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第231話 終末決戦《ラストバトル》


 イナゴ飛び交う終末世界の赤い空。

 宙に浮かび神々しく漂うのはこの私。

 いや――魔王聖典を装備し、暴走状態にある幸福の魔王、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。


 魔性なる心に支配された私の目的は、かつて願ったあの日の想い。

 魔術がなかった世界へと世界を再構築。

 ようは初めからやり直すことにある。


 それは確かに平和に近づく第一歩。

 単純な計算だった。

 魔術によって死んだり不幸になった者の数は膨大。

 時間を遡り、多くを殺した魔術が無くなれば確実に不幸が減るのだから。


 それは幸福。

 つまり平和と言えるだろう。


 ……いや、まあアホな理論だとは分かっている。


 魔術によって救われた存在を数に入れれば、不幸ばかりで占められているわけではない。

 けれど暴走する私の肉体はそれを絶対的な目的とし、魔王聖典の本体を取り込み暴走中。

 魔王聖典もまた平和を望む性質のある魔道具。

 静寂の平和を諦めた今、私の提唱する”魔術無き世界への帰還”は魅力的な平和に見えるのだろう。


 手段は違うが――これは混沌世界に攻め入ってきた魔王聖典と同じ。

 魔猫化した三分の一の私を取り込み、その力を利用しやろうとしていた事と、ほぼ同じだ。

 私という存在は三分の二になると、やらかす性質があるのかもしれない。


 それでもこれは純粋な力だ――この力だけは転用できる。


 だから――。

 私は平和を紡ごうと、手のひらの上に乗せた魔王聖典を開き。

 詠唱する。


 赤き空を裂き、蠢かす程の詠唱音が響き渡る。


『我は命じ願う者――そして三千世界を正す者。この世は大いなる猫が夢見る世界。悠久の眠りの中に揺蕩う者、汝の名は猫魔王ミャザトース』

『させるかよ――! この馬鹿野郎が!』


 即座に反応し邪魔をしたのは、プリン髪の女性。

 月の女神キュベレーだった。

 彼女は私との約束を果たそうと、その姿をかつて在った狩人神としての姿に変貌させている。


 彼女の放った魔術封じの矢が、私の詠唱をキャンセルさせる。

 妨害されたことを訝しんだのだろう。

 平和を求める私の肉体の口が蠢いていた。


『月の女神よ、なぜ平和への道を邪魔するのですか?』

『あぁん!? てめえとの約束を果たしてるだけだろうが! 三分の二の欠片になったからって、精神まで乗っ取られてるんじゃねえぞ!』

『そうですか――幸福の魔王レイド。彼との約束ならば、仕方ないのかもしれませんね。ですが……』


 私の口が辛辣な事実を告げる。


『かつてあの方と呼ばれていた時代の私よりも強力となった魔王聖典、そしてその魔王聖典を装備し、あの時よりも強くなり……更に集団スキルによって強化されている私に、あなたがですか? ただ月に愛されただけの女神が本当に私を止められると?』

『問答無用だぜ! 弓術奥義! 【六華葉斬衝ハーブ・アルテミス】』


 月と弓の女神アルテミスとしての側面も持つキュベレーの奥義が、幸福に支配される私に向かい発動。

 おそらくは対象の魔力を葉に見立て、六つに引き裂く魔力破壊の弓術だろう。

 だが。

 私という存在はそのまま矢の直撃を受け。


『申し訳ありませんが、あなたではレベル不足。効いていないようですね』

『てめっ、わざと直撃を……っ』


 ……。

 なかなかどうして、勝手に動いているとはいえ私の性格も悪い。

 だが、彼女の放った奥義も無駄ではなかったらしく。


 魔術妨害の失敗によって発生した魔力の風を受け、ふふり。

 不遜な顔をした妖艶なるアシュトレトの声が響く。


『良き時間稼ぎであったぞキュベレーよ、褒めて遣わそう』

『ちっ、アシュトレトか……!』

『悪いがレイドよ、そなたの力は再利用――かつて大魔王ケトスが滅ぼした世界と、その命の再生に使わせて貰おう。それがそうなる前のおぬしの意思、願望なのであろうからな』


