第234話 共闘―全ての命ある者のために―
波乱万丈なる戦場の行方はどこなのか。
それは暴走する魔王――。
レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーの中にいる私にも分からないが。
ともあれ今の私は、私であって私ではない。
私、私、私としつこいかもしれないが、事実なのだから仕方がない。
荒れ狂う赤い空の下。
イナゴの大群が次元の亀裂からこちらを観察する戦場。
金属が熔解される香りと、魔力摩擦による匂いが漂う空間。
現在私は黄金色の攻撃を受けていた。
それは例えるならば”黄金の海”。
ムルジル=ガダンガダン大王とヴィルヘルム商会による連携、商会のトップであり商業ギルドの実質的な支配者であるハイエルフ、ヴィルヘルム。
その全財産を溶かした金貨攻撃。
消費した金額をダメージ計算に用いる【銭投げ】に分類されるスキルだろう。
世界最強とされる三獣神と並ぶほどの攻撃。
倒せぬ者はいないほどの大規模魔術となった神と人類の集団スキルだ。
やはりこれも、このまま世界が存続するのならば歴史に刻まれる逸話。
いつかは神話の一ページとなるだろう。
空飛ぶ絨毯の上で、ガハハハハハハ!
笑う魔猫たるムルジル=ガダンガダン大王がドヤ顔で決めポーズ。
肉球の輝きと共に言う。
『財とは人々の心を最も吸った偶像。多くの魂の愛憎を孕み信仰を得た魔道具といえよう! たとえ異世界の救世主の生まれ変わりだとしても、金の力には勝てん!』
黄金の渦に巻き込まれ大ダメージを受ける私を眺めるその顔は、勝利を確信しているように見える。
だが。
私はダメージを受けながらも申し訳なさそうに息を吐いていた。
『確かに――財産という概念とは多くの欲望を吸ったアイテム。それを魔力に変換できるあなたは一時的にとはいえ、三千世界最強のスペックを持てる逸材でしょう。そしてヴィルヘルムが集めた金銭はあなたを最強と並ばせるほどの量があった、ですが――』
『な――っ、ふつうに動けているだと!?』
リズムよく刻まれていた大王の哄笑が止まっている。
口をあんぐり開ける暫定、スコティッシュフォールドは愛らしいが……今は私の敵。
驚愕する大王の短い手足とモフ毛を眺め。
『生憎と、私には金銭に対する欲があまりないようで。金銭欲に比例しダメージを倍増させるあなたの攻撃は私との相性が非常に悪い。残念です、そして申し訳ありません。同じ強さだとしても相手が私ではないのなら、これで勝負が決まっていたのでしょうね』
『ぐぬぬぬぬぬ! 生意気な!』
『えへへへへ~、大王~! どいて~!』
ムルジル=ガダンガダン大王の攻撃で仕留め損ねた今、そして対話による時間稼ぎができなくなりつつある状況で動いていたのは、ナウナウ。
巨大熊猫の四星獣は、配下の獣神から集団スキルによるバフを受けているのだろう。
そのモフ毛は虹色のオーラで包まれていた。
ナウナウは笑ってはいなかった。
武闘家としての闘志を込めた瞳を細め、更に自分でも自己強化魔術を発動。
シリアスにナウナウがムフっと鼻の穴を広げ。
『今の僕は~ムキムキパンダさんなんだよ~!』
訂正しよう……あまりシリアスな声ではなかった。
私の中でジト目を浮かべる私とは裏腹、幸福なる願望に支配される私は呆れた様子でナウナウに苦言を呈していた。
『あなたの体術は素晴らしいですが、遊びをなくした今の状況では……無駄でしょう。遊戯の中で最強になりうる素質があっても、真剣に事に取り組む場面において――あなたは最強にはなれない。遊びの中だからこそ強いのですから、遊びではなくなった時あなたの能力は低下してしまう。それがあなたの弱点です。どれほど人類から集団スキルによる強化を――』
『うん! そうだね! だから!』
ナウナウはデコイ。
囮だったのだろう。
不意に、ムルジル=ガダンガダン大王が発生させている黄金の海から――ざぱん!
女神が飛び出し――。
『ふふふふふふ、旦那様はお説教が好きな傾向にありますので利用させていただきます。ナウナウさんが似合わぬシリアス顔をしているからこそ、あたくしが魔術詠唱を完了させる時間が作れたという事でしょうね』
悍ましいほどの数の触手を、ぐじゅぅううぐうぐじじじぐぐじゅ!
女神ダゴンによる夢世界の力が発動されていた。
理解できぬ攻撃が触手状の魔力となって私を戒め拘束。首の骨を折ろうと、聖職者の服の隙間から触手を回転させ続けている。
触手は私を容赦なく襲い、継続的な拘束に成功している――。
その隙をついたナウナウがゴゴゴゴゴゴゴゴ!
