第228話 三神の魔術師
周囲には魔力の摩擦の香りが漂っている。
時魔術により落下速度が緩やかになっている、相手の放った天体魔術。
石化した星々はそのまま、大魔帝ケトスが世界を守るために張っている”終末世界結界”に落下してくるだろう。
だからこそ私も天体魔術の詠唱を開始。
足元から広がるのは、回転する煌びやかな魔法陣。
発生する魔力の柱を受けて髪を靡かせ、私はその隙間から赤い瞳を輝かせていた。
天体魔術の詠唱に使用したのは、事前に浮かべていた邪杖ビィルゼブブ。
杖による自動詠唱に重ねるように、私はアダムスヴェインの構え。
つまり神話再現を上乗せし多重詠唱を開始する。
「天に遍く星々よ――地に蠢く亡霊よ。我が命じるのは太陽神の顕現。ファラオに見守られしラーよ、日出国に昇りし天照よ。我が名はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。汝の御霊を呼ぶもの也」
詠唱を完了させた私は、世界に新たな魔術名を刻み。
「天体神話再現:【集いし太陽神の威光】」
分類は天体魔術と神話再現の複合。
効果は太陽の召喚である。
降り注ぐ天体を吸い寄せるように天高き場所に、燃える炎の星が生まれ始める。
それは太陽そのもの。
石化した天体が物理的に落下してくるのならば、落下させずに燃やせばいいだけの事。
石化した天体を吸う巨大な太陽を神として召喚。
他の者が巻き込まれないようにアシュトレトを攻撃対象に、天体は落下していく。
相手の天体魔術を打ち破った私は、どうしたことか。
とても楽しいと感じているのか、気分が乗っていた。
だからだろう。
私の口から漏れたのは、相手の出方を心待ちにするような、ほんのわずかに上擦った声で――。
「太陽とは――人類が初めに神と崇める天体にして、全てを育み成長させる母たる星。あの光は実に多くの信仰、つまり心を集める天体と言えます。仮に太陽よりも大きな熱天体を召喚したとしても、信仰を受けた太陽には勝てないでしょう。さて、我が師たるアシュトレト。あなたはどうしますか?」
『ふむ、悪くはない解答じゃ。なにより派手なのが良い』
太陽を太陽神として顕現させ、全てを飲み込むこの反撃。
アシュトレトからは及第点以上の評価を得られたようだ。
だが、これも想定内の魔術戦だったらしく、アシュトレトは斜に構えて息を吐き。
『そちらが太陽を神として召喚したのならば、妾は太陽から落ちた者を神と崇め呼べばいいだけの事。天に遍く星々よ、楽園より落とされし太陽神よ。汝の名はアポリュオーン。落ちた明星、奈落を支配せしアバドーン。ふふふふ、ふふふふふふふふ! さあ、黒き星々よ――太陽を吸い、全てを黒く染めるのじゃ!』
アシュトレトの詠唱に、私の片眉が跳ねていた。
彼女もまた天体魔術と神話再現を組み合わせた新たな魔術を使用している。
だが、問題はそこではなく――。
「楽園より落とされた太陽神……アポリュオーンにして、ゲヘナの支配者アバドーン。かつて我が兄だった彼の力を借りた天体魔術ですか」
『そなたの兄だった楽園の伊達男、その名をレイヴァン神。かの神は冥界神として健在、ならばその力を借りた魔術が発動できても不思議ではあるまい。その性質は全てを喰らう悪食の魔性。黒き太陽、黒天体を神話改竄で生みだすのに最も適した神と言えよう』
私の生み出した太陽と、アシュトレトの生み出したブラックホールがぶつかり合い。
終末世界に亀裂が発生。
慌てて動いたのは、大魔帝ケトス。
さすがの彼も頬をヒクつかせ私を睨み、そして女神アシュトレトを睨み。
『君たちは……っ、少しは世界を維持する私の苦労を』
『ふふふふ、そなたは逸話において常にこうして周囲を混乱させる側。たまには混乱させられるのも悪くないじゃろうて』
『される側になるのは面白くないのですが?』
そもそもケトスは守備や安定、力の維持といった分野が苦手だった。
世界は違えど、おそらくこのケトスもそうなのだろう。
それでもこうして安定と調和を守るための結界を張れることから、かなり精神的にも成長しているのだろうが。
彼も魔術師として最高位の魔猫。
魔王たる私と黙示録の邪神たるアシュトレトの戦いには大変興味があるようで。
黙示録の神父、反救世主といえる姿だった美丈夫はだんだんと、その化けの皮を剥がしはじめ。
太陽と黒太陽の魔術戦を眺めていた神父の姿が――。
ポン!