 宣言したアシュトレトが聖なる杯を傾け。

 魔力に髪を靡かせ、赤き衣を肉感的な肢体に巻き付ける。

 荒野を吹き荒ぶような風の音と共に、詠唱が反響し始める。


『我、フレークシルバー王国王妃が詠唱しようぞ。天に遍く星々よ――番を導く天津風よ』


 バビロンの大淫婦の姿のまま。

 けれどアシュトレトは世界平和のために天体魔術を詠唱。

 先ほどまでの師と弟子の戯れの魔術ではなく、本気の魔術だったのだろう。


 続いて、パイを焼くような温もりが世界を包んでいた。

 竈の火の幻影の中。

 幼女声での詠唱が響く。


『竈の中の大切な思い出、家族の中の大切な温もり。あたしがあなたたちを認めましょう。さあ、目覚めなさい竈の中の妖精さん。たとえ彼女が世界を滅ぼす程の邪神だったとしても、今の彼女はレイドの妃アシュトレト。ブリギッドの名の下。ヘスティアの流れに乗って、ウェスタの祝福をあなたに授けましょう――』


 午後三時の女神が詠唱を補助し、アシュトレトの能力を強化。

 創造神たちの連携の魔術など、前には見られなかった現象だ。

 これが彼女たちの成長でもある。


 午後三時の女神から強化を得たアシュトレトが、詠唱を完了。

 ただまっすぐ。

 彼女は私を指差し。


『これぞ神話改竄アダムスヴェイン:【光り輝く天の河】』


 魔術を発動させていた。


『ふふふふ、ほほほほほほ! どうじゃこの魔術式に、この魔術波動! 通常空間では発動などできぬからな、そなたにも見せたことはなかったからのう』

『おい、アシュトレト!』

『なんじゃ、キュベレーよ。今、妾は普段使えぬ魔術を発動できて上機嫌なのじゃが』


 本当に頬を紅潮させているアシュトレト。

 対照的に慌てふためく月の女神が言う。


『おいおいおい! なにを降らせやがってるんだよ!?』

『人々に信仰されしミルキーウェイ――まあようするに、天の河を降り注がせる破壊の魔術じゃ』

『これ、ほ、ほんとうに。大丈夫なのか!?』

『仮に全滅としたとしても神鶏ロックウェル卿が行使しておる状態異常。自動蘇生のおかげで全員生き返ることができる。蘇生の力と状態異常を混ぜた未知の技術であるが……、まあおそらくはあの神専用の特技じゃろうな』


 実際、この空間で死んだとしても即座に蘇生が発動するだろう。

 しかもこれは状態異常判定なので、回復封印や無効の影響を受けない。

 あくまでもデメリットとして蘇生させられてしまう判定になっているのだ。


 説明されたかなり特殊な能力に、白き鶏がドヤ顔を浮かべているが。

 その嘴は結界維持の詠唱を繰り返し、拘束されている状態にある。

 三獣神は安易に動けないのだろう。


 だからこそ動いたまつろわぬ女神達。

 その攻撃魔術を眺め、アシュトレトがなぞるような仕草で地面に向かい、指をスゥっと傾けた。

 天体魔術を操作したのだろう。


『さあ降り注げ白き星々よ! さて――どれほどの効果となるか、楽しみじゃ!』


 彼女の宣言通り、裂けた空から降り注ぐのは多くの人類に信仰される星々。

 天の河。

 水瓶から溢れだしたような白き星々が、アシュトレトの魔力を伴い落下してきていた。

 もちろん、無差別広範囲攻撃魔術である。


 女神ダゴンと夜の女神が騒然としている人類に結界を展開。

 その防御結界に追加し、審判の獣にして三獣神のホワイトハウルも結界を発動している。

 私の周囲はいつの間にか結界で覆われていた。


 結界の檻の中で私が言う。


『なるほど――その結界の性質は反射。そこの人類たちが直撃を受けるはずのダメージを私に向かい反射させ、大規模なダメージを与えるという事ですか。アシュトレト』

『ダメージ反射のコツはあえて防御を下げることにある。弱きモノならば弱きモノほど、そのダメージのみを反射する場合には効果が跳ね上がる。そして何事かとそなたのために集まった人類の数も、膨大。さしものそなたとて、このダメージならば耐え切れまい』


