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第229話 魔王の歩んだ道のり


 大魔帝ケトスが維持していた終末世界を再現する結界。


 それはある意味で世界を構築する神話再現魔術。

 分類するならばアダムスヴェイン。

 黙示録の逸話をなぞる簡易世界を結界という形で、魔術で作り出した状態に近かったのだろう。


 この世界には今、黙示録に記されていた存在が顕現している状態にある。


 救世主の転生体こと私……レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。

 そしてその妻にして逸話に刻まれしバビロンの大淫婦こと、アシュトレト。

 更にやはり黙示録に登場が刻まれていた人々を騙す反救世主こと、大魔帝ケトス。


 神話再現により作り出した世界に、三柱の神々を閉じ込め空間を維持。

 この中ならばどれほど暴れても問題ない。

 外世界に影響がないようになっていたのだ。


 しかし、その特殊空間には亀裂が走っていた。

 私達の魔術にウズウズし結界を放棄した大魔帝ケトスのせいなのか、それともやりすぎた私達のせいなのか……。

 ともあれ、空間の割れ目から次々と顔見知りが顕現し始めている。


 冒険者ギルド本部が動いたのだろう。

 既に実質トップにいるギルドマスター、我が側近たるパリス=シュヴァインヘルトはこの終末世界に驚愕を隠せなかったようで――。


「なんだこの空間はっ……」


 普段冷静な男もさすがに動揺したまま。

 けれど周囲に双眼鏡型の魔道具による鑑定の力を走らせる――。

 が、それもレジスト。


 壊れた魔道具を放棄し目視での確認に切り替え。

 無精髭を魔力光で輝かせた男は、唾を飛ばす勢いで叫んでいた。


「星が降り、空と海が割れ、イナゴ神の群れに……巨獣にワニ……。そこにいるのは――クリムゾン!? なぜおまえがこのような奇怪な神々と共にいる!?」

「お前も来たか、パリス」

「我らが陛下もいらっしゃるようだが、これはいったいどういうことだ。四星獣に……三柱のケモノ、あれが三獣神か!?」

「ああ、どうやらそのようだ――」


 友同士の男は共に頬に脂汗を浮かべ。

 パリス=シュヴァインヘルトが安易な行動を取らぬよう、皆を制止しながら言う。


「月の女神様に、夜の女神様……。それに、玉座に鎮座するあの妖艶なる貴婦人は……アシュトレト様に見えるのだが……」


 まあ、彼らにとっては突然世界に亀裂が入り、騒然。

 直後にとてつもない魔力を感知。

 慌ててギルドとしては最強戦力を引き連れ調査にやってきた、といったところだろう。


 混沌世界において英雄と呼ばれる勇者や、私もまだ把握していない逸れ魔王の姿が確認できる。

 緊急クエストを発令し皆の力で次元を渡り――ここに到着。

 そうしたらいきなり”これ”だったのだろう。


 神々が集まり、意味の分からない世界で魔術合戦をやっている。

 理解しろという方が無理だろう。


 眉間に皴を刻んだままの兄、クリムゾン殿下が赤髪を揺らす勢いで頭痛を耐え。


「――お前が言っていることももっともだ、パリス=シュヴァインヘルト。だが、こちらも聞きたいぐらいなのだ」

「状況説明を頼む」


 冒険者ギルドの代表となっているエルフの領主に皆の目線が集まり。

 そして彼に促された貴公子に目線が移り……クリムゾン殿下が衆目の中で告げる。


「原因ははっきりとしている。おそらくはこの三人が主犯。世界の裏側か、或いは近くに作られた異空間にて……互いに魔術をぶつけ合い、競い合っていたと思われるのだが」

「なるほど……陛下と女神様のいつもの悪い癖か……」


 パリス=シュヴァインヘルト……この男。

 さすがに長い付き合いになってきただけに、歯に衣着せぬ発言を、しれっと真顔で漏らすようになっている。

 まあ、私もこうした態度を取ってくる相手の方が好ましいと感じているので、私の意向を汲み取っているのかもしれないが。


 何かこちらも答えようと思うのだが。

 私が少しでも目線を逸らすとアシュトレトは聖なる杯を傾け――。

 ダバリダバリ……。


 杯から零れだす不浄なる魔力を放出。

 魔術を発動。

 滴る水を受けた玉座から魔法陣を展開し、妖艶に微笑する。


『我が弟子よ、浮気であるか? ふふふ、妾を前に他所見とは妬けてしまうではないか――』


 放たれたのはやはり無差別範囲攻撃。

 アシュトレトが用いているのは魅了だろう。

 バビロンの大淫婦となったアシュトレトによる魅了などまともな人類が受けたら、死ぬ。


『ほれ、早く防がねばあやつらは一生、心をこの邪神たる女神に囚われたまま終わることになる。さて――どうする?』


 ……。

 私は緊急で結界を張りつつ。


