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第22話 魔王の予言


 魔王たるレイドは今、かつての職場に足を踏み入れていた。

 結論から言えば冒険者ギルドは健在だった。


 だが、既に弱小。

 二百年前よりも遥かに規模を縮小して存在していた。


 原因はおそらく、魔術師の排斥にあるだろう。

 私はその辺りの事情を確認しつつ、ギルドカウンターの順番待ち。

 規模の縮小と共に従業員の人数も減少、ギルド酒場は閉鎖され伽藍がらんとした印象が周囲に広がっている。


 歴史を読み解いて分かったことだが――。

 結論から言えば、もうしばらくするとこの国は亡びる。

 その因は魔物――近隣のダンジョンのボスを討伐できずに、放置したことが原因である。


 そしてその原因は魔術師の衰退。


 魔王とまで称されたアナスターシャ王妃の一件以降、魔術師の立場が弱くなっていたのは明白。

 それでも初代皇帝。

 マルダー=フォン=カルバニアの時代はまだ魔術に対し理解もあった。

 だが、その息子はそうは思わなかったらしく彼の退位後、二世の時代になると魔術師の立場は更に劣悪な地位へ。

 そして二世の死後にはとうとう魔術は完全に忌避され、禁止技術にまで指定されていたようである。


 これはまずい。

 非常にまずい。

 魔術による特権階級には必要悪としての側面もある。そんな簡単な答えに、二代目以降の皇帝は気付いていなかったのだろう。


 なにしろ魔物が襲ってきた際に、魔術の有無は大きく戦力に関わる。

 特権階級が得られるからこそ、人々は魔術に憧れを抱き、研鑽を積む。

 しかし。

 特権階級どころか、逆に嫌われ冷遇されるとしたら。


 魔術の才のある者はこんな国はくだらないと、他に行ってしまうだろう。

 実際、冒険者ギルドは魔術師の排斥により衰退している。

 ナイトメアビーストの情報を閲覧できないほどの、言ってしまえばただ存在しているだけと言える程度のレベルにまで、落ちているという事だ。


 だが心情的にはこうなってしまった理由も理解はできる。


 アナスターシャ王妃が健在の時代は、魔術による支配の時代だったのだ。

 その恐怖から解放された反動が強すぎたのだろう。


 魔術の便利な部分さえ否定し、魔術の悪い部分も否定。

 魔術に頼らないで生活が成り立つ、独自の文化が形成されていたようだ。


 図書館の入館料が異常な価格なのも、魔術書の閲覧の警戒、および魔術師の発現を警戒している可能性も高い。


 もっとも、魔術の才能あるのみが特権……それこそ、王妃の立場でやりたい放題をしていた魔術による恐怖支配社会が正常かと考えれば、それはどうだろうかと思わなくもない。

 だから今のこの国を完全に否定するつもりもない。

 才能のある者のみが扱えた魔術に頼る暮らしよりも、よほど健全だと言えるからだ。


 だが。

 完全に魔術がなくなってしまったら、それはそれで大きな破綻が起きる。

 ギルドを出入りする冒険者の職業を再確認したが――やはり魔術師は、ほぼ全滅。

 皆、この二百年で別の国家へと渡ってしまった様子である。


 だから近々、この大帝国カルバニアは亡ぶ。


 魔王たるレイドが、何をそんなことを気にしてと思われるかもしれないが。

 まだこの国の全ての書を閲覧できたわけではない。

 滅びるのなら読み終わった後にして貰わなくては困るのだ。


「えーと、お手持ちの札、十三番のレイド様、準備ができましたので一番窓口までお越しください」


 私を呼ぶギルドカウンターからの声がする。

 まだ滅んでもらっては困ると、私は街を守った報酬の件と共に。

 この国の滅亡を告げてやるつもりなのだ。


 もちろん、ギルド受付の従業員は私に感謝をするはずだ。

 よく教えてくださいましたと。

 私は待合室の椅子から立ち上がり、颯爽と窓口まで向かった。


 ◇


「ですから、あなたがたは何故、このような簡単な答えも理解ができないのですか? 国が亡ぶと言っているのです」


 私は、極めて冷静にギルドの従業員たちに向かい、告げていた。

 相手はまるでクレーマーを見る目。

 私は間違ったことを言ってなどいない。

 むしろ魔王であるにもかかわらず、人助けの真似事すらしているというのに。


「あの、大変申し訳ないのですが、こちらも商売なんです。忙しいんです、魔術師がいなくなったから国が亡ぶとか、ダンジョンの魔物が溢れていることが先日の魔物襲来の原因だとか。頭大丈夫ですか?」