 威力のみを計算にする反射魔術の場合、ダメージを受ける者は弱ければ弱いほどいい。

 弱きモノの意味を作り戦術に組み込む、悪くない作戦だ。

 だが、幸福なる願望に支配される私は怯まない。


『今の人類の皆様には申し訳ないと思いますが、それでも――魔術のせいで不幸になった者もこの中にはいる筈です。私は悲しい。心より同情しております。そして申し訳なく思っているのです。ですので、私は考えを変えませんよ』


 優しい目線と言えば聞こえがいいが……全てを小馬鹿にしたような顔で、私という存在は緩やかに眉を下げていた。


 ミルキーウェイの落下が終末世界を襲う。


 それは、凄まじい魔力と物理的な破壊のエネルギーを纏っていた。

 これはあくまでも魔術――現実的に降り注がせるために縮小されているとはいえ、逆にいえば降り注ぐことが可能な大きさにまで圧縮、魔力が凝縮された天体が降っているのだ。


 長く続き、多くの世界を内包する三千世界においてもレア。

 数えるほどしか発生したことのない規模の、威力だろう。

 影響力は莫大。


 規模が大きすぎるが、それでも世界は滅びない。

 終末世界を維持し世界を守る三獣神が、ミルキーウェイの落下に露骨に頬をヒクつかせる中。

 私はやはり、全ての攻撃を受けても涼しげな顔で佇んでいた。


『……なっ――!?』


 さしものアシュトレトも思わずだったのだろう。

 声を漏らしていた。

 それも本当に驚いた様子である。


『驚いているようですね、我が師アシュトレトよ』

『ダメージを受けておらぬ……じゃと』

『いえ、受けておりますよ。皆さまは私のために集まっていただいたのですから、邪険にもできません。ですので、せっかくなので全てをレジストせずに直撃を受ける事にしました』

『いったい、どういうことじゃ……っ』


 珍しく動揺するアシュトレト。

 美の女神だけあり、慌てる姿も美しいが。

 女神バアルゼブブが言う。


『……、ダメージは、入ってるよ。で、でも、ほんのちょっと、削っただけ、な、なんだと思う』


 冷静に観察する悪魔王たるバアルゼブブの言葉に反応したのは、月の女神。


『はぁ!? 天体魔術と反射ダメージの直撃を受けて、ほんのちょっとだと!?』

『も、もし……キュ、キュベレーちゃんが、じ、人類から、ぜ、全力で、こ、攻撃されて……わざとダメージを受けたら、ど、どうなる?』


 バアルゼブブに問われた月の女神はしばし考え。


『んなもん、蚊が体当たりしてきたぐらいにしか思わねえよ』

『た、たぶん。そ、それと同じなんだよ』

『マジかよ!?』


 創造神たちによる神話領域を超えた規模の戦いに、ようやく人類が反応し始める。

 彼らにとっては、本当にいまようやく動くことができたのだろう。

 それがレベル差。

 時間の流れの感じ方さえ、もう既にズレが生じているのだ。


「これは……っ」

「女神達よ! なぜ我らが王を襲う!」


 まあ、混乱しているのだろう。

 やはり月の女神がガシガシと髪を掻きながら。


『だぁあああああああぁぁぁぁぁ! うるせえな! 状況をみりゃ、ふつう分かるだろう!』


 月の女神はまだ人類と神との差を理解できていないようだ。

 差がありすぎて、本当に理解が及ばないのである。

 苦笑する私の前、女神ダゴンが両手を広げ。


『状況説明話術スキル:【かくかくしかじか】!』


 私も多用する状況説明の特技を発動させていた。

 戦いはまだ、始まったばかりだった。


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