少しふっくらとした魔猫の姿に戻っていたのだ。
空を見上げる魔猫は、私達の魔術をじぃぃぃぃぃっと観察。
手を伸ばし。
肉球を、ぐぐぐぐっと掲げ。
『天に遍く……』
彼もまた、天体魔術の詠唱を始めようとしていた。
その時だった。
空間がビシっと割れ、やってきたのは白き魔狼と白き鶏。
白き狼は……シベリアンハスキーのような神獣。
おそらくは三獣神の一柱、ホワイトハウルだろう。
神獣は神々しくも威圧的な獣毛を膨らませているが、その鼻先にイカリマークを浮かべ。
犬の口を尖らせ、威嚇のポーズでがうぅぅぅぅぅ!
『なぁぁぁぁぁぁーにをしとるかケトス!』
『クワワワワ! おぬしが空間の維持を放棄すれば、全てが滅びるであろうが!』
おそらくは三獣神の一柱。
神鶏ロックウェル卿と思われる白いモコモコな鶏も顕現。
大魔帝ケトスが放棄した結界を受け継ぎ、彼らが世界を維持しながら説教を飛ばすが。
大魔帝ケトスは、つんと顔を背け。
『……だって、目の前でこんな魔術合戦をされたら、ねえ?』
『まったく、所帯を持ち精神的に成長したかと思えば、すぐにこれであるか――……』
はぁ……我がいないと、やはり駄目だのう?
と、チラチラしながらもホワイトハウルが結界を強化。
その横で、周囲に”死亡時に蘇生する”というかなり”特殊な状態異常”を撒きながら、ロックウェル卿も翼を広げ。
『まったくである、ケトスにはやはり余がおらねばならぬな?』
『いや二人とも……自分の持ち場はどうしたんだい?』
ジト目で突っ込む魔猫に、狼と鶏はクワっと咢を開き。
『誰のせいだと思っておる!』
同時の説教を、終末世界にこだまさせる。
どうやら三獣神のコントが始まったようだが。
顕現したのは彼らだけではなかったらしく。
終末世界に開いた亀裂からやってきたのは、プリン頭の月の女神。
彼女は周囲を見渡し、その魔力波動にまともに顔色を変え。
『んだ、この空間は!?』
『どうやら――アドニスと女神アシュトレト。そして大魔帝がやらかしておるようだな』
夜の女神も顕現し――その後ろには悪魔で羊の魔王グーデン=ダーク。
そしてあの羊が来ているのなら。
『えへへへへ~、僕に内緒で~、なにやってるのかな~?』
四星獣ナウナウも来てしまい。
さらにナウナウが動けば――管理者も動き。
『ちょっとナウナウ待ちなさい! って! 大王も見ていないで止めて欲しいのだわ!』
『ぐわーっはっはっは! なにやら金になりそうな匂いがするぞ!』
そして、大王の後ろには我が兄クリムゾン殿下もついてきていて。
状況を眺め、兄ははぁ……。
息を漏らし、その貴公子顔に手を当てていた。
エルフを嫌う海賊パーランドもこの時ばかりは安堵の息。
やっと顔見知りに会えたようで、ほっとしているようだが。
こめかみを抑える兄の隆々とした手の甲には、明らかなイカリマーク。
「……陛下、ご説明いただけますね?」
カオスな状況になりつつあるが。
やはりどうしたことか。
私の頬は少しだけ、笑みの形を作っていた。
ああ、本当に楽しいと。
そう、感じているのである。