 私の後ろには冒険者の列の山。

 私の聡明さに感動しているわけではない。

 引こうとしない私にギルド受付の連中がスクラムを組み始め、一致団結。


 悪質クレーマーを対処する百貨店さながらの、笑顔攻撃。

 冒険者ギルドの報酬受け取りカウンターの女性が、私の主張を退け、にっこり。


「大変申し訳ないのですが話を聞いて頂けますでしょうか? 国が亡ぶなどという妄言も大概なのですが、勝手にお倒しになられた魔物を討伐した報酬なんてありませんと言っておりますが?」


 ようすうにナイトメアビースト討伐の支払いすらも拒否されているのだ。

 まあ、これもある程度は予想されていた事態。

 私は言う。


「ふむ、つまりあなたがたはこの私にタダ働きをさせたと?」

「そりゃあ、たしかにこの街を救ってくださったことには感謝しておりますのよ? けれど、依頼という形でクエスト受理されていない方に報酬をお渡しするわけにもいきませんし、そもそもあなた、冒険者ではないのですよね?」


 もっともな正論である。

 だが。


「つまり金を出す気はないと?」

「そういうことになりますね」


 口調は丁寧だが塩対応の見本。

 反面教師を題材とした、最悪な接客マニュアルのようだ。

 まったくもって無駄足だった。

 仏心など起こし、二百年前に自分を殺した者たちの末裔たちに、わざわざ助言をしたというのに。


 昼の女神アシュトレトが透明状態のまま、髪の手入れで拭かせた風に言葉を乗せる。


『なんじゃ、二百年前のように良い子の仮面でもかぶって、快く騙してやれば、いずれは信じただろうに』

『無駄にいい子を演じた結果が、結局、勇者の仲間に殺されるですからね。それに自分でもアレはどうかと思いましたし、そこまでしてやる義理などありませんので』

『ま、それもそうじゃな。ところで、おぬし――黄昏の女神バアルゼブブに名を聞いたそうではないか。バアルゼブブも大層喜んでおったぞ? なんじゃなんじゃ、デレおって。目つきも人当たりも多少悪くなったが、二百年経って丸くなったのかのう』


 私は魔術会話を続け。


『あなたの前では他の女性……女神の話はしたくありませんね』

『そ、そうじゃな! うむうむ! だいぶ分かってきておるではないか! 本当に丸くなりおって!』


 女神アシュトレトが照れ隠しに私の背をべしべしと叩く衝撃が、周囲には風となって感じられているようである。

 受付の従業員たちが眉を顰めてしまうのも仕方ないだろう。


「だ、大丈夫ですか? なにか背から衝撃波をだしていますが」

「これは、特殊体質みたいなものです。どうかお気になさらず」

「は、はあ……とにかく、討伐報酬の申請は一応受理しますが、おそらくは上に却下されると思いますので、あしからず。それと、まだ若いようですし、今回は見逃しますけど。風説の流布は厳罰となりますので、あまり変な事を吹聴なさらないでくださいね?」

「そうですか。まあ信じていただかなくとも結構。これは回収させていただきます」


 人がせっかく対処法を記載した走り書きを渡してやったのだが。

 まあ要らないどころか邪魔扱いされるのなら仕方がない。


 アシュトレトが言う。


『良いのか? 三日後にまた魔物の大量襲撃があるのだろう?』

「襲撃は三日後ではなく、四日後です。変人扱いされてまでどうでもいい国と命を助ける義理はありません……もう十分、人道的な対応は行いましたので、後は知りませんよ」

『そうであろうな。妾も正直、おぬしがここまで人間どもに歩み寄ってやるとは、思っておらんかったしのぅ』


 愛い奴め、とツンツンツン。

 私の頬をつっつく女神を軽く払い。


「まあ四日後の襲撃の規模は前よりは小さいですからね。死者は多少出るでしょうが、まだ滅びはしないでしょうよ。今のところは、ですが」

『そうか、ならば早く図書館の本を読み終えて他所の大陸にいこうぞ。妾、海鮮料理に興味があるし、水着も着たい。我等三女神と一緒にバカンスを楽しもうではないか! と、周囲が何やら騒がしいな。おぬし、もしかして今、通常会話になっておらんかったか?』


 指摘されて私は周囲に気付く。

 そこにあったのは、嫌な空気の笑い声。

 ついうっかり魔術会話ではなく、普通の会話をしてしまったようだ。

 独り言を漏らす残念な美形と、くすくすと笑っているが――。

 私は一切気にせず、ギルドを後にした。




 血相を変えたギルド従業員たちが討伐報酬を持参し、平謝りしてきたのは――六日後の出来事。

 老婆からこの間のお礼だと図書館の入館料を渡され。

 本当に金には困っていないようだからと受け取った私が、連日、図書館にこもっていた昼下がりの出来事だった。

 どうやら襲撃は対処できたらしいが、一体今更、何の用だというのだろうか。

 既に私は彼らに興味を無くしていたが、彼らはそうでもないらしい。


 静寂を好む図書館の中、私は囲まれていた。


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