ぐらいはだと? 貴様――っ、今までずっと話していたことは聞こえていなかったのか!?」
怒鳴っているのは体格のいい、どこか馬を彷彿とさせる金髪碧眼の男騎士である。
騎士という事で、やはりマルキシコスの血族を自称する者達。
冒険者ギルドの従業員たちはともかく、騎士たちはずらりと金髪碧眼だらけ。
正直、どれも同じ顔に見えて、困ってしまう。
これは私が魔王化した影響でもあるのだろうが、前よりも人物の見分けが下手になった感覚がある。
人間とて魔物の個体差にあまり気がつかない。
それの逆の現象が起こっているのだろう。
「失礼があったのならば詫びますが――初めに私はお断りさせていただきました。その時点で取引は終了。あとはそちらが勝手に話をしていただけ。私が魔術師であることはご存じでしょう。魔術を使い聴覚を遮断していたのです」
「ま、魔術だと!? 貴様、それは違法だと知って――!」
「おや、これは失礼。うっかり使ってしまいました。それでは、私は罪人という事ですぐにこの国から出ていきます。それでよろしいですね?」
「いいわけあるか。バケモノめがっ」
馬の嘶きのような、唾混じりの怒声を防御結界で遮断し。
私は、次の本を開いて目線を落とす。
対処はした。これで終わりである。
次にいつ魔物の襲撃があるか分からない。
だからこそ彼らの一部は殺気立っていて、無視していた私に腹を立てているようである。
このまま一発でも二発でも殴って貰えば、そこで話も終わらせることができるのだが。
馬はどうやら鳴き止むことを知らないらしい。
「聞いているのか、バケモノ! 人の命がかかっているのだぞ!?」
「バケモノ扱いですか」
「当然だろう」
「騎士の方々は単細胞。後先を考えずに他者を罵倒するその癖、昔と変わっていないのですね。老婆心ではありませんが、ご忠告を。そのような物言いは避けるべきです。取り返しのつかない失態となり、相手に土下座をする羽目にもなりかねません」
私刑事件のノーデンス卿を思い出した私は、ついつい説教してしまったのだが。
あの時、詰め所で私への対応と滞在許可証を発行してくれた女騎士が、間に割り込み。
「やめないかノーデンス卿!」
「しかしライラっ、このいけ好かない優男が口を割らんからであってな!?」
本の知識の中に溶け込んでいた私は、ん? と顔を上げていた。
「ノーデンス?」
「なんだバケモノ。はは、そうか――貴公もようやくこの僕があの二百年前の英雄、ノーデンス家の長男だと気付いたのか?」
「あの、ノーデンスですか……?」
「分かったらとっとと、吐け! 僕は腑抜けた英雄しかいなくなってしまったこの街を、どうしても守らないといけないのだ!」
魔王の瞳で覗いてみると、血の繋がりが感知される。
どうやら……この馬面が、あのノーデンス卿の血族であることは間違いない。
あの後、ちゃんと生き残り子孫を残していたようである。死罪は免れたのだろう。一応は英雄の血筋ではあったので、よほどの活躍でもしたのだろうか。
そして例の女騎士の名はライラというらしい。
一応は覚えておくかと、私は知識の片隅に彼女の情報をいれる。
ノーデンス卿と私の間に立ち。
剣に手を掛けそうになっている女騎士ライラが、私を守り言う。
「やめろと言っているだろう! だいたい、貴殿らは恥を知るべきであろう! 大の大人が、子ども相手によってたかって集団で詰め寄るなど、恥ずかしくはないのか!?」
「子供だと?」
「彼の名はレイド。異国の魔術師だが、その年齢は十四歳。鑑定具で鑑定したので間違いなく、十四だ」
皆の視線が私を向くので、頷き。
「ええ、滞在許可証に年齢が表示されていますし、お見せしましょうか?」
ノーデンス卿はさぁぁぁぁぁぁああぁぁっと顔を青褪めさせ。
「ぼ、僕は、子どもにあ、あのような罵声を……っ?」
「すみません、きっと私は早熟なのでしょう。優男だと勘違いさせてしまっていたのなら、謝罪しますよ」
騎士団の皆が頭を下げ始めていた。
子どもを守るべきという正義感は持っているようである。
実際、街を守るのに必死なのだろう。