俊敏な動作で放ったのは、パンダの正拳突きだった。
衝撃が――振動となって円を描き広がる。
終末世界の赤い空。
ただでさえ既に散っていた雲が、触手と正拳突きによる連携コンボの衝撃で吹き飛び、消えていたのだ。
触手による圧力と武術を極めた巨大熊猫による連携で私は死ぬ。
そして、ロックウェル卿がかけている状態異常【死亡時即自動蘇生】が発動される。
一度死んだ私は蘇生により暴走が解け、事件は解決する。
……。
筈だった。
しかし現実には私は死なず。
ほぼ無傷のまま、ナウナウの正拳突きを耐えきり微笑していた。
『この程度で終わりですか――?』
「終わりじゃねえぞ、糞ガキが! 帰ってきやがれ、坊主!」
だが、ここまでは計算内だったのだろう。
皮肉るように口を開く私の正面に、気配が生まれる。
それはさながら、海を切り裂くほどの英雄の一撃。
胸に――熱い感触が走った。
それは赤い血だった。
戦斧による斬撃が襲ったのだ。
計算され尽くした不意打ちだった。
今までの流れは全てが計略、彼らはこの一撃にかけていたのだろう。
この場で直接私との戦いに参戦できる斧の使い手と言えば、一人しかいない。
私を殺す称号と資格を得ていた者。
斧勇者のガノッサである。
彼は私を一度殺していた。
だから、幸福の魔王という存在に特効攻撃をしかけることが可能となっていた。
それも一種のアダムスヴェイン、神話再現といえるだろう。
これで終わりだ。
そう、私の中で安堵する私であったが――。
私の肉体は勝手に言葉を口にする。
『魔王を殺す者、勇者ガノッサ――その一撃は”私を止めるための一撃”ですか。けれど、残念です。どうやら今の私はあなたがたの想定よりも強大な存在なのでしょう』
「うそだろ……おい」
勇者ガノッサの腹には、私の手刀が突き刺さっている。
私の中にいる私にとっても、想定外。
勇者の口から零れる血が、赤から黒へと変わっていく。
致命傷だ。
『かつてレイドだった私を殺したモノですか』
「なんだ坊主、オレのことを忘れちまったか」
『いえ、記憶しておりますよ。ただ――あなたは世界のリセットのためには何の関係もない、必要もなければ邪魔にもならない小石のような存在。だから、少し驚いているのです』
「なに、がだ」
『あなたがたがあなたを切り札に使おうとしていた。その浅はかさにですよ』
冷徹な声だった。
魔王聖典を取り込んだ三分の二の私にとって、彼はその程度の存在でしかないのだろう。
「マジかよ……、だから、奇襲なんて嫌だったんだ。いっとくが……オレは、断ったんだぜ」
私を殺し止めようと、血まみれの勇者が腕を伸ばす。
その手は私の首を絞めようと、濃く強い血管の筋を浮かべている。
そんな人類の英雄を冷めた瞳で眺め。
『あなたは邪魔です』
私という存在は、斧勇者ガノッサの上半身を手刀による斬撃で吹き飛ばしていた。
即座に蘇生する筈が――発動されていない。
私が何らかの魔術を用いたのだろうか。
いつまでも蘇生されない状況を理解したのだろう。
斧勇者を知る者の悲鳴が――。
赤い空を包む。
だが、斧勇者ガノッサの性質を考えれば……。
ともあれ。
私は皆を見渡し。
『この程度の戦力で私を止めようとしていたのなら、失望しましたよ――魔術ある世界になった人類も所詮、ここまでですか』
どうやら。
ここまでの未来を見た者も、計算をした者もいなかったようだ。
計画が崩れた面々は完全に動きを止めている。
だが、まあ逸話によれば多くの神話規模の事件を解決してきた大魔帝ケトスがいるのだ。
ここまではおそらく彼の計算内。
そう思い、私が目線を向けると。
そこにあったのはダラダラと肉球に汗を浮かべて、これ……まずくね?
と、目を泳がせている黒猫の姿。
彼もまた、私の中の私が見えているらしく、グギギギギっと首だけを傾け私を見ている。
私はその瞳を知っていた。
私のケトスも魔王軍時代によく、こんな顔をしてみせる時があった。
その意味は――。
こ、これ……ど~うしたらいいと思います?
と、やらかした際に助けを求める最後の救援顔である。
ようするに。
大魔帝ケトスにとっても、今のこの状態の私の強さまでは計算外だったらしい。
つまりは、ここにいる者たちが負ければ終わり。
本当に世界が魔術無き世界へとリセットされる。
……。
なんというか。
これは……。
私が強すぎて、世界が危ないのではないだろうか。