「あの……アシュトレト、さすがに彼らを巻き込むのは――」

『これもまた師匠からの愛。さあ、そなたの成長を妾に見せよ』

「ですから、無関係な彼らを――」

『無関係……のう? 果たして、本当にそうであろうか』


 玉座で斜に構える彼女に揶揄するように言われ、私は考える。

 おそらく彼らは私を心配しやってきているのだ。

 それを無関係と言ってしまうのは、少し違うだろう。


「そうですね。今の言い方は些か寂しい感じがしてしまいます。ですが……やはり巻き込むことには反対なのですが」

『しかし、そなたがこの混沌世界で歩んだ人生は、そう短いものではない。神の時間ならば一瞬じゃが、人類としては既におとぎ話さえ作られるほどの時間じゃ。おそらくは、そなたの人生に関わった者やその子孫たちが、次から次へとやってくるじゃろうな』


 実際、その通りだった。


 私は考える。

 おそらくこの光景を魔王聖典の本体も眺めている。

 私を通じ、成長している。


 人類の、命の輝きを眺めているのだ。


 これも魔王聖典の一件への解決策……その証拠というには弱いが、今度は商業ギルドの者たちが顕現していた。

 古ぼけた、けれどとても大事にされている髪飾りを揺らす豪商貴婦人、ヴィルヘルムはすぐに事態を察したのだろう。

 困った主を諫める顔で私を眺め。


「世界を壊しかねないほどの魔力振動でしたから、もしやとは思いましたが……やはり陛下とアシュトレト様でございましたか」

『ふふ――大きく出たな貴婦人よ、やはりと申すか?』


 邪神化しているアシュトレトに問われても豪商貴婦人は凛としたまま。


「では違っていたと?」

『ふむ、まあ違わぬので何も言い返せぬが。おぬしもなかなかに豪胆な女よな、この状況に怯んではいるもののまともに会話ができておる。誉めてやろうぞ』

「ありがとうございます、女神様。あなたさまと商売をさせていただいてからというもの、何度も修羅場を経験させていただきましたので、慣れました」


 むろん、いまのは皮肉だろう。

 まあアシュトレトにはまったく通じていない皮肉なので、私はふっと微笑してしまうが。


『なんじゃレイドよ、笑うのは貴婦人に失礼であろう』

「すみません、けれどそうですね――どうやら、私達は本当に周囲に迷惑や心配をかけるようで、時空のゆがみが次々に現れています。彼らの結界を張りながら戦うのは正直かなりのハンデなのですが、それでも……ああ、そうですね。私はきっと、この状況を愉快と感じているのでしょう」


 プアンテ姫やピスタチオ姫も何事かと割れた空間を渡り、軍を引き連れやってきている始末。

 すぐにクリムゾン殿下が指揮を執るが。

 海賊パーランドはアシュトレトに操られたまま、集団スキルを発動。


『どーでもいいから! オレを解放しやがれっ!』

「すみません、あなたの場合は私との契約を無理やりに曲解されているようで――強制的に解除すると、あなたという魂そのものが……こう、爆発四散するといいましょうか」

『だったら、この女神を止めやがれっ、夫婦なんだろう!』

「それもそうですね――」


 言って、私はクリムゾン殿下に目をやり。


「兄上、集団スキルの方は?」

「この人数での実践経験はないが……まあ、仕方あるまいか。女神アシュトレト妃は何も考えていないように見えて、思慮深くお優しいお方だ。これも必要な事なのでありましょう」


 クリムゾン殿下の言葉に、女神アシュトレトは頷き。

 再び聖杯を掲げている。


 眺めていた神々は結界の維持に協力をしているようだ。


 さきほど結界を慌てて引き継ぎ維持していた狼と鶏の三獣神。

 結界を得意とする神獣ホワイトハウルの方がブスっとしたジト目で言う。


『うぬぅ……混沌世界の者らには知られずに済ますつもりであったが――ケトスよ。きさま、わざとやりおったな?』

『さて、どうだろうねえ』


 ホワイトハウルによる指摘を受け流し、大魔帝ケトスは耳先をピョコリと動かし。

 悪戯猫の顔で、モフ顔をもふり。

 振り向いた先は我が兄クリムゾン殿下。


『さあ! 混沌世界の人類よ! 君たちが発動する集団スキル……この世界で生まれた新たな力を私にも見せておくれ!』


 大魔帝ケトスはニッコリと瞳を輝かせる。

 好奇心旺盛な、魔術師の顔そのものである。

 おそらく本当に興味があるのだろう。


 うまく誘導された気もするが――。


 集団スキルとは、団結の力。

 個ではなく群れとして動く、人類の叡智と魔術でもある。

 だからおそらくは――。

 魔王聖典にも、繋がりの力が伝わるだろう。


 クリムゾン殿下を中心に、魔術式が広がる。

 集団となった人類の魔力が、目視できる形で膨らんでいたのだ。


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