「私も少し意固地になり過ぎていたようです。ライラさん、でしたか。すみません、あなたには二度も助けて頂いたようですね」
「いや、頭を上げてくれ。こちらは君に頭を下げられると申し訳ない気持ちにしかなれん。まさか街を守ってもらった上に、こちらは恩を返すどころか仇で返していた。ギルドでは自分の立場が危ういと理解した上で、それでも正義のため、魔物発生の兆候を事前に熱弁していたというのに、冒険者ギルドでそれをバカにし罵倒し……あまつさえ、集団で冷やかしたというではないか。後で知って肝が冷えた。本当にな」
頭を押さえるその表情は、非常に険しい。
「もう本当に気にしていませんよ」
「そう言ってくれると助かるが、その……」
「何故、魔物の発生を予知、予告ができたか――ですか」
事前に襲撃が分かっているのなら、対処もしやすい。
本当に街を守りたいのならば、喉から手が出るほど欲しい情報なのだろう。
ライラが言う。
「ああ、わたしは否定したのだが――君は長年忌避されている魔術師だ、君が魔物そのものを呼び出してマッチポンプ……自作自演をしているのではないかと疑う声もあるのも事実。悪いが、どうやったのか説明して貰ってもいいか? むろん、報酬は出す」
ライラが提示してきた金額は私も納得できる額。
具体的には、図書館の入館料を十二回ほど払える金額である。
私は魔物発生のメカニズムと、ダンジョンのメカニズムを説明したのだが。
「……どうやら、ご理解はいただけていないようですね」
「すまない、君の話は少々長い。後、くどい性質があって理解しにくい気がするのだが」
「それは失礼。ただメカニズムはご理解いただかなくとも、結局のところ解決策は同じ」
「というと?」
ライラ嬢は本当に理解できていないようであるが。
ノーデンス卿が難しい顔をし、馬面に似合った鬣のような髪を揺らし。
「ようするに迷宮の主とされる強敵を倒せば、魔物の大量発生の原因であるダンジョン外への魔物の逃走がなくなり、街の周囲も平和になる……合っているだろうか」
「ええ、単純な話――ダンジョンを探索し、定期的に魔物を倒せばいい。それだけなのですよ。もっとも、それは今のダンジョンに形成された強固な食物連鎖の頂点、いわゆるダンジョンの主を倒した後の話ですが……問題は――」
言葉を詰まらせる私に反応したのはやはり、ノーデンス卿。
「街に来ている魔物はそもそもが食物連鎖のサイクルで強力になった生態系に適応できず、追い出された者。つまりは雑魚。ダンジョンの中にいる敵は、街を襲ってきている魔物よりはるかに強いってことか……」
「はい。ナイトメアビーストに苦戦をされているようなら、厳しいかと」
どうやらあのノーデンス卿、本当に英雄の家系だったのだろう。
子孫にもその片鱗は一部であるが感じられる。
まあ、私を怒鳴りつけていたところを見ると、そういう考えなしに相手を責める部分も引き継いでいるようだが。
おそらくそれも本人のせいではない。
思えば彼の先祖が学び舎で私を排除しようとしたことも。
彼自身の先ほどの攻撃的な態度も正しい。
私を疑っていたことも英雄の血筋のせい。
ようするに、魔王である私の危険性を感じ取り、攻撃的になっていたという可能性はかなり高い。
優秀故に、ああなったということだろう。
ともあれ私は告げた。
「この地域に伝わっているのかは知りませんが、もしご存じなら勇者様にお願いしてみてはいかがですか? アナスターシャ王妃の時代には光の勇者と呼ばれる強者がいたと、そう聞いておりますが」
勇者の情報を引き出す目的を果たせる。
ついでに勇者が迷宮を攻略し、ボスを倒せばこの国も安泰。
あとはちゃんとダンジョンの魔物に討伐報酬を設定するか、もし既に設定されているのなら金額を上乗せすれば万事解決である。
実際、勇者の存在は私にとって最大の脅威。
いっそのこと魔物にやられてくれた方が楽とさえ思うのだが、こちらは相手を知らないのだ。
まずは情報を集めたい。
反応を見る限り、やはり勇者はいまも存在しているようだ。
私は彼らの次の反応を待